第八章
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普段はよく気のつく紗己も、こういった場面では本来の鈍感ぶりを遺憾無く発揮してくれる。
言わなくとも煙草の買い置きをしてくれていたり、食卓に当たり前のようにマヨネーズが出てきたり。とてもありがたいとは思っているが、出来ればそういった感覚を程よく分散してほしいと、土方は切に願う。
しかしそれは無理な願いというものだ。紗己の場合、ありとあらゆる方向に気を回しているだけなので、そうすれば当然いくつかはその場に当てはまるものも出てくるだろう。
要するに数打てば当たるというだけで、基本ベースは鈍感なままなのだ。まだまだ、以心伝心には程遠い。
「それじゃ、お湯が冷めていないか見てきますね」
「ああ・・・」
力無く眉間を押さえたまま頷くと、部屋を後にする紗己を黙って見送るしか出来なかった。
何となく、取り残された感が漂う一人きりの部屋。土方は脱力したように、ごろりと畳に寝そべった。腕を頭の後ろで組み、鋭い双眸は天井へと向けられている。
「きっかけ、か・・・・・・」
吐息混じりに呟いた。きっかけを掴めず、甘い言葉で誘うことも出来ず、情けなさで胸がいっぱいになる。
こんなにも愛しているのに。こんなにも求めているのに。傷付けたくなくて嫌われたくなくて、年甲斐もなく臆病になってしまう。
今夜は大人しく、風呂に入ってさっさと寝ろってことか・・・・・・。うまくいかない現実に、諦めろという天命かとさえ思えてくる。自分が動けないだけなのに、かなり大袈裟な発想だ。
重たい気持ちを消化しようと、寝返りを打って視界を狭める。今その目に映るのは、畳と自分の両肘と座卓の足のみ。
小さな動き一つで、見える範囲がこんなにも変わるのだ。動かなければ、何も変わらない――。
本当にここで諦めていいのか? 次の機会が訪れるのを指を咥えて待つつもりか?
今日この時をモノに出来ない自分が、次の機をモノに出来るとは思えない。大体そんなにも頻繁に好機が訪れはしないだろう。そう考えると、こんな風に気落ちしている場合ではないと思えてきた。
「やっぱり・・・今夜しかねーだろ・・・・・・」
横向きの姿勢のまま呟いた。両腕で耳を塞いでいるため、低い声が頭の奥にまで響いてくる。
何のために、今日一日悩み続けてきた? ここで立ち上がらなきゃ、男じゃねェだろ!
「・・・よし!」
一旦は折れていた心に、気合いという添え木をする。頭を挟んでいた両腕にグッと力を込めると、勢いよく身体を起こした。
何とか気持ちを奮い立たせ、決意を固めた土方の耳に、廊下をヒタヒタと歩く足音が小さく届く。だんだんと近付いてくるその足音は、部屋の前でぴたりと止んだ。スッと障子戸が開き、足音の主が入ってくる。
「お待たせしました。今ならちょうどいいお湯加減ですよ」
戸に背中を向けて座っている土方に、穏やかな声を届ける紗己。それを聞いても土方は振り向きはしないが、逞しい肩がピクッと反応を示した。
「あ、ああ」
返事はするものの、今は湯加減については正直どうでもいい。戸を閉めて自分の横を通り過ぎようとした紗己を、土方は焦ったように慌てて呼び止める。
「紗己!」
「はい?」
「ちょ、ちょっとここ座れ」
どもりつつ、自分の正面を指差す。動きを止めた紗己は、一瞬戸惑いの表情を見せたが、言われたまま大人しく座った。
「土方さん? どうかしました?」
「ああ・・・ちょっと、な」
言わなければ、誘わなければと気が焦ってしまう。
さっさと誘えって、簡単なことじゃねーか。早いうちに済ませた方が、コイツの精神的負担だって少なくて済むだろう。
冷静な判断は、頭の中でなら出来る。言葉に出すのが照れ臭いのであれば、アクションを起こせばいい。手を伸ばして触れ、そのまま引き寄せ抱き締めればいい。そして優しく髪を撫で、甘く口付けて、事に及べばいい。冷静な計画は、頭の中でなら練れる。
土方は膝頭に乗せていた手にグッと力を込めると、胡坐ながらも姿勢を正した。そうすることで、座っていながらも自然と紗己を見下ろすような形となる。
緊張の面持ちで愛する妻の顔を見据えると――向かい合う紗己は、心配そうな表情で土方を見つめ返した。
「あの、何かあったんですか?」
「えっ!?」
「今日の土方さん、なんだか様子が違ってるから・・・」
言いながら畳に手を付き、ずいっと距離を詰めてくる。
「何か・・・悩み事や心配事でも、あるんですか?」
