第八章
名前変換はこちら
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「甘いもの、駄目なんです。控えなくちゃいけないんです」
「あ? なんでだよ」
せっかく間食に対して、寛容な姿を見せたというのに。どうして否定をするのかと、いかにも納得がいかないといったように眉をしかめた。
目の前に座る男のきつい視線に、順を追って説明せねばと思った紗己は、やや俯きがちだった顔を上げると小さく息を吸ってから静かに話し出した。
「今日ね、お昼にテレビで健康番組やってたんです」
「健康番組?」
いきなりのテレビの話題に、怪訝な表情で土方が訊き返す。それに答えるように頷いた紗己は、その動作によって頬にかかった髪を、柔らかな仕草で耳に掛けた。
「その番組の特集で、妊婦は甘いもの食べ過ぎちゃ駄目って・・・でもそれ、お饅頭食べちゃった後だったんです・・・」
申し訳なさそうに眉を寄せて土方と目を合わせると、また肩を落としてしまった。
しかし土方は、彼女の話を聞いても別に大した反応は見せないでいる。いくら食べ過ぎはいけないといっても、そこまで過敏になることもないだろう。その程度にしか受け止めていないのだ。
「あーまあ、食っちまったモンはしょうがねェだろ」
前髪を掻き上げて、少々雑な慰め方をする。
実際、彼女を責めるような話ではない。ここで変に優しく慰めたら、かえって彼女の気を重たくさせるのではと思った土方は、いつまでもこの事を引きずらないようにと、全く大した問題ではないと流すことにしたのだ。
しかし紗己は、この糖分摂取についてまだまだ重たく受け止めている様子。比較的穏やかな目付きの土方から視線を外すと、自身の着物の袖をキュッと掴んで声を震わせた。
「でも・・・その後、シュークリームまで食べちゃったから・・・」
「そんな落ち込まなくても、今日一日食い過ぎたくらいじゃ何も変わりゃしねーよ」
「そう、思いますか・・・・・・?」
「ああ。だから心配すんな」
不安に揺れていた瞳が、ゆっくりと土方に向けられた。そこでも彼は、穏やかな表情を崩さない。
落ち込んでいた紗己の耳に届けられた、少しクセのある力強い声。彼女にとっては威厳ある夫からの、優しい言葉の奧に含まれている深い愛情に、ようやく紗己は笑顔を取り戻す。
きちんと揃えられた両膝に手を当てて少し身を乗り出すと、土方ににっこりと笑って見せた。
「はい! これからは、甘いもの食べないようにします!!」
「・・・・・・」
常よりも大きめの声で、高らかに甘味厳禁宣言をする。純粋さゆえの極端な発想だ。
相変わらずの妻の真っ直ぐ過ぎる発言に、土方はやや呆れたような口調で言葉を返した。
「何もそこまでしなくてもいいだろ・・・たくさん食べなきゃいいだけの話だろうが」
言い終えて、首筋を擦りながら嘆息する。
医者から制限されたわけでもなく、今現在体重が急激に増加しているわけでもないのだ。そこまでテレビに影響されなくてもいいだろうと土方は思う。
第一、好物を制限するなんてその方がストレスが溜まって良くないのではないか――とか、好物を前に頬を綻ばせるあの表情が好きなのに――とか、彼女の決意に土方はだいぶ否定的だ。
土方は左手の人差し指で、座卓の天板をトントンと叩くと嘆息した。
「お前はいつも極端過ぎるんだ。もうちょっと間を取れ、間を」
「間を・・・ですか?」
「ああ。今よりちょっと量を減らすとか頻度を減らすとか、そんな程度でいいんだよ。丸々禁止したら、かえって反動が出たりすることもあるからな」
「はあ、まあ・・・それもそう、ですね」
尊敬する夫が言うのなら、きっとそれが正しい見解なのだろう。初めはぼんやりとした表情を浮かべていた紗己だったが、だんだんと土方の意見に傾き出した。自分には思い付かない考え方であるだけに、彼女の中でまた一段と夫が素晴らしく見えているらしい。
紗己は納得を深めるためか、一旦天井に目を向けてから、また視線を落として数回頷いた。そして土方を瞳に映すと、彼女らしい柔らかな笑みを見せる。
「でも・・・うん、そうですね。甘いもの・・・も、食べ過ぎないように気を付けます」
「甘いもの、も?」
「え? えっと、食べ過ぎないようにってことですよね?」
二人して、疑問符を投げ掛け合う。
紗己の言い直した決意表明に、訝しげに首を捻った土方。しかしそんな風に訊き直されても、彼が何に疑問を感じたのかさえ彼女には伝わっていない。ひょっとしたら正確に言えてなかったのかと、同じ言葉を確認しながら繰り返す。
だが土方が引っ掛かりを感じた箇所は、それではなかったらしい。一旦腰を上げて正座になると、やや前傾姿勢で再度問い掛けた。
「いやそっちじゃなくてその前の・・・」
爪先を立てた状態で、膝を畳に擦り付けながらジリジリと距離を詰めていく。
「ひょっとして、他にも我慢してるものがあるのか?」
