第八章
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「っ、紗己・・・」
「え?」
すぐ目の前に座る男の声に反応して、紗己がふと顔を上げた時。突然、強い力に身体が引き寄せられた。
「っ・・・!?」
いきなり強い力に包み込まれ、声を出そうにもそれも阻まれる。視界は明るい影に覆われて、鼻と口が硬い温もりに押し付けられた。
片方の耳は塞がれるような形になっていて、それまで聴こえていた壁掛け時計の音が遮断されている。いや、乱れ打つ自身の心音にかき消されている。
全身に感じる自分以外の熱と、嗅覚を刺激する煙草の匂い。紗己は、土方に抱き締められていた。
大きな手が紗己の後頭部を包むようにして、彼女の顔は土方の鎖骨の窪みに埋まっている。
だが、強い力に身動きが取れない上に、そのように呼吸部位を圧迫されては息苦しくてたまらない。何とか穏やかな呼吸がしたいと、紗己は頭を小刻みに動かした。
「・・・っ、ふ・・・」
ようやく、新鮮な空気を体内に取り込むことができ、小さな声が漏れる。それでもまだ、少し位置が上がっただけ。彼女の顔は、土方の首筋にぴたり収まっていた。
紗己が土方の温もりを全身に感じているように、土方もまた紗己の温もりを全身に感じている。感じたいからこそ、抱き締めた。
彼女の決意を知り、そこに秘められた深い愛情に、居ても立っても居られなくなったのだ。
頭の中で呼び続けた名を口にした途端、目の前に座っていた紗己の腕に手を伸ばしていた土方。そしてそのまま引き寄せながらも、待ちきれないとばかりに両膝に重心を置いて彼女の身体を捕まえにいった。
少し崩れた横座りの体勢で、自身の足の間にすっぽりと収まる紗己の身体。当然力を加減してはいるが、たとえ彼女が身を捩っても離す気にはなれない。離したくないと、抱き締める腕に力を込めた。
「・・・っ、お前ってやつは・・・ほんと・・・」
紗己の側頭部に自身の額を擦り付け、吐息混じりに呟く。軟らかな髪から甘い香りがして、それだけでもう胸がいっぱいになる。
話が通じないことなんかしょっちゅうで
的外れな気遣いも多くて
驚くほどに鈍感で
だけど他人の痛みには敏感で
自分のことよりも相手を優先して
譲ることしか知らない
それでもそれを幸せと感じられる
欲の欠片も持ち合わせていない
その全てがこんなにも愛しい――
他者から見れば、面白味の無いつまらない女かも知れない。それでもこれが紗己なのだと、自分が愛した女なのだと土方は強く思う。
感覚がずれていようと構やしない。一歩進んで一歩半下がるんなら、それに付き合ってやる。俺も一歩半下がってお前の手ェ引っ張って、他の奴らの三倍四倍の歩幅で進んでやる。
誰が何と言おうと、俺にとってコイツは最高に可愛い女なんだ――。
今ならこの想いを知られてもいいと、むしろ知ってもらいたいという気持ちが込み上げてくる。だが、募る想いとは裏腹に言葉がついていかず、何とか紡ぎ出せたのは、簡潔な感謝だけだった。
「・・・ありがと、な・・・」
「土方さん・・・」
何の前置きもなくいきなり抱き締められたため、抵抗ではないが、無意識に胸の前に両手を持っていっていた紗己。そんな彼女の耳元で囁かれた、土方の掠れた声。
何故感謝をされているのか、何故彼がこのような行動に出たのか、紗己にはそれらしい答えが思い付かない。だが耳にしたその声が微かに震えているように思えて、彼女は土方との間に僅かなスペースを作っていた自身の両手をそこから引き抜いた。
スルリと力が抜け、自由になったしなやかな紗己の腕。それを土方の背中には回せはしなかったが、手の平を彼の太腿にそっと乗せた。
