第八章
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「え、あの・・・副長?」
「ああ?」
「え? な、何なんですか・・・・・・?」
まるで今から一勝負仕掛けてきそうなその姿に、真意は不明ながらも山崎は身の危険を感じた。背中に冷や汗をかき、靴下を滑らせてそろそろと後退していく。だがそれに合わせる様に、土方もまたじりじりと詰め寄ってくる。
彼が一体何をしようとしているのか、不安でしょうがない山崎はごくり息を呑む。
「ふ、副長・・・ひっ」
上擦った声が夜の廊下に響くと同時に、土方が空いた左手に饅頭を移し変えた。利き手を空けるその行為に、いよいよ何かされると思った山崎は、すばやく身を屈めて、顔や頭部を両腕で防御するような体勢をとる。
しかし、何の衝撃も襲ってこない。代わりに、その場には違和感たっぷりの音が山崎の耳に届いた。
――ペリ、カサカサ・・・
「・・・?」
紙が擦れるようなその音に、山崎は閉じていた目をゆっくりと開く。両腕の隙間から上司の様子を覗き見ていると、それに気付いた土方が怪訝そうな顔で言葉を放った。
「何やってんだ、テメーは」
「え、いや・・・それ、どっちかって言うと俺の台詞なんですけど・・・」
上げていた両腕をだらりと下ろすと、彼もまた訝しげに土方を一瞥する。
「なんですか、ソレは」
「あ? 何って、だから饅頭だって言ってんだろうが」
「いやいやいや、それはだから見りゃ分かりますって! そうじゃなくて、なんで包み紙剥いてんですかっ」
屈めていた身体をしっかりと伸ばしきると、今度は半歩前に踏み込んだ。
土方の左手に乗っている、包み紙を剥かれた状態の饅頭。それを山崎が指差してきたので、面倒だとは思いつつも一応の説明はしてみせる。
「確かに任務中に持ち歩くモンじゃねーしな。だから、今ここで食え」
ほら、と言いながら、左手を突き出した。
「ええー・・・」
「何やってんだよ、早く食えっつってんだろ」
「え、ちょっ待っ・・・」
声自体はとても落ち着いた感じなのだが、絶対に苛ついているに違いないと山崎は思う。何故なら、あっという間に距離を詰められ、挙句首根っこをガシッと押さえられたからだ。
逃げることも出来なくなった彼は、土方の鋭い目付きに恐れをなしたのか譲歩したのか。少しの抵抗は見せたが、すぐに観念したように男の上腕をタップした。
「わ、わかりましたよ! 食べます食べますからっ・・・んぐっ」
「ったく・・・初めから大人しく受け取ってりゃいいんだよ」
やっと片付けることが出来たとばかりに、吐き捨てるように言うと、床板に置きっぱなしになっていた自身の衣類を腰を折って拾い上げた。その姿に、口一杯饅頭を頬張っている山崎は恨みがましい視線を送る。
もうとうに夕飯も済ませ、腹など減っているわけでもないのに。ましてや、甘い物は別腹だと言える程には甘党でも何でもない。それでもたっぷりの餡を喉の奥に送り込むと、ふぅーっと苦しそうに息を吐いてようやく完食。
文句を言わずにはいられなかったのか、胃の辺りを擦りながらブツブツと不満を漏らした。
「別にこんな季節なら、一日やそこら期限切れてたって食えるでしょうに・・・」
「俺もそうは思うが、そんなんでアイツに腹壊されたらたまんねーからな」
あくまでも自分が食べるという選択肢は無いようだが、その口振りからは、いかに彼が妻を大切にしているかが滲み出ている。
少し大袈裟にも思える発言に、からかいたい衝動がわき起こってしまった山崎は、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。
「・・・何だよ?」
部下の物言いたそうな目に、そのニヤついた表情の意味するものは何なのかと土方は眉間に皺を寄せる。
「いやね、紗己ちゃんのこと心配で堪んないんだなぁって思いまして、ププッ」
「なっ・・・」
「副長明日から出張ですもんね~、そりゃァ心配しますよね~、プププッ」
右手を口元に当てると、肩を竦める仕草をしてみせる。それはそれは小憎たらしい態度で、明らかに調子に乗っている感がある。これでからかわれていると気付かぬ者も、そうはいないだろう。
分かりやすく顔を真っ赤にした土方は、からかわれたことの恥ずかしさを誤魔化すが如く、大声で怒鳴り上げた。
「なっ、何言ってんだテメーはっ」
「もうやだなァ副長ってば~、何照れちゃってんですかァ~」
「べっ、別に照れてねーよっ! 余計なことぬかす暇あんならさっさと行け!!」
自分が足止めをしたにも関わらず、なかなかに勝手なことを言う。
だがこれに反論すると、きっと次は口ではなく手が飛んでくるのだろう。そう思った山崎は、緩む口元を引き締め笑いを噛み殺した。
「ハイハイ、それじゃァ俺行きますから。もうお役御免ってことで」
言いながら、軽く隊服の裾を引っ張り乱れを直す。そのまま上司の横を通り過ぎようと、胸焼けに眉をしかめつつもすたすたと廊下を歩き出した。
「それにしてもこの饅頭よく二個も食べたよなァ。おまけにシュークリームまで食べたんだから、紗己ちゃんも相当な甘党・・・」
比較的静かな声で、ボソボソと呟く。
誰に聞かせるつもりもなく、山崎としてはただの独り言のはずだった。
だがそれを、土方が聞き逃すはずもなく。
「なんでお前ソレ知ってんだよ」
やや早口な言葉が、自分の横を過ぎた部下を引き留めるように投げられた。それに気付いた山崎は、片足を宙に浮かせてピタッと動きを止める。
「ああ?」
「え? な、何なんですか・・・・・・?」
まるで今から一勝負仕掛けてきそうなその姿に、真意は不明ながらも山崎は身の危険を感じた。背中に冷や汗をかき、靴下を滑らせてそろそろと後退していく。だがそれに合わせる様に、土方もまたじりじりと詰め寄ってくる。
彼が一体何をしようとしているのか、不安でしょうがない山崎はごくり息を呑む。
「ふ、副長・・・ひっ」
上擦った声が夜の廊下に響くと同時に、土方が空いた左手に饅頭を移し変えた。利き手を空けるその行為に、いよいよ何かされると思った山崎は、すばやく身を屈めて、顔や頭部を両腕で防御するような体勢をとる。
しかし、何の衝撃も襲ってこない。代わりに、その場には違和感たっぷりの音が山崎の耳に届いた。
――ペリ、カサカサ・・・
「・・・?」
紙が擦れるようなその音に、山崎は閉じていた目をゆっくりと開く。両腕の隙間から上司の様子を覗き見ていると、それに気付いた土方が怪訝そうな顔で言葉を放った。
「何やってんだ、テメーは」
「え、いや・・・それ、どっちかって言うと俺の台詞なんですけど・・・」
上げていた両腕をだらりと下ろすと、彼もまた訝しげに土方を一瞥する。
「なんですか、ソレは」
「あ? 何って、だから饅頭だって言ってんだろうが」
「いやいやいや、それはだから見りゃ分かりますって! そうじゃなくて、なんで包み紙剥いてんですかっ」
屈めていた身体をしっかりと伸ばしきると、今度は半歩前に踏み込んだ。
土方の左手に乗っている、包み紙を剥かれた状態の饅頭。それを山崎が指差してきたので、面倒だとは思いつつも一応の説明はしてみせる。
「確かに任務中に持ち歩くモンじゃねーしな。だから、今ここで食え」
ほら、と言いながら、左手を突き出した。
「ええー・・・」
「何やってんだよ、早く食えっつってんだろ」
「え、ちょっ待っ・・・」
声自体はとても落ち着いた感じなのだが、絶対に苛ついているに違いないと山崎は思う。何故なら、あっという間に距離を詰められ、挙句首根っこをガシッと押さえられたからだ。
逃げることも出来なくなった彼は、土方の鋭い目付きに恐れをなしたのか譲歩したのか。少しの抵抗は見せたが、すぐに観念したように男の上腕をタップした。
「わ、わかりましたよ! 食べます食べますからっ・・・んぐっ」
「ったく・・・初めから大人しく受け取ってりゃいいんだよ」
やっと片付けることが出来たとばかりに、吐き捨てるように言うと、床板に置きっぱなしになっていた自身の衣類を腰を折って拾い上げた。その姿に、口一杯饅頭を頬張っている山崎は恨みがましい視線を送る。
もうとうに夕飯も済ませ、腹など減っているわけでもないのに。ましてや、甘い物は別腹だと言える程には甘党でも何でもない。それでもたっぷりの餡を喉の奥に送り込むと、ふぅーっと苦しそうに息を吐いてようやく完食。
文句を言わずにはいられなかったのか、胃の辺りを擦りながらブツブツと不満を漏らした。
「別にこんな季節なら、一日やそこら期限切れてたって食えるでしょうに・・・」
「俺もそうは思うが、そんなんでアイツに腹壊されたらたまんねーからな」
あくまでも自分が食べるという選択肢は無いようだが、その口振りからは、いかに彼が妻を大切にしているかが滲み出ている。
少し大袈裟にも思える発言に、からかいたい衝動がわき起こってしまった山崎は、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。
「・・・何だよ?」
部下の物言いたそうな目に、そのニヤついた表情の意味するものは何なのかと土方は眉間に皺を寄せる。
「いやね、紗己ちゃんのこと心配で堪んないんだなぁって思いまして、ププッ」
「なっ・・・」
「副長明日から出張ですもんね~、そりゃァ心配しますよね~、プププッ」
右手を口元に当てると、肩を竦める仕草をしてみせる。それはそれは小憎たらしい態度で、明らかに調子に乗っている感がある。これでからかわれていると気付かぬ者も、そうはいないだろう。
分かりやすく顔を真っ赤にした土方は、からかわれたことの恥ずかしさを誤魔化すが如く、大声で怒鳴り上げた。
「なっ、何言ってんだテメーはっ」
「もうやだなァ副長ってば~、何照れちゃってんですかァ~」
「べっ、別に照れてねーよっ! 余計なことぬかす暇あんならさっさと行け!!」
自分が足止めをしたにも関わらず、なかなかに勝手なことを言う。
だがこれに反論すると、きっと次は口ではなく手が飛んでくるのだろう。そう思った山崎は、緩む口元を引き締め笑いを噛み殺した。
「ハイハイ、それじゃァ俺行きますから。もうお役御免ってことで」
言いながら、軽く隊服の裾を引っ張り乱れを直す。そのまま上司の横を通り過ぎようと、胸焼けに眉をしかめつつもすたすたと廊下を歩き出した。
「それにしてもこの饅頭よく二個も食べたよなァ。おまけにシュークリームまで食べたんだから、紗己ちゃんも相当な甘党・・・」
比較的静かな声で、ボソボソと呟く。
誰に聞かせるつもりもなく、山崎としてはただの独り言のはずだった。
だがそれを、土方が聞き逃すはずもなく。
「なんでお前ソレ知ってんだよ」
やや早口な言葉が、自分の横を過ぎた部下を引き留めるように投げられた。それに気付いた山崎は、片足を宙に浮かせてピタッと動きを止める。