第八章
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まだ土方の太腿に乗せたままだった紗己の左手が動きを見せた。太腿から脇腹へと、なぞるように動いた指先。それが脇腹を流れて、土方の背中にそっと触れたのだ。
それでなくとも欲望を抑え込んでいる身には、堪らない刺激。くすぐったさを素通りして、一気に肉体が熱を増す。何とか気を逸らさなくてはと思うのだが、そう意識すればするほど背中に全神経が集中する。
土方は鼻をひくつかせながら、ゆっくりと紗己の方へと向き直った。だが次の瞬間、土方は動きを固めてしまう。
先程よりも赤みを増した頬に、更に潤んだ彼女の瞳。唇の隙間からは、声にならなかった吐息が小さく漏れた。
「っ・・・!!」
思わず、ごくりと喉を鳴らしてしまう。この表情を見せられては、出来る我慢も出来なくなるというもので、高まる熱に肉体の一部分もやんわりと反応を示し出した。欲望への扉も崩壊寸前だ。
こんなん我慢出来るわけねーだろ! 胸中で叫んでから、彼女の肩と腰に回していた手に力を込める。
「紗己っ・・・」
言いながら、グッと彼女を引き寄せようとしたのだが、
「くっ・・・」
土方は頬の内側をきつく噛んで、もう一度顔を逸らした。吐き出す息と共に、低い唸りが静かな部屋に響く。
くっそ・・・っ、駄目だ今は絶対に駄目だ! 今キスしたら絶対にこのまま押し倒しちまう!! 男が一度決めたことを、こんなにあっさりと翻すわけにはいかねえ!
「・・・土方、さん・・・・・・?」
苦悶の表情を浮かべる土方に、ようやく紗己が声を出した。不安そうに瞳を揺らして、土方に触れている両手指にも自然と力が入る。
白いシャツを撫でる程度だった指先が、その内側の感触を確かめるように動いた。その動きと彼女の視線に、これはマズイと思った土方は、腕を解いて彼女の両肩に手を置くと、そのまま肘をグッと伸ばした。
それにより、紗己の上半身は土方から引き剥がされ、彼の腕の長さ分だけ二人の間に距離が出来る。
温もりが離れたことに若干の寂しさと残念さを感じるが、今はそれよりも暴発しない方が重要だ。
土方は瞬きを繰り返しながら、視線を泳がせて言葉を発した。
「そっ、そろそろアレだな! ふっ、風呂!! 風呂入ってくるわっ」
「え、あ、はい・・・」
「きっ、着替えとタオル取ってくれ!」
紗己への気遣い等は一切頭に無く、とにかくこの場の空気を変えたい一心の土方。
一見すれば口付けを拒まれたような形なのだが、紗己はほんの一瞬戸惑いの表情を見せただけで、すぐにいつもの笑みで頷き腰を上げた。
焦り顔の土方に見守られながら、彼女は続き間を移動する。箪笥の前で足を止めると、畳に膝をついて着替えとタオルを手に取った。その姿を目で追いつつも、土方はある違和感を覚える。
つい今さっきまで自分に熱い視線を送っていたのに、少々切り替えが早すぎやしないか――?
キスへの流れから一転、いつもの日常風景に戻ってしまった二人。動きに合わせて揺れる文庫結びを見ていると、ひょっとしたら幻でも見ていたのかと思ってしまう。全ては自分の妄想だったのではと、眉間に皺を寄せた男が一人。
な、なんか普通すぎねェか? いや・・・別に落ち込んで欲しいとは思ってねーけど、これはちょっとあっさりし過ぎだと思うぞ?
