第八章
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「悪かった、苦しかったか・・・・・・?」
「あ、いえ、大丈夫です」
「悪かったな・・・」
「平気ですよ?」
土方の胸板に額をくっつけた状態で、謝る彼に平気だと答える。
その声はとても軽やかで穏やかで、先程の決意など聞き流してくれて構わないと言っているよう。勿論紗己は、深い考えも何も持たずにそう答えた。だが、少なくとも土方はそう受け止めた。
シャツの上からじんわりと伝わってくる彼女の体温に、胸の奥が甘く疼き出す。土方はゆっくり吐息すると、彼女の旋毛に顎を乗せて目を閉じた。
甘いモン食べ過ぎたことを、あんな申し訳なさそうな顔で詫びてきて・・・・・・。コイツが俺や子供のために好物を我慢してくれてる間、俺は一体どうしてた? 今日だって朝から・・・それにコイツが倒れた日も、俺はヤることしか考えてなかったじゃねえか!
自分自身への怒りにも似た感情に、土方はギリッと奥歯を鳴らす。その振動が土方の顎から紗己の頭頂部に伝わり、身体は動かせないものの彼女は土方の胸元に話し掛けた。
「土方さん? どうかしたんですか?」
「・・・・・・」
答えようにも、様々な想いが入り乱れていて整理がついていない。
だが今は、彼女に余計な心配を掛けたくない。土方は喉の震えを抑えながら、極力事も無げな声色を作る。
「・・・何でもねえ」
短く答えると、唇を薄く開いて口笛を吹くようにゆっくりと息を吐き出した。そんな彼の言葉を特に疑うことなく、紗己は納得したように小さく頷く。
「そう、ですか」
彼女もまた短く言葉を返すと、顔を少し横向きにして土方の胸に頬を擦り付けた。猫が甘えるようなその仕草に、今また彼女が安心を得たと感じ取る。
だがその一方で、今日のように揺れる自分を見せてしまう度に、紗己を不安にさせてしまっていたのだろう。そのことが申し訳なく、そしてそんな自分を腹立たしく思う。
またコイツに気ィ遣わせちまって・・・ほんと、馬鹿なのは俺の方だ・・・・・・。
心に渦巻く自責の念。思いながら、それでも癒しを求めて土方はまた紗己を抱き締める腕に力を込める。
土方は今まで紗己のことを、弱い存在だと認識していた。女なのだから、力でも体力でも男より劣るのは当然のこと。だからこそ自分が護ってやらなければいけないと、そう思っていた。
だがこうなってみて改めて思い返すと、その認識は間違いだったと気付く。勿論つわりなどで体調を崩すこともあるが、それはあくまでも表面的な体力面。内面は、実にしっかりしているのだ。
日々の生活の中では、家事全般もしっかりとこなし、全く不便を感じさせない。甲斐甲斐しく尽くしてくれる姿に、自分が彼女の年の頃にはこんなにちゃんとしていただろうかと土方は思う。
寂しい、構って欲しいとわがままを言ってもおかしくない年齢差なのに、そんな態度はおくびにも出さない。それはきっと、気遣いの表れなのだろう。
その気遣いに、もっと甘えてくれてもいいのにと、やや物足りなさや寂しさを感じる時もある。だが反面、気兼ねなく仕事に集中出来ると、この環境に居心地の良さを感じていたのも事実だ。
甘えていたのは俺の方だ――護ってやっていたつもりで、護られていたのは自分の方だと、今更ながらに痛感する。土方は、紗己を抱き締めたまま深く吐息した。
視線の先に広がる続き間の和室に目を向ければ、彼女が準備してくれた出張用の革の鞄が視界に入る。そして箪笥の前には、先程彼女が用意してくれた入浴のためのタオルや着替え。それら全てが、彼女が日々尽くしてくれていることの揺るぎ無い証拠だ。
どうにかその愛情を、こちらからも返せないものか。思案する土方の脳裏に、先程の紗己の発言が鮮やかに浮かび上がってきた。
『出産に向けて、万全の態勢を整えたいんです』
穏やかなれども、強い表情で紗己はそう言った。それが何に対して向けられた決意なのかと言えば、答えはただ一つ。
無理を通して倒れてしまったりと、お腹の子に負担をかけたかもしれないことに人知れず心を痛めていた紗己。
それでも、いつまでも落ち込んではいられないし、その姿を見せたくない。今出来ることをしなければと、決意を新たに気持ちを切り替えた。それが、この発言に繋がっているのだ。
紗己の発言にどういった経緯が隠されているのか、土方は知らない。好物を我慢していたことも、さっき初めて知ったくらいだ。だがその前後の会話から鑑みるに、そこに行き着くまでに悩むこともあったのだろうと想像はつく。
なのにそんな素振りを微塵も見せなかった彼女に、改めて頭が下がる思いの土方は、彼女の愛情と努力に見合うだけのものを返したいと強く思う。だが、感謝を口にするだけでは足りない。
もっと彼女の希望や願いに力添えできることを――と、腕の中の彼女の髪に唇を寄せた。
俺達の子を産むために、俺達の子を護るために、万全の態勢を整えてくれてんだよな・・・・・・。それがコイツの目標であり希望や願いになってんなら、それに見合う、俺にしか出来ねェことっつったら・・・・・・。
「・・・いや、でも・・・あー・・・でも、そうだよな・・・」
「土方さん?」
紗己の頭に顔をくっつけたまま、何やらぶつぶつと思案している。頭上の土方の異変に、顔を上げることが出来ない紗己が呼び掛けるが、それに土方が気付くことは無い。
土方はなおも、聞き取れないほどの低い声で独り言を吐き出し続ける。そして結論が出たのか、小さく首を振って深く吐息した。
「あ、いえ、大丈夫です」
「悪かったな・・・」
「平気ですよ?」
土方の胸板に額をくっつけた状態で、謝る彼に平気だと答える。
その声はとても軽やかで穏やかで、先程の決意など聞き流してくれて構わないと言っているよう。勿論紗己は、深い考えも何も持たずにそう答えた。だが、少なくとも土方はそう受け止めた。
シャツの上からじんわりと伝わってくる彼女の体温に、胸の奥が甘く疼き出す。土方はゆっくり吐息すると、彼女の旋毛に顎を乗せて目を閉じた。
甘いモン食べ過ぎたことを、あんな申し訳なさそうな顔で詫びてきて・・・・・・。コイツが俺や子供のために好物を我慢してくれてる間、俺は一体どうしてた? 今日だって朝から・・・それにコイツが倒れた日も、俺はヤることしか考えてなかったじゃねえか!