――――――
時間の経過など気にも留めず、依然として土方は強く紗己を抱き締めたまま。眉を寄せてきつく目を閉じ、決して離すまいと腕の中の温もりを感じている。
指に絡まる軟らかな髪も、首筋にかかる熱い息も。それら全てが土方の心を震わせる。彼の時間を止めている。
だが――紗己は少し違った。体勢がどうにも苦しいのだ。
背丈が違えば、当然座高も違ってくる。上半身をがっちりと押さえ込まれているため、土方の腕の力により彼女の身体はやや上方へと引っ張られていた。
いくら背中を曲げているとはいえ、自分よりもはるかに大きな男の肩の位置から抱き締められれば、紗己の身体は重力に逆らう形となってしまう。
たとえ身体を支えられていても、全身の力を抜ききれるほどリラックスはしていない。おまけに紗己は、土方の背中や腰に腕を回していない状態だ。となれば、下半身への負担は避けられない。
ならば土方の脚に触れている両手に力を入れ、そこで負担を分散すればいいのだが、それも何となく出来ないでいる。よって彼女は、自身の体重の負荷を腰と太腿に掛けざるを得なかった。
土方が時を忘れている間に、紗己の腿の筋肉は相当に疲れを感じていた。横座りのため、腰もだんだんと痛くなってきている。
放して欲しいとまでは思っていないが、せめて体勢だけでも何とかしたい。少しでも筋肉疲労を和らげようと、彼女は土方の腕の中で小さく身体を動かし始めた。
その紗己のもぞもぞとした動きにようやく気付いた土方は、薄く目を開けて顎を引くと、腕の力を緩め、彼女の頭と背中に当てていた手を肩と腰へと滑らすように移動させた。それにより、少し浮き気味だった紗己の尻がストンと畳に落ち着く。
だが土方は、まだ彼女を抱き締めたまま。先程までよりは遥かに優しい力だが、やはり離れがたいらしい。緩やかに抱き締めた状態で、大人しくなった紗己に声を掛けた。
「え?」
すぐ目の前に座る男の声に反応して、紗己がふと顔を上げた時。突然、強い力に身体が引き寄せられた。
「っ・・・!?」
いきなり強い力に包み込まれ、声を出そうにもそれも阻まれる。視界は明るい影に覆われて、鼻と口が硬い温もりに押し付けられた。
片方の耳は塞がれるような形になっていて、それまで聴こえていた壁掛け時計の音が遮断されている。いや、乱れ打つ自身の心音にかき消されている。
全身に感じる自分以外の熱と、嗅覚を刺激する煙草の匂い。紗己は、土方に抱き締められていた。
大きな手が紗己の後頭部を包むようにして、彼女の顔は土方の鎖骨の窪みに埋まっている。
だが、強い力に身動きが取れない上に、そのように呼吸部位を圧迫されては息苦しくてたまらない。何とか穏やかな呼吸がしたいと、紗己は頭を小刻みに動かした。
「・・・っ、ふ・・・」
ようやく、新鮮な空気を体内に取り込むことができ、小さな声が漏れる。それでもまだ、少し位置が上がっただけ。彼女の顔は、土方の首筋にぴたり収まっていた。
紗己が土方の温もりを全身に感じているように、土方もまた紗己の温もりを全身に感じている。感じたいからこそ、抱き締めた。
彼女の決意を知り、そこに秘められた深い愛情に、居ても立っても居られなくなったのだ。
頭の中で呼び続けた名を口にした途端、目の前に座っていた紗己の腕に手を伸ばしていた土方。そしてそのまま引き寄せながらも、待ちきれないとばかりに両膝に重心を置いて彼女の身体を捕まえにいった。
少し崩れた横座りの体勢で、自身の足の間にすっぽりと収まる紗己の身体。当然力を加減してはいるが、たとえ彼女が身を捩っても離す気にはなれない。離したくないと、抱き締める腕に力を込めた。