少し眉を寄せて顔を覗き込むようにしてくる紗己に、土方は思わず目を逸らしてしまった。
言わなくとも煙草の買い置きをしてくれていたり、食卓に当たり前のようにマヨネーズが出てきたり。とてもありがたいとは思っているが、出来ればそういった感覚を程よく分散してほしいと、土方は切に願う。
しかしそれは無理な願いというものだ。紗己の場合、ありとあらゆる方向に気を回しているだけなので、そうすれば当然いくつかはその場に当てはまるものも出てくるだろう。
要するに数打てば当たるというだけで、基本ベースは鈍感なままなのだ。まだまだ、以心伝心には程遠い。
「それじゃ、お湯が冷めていないか見てきますね」
「ああ・・・」
力無く眉間を押さえたまま頷くと、部屋を後にする紗己を黙って見送るしか出来なかった。
何となく、取り残された感が漂う一人きりの部屋。土方は脱力したように、ごろりと畳に寝そべった。腕を頭の後ろで組み、鋭い双眸は天井へと向けられている。
「きっかけ、か・・・・・・」
吐息混じりに呟いた。きっかけを掴めず、甘い言葉で誘うことも出来ず、情けなさで胸がいっぱいになる。
こんなにも愛しているのに。こんなにも求めているのに。傷付けたくなくて嫌われたくなくて、年甲斐もなく臆病になってしまう。
今夜は大人しく、風呂に入ってさっさと寝ろってことか・・・・・・。うまくいかない現実に、諦めろという天命かとさえ思えてくる。自分が動けないだけなのに、かなり大袈裟な発想だ。
重たい気持ちを消化しようと、寝返りを打って視界を狭める。今その目に映るのは、畳と自分の両肘と座卓の足のみ。
小さな動き一つで、見える範囲がこんなにも変わるのだ。動かなければ、何も変わらない――。
本当にここで諦めていいのか? 次の機会が訪れるのを指を咥えて待つつもりか?
今日この時をモノに出来ない自分が、次の機をモノに出来るとは思えない。大体そんなにも頻繁に好機が訪れはしないだろう。そう考えると、こんな風に気落ちしている場合ではないと思えてきた。
「やっぱり・・・今夜しかねーだろ・・・・・・」
横向きの姿勢のまま呟いた。両腕で耳を塞いでいるため、低い声が頭の奥にまで響いてくる。
何のために、今日一日悩み続けてきた? ここで立ち上がらなきゃ、男じゃねェだろ!
「・・・よし!」
一旦は折れていた心に、気合いという添え木をする。頭を挟んでいた両腕にグッと力を込めると、勢いよく身体を起こした。
何とか気持ちを奮い立たせ、決意を固めた土方の耳に、廊下をヒタヒタと歩く足音が小さく届く。だんだんと近付いてくるその足音は、部屋の前でぴたりと止んだ。スッと障子戸が開き、足音の主が入ってくる。
「お待たせしました。今ならちょうどいいお湯加減ですよ」
戸に背中を向けて座っている土方に、穏やかな声を届ける紗己。それを聞いても土方は振り向きはしないが、逞しい肩がピクッと反応を示した。
「あ、ああ」
返事はするものの、今は湯加減については正直どうでもいい。戸を閉めて自分の横を通り過ぎようとした紗己を、土方は焦ったように慌てて呼び止める。
「紗己!」
「はい?」
「ちょ、ちょっとここ座れ」
どもりつつ、自分の正面を指差す。動きを止めた紗己は、一瞬戸惑いの表情を見せたが、言われたまま大人しく座った。
「土方さん? どうかしました?」
「ああ・・・ちょっと、な」
言わなければ、誘わなければと気が焦ってしまう。
さっさと誘えって、簡単なことじゃねーか。早いうちに済ませた方が、コイツの精神的負担だって少なくて済むだろう。
冷静な判断は、頭の中でなら出来る。言葉に出すのが照れ臭いのであれば、アクションを起こせばいい。手を伸ばして触れ、そのまま引き寄せ抱き締めればいい。そして優しく髪を撫で、甘く口付けて、事に及べばいい。冷静な計画は、頭の中でなら練れる。
土方は膝頭に乗せていた手にグッと力を込めると、胡坐ながらも姿勢を正した。そうすることで、座っていながらも自然と紗己を見下ろすような形となる。
緊張の面持ちで愛する妻の顔を見据えると――向かい合う紗己は、心配そうな表情で土方を見つめ返した。
「あの、何かあったんですか?」
「えっ!?」
「今日の土方さん、なんだか様子が違ってるから・・・」
言いながら畳に手を付き、ずいっと距離を詰めてくる。
「何か・・・悩み事や心配事でも、あるんですか?」
少し眉を寄せて顔を覗き込むようにしてくる紗己に、土方は思わず目を逸らしてしまった。