自分だけが心を乱しているようで、どうも納得がいかないらしい。
確かに今の彼女を見ていると、さっきまで甘いムードの中、口付けを求めていたとは思えない。百戦錬磨の手練れならいざ知らず、初心な紗己のこの変わりように土方は訝しげに首を捻りつつ、障子戸の方へと身体の向きを変えた。と、そこへ、胸の前に荷物を持った紗己が静かに歩いてきた。
「土方さん、お待たせしました」
「えっ、あ、ああ」
「あの、どうかしました? お腹でも痛いんですか?」
言いながら、少し背中を丸めて前屈みになっている土方の真横に膝を落とす。一旦荷物を畳に置くと、心配そうに土方の背中に軽く手を当てた。
すると彼は肩を上げて、何かを振り払うように勢いよく頭を振り出す。
「だっ、大丈夫だ何でもねェっ」
少し乱暴に手を伸ばして、畳の上の入浴準備一式を己の方に引き寄せた。それを、自身のヘソの辺りに大事そうに持ってくる。まるで何かを隠すように。
「本当に大丈夫ですか? お腹冷えてるなら、じっくり温まってきてくださいね」
「あ、ああ」
見当違いの心配をしてくれる紗己に対し、少し申し訳ないような気分にもなるが、今は何よりも早くこの場を去りたい。土方は適当に相槌を打つと、心情を誤魔化すぎこちない笑みを浮かべた。
それに安心したのか、疑うことなく紗己は土方の背中から手を離す。頬にかかった髪を耳に掛けると、振り向く彼に柔らかく微笑みを返した。その姿は本当に、普段と何も変わり無い、いつも通りの彼女のまま。
変に意識してしまったのは自分だけで、ひょっとしたら彼女には全くその気は無かったのでは――?
ふつふつと、疑念がわき起こる。そして彼のその疑いは、あながち外れてはいなかった。
土方が心を震わせた紗己の表情や仕草は、決して作り込まれたものではない。ごくごく自然に、土方への想いがそうさせたものだ。
彼に強く抱き締められたことにより、意識的にではなく、当然彼女の中にも存在する本能が、愛する夫に触れたいと訴えてきたのだ。だからそろそろと手を伸ばしただけであって、口付けたいという明確な意思がそこにあるわけではなかった。
だがそんなことは、土方の与り知るところではない。彼女自身もまだ気付いていない感情を、彼に気付けというにも少々無理がある。
それでなくとも欲望を抑え込んでいる身には、堪らない刺激。くすぐったさを素通りして、一気に肉体が熱を増す。何とか気を逸らさなくてはと思うのだが、そう意識すればするほど背中に全神経が集中する。
土方は鼻をひくつかせながら、ゆっくりと紗己の方へと向き直った。だが次の瞬間、土方は動きを固めてしまう。
先程よりも赤みを増した頬に、更に潤んだ彼女の瞳。唇の隙間からは、声にならなかった吐息が小さく漏れた。
「っ・・・!!」
思わず、ごくりと喉を鳴らしてしまう。この表情を見せられては、出来る我慢も出来なくなるというもので、高まる熱に肉体の一部分もやんわりと反応を示し出した。欲望への扉も崩壊寸前だ。
こんなん我慢出来るわけねーだろ! 胸中で叫んでから、彼女の肩と腰に回していた手に力を込める。
「紗己っ・・・」
言いながら、グッと彼女を引き寄せようとしたのだが、
「くっ・・・」
土方は頬の内側をきつく噛んで、もう一度顔を逸らした。吐き出す息と共に、低い唸りが静かな部屋に響く。
くっそ・・・っ、駄目だ今は絶対に駄目だ! 今キスしたら絶対にこのまま押し倒しちまう!! 男が一度決めたことを、こんなにあっさりと翻すわけにはいかねえ!