自分自身への怒りにも似た感情に、土方はギリッと奥歯を鳴らす。その振動が土方の顎から紗己の頭頂部に伝わり、身体は動かせないものの彼女は土方の胸元に話し掛けた。
「土方さん? どうかしたんですか?」
「・・・・・・」
答えようにも、様々な想いが入り乱れていて整理がついていない。
だが今は、彼女に余計な心配を掛けたくない。土方は喉の震えを抑えながら、極力事も無げな声色を作る。
「・・・何でもねえ」
短く答えると、唇を薄く開いて口笛を吹くようにゆっくりと息を吐き出した。そんな彼の言葉を特に疑うことなく、紗己は納得したように小さく頷く。
「そう、ですか」
彼女もまた短く言葉を返すと、顔を少し横向きにして土方の胸に頬を擦り付けた。猫が甘えるようなその仕草に、今また彼女が安心を得たと感じ取る。
だがその一方で、今日のように揺れる自分を見せてしまう度に、紗己を不安にさせてしまっていたのだろう。そのことが申し訳なく、そしてそんな自分を腹立たしく思う。
またコイツに気ィ遣わせちまって・・・ほんと、馬鹿なのは俺の方だ・・・・・・。
心に渦巻く自責の念。思いながら、それでも癒しを求めて土方はまた紗己を抱き締める腕に力を込める。
土方は今まで紗己のことを、弱い存在だと認識していた。女なのだから、力でも体力でも男より劣るのは当然のこと。だからこそ自分が護ってやらなければいけないと、そう思っていた。
だがこうなってみて改めて思い返すと、その認識は間違いだったと気付く。勿論つわりなどで体調を崩すこともあるが、それはあくまでも表面的な体力面。内面は、実にしっかりしているのだ。
日々の生活の中では、家事全般もしっかりとこなし、全く不便を感じさせない。甲斐甲斐しく尽くしてくれる姿に、自分が彼女の年の頃にはこんなにちゃんとしていただろうかと土方は思う。
寂しい、構って欲しいとわがままを言ってもおかしくない年齢差なのに、そんな態度はおくびにも出さない。それはきっと、気遣いの表れなのだろう。
その気遣いに、もっと甘えてくれてもいいのにと、やや物足りなさや寂しさを感じる時もある。だが反面、気兼ねなく仕事に集中出来ると、この環境に居心地の良さを感じていたのも事実だ。
甘えていたのは俺の方だ――護ってやっていたつもりで、護られていたのは自分の方だと、今更ながらに痛感する。土方は、紗己を抱き締めたまま深く吐息した。
視線の先に広がる続き間の和室に目を向ければ、彼女が準備してくれた出張用の革の鞄が視界に入る。そして箪笥の前には、先程彼女が用意してくれた入浴のためのタオルや着替え。それら全てが、彼女が日々尽くしてくれていることの揺るぎ無い証拠だ。
どうにかその愛情を、こちらからも返せないものか。思案する土方の脳裏に、先程の紗己の発言が鮮やかに浮かび上がってきた。
『出産に向けて、万全の態勢を整えたいんです』
穏やかなれども、強い表情で紗己はそう言った。それが何に対して向けられた決意なのかと言えば、答えはただ一つ。
無理を通して倒れてしまったりと、お腹の子に負担をかけたかもしれないことに人知れず心を痛めていた紗己。
それでも、いつまでも落ち込んではいられないし、その姿を見せたくない。今出来ることをしなければと、決意を新たに気持ちを切り替えた。それが、この発言に繋がっているのだ。
紗己の発言にどういった経緯が隠されているのか、土方は知らない。好物を我慢していたことも、さっき初めて知ったくらいだ。だがその前後の会話から鑑みるに、そこに行き着くまでに悩むこともあったのだろうと想像はつく。
なのにそんな素振りを微塵も見せなかった彼女に、改めて頭が下がる思いの土方は、彼女の愛情と努力に見合うだけのものを返したいと強く思う。だが、感謝を口にするだけでは足りない。
もっと彼女の希望や願いに力添えできることを――と、腕の中の彼女の髪に唇を寄せた。
俺達の子を産むために、俺達の子を護るために、万全の態勢を整えてくれてんだよな・・・・・・。それがコイツの目標であり希望や願いになってんなら、それに見合う、俺にしか出来ねェことっつったら・・・・・・。
「・・・いや、でも・・・あー・・・でも、そうだよな・・・」
「土方さん?」
紗己の頭に顔をくっつけたまま、何やらぶつぶつと思案している。頭上の土方の異変に、顔を上げることが出来ない紗己が呼び掛けるが、それに土方が気付くことは無い。
土方はなおも、聞き取れないほどの低い声で独り言を吐き出し続ける。そして結論が出たのか、小さく首を振って深く吐息した。