第八章
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屯所で暮らしているからと言って、三度の食事を夫婦で共に出来るわけではない。非番の時以外は、せいぜい一、二回くらいのものだ。
その貴重な夫婦の時間の中で、土方は食後に紗己が茶を淹れてくれる時間をとても気に入っている。直接口にしたことはないが、彼女にもそれは伝わっているのだろう。だからこそ、好きな紅茶を断って帳尻を合わせてまで、食後の一杯に付き合っているのだ。
一日に一杯程度なら、カフェインの摂取も許容範囲。それでも紗己は胎児への影響を懸念して、小さい湯呑みを愛用していた。
当然のように送っている日々の流れの中に、紗己の細かな気遣いが散りばめられている。
一日に何杯も飲むほど好きなものを、子供のために、そして自分のために断ってくれている。そう思うだけで震える胸を、土方はグッと拳に力を込めることでなんとか堪えた。
妊婦にも子供にも悪いって分かってて、俺は禁煙すらしてねェってのに・・・・・・。
いくら紗己が禁煙を強要しないからといっても、本来ならば止めるべきなのだろう。思いはするも、煙さえ彼女の元にいかなければ大丈夫だろうと、高をくくっていた。
実際、妊娠が発覚して以来一度も彼女の前で喫煙してはいない。二人で自室に居ても、吸いたくなれば部屋を出て一服している。とはいえ、土方が部屋を出るよりも、紗己が気を利かせて用事があると部屋を出る方がはるかに多いのだが。
そのことも思い返し、改めて彼女の存在に胸が熱くなる。今紗己の顔をしっかりと見つめたら何かが溢れ出しそうで、少し俯いたまま何とか言葉を紡いだ。
「我慢、してくれてんだな・・・辛くねえか」
「そんな、一生我慢するわけじゃありませんから平気です。次の春まで、赤ちゃんのことを思えば、いくらでも頑張れます」
「そうか・・・」
短く返答するだけでも精一杯だった。
紗己の一言一言が胸に響いて、先程までの自分を土方は恥ずかしく思う。また同じやり取りを繰り返すのかと、彼女の発言をどうでもいいことだと位置付けていた。
それが蓋を開けてみれば、こんなにも自分のことを、子供のことを思ってくれている。
元々、積極的に自らの気持ちを前面に出す性格ではないのだ。今日のようにこちらから知ろうとしなければ、きっといつまでも自分の決意を打ち明けはしなかっただろう。
馬鹿なのは俺の方だ。前髪で顔を隠すように俯いたまま、土方は胸中でそう呟いた。
柱に掛けてある時計の秒針よりも早く打つ心音が、胸の奥をキュッと締め付ける。
どんな話から、この流れになった? 俺は今、何が言いたい、どうしたい――?
なかなかうまく回らない思考に呼び掛けてみるものの、動き出したと思えば浮かぶのは紗己のことだけ。紗己の言葉、笑顔がスライドショーのように廻り、気付けば何度も彼女の名を頭の中で呼んでいる。
こんな状態で顔を上げて愛しい妻の姿を視界に取り入れたら、一体どうなってしまうのか。
本能に任せて動けば己を制御出来そうに無く、少しでも気持ちを落ち着かせようと、土方は一気に顔を天井に向けて大きく息を吸い込んだ。そして、再び顔を下ろしてゆっくりと息を吐き出す。劇的な変化はないものの、鼓動が僅かにペースを落とした。
そんな一見おかしな動作を取っていた土方に、向かいに座る紗己がやや心配そうに彼の目線に合わせてきた。
「土方さん? どうか、したんですか?」
「・・・いや、大丈夫だ」
「そうですか、良かった」
ホッとしたように、にこっと笑って肩を下ろす。土方の言葉に安心した紗己は、着物の半襟に指を沿わしてぽつり呟いた。
「また私、何か変なこと言っちゃったのかと思いました・・・」
言いながら少しだけ下を向くと、はらりと髪が流れた。それを耳に掛けると、訝しげに首を捻る土方を前に話を続ける。
「一歩進んで、一歩半下がってるって言われたことがあるんです。どうも私、反応とか言うことが、少しずれてるらしくって・・・自分では、分からないんですけど」
少し眉を寄せて、苦笑いをしてみせた。
