第八章
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今から交わす予定の会話の中で、予測出来うる限りの答えに対する返答を用意した土方は、気持ちを新たに短く深呼吸をすると、キッと目を開けて紗己を見据えた。
「紗己」
「は、はい」
今か今かと心構えをしていたものの、低い声で名を呼ばれるとドキッと心臓が跳ねてしまう。
紗己は太腿の上で両手を強く重ね、緊張の面持ちで顔を上げた。そこに無表情を決め込んだ土方が、落ち着いた口調で話を切り出してきた。
「今日な・・・万事屋に会ったぞ」
「え? 銀さんに、ですか?」
「・・・ああ」
妻の口から紡がれた「銀さん」という名称に、一瞬だけ顔を歪める。そこから滲み出る親密感に、どうしても不快な気持ちがわき上がってきてしまうのだ。
そんな夫の細かい変化を見ることもなく、紗己はやや俯きがちに小さく返答する。
「そう、ですか・・・・・・」
か細い声も、静か過ぎる部屋では十分耳に届く。
これを受けて土方は、やはり自分の読み通りだったかと密かに息をついた。しかしそこには、暗鬱な表情も垣間見える。
散々悩み抜いた結果、やはり強引に彼女を抱くことは出来ないと決断した土方。だからこそ今夜、もしくは今後、彼女自身がどうしたいのか直接訊こうとしていた。
そして、銀時と会ったと伝えることで、うまく流れを掴んだかに見えた。いや、確かに流れは掴んだのだ。明らかに動揺している彼女の反応が、それを証明している。
全てが算段通り。紗己の口から望みを訊き出せるのも時間の問題だ。なのに、土方の胸中は複雑に乱れ始めていた。
彼は、紗己が銀時に悩み相談を持ちかけたと完全に思い込んでいる。銀時のあの態度、そして紗己のこの様子。いくら憶測の域を出ないとはいえ、それら全てがそう思い込むに値するものだからだ。
そして彼女の悩みがどんな類いのものであろうと、少なくとも自分が関係しているに違いないと土方は思う。ならばどうして先に、その悩みを打ち明けてはくれなかったのか――そのことが、少なからずショックなのだ。
心を開き話し合えないような形を作ってしまっていたのかと、土方は緩やかに頭を振って嘆息した。
更に、先程よりずっと感じている不快感。彼女が銀時にしたであろう相談の中身が、もしも夜の営みについてのものだったら――そう思うだけで苛立ちが募る。
そんなデリケートな問題を、何故夫である自分にではなく別の男に相談するのか。彼女の頼る先が銀時だと思うと、不快でならない。
と、激しい思い込みで勝手に腹を立てている土方は、脳内での苛立ちを現実に持ち込み、片眉を上げて先を促した。
「何か俺に話すことあるんじゃねーのか」
組んだ腕に触れている武骨な指が、不規則なリズムをとっている。うまく誘導しなければいけないという思いと、早く答えを知りたいという思いが、彼の中でせめぎあっているのだ。
おまけに、紗己が自分以外の男に心を開いたであろうという嫉妬まで絡んできている。落ち込んだり怒ったり、面倒で複雑なことこの上ない。
しかしながらここで感情をむき出しにしてしまっては、聞ける話も聞けなくなる。仕事をしている時と同じように冷静な自分を前に出すと、土方は硬い表情で紗己の言葉を待った。
すると向かいに座る紗己が、重たい口を開き始めた。
「銀さんから、聞いたんですね・・・」
少し怯えたような声音で、躊躇いがちに言葉を続ける。
「ごめんなさい、私どうしても我慢出来なくて・・・」
「え?」
我慢って、どういうことだ? ひょっとしてあの野郎と――なんて、考えたくもない不安が土方に襲いかかる。
ま、まさかな・・・そんなわけねえよ、ああ絶対そんなのありえねえ! で、でも・・・いやいやいや! 野郎の様子がいつもと違ってたのは、もっと全然違う理由で絶対だから・・・きっと・・・・・・。
銀時が去る間際に言い放った言葉が、鮮明に蘇る。
『今の生活が幸せなんだってよ』
そのままなのだろう。紗己が話したことをそのまま伝えてるだけなのだろう。そう思いはするも、ついしなくてもいい深読みまでしてしまう。
もしかして二人の間に何かがあって、その時に紗己が、今の生活を失うことを恐れてそう言ったのだとしたら・・・・・・。そんなことはありえないと否定しつつも、昼メロ調の妄想が勝手に脳内再生を繰り返す。
ば、馬鹿馬鹿しい! コイツに限ってんなことあるわけねーだろっ!!
なんてくだらない心配をしているんだと、土方は頬を引き攣らせたまま薄ら笑った。
だが今の心境では、偽りの笑みでさえ保つことが困難なようで、鬼の副長と呼ばれる男の顔は、みるみるうちに曇り始める。
だったら、何が我慢できなかったんだ? おまけに謝るって・・・俺に謝らなきゃいけねえようなことしたってのか・・・・・・?
