第八章
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「ハァ・・・っとに、紛らわしい言い方しやがって・・・」
耳の裏を掻きながら、ぼそっと呟く。気持ちの切り替えをしたはずなのだが、まだまだすっきりとまではいかないようだ。
そんな風に夫が複雑な思いを抱いているとは知らない紗己は、彼の漏らした呟きが単純に耳に引っ掛かったらしく、特に深い意味もなく訊き返す。
「紛らわしいって、何がですか?」
「え、いや、その・・・」
訊き返されても、今更一から全て心情を吐露するなんて出来ない。しかし無視するわけにもいかず、土方は差し障りのない不満部分だけを脳内から抜粋した。
「あー・・・アレだアレ、菓子食ったくらいでいちいち謝る必要ねーだろ」
心を揺らがす話が後についてきていたから忘れていたが、よくよく考えれば腑に落ちないところはある。
謝るようなことではないだろうと、土方は軽く首を捻った。すると紗己は、夫の言葉に申し訳なさそうに首を振る。
「でも私、お饅頭も食べちゃったから・・・」
「あ? 饅頭?」
「はい、土方さんが持って帰ってきてくださった、頂き物のお饅頭です」
「あー、あれか」
言いながら、部屋の出入口に程近い場所に置かれている戸棚に目をやった。そこには、五個入りの箱に残り一つになった饅頭が。
それは、土方が二日前に出先で貰ってきた物だった。今までなら、そうした貰い物はほぼ自室に持ち帰ることはなかった。置いておけば誰かが食べるだろうと、食堂に放置することがほとんどだったのだ。
しかし今は、よほど大量でない限りはそうした貰い物の菓子類は、一旦自室に持ち帰るようにしている。これは勿論紗己のため。それ以外の何物でもない。
きっかけは、まだ紗己と世間話をするだけの仲だった頃。後で食堂に置いてこようとたまたま自室に持ち帰っていた大福を、茶を運んできてくれた彼女に出してやったことがあった。
どうせすぐに食堂に戻るのなら、ついでにこれを持っていってくれ。なんなら、今ここで食べてもいいぞ。
何の気なしに言ってみたところ、彼女は恥ずかしそうに返答を詰まらせた。
その小さな間が気になった土方は、半ば強引に食べていけと勧めてみた。すると紗己は、仕事中だからと少し躊躇いはしたものの、土方の強い勧めに頷きその場で大福を食べたのだ。訊けば、甘いものが好物なのだと言う。
これに気を良くした土方は、以来貰い物の菓子を持ち帰るようになった。少しでも長く彼女と話が出来ると、無意識のうちにそう思っていたのだろう。
そして結婚した今、彼女の喜ぶ顔が見たいがために、わざわざ買ってくることもしばしばだ。そういった経緯も踏まえ、土方は紗己が甘味を好むことに対して寛容である。
銀時のような食べ方は理解出来ないししたくもないと思っているが、世間一般の、常識の範囲内であれば何ら問題はない。だからこそ、何故紗己が謝ってきたのかがわからないのだ。
妻が何故謝罪をするのか不思議でならない土方は、座卓に寄り掛からせていた身体を軽く起こすと、左手を天板に置き直して紗己を見やった。
「好きなモンくらい、遠慮しねェで食えばいいだろ。食われて困るモンなら端から持って帰ってきてねーよ」
「でも、今日二個、食べちゃったんです」
「え、二個って・・・あの饅頭をか?」
僅かながら、その言葉には驚きが含まれている。
紗己が食した饅頭とは、口当たりの軽い白餡だったのだが、ポイントはそのサイズ。女性の拳大ほどのそれは、店頭で売られている饅頭の中では割合い大きめだ。
それを二個食べたというのだから、甘いものに全く興味のない土方が驚くのも無理ない話。おまけに彼女は、その後シュークリームまで食べているのだから。
土方の言葉を受けて紗己は、しゅんと肩を落として下を向いてしまった。
「やっぱり食べ過ぎですよね・・・」
太腿の上で重ねていた自身の両手指を、絡めては解き、と意味のない動作を繰り返している。
そんな彼女の落ち込み様を見て、これはマズイと思ったのだろう。土方は一気に背筋を伸ばすと、顔の前で右手を左右に振りながら、やや焦り気味にフォローを入れた。
「い、いやまァいいんじゃねェか!? そりゃ饅頭に栄養があるとは思えねーが、エネルギーくらいにはなんだろ!」
そんなに必死にならなくてもいいだろうと、自分に突っ込みたい気持ちになったりもするのだが。やはり、自分の発言のせいで彼女が気落ちするところは見たくない。
それに土方としては、彼女の間食を止めたくない理由もあるのだ。
まだまだ好不調の波が激しく、つわりも変わらずの紗己。日によっては食欲がふるわない時もある。ならばどんな物でもいいから、食べられそうな物をとりあえずは食べて欲しい。心配性な夫はまた胡座をかくと、首の後ろを撫でながら言葉を放った。
「それでなくともまだつわりがあるんだ、何でもいいから食える時に口に入れとけ」
体調不良で倒れたりと、ここ数日の紗己を思い返して渋い顔をしてしまう。
