第八章
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「・・・あ?」
疑問符の付いた掠れた声が口から零れてしまった。
どこか具合でも悪いのかと思っていた紗己が、急にその表情を変えたのだ。
何か思い付いたのかパッと明るい笑顔で両手を打つと、腰を上げて頷きながら鏡台の引き出しを開けた。取り出したのは爪切りだ。
とても満足気な顔をして、彼女はそれを鞄の内側のポケットにしまい込む。
指折り鞄の中身を確認しているうちに、何かが足りない気がしてきた紗己。しばらく頭を悩ませた結果、それが爪切りだったと気付いたようだ。確かに、あればあったで助かる代物だが。
「爪切りかよ・・・」
一連の彼女の動きを目で追っていた土方は、気が抜けたように吐息した。
つい先日も倒れたばかり、いやが上にも過保護になってしまう。おまけに小さくではあるが、唸り声まで聞こえてきたのだ。
俺がこんなに悩んでるってのに、無邪気なもんだ・・・ったく。
呆れながら胸中で軽くぼやく。だが夫の心配をよそに、紗己はまだ笑顔を保ったままだ。寂しくはないのだろうか、軽快な様子で準備を進めている。
そんな彼女の姿を、座卓に肘をつき、頬杖ついた姿勢で見つめる男が一人。
気にしそうにもねーよなァ、俺の取り越し苦労かも知れねェ。一通り思い巡らせてから、頬杖はそのままに、こめかみを指で押さえて嘆息した。
どこまでも朗らかな様子の彼女を見ていると、体型を気にするようには思えなくなってきたようだ。
というよりも、彼女がそんな女性的なことを考えるようには、どうも思えないらしい。それはそれで、紗己に対して少々失礼な話だが。
そんな風に紗己を見つめていたら、だんだんと笑いが込み上げてきた。さっきまでの険しい表情は崩れ、眉間の皺はおろか、頬はすっかり緩んでしまっている。
と、いつもならここで、胸中での呟きが口から漏れているところなのだが。
「