第八章
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もし俺がそうすることで、コイツの力になれるんなら・・・俺にしか出来ねェことだよな、絶対・・・・・・。
「そうだ、そうだよな・・・」
「・・・?」
いくら医学的に問題なくても、不安にさせちまったら意味ねェよな・・・・・・。だったら、これは仕方無い・・・いや、そんな否定的に捉えることじゃねえだろ! 万全の態勢を、俺からも作ってやる!!
「・・・決めた」
「え?」
「・・・決めたぞ」
「はい?」
独り言が止んだかと思ったら、今度は何かを決めたらしい。
先程までの呟きとは違うしっかりとした声。それに反応した紗己が、様子を窺おうと少し顔を上げかけたその時――突然、肩に力が込められた。
「ひじか・・・ん、むっ」
紗己の声が、土方の胸に吸収される。強い力ながら緩やかに抱き締められていた彼女の身体は、再びきつく抱き締められた。身動き一つ取れそうに無い。
お前が我慢してくれてるのに、俺が何もしないわけにはいかねえ! お前が我慢してくれるんなら、俺だって我慢してやる!!
決めたぞ紗己! 子供が無事産まれるまで、俺はお前を抱かねえ!!
土方は睨むような目で寝室としている和室を見据えると、紗己の肩と腰を更にグッと引き寄せた。
それにより紗己の息苦しさは増していくのだが、土方は力を弱めない。というより、苦し気な彼女の様子に一切気付いていない。必死に身を捩って上体を動かそうとする妻が気にならないほど、自身の決意に胸がいっぱいらしい。紗己が吐き出す息で熱を持っているだけなのに、胸の熱さも感奮の現れだと思っているくらいだ。
土方は込み上げる紗己への愛情を噛み締めるように、眉間に皺をつくりきつく目を閉じた。
春までの辛抱だ。それから後はいくらでも・・・お前だけに我慢させたりはしねェよ、俺も筋を通す。だから・・・元気な赤ん坊産んでくれよ――。
「願掛けか、言い得て妙だな・・・」
ぽつり呟く。元は土方が願掛けかと訊ね、それを紗己が後に肯定した。こうして自分も強く願うことで、それが実に的を得た表現であったと納得する。
本来は神仏に願うだけでもそれは願掛けなのだが、引き換えに自身に制限をかけた方が、効力が強い気がしてしまう。
ましてやこんなにも愛しい妻との行為を、期間限定とはいえ引き換えにするなんて。
己の欲を制してまでのこの決意を、土方は英断と捉えている。甘えてばかりはいられないと、男のプライドが彼を突き動かしたのだ。
ただ、紗己が願を掛けるために我慢したのは、あくまでも大好きな紅茶。真に対等に筋を通すというのなら、土方が我慢すべきなのは、夫婦の夜の営みではなく煙草の方だろう。
しかし、その選択は土方にはなかった。何故なら彼は、既に煙草を制限している気でいるからだ。
今までなら、どこかしこでも吸いたくなれば吸っていた。だが紗己の妊娠を知ってからは、少なくとも彼女の前では吸っていない。煙の害が及ばないように、彼なりに考えてはいるのだ。
これを立派な成長と受け止めている土方は、十分努力していると、制限対象から煙草を外してしまった。まだまだ止めたくないと、無意識に狡猾さが顔を出したのかもしれないが。
何はともあれ、それなりの答えを自分に出せた土方は、やや安心した面持ちで両腕から力を少し抜いた。それは決して彼女の息苦しさに気付いたからではなく、単に自身の気持ちが落ち着いたからなのだが。
一方、圧迫が弱まりだいぶ呼吸が楽になった紗己。まだ頭や身体全体を動かせるほどの自由はないが、今がチャンスとばかりに大きく息を吸い、呼吸を整えてから土方の胸にポテッと額を当てた。
「っ、紗己・・・・・・?」
そんな胸がキュンとときめくような仕草をされては、またすぐにでも腕に力を込めたくなる。土方は曲げていた背中を強張らせつつゆっくりと伸ばし、顎を引いて自身の胸元を見下ろした。
そこには、身体を預けるように凭れている紗己の姿が。頭上から降り注がれる視線を感じ取ったのか、土方の太腿にやんわりと乗せられていた彼女の手がぴくりと反応する。
太腿の上を、ツウッと撫でる柔らかな温もり。紗己の指先が、ズボンの素材を確かめるような動きをみせた。
思いがけない仕草に、土方に言い知れぬ甘い緊張が襲いかかる。今しがた固めたばかりの決意も激しく揺れ動かされてしまう。
やや一方的だったとはいえ、熱い抱擁に紗己も堪らなくなったのだろうかと、堪らなくなった自分を認めつつ喉を鳴らす。
だが、その堪らなさを抑え込んででも、土方は紗己に感謝を返したかった。そして自身に答えを出したことで、事態は丸く収まったはず。
なのに、こんなふうに心くすぐる動きを見せられては、寝た子も起きてしまうというものだ。
しかし彼女はこれまでも、色んな意味で土方の甘い感情を裏切り続けてきた。それは当然土方の意識にも刻まれており、どうせ期待するだけ無駄だと、哀しい免疫すら出来ている。
直球で攻め込まなければ、目と目の会話や雰囲気に流されて・・・といった男女の駆け引きは、残念ながら紗己には通じない。そう分かっていても、つい期待してしまうのが男という生き物なのだろう。
けれど。期待したところで、それを最終地点まで繋げることは出来ない。何せ、出産を終えるまで抱かないと、たった今決めたばかりなのだから。
期待するな、期待するなよ俺! どうせまたピントのずれたこと言うに決まってんだ、期待するだけ無駄だ!!
新婚ほやほやだというのに、何とも切なさが漂う。過度の期待を持たぬよう自身に言い聞かせると、土方は唾を飲み込んで、彼女の出方を探るように呼び掛けた。