「・・・っ、お前ってやつは・・・ほんと・・・」
紗己の側頭部に自身の額を擦り付け、吐息混じりに呟く。軟らかな髪から甘い香りがして、それだけでもう胸がいっぱいになる。
話が通じないことなんかしょっちゅうで
的外れな気遣いも多くて
驚くほどに鈍感で
だけど他人の痛みには敏感で
自分のことよりも相手を優先して
譲ることしか知らない
それでもそれを幸せと感じられる
欲の欠片も持ち合わせていない
その全てがこんなにも愛しい――
他者から見れば、面白味の無いつまらない女かも知れない。それでもこれが紗己なのだと、自分が愛した女なのだと土方は強く思う。
感覚がずれていようと構やしない。一歩進んで一歩半下がるんなら、それに付き合ってやる。俺も一歩半下がってお前の手ェ引っ張って、他の奴らの三倍四倍の歩幅で進んでやる。
誰が何と言おうと、俺にとってコイツは最高に可愛い女なんだ――。
今ならこの想いを知られてもいいと、むしろ知ってもらいたいという気持ちが込み上げてくる。だが、募る想いとは裏腹に言葉がついていかず、何とか紡ぎ出せたのは、簡潔な感謝だけだった。
「・・・ありがと、な・・・」
「土方さん・・・」
何の前置きもなくいきなり抱き締められたため、抵抗ではないが、無意識に胸の前に両手を持っていっていた紗己。そんな彼女の耳元で囁かれた、土方の掠れた声。
何故感謝をされているのか、何故彼がこのような行動に出たのか、紗己にはそれらしい答えが思い付かない。だが耳にしたその声が微かに震えているように思えて、彼女は土方との間に僅かなスペースを作っていた自身の両手をそこから引き抜いた。
スルリと力が抜け、自由になったしなやかな紗己の腕。それを土方の背中には回せはしなかったが、手の平を彼の太腿にそっと乗せた。
――――――
時間の経過など気にも留めず、依然として土方は強く紗己を抱き締めたまま。眉を寄せてきつく目を閉じ、決して離すまいと腕の中の温もりを感じている。
指に絡まる軟らかな髪も、首筋にかかる熱い息も。それら全てが土方の心を震わせる。彼の時間を止めている。
だが――紗己は少し違った。体勢がどうにも苦しいのだ。
背丈が違えば、当然座高も違ってくる。上半身をがっちりと押さえ込まれているため、土方の腕の力により彼女の身体はやや上方へと引っ張られていた。
いくら背中を曲げているとはいえ、自分よりもはるかに大きな男の肩の位置から抱き締められれば、紗己の身体は重力に逆らう形となってしまう。
たとえ身体を支えられていても、全身の力を抜ききれるほどリラックスはしていない。おまけに紗己は、土方の背中や腰に腕を回していない状態だ。となれば、下半身への負担は避けられない。
ならば土方の脚に触れている両手に力を入れ、そこで負担を分散すればいいのだが、それも何となく出来ないでいる。よって彼女は、自身の体重の負荷を腰と太腿に掛けざるを得なかった。
土方が時を忘れている間に、紗己の腿の筋肉は相当に疲れを感じていた。横座りのため、腰もだんだんと痛くなってきている。
放して欲しいとまでは思っていないが、せめて体勢だけでも何とかしたい。少しでも筋肉疲労を和らげようと、彼女は土方の腕の中で小さく身体を動かし始めた。
その紗己のもぞもぞとした動きにようやく気付いた土方は、薄く目を開けて顎を引くと、腕の力を緩め、彼女の頭と背中に当てていた手を肩と腰へと滑らすように移動させた。それにより、少し浮き気味だった紗己の尻がストンと畳に落ち着く。
だが土方は、まだ彼女を抱き締めたまま。先程までよりは遥かに優しい力だが、やはり離れがたいらしい。緩やかに抱き締めた状態で、大人しくなった紗己に声を掛けた。