だが紗己は、彼の真意に気付いているのかいないのか、残念そうではあるもののしっかりとした意思を感じる声で言葉を返す。
耳の裏を掻きながら、ぼそっと呟く。気持ちの切り替えをしたはずなのだが、まだまだすっきりとまではいかないようだ。
そんな風に夫が複雑な思いを抱いているとは知らない紗己は、彼の漏らした呟きが単純に耳に引っ掛かったらしく、特に深い意味もなく訊き返す。
「紛らわしいって、何がですか?」
「え、いや、その・・・」
訊き返されても、今更一から全て心情を吐露するなんて出来ない。しかし無視するわけにもいかず、土方は差し障りのない不満部分だけを脳内から抜粋した。
「あー・・・アレだアレ、菓子食ったくらいでいちいち謝る必要ねーだろ」
心を揺らがす話が後についてきていたから忘れていたが、よくよく考えれば腑に落ちないところはある。
謝るようなことではないだろうと、土方は軽く首を捻った。すると紗己は、夫の言葉に申し訳なさそうに首を振る。
「でも私、お饅頭も食べちゃったから・・・」
「あ? 饅頭?」
「はい、土方さんが持って帰ってきてくださった、頂き物のお饅頭です」
「あー、あれか」
言いながら、部屋の出入口に程近い場所に置かれている戸棚に目をやった。そこには、五個入りの箱に残り一つになった饅頭が。
それは、土方が二日前に出先で貰ってきた物だった。今までなら、そうした貰い物はほぼ自室に持ち帰ることはなかった。置いておけば誰かが食べるだろうと、食堂に放置することがほとんどだったのだ。
しかし今は、よほど大量でない限りはそうした貰い物の菓子類は、一旦自室に持ち帰るようにしている。これは勿論紗己のため。それ以外の何物でもない。
きっかけは、まだ紗己と世間話をするだけの仲だった頃。後で食堂に置いてこようとたまたま自室に持ち帰っていた大福を、茶を運んできてくれた彼女に出してやったことがあった。
どうせすぐに食堂に戻るのなら、ついでにこれを持っていってくれ。なんなら、今ここで食べてもいいぞ。
何の気なしに言ってみたところ、彼女は恥ずかしそうに返答を詰まらせた。
その小さな間が気になった土方は、半ば強引に食べていけと勧めてみた。すると紗己は、仕事中だからと少し躊躇いはしたものの、土方の強い勧めに頷きその場で大福を食べたのだ。訊けば、甘いものが好物なのだと言う。
これに気を良くした土方は、以来貰い物の菓子を持ち帰るようになった。少しでも長く彼女と話が出来ると、無意識のうちにそう思っていたのだろう。
そして結婚した今、彼女の喜ぶ顔が見たいがために、わざわざ買ってくることもしばしばだ。そういった経緯も踏まえ、土方は紗己が甘味を好むことに対して寛容である。
銀時のような食べ方は理解出来ないししたくもないと思っているが、世間一般の、常識の範囲内であれば何ら問題はない。だからこそ、何故紗己が謝ってきたのかがわからないのだ。
妻が何故謝罪をするのか不思議でならない土方は、座卓に寄り掛からせていた身体を軽く起こすと、左手を天板に置き直して紗己を見やった。
「好きなモンくらい、遠慮しねェで食えばいいだろ。食われて困るモンなら端から持って帰ってきてねーよ」
「でも、今日二個、食べちゃったんです」
「え、二個って・・・あの饅頭をか?」
僅かながら、その言葉には驚きが含まれている。
紗己が食した饅頭とは、口当たりの軽い白餡だったのだが、ポイントはそのサイズ。女性の拳大ほどのそれは、店頭で売られている饅頭の中では割合い大きめだ。
それを二個食べたというのだから、甘いものに全く興味のない土方が驚くのも無理ない話。おまけに彼女は、その後シュークリームまで食べているのだから。
土方の言葉を受けて紗己は、しゅんと肩を落として下を向いてしまった。
「やっぱり食べ過ぎですよね・・・」
太腿の上で重ねていた自身の両手指を、絡めては解き、と意味のない動作を繰り返している。
そんな彼女の落ち込み様を見て、これはマズイと思ったのだろう。土方は一気に背筋を伸ばすと、顔の前で右手を左右に振りながら、やや焦り気味にフォローを入れた。
「い、いやまァいいんじゃねェか!? そりゃ饅頭に栄養があるとは思えねーが、エネルギーくらいにはなんだろ!」
そんなに必死にならなくてもいいだろうと、自分に突っ込みたい気持ちになったりもするのだが。やはり、自分の発言のせいで彼女が気落ちするところは見たくない。
それに土方としては、彼女の間食を止めたくない理由もあるのだ。
まだまだ好不調の波が激しく、つわりも変わらずの紗己。日によっては食欲がふるわない時もある。ならばどんな物でもいいから、食べられそうな物をとりあえずは食べて欲しい。心配性な夫はまた胡座をかくと、首の後ろを撫でながら言葉を放った。
「それでなくともまだつわりがあるんだ、何でもいいから食える時に口に入れとけ」
体調不良で倒れたりと、ここ数日の紗己を思い返して渋い顔をしてしまう。
だが紗己は、彼の真意に気付いているのかいないのか、残念そうではあるもののしっかりとした意思を感じる声で言葉を返す。