落ち着いてはいるが、先程までよりは低い声が静かな部屋にずっしりと響く。土方の真剣な眼差しに、紗己は僅かに顎を引いてこくり頷いた。
「あ? なんでだよ」
せっかく間食に対して、寛容な姿を見せたというのに。どうして否定をするのかと、いかにも納得がいかないといったように眉をしかめた。
目の前に座る男のきつい視線に、順を追って説明せねばと思った紗己は、やや俯きがちだった顔を上げると小さく息を吸ってから静かに話し出した。
「今日ね、お昼にテレビで健康番組やってたんです」
「健康番組?」
いきなりのテレビの話題に、怪訝な表情で土方が訊き返す。それに答えるように頷いた紗己は、その動作によって頬にかかった髪を、柔らかな仕草で耳に掛けた。
「その番組の特集で、妊婦は甘いもの食べ過ぎちゃ駄目って・・・でもそれ、お饅頭食べちゃった後だったんです・・・」
申し訳なさそうに眉を寄せて土方と目を合わせると、また肩を落としてしまった。
しかし土方は、彼女の話を聞いても別に大した反応は見せないでいる。いくら食べ過ぎはいけないといっても、そこまで過敏になることもないだろう。その程度にしか受け止めていないのだ。
「あーまあ、食っちまったモンはしょうがねェだろ」
前髪を掻き上げて、少々雑な慰め方をする。
実際、彼女を責めるような話ではない。ここで変に優しく慰めたら、かえって彼女の気を重たくさせるのではと思った土方は、いつまでもこの事を引きずらないようにと、全く大した問題ではないと流すことにしたのだ。
しかし紗己は、この糖分摂取についてまだまだ重たく受け止めている様子。比較的穏やかな目付きの土方から視線を外すと、自身の着物の袖をキュッと掴んで声を震わせた。
「でも・・・その後、シュークリームまで食べちゃったから・・・」
「そんな落ち込まなくても、今日一日食い過ぎたくらいじゃ何も変わりゃしねーよ」
「そう、思いますか・・・・・・?」
「ああ。だから心配すんな」
不安に揺れていた瞳が、ゆっくりと土方に向けられた。そこでも彼は、穏やかな表情を崩さない。
落ち込んでいた紗己の耳に届けられた、少しクセのある力強い声。彼女にとっては威厳ある夫からの、優しい言葉の奧に含まれている深い愛情に、ようやく紗己は笑顔を取り戻す。
きちんと揃えられた両膝に手を当てて少し身を乗り出すと、土方ににっこりと笑って見せた。
「はい! これからは、甘いもの食べないようにします!!」
「・・・・・・」
常よりも大きめの声で、高らかに甘味厳禁宣言をする。純粋さゆえの極端な発想だ。
相変わらずの妻の真っ直ぐ過ぎる発言に、土方はやや呆れたような口調で言葉を返した。
「何もそこまでしなくてもいいだろ・・・たくさん食べなきゃいいだけの話だろうが」
言い終えて、首筋を擦りながら嘆息する。
医者から制限されたわけでもなく、今現在体重が急激に増加しているわけでもないのだ。そこまでテレビに影響されなくてもいいだろうと土方は思う。
第一、好物を制限するなんてその方がストレスが溜まって良くないのではないか――とか、好物を前に頬を綻ばせるあの表情が好きなのに――とか、彼女の決意に土方はだいぶ否定的だ。
土方は左手の人差し指で、座卓の天板をトントンと叩くと嘆息した。
「お前はいつも極端過ぎるんだ。もうちょっと間を取れ、間を」
「間を・・・ですか?」
「ああ。今よりちょっと量を減らすとか頻度を減らすとか、そんな程度でいいんだよ。丸々禁止したら、かえって反動が出たりすることもあるからな」
「はあ、まあ・・・それもそう、ですね」
尊敬する夫が言うのなら、きっとそれが正しい見解なのだろう。初めはぼんやりとした表情を浮かべていた紗己だったが、だんだんと土方の意見に傾き出した。自分には思い付かない考え方であるだけに、彼女の中でまた一段と夫が素晴らしく見えているらしい。
紗己は納得を深めるためか、一旦天井に目を向けてから、また視線を落として数回頷いた。そして土方を瞳に映すと、彼女らしい柔らかな笑みを見せる。
「でも・・・うん、そうですね。甘いもの・・・も、食べ過ぎないように気を付けます」
「甘いもの、も?」
「え? えっと、食べ過ぎないようにってことですよね?」
二人して、疑問符を投げ掛け合う。
紗己の言い直した決意表明に、訝しげに首を捻った土方。しかしそんな風に訊き直されても、彼が何に疑問を感じたのかさえ彼女には伝わっていない。ひょっとしたら正確に言えてなかったのかと、同じ言葉を確認しながら繰り返す。
だが土方が引っ掛かりを感じた箇所は、それではなかったらしい。一旦腰を上げて正座になると、やや前傾姿勢で再度問い掛けた。
「いやそっちじゃなくてその前の・・・」
爪先を立てた状態で、膝を畳に擦り付けながらジリジリと距離を詰めていく。
「ひょっとして、他にも我慢してるものがあるのか?」
落ち着いてはいるが、先程までよりは低い声が静かな部屋にずっしりと響く。土方の真剣な眼差しに、紗己は僅かに顎を引いてこくり頷いた。