それは、以前妊娠が発覚した翌日に、屯所を飛び出した折に銀時から言われた言葉だった。
そんなには重々しくない声音だが、袖口や袂に触れながら話す姿からは多少気にしている様子が窺える。
話の内容は違えど、会話が噛み合わない時に相手が見せる呆れたような表情。土方を筆頭にそういった表情をよく見受けるので、これは自分に問題があるのだろうと思い始めたのだ。
紗己は唇を引き締めると、両手を腿の上できれいに揃えてしっかりと前を向いた。
「私の感覚だと、きっと半歩ずつ下がっちゃうだろうから、後退しちゃわないように、念には念を入れようと思って。出産に向けて、万全の態勢を整えたいんです」
「紗己・・・・・・」
「そのためなら、好きなものくらい我慢・・・あ、今日はその、つい誘惑に負けちゃったけど、明日からはもう絶対!」
また苦笑いをして、でもすぐに強い決意を込めた双眸が土方に向けられた。
「っ・・・」
その真っ直ぐすぎる瞳に、もうまともな言葉など出てこない。再び鼓動がペースを上げ、その高鳴りに身体が熱を増す。頭の中で、また何度も愛しい妻の名を繰り返す。
と、そこへ、紗己の優しい声が土方の耳に届けられた。
「もう無茶はしません、約束します」
そう言って真剣な面持ちのまま一旦頭を下げ、また顔を上げると、今度はいつもの柔らかな微笑みで言葉を紡いだ。
「今は私の中で育ってるけど、この子のお父さんは、土方さんですもんね。あなたのために、来年の春、必ず元気な赤ちゃんを産みますから」
言い終えると、自身の中に存在する命を確かめるように、帯のすぐ下に両手を当てた。
紗己のその仕草、深い愛情が土方を突き動かす。震える声が彼女の名を呼んだ。
その貴重な夫婦の時間の中で、土方は食後に紗己が茶を淹れてくれる時間をとても気に入っている。直接口にしたことはないが、彼女にもそれは伝わっているのだろう。だからこそ、好きな紅茶を断って帳尻を合わせてまで、食後の一杯に付き合っているのだ。
一日に一杯程度なら、カフェインの摂取も許容範囲。それでも紗己は胎児への影響を懸念して、小さい湯呑みを愛用していた。
当然のように送っている日々の流れの中に、紗己の細かな気遣いが散りばめられている。
一日に何杯も飲むほど好きなものを、子供のために、そして自分のために断ってくれている。そう思うだけで震える胸を、土方はグッと拳に力を込めることでなんとか堪えた。
妊婦にも子供にも悪いって分かってて、俺は禁煙すらしてねェってのに・・・・・・。
いくら紗己が禁煙を強要しないからといっても、本来ならば止めるべきなのだろう。思いはするも、煙さえ彼女の元にいかなければ大丈夫だろうと、高をくくっていた。
実際、妊娠が発覚して以来一度も彼女の前で喫煙してはいない。二人で自室に居ても、吸いたくなれば部屋を出て一服している。とはいえ、土方が部屋を出るよりも、紗己が気を利かせて用事があると部屋を出る方がはるかに多いのだが。
そのことも思い返し、改めて彼女の存在に胸が熱くなる。今紗己の顔をしっかりと見つめたら何かが溢れ出しそうで、少し俯いたまま何とか言葉を紡いだ。
「我慢、してくれてんだな・・・辛くねえか」
「そんな、一生我慢するわけじゃありませんから平気です。次の春まで、赤ちゃんのことを思えば、いくらでも頑張れます」
「そうか・・・」
短く返答するだけでも精一杯だった。
紗己の一言一言が胸に響いて、先程までの自分を土方は恥ずかしく思う。また同じやり取りを繰り返すのかと、彼女の発言をどうでもいいことだと位置付けていた。
それが蓋を開けてみれば、こんなにも自分のことを、子供のことを思ってくれている。
元々、積極的に自らの気持ちを前面に出す性格ではないのだ。今日のようにこちらから知ろうとしなければ、きっといつまでも自分の決意を打ち明けはしなかっただろう。
馬鹿なのは俺の方だ。前髪で顔を隠すように俯いたまま、土方は胸中でそう呟いた。
柱に掛けてある時計の秒針よりも早く打つ心音が、胸の奥をキュッと締め付ける。
どんな話から、この流れになった? 俺は今、何が言いたい、どうしたい――?