不安が口をついて出そうだからか、土方は大きな手で自身の頬から口元にかけてを覆い隠した。
だが、このまま何も訊かないわけにはいかない。手の平にかかる熱い息に少し気を落ち着かせると、その手を下ろして目の前の紗己を見やった。
「紗己」
「は、はい」
今か今かと心構えをしていたものの、低い声で名を呼ばれるとドキッと心臓が跳ねてしまう。
紗己は太腿の上で両手を強く重ね、緊張の面持ちで顔を上げた。そこに無表情を決め込んだ土方が、落ち着いた口調で話を切り出してきた。
「今日な・・・万事屋に会ったぞ」
「え? 銀さんに、ですか?」
「・・・ああ」
妻の口から紡がれた「銀さん」という名称に、一瞬だけ顔を歪める。そこから滲み出る親密感に、どうしても不快な気持ちがわき上がってきてしまうのだ。
そんな夫の細かい変化を見ることもなく、紗己はやや俯きがちに小さく返答する。
「そう、ですか・・・・・・」
か細い声も、静か過ぎる部屋では十分耳に届く。
これを受けて土方は、やはり自分の読み通りだったかと密かに息をついた。しかしそこには、暗鬱な表情も垣間見える。
散々悩み抜いた結果、やはり強引に彼女を抱くことは出来ないと決断した土方。だからこそ今夜、もしくは今後、彼女自身がどうしたいのか直接訊こうとしていた。
そして、銀時と会ったと伝えることで、うまく流れを掴んだかに見えた。いや、確かに流れは掴んだのだ。明らかに動揺している彼女の反応が、それを証明している。
全てが算段通り。紗己の口から望みを訊き出せるのも時間の問題だ。なのに、土方の胸中は複雑に乱れ始めていた。
彼は、紗己が銀時に悩み相談を持ちかけたと完全に思い込んでいる。銀時のあの態度、そして紗己のこの様子。いくら憶測の域を出ないとはいえ、それら全てがそう思い込むに値するものだからだ。
そして彼女の悩みがどんな類いのものであろうと、少なくとも自分が関係しているに違いないと土方は思う。ならばどうして先に、その悩みを打ち明けてはくれなかったのか――そのことが、少なからずショックなのだ。
心を開き話し合えないような形を作ってしまっていたのかと、土方は緩やかに頭を振って嘆息した。
更に、先程よりずっと感じている不快感。彼女が銀時にしたであろう相談の中身が、もしも夜の営みについてのものだったら――そう思うだけで苛立ちが募る。
そんなデリケートな問題を、何故夫である自分にではなく別の男に相談するのか。彼女の頼る先が銀時だと思うと、不快でならない。
と、激しい思い込みで勝手に腹を立てている土方は、脳内での苛立ちを現実に持ち込み、片眉を上げて先を促した。
「何か俺に話すことあるんじゃねーのか」
組んだ腕に触れている武骨な指が、不規則なリズムをとっている。うまく誘導しなければいけないという思いと、早く答えを知りたいという思いが、彼の中でせめぎあっているのだ。
おまけに、紗己が自分以外の男に心を開いたであろうという嫉妬まで絡んできている。落ち込んだり怒ったり、面倒で複雑なことこの上ない。
しかしながらここで感情をむき出しにしてしまっては、聞ける話も聞けなくなる。仕事をしている時と同じように冷静な自分を前に出すと、土方は硬い表情で紗己の言葉を待った。
すると向かいに座る紗己が、重たい口を開き始めた。
「銀さんから、聞いたんですね・・・」
少し怯えたような声音で、躊躇いがちに言葉を続ける。
「ごめんなさい、私どうしても我慢出来なくて・・・」
「え?」
我慢って、どういうことだ? ひょっとしてあの野郎と――なんて、考えたくもない不安が土方に襲いかかる。
ま、まさかな・・・そんなわけねえよ、ああ絶対そんなのありえねえ! で、でも・・・いやいやいや! 野郎の様子がいつもと違ってたのは、もっと全然違う理由で絶対だから・・・きっと・・・・・・。
銀時が去る間際に言い放った言葉が、鮮明に蘇る。
『今の生活が幸せなんだってよ』
そのままなのだろう。紗己が話したことをそのまま伝えてるだけなのだろう。そう思いはするも、ついしなくてもいい深読みまでしてしまう。
もしかして二人の間に何かがあって、その時に紗己が、今の生活を失うことを恐れてそう言ったのだとしたら・・・・・・。そんなことはありえないと否定しつつも、昼メロ調の妄想が勝手に脳内再生を繰り返す。
ば、馬鹿馬鹿しい! コイツに限ってんなことあるわけねーだろっ!!
なんてくだらない心配をしているんだと、土方は頬を引き攣らせたまま薄ら笑った。
だが今の心境では、偽りの笑みでさえ保つことが困難なようで、鬼の副長と呼ばれる男の顔は、みるみるうちに曇り始める。
だったら、何が我慢できなかったんだ? おまけに謝るって・・・俺に謝らなきゃいけねえようなことしたってのか・・・・・・?
不安が口をついて出そうだからか、土方は大きな手で自身の頬から口元にかけてを覆い隠した。
だが、このまま何も訊かないわけにはいかない。手の平にかかる熱い息に少し気を落ち着かせると、その手を下ろして目の前の紗己を見やった。