「・・・土方、さん・・・・・・?」
苦悶の表情を浮かべる土方に、ようやく紗己が声を出した。不安そうに瞳を揺らして、土方に触れている両手指にも自然と力が入る。
白いシャツを撫でる程度だった指先が、その内側の感触を確かめるように動いた。その動きと彼女の視線に、これはマズイと思った土方は、腕を解いて彼女の両肩に手を置くと、そのまま肘をグッと伸ばした。
それにより、紗己の上半身は土方から引き剥がされ、彼の腕の長さ分だけ二人の間に距離が出来る。
温もりが離れたことに若干の寂しさと残念さを感じるが、今はそれよりも暴発しない方が重要だ。
土方は瞬きを繰り返しながら、視線を泳がせて言葉を発した。
「そっ、そろそろアレだな! ふっ、風呂!! 風呂入ってくるわっ」
「え、あ、はい・・・」
「きっ、着替えとタオル取ってくれ!」
紗己への気遣い等は一切頭に無く、とにかくこの場の空気を変えたい一心の土方。
一見すれば口付けを拒まれたような形なのだが、紗己はほんの一瞬戸惑いの表情を見せただけで、すぐにいつもの笑みで頷き腰を上げた。
焦り顔の土方に見守られながら、彼女は続き間を移動する。箪笥の前で足を止めると、畳に膝をついて着替えとタオルを手に取った。その姿を目で追いつつも、土方はある違和感を覚える。
つい今さっきまで自分に熱い視線を送っていたのに、少々切り替えが早すぎやしないか――?
キスへの流れから一転、いつもの日常風景に戻ってしまった二人。動きに合わせて揺れる文庫結びを見ていると、ひょっとしたら幻でも見ていたのかと思ってしまう。全ては自分の妄想だったのではと、眉間に皺を寄せた男が一人。
な、なんか普通すぎねェか? いや・・・別に落ち込んで欲しいとは思ってねーけど、これはちょっとあっさりし過ぎだと思うぞ?
自分だけが心を乱しているようで、どうも納得がいかないらしい。
確かに今の彼女を見ていると、さっきまで甘いムードの中、口付けを求めていたとは思えない。百戦錬磨の手練れならいざ知らず、初心な紗己のこの変わりように土方は訝しげに首を捻りつつ、障子戸の方へと身体の向きを変えた。と、そこへ、胸の前に荷物を持った紗己が静かに歩いてきた。
「土方さん、お待たせしました」
「えっ、あ、ああ」
「あの、どうかしました? お腹でも痛いんですか?」
言いながら、少し背中を丸めて前屈みになっている土方の真横に膝を落とす。一旦荷物を畳に置くと、心配そうに土方の背中に軽く手を当てた。
すると彼は肩を上げて、何かを振り払うように勢いよく頭を振り出す。
「だっ、大丈夫だ何でもねェっ」
少し乱暴に手を伸ばして、畳の上の入浴準備一式を己の方に引き寄せた。それを、自身のヘソの辺りに大事そうに持ってくる。まるで何かを隠すように。
「本当に大丈夫ですか? お腹冷えてるなら、じっくり温まってきてくださいね」
「あ、ああ」
見当違いの心配をしてくれる紗己に対し、少し申し訳ないような気分にもなるが、今は何よりも早くこの場を去りたい。土方は適当に相槌を打つと、心情を誤魔化すぎこちない笑みを浮かべた。
それに安心したのか、疑うことなく紗己は土方の背中から手を離す。頬にかかった髪を耳に掛けると、振り向く彼に柔らかく微笑みを返した。その姿は本当に、普段と何も変わり無い、いつも通りの彼女のまま。
変に意識してしまったのは自分だけで、ひょっとしたら彼女には全くその気は無かったのでは――?
ふつふつと、疑念がわき起こる。そして彼のその疑いは、あながち外れてはいなかった。
土方が心を震わせた紗己の表情や仕草は、決して作り込まれたものではない。ごくごく自然に、土方への想いがそうさせたものだ。
彼に強く抱き締められたことにより、意識的にではなく、当然彼女の中にも存在する本能が、愛する夫に触れたいと訴えてきたのだ。だからそろそろと手を伸ばしただけであって、口付けたいという明確な意思がそこにあるわけではなかった。
だがそんなことは、土方の与り知るところではない。彼女自身もまだ気付いていない感情を、彼に気付けというにも少々無理がある。