なかなかうまく回らない思考に呼び掛けてみるものの、動き出したと思えば浮かぶのは紗己のことだけ。紗己の言葉、笑顔がスライドショーのように廻り、気付けば何度も彼女の名を頭の中で呼んでいる。
こんな状態で顔を上げて愛しい妻の姿を視界に取り入れたら、一体どうなってしまうのか。
本能に任せて動けば己を制御出来そうに無く、少しでも気持ちを落ち着かせようと、土方は一気に顔を天井に向けて大きく息を吸い込んだ。そして、再び顔を下ろしてゆっくりと息を吐き出す。劇的な変化はないものの、鼓動が僅かにペースを落とした。
そんな一見おかしな動作を取っていた土方に、向かいに座る紗己がやや心配そうに彼の目線に合わせてきた。
「土方さん? どうか、したんですか?」
「・・・いや、大丈夫だ」
「そうですか、良かった」
ホッとしたように、にこっと笑って肩を下ろす。土方の言葉に安心した紗己は、着物の半襟に指を沿わしてぽつり呟いた。
「また私、何か変なこと言っちゃったのかと思いました・・・」
言いながら少しだけ下を向くと、はらりと髪が流れた。それを耳に掛けると、訝しげに首を捻る土方を前に話を続ける。
「一歩進んで、一歩半下がってるって言われたことがあるんです。どうも私、反応とか言うことが、少しずれてるらしくって・・・自分では、分からないんですけど」
少し眉を寄せて、苦笑いをしてみせた。
それは、以前妊娠が発覚した翌日に、屯所を飛び出した折に銀時から言われた言葉だった。
そんなには重々しくない声音だが、袖口や袂に触れながら話す姿からは多少気にしている様子が窺える。
話の内容は違えど、会話が噛み合わない時に相手が見せる呆れたような表情。土方を筆頭にそういった表情をよく見受けるので、これは自分に問題があるのだろうと思い始めたのだ。
紗己は唇を引き締めると、両手を腿の上できれいに揃えてしっかりと前を向いた。
「私の感覚だと、きっと半歩ずつ下がっちゃうだろうから、後退しちゃわないように、念には念を入れようと思って。出産に向けて、万全の態勢を整えたいんです」
「紗己・・・・・・」
「そのためなら、好きなものくらい我慢・・・あ、今日はその、つい誘惑に負けちゃったけど、明日からはもう絶対!」
また苦笑いをして、でもすぐに強い決意を込めた双眸が土方に向けられた。
「っ・・・」
その真っ直ぐすぎる瞳に、もうまともな言葉など出てこない。再び鼓動がペースを上げ、その高鳴りに身体が熱を増す。頭の中で、また何度も愛しい妻の名を繰り返す。
と、そこへ、紗己の優しい声が土方の耳に届けられた。
「もう無茶はしません、約束します」
そう言って真剣な面持ちのまま一旦頭を下げ、また顔を上げると、今度はいつもの柔らかな微笑みで言葉を紡いだ。
「今は私の中で育ってるけど、この子のお父さんは、土方さんですもんね。あなたのために、来年の春、必ず元気な赤ちゃんを産みますから」
言い終えると、自身の中に存在する命を確かめるように、帯のすぐ下に両手を当てた。
紗己のその仕草、深い愛情が土方を突き動かす。震える声が彼女の名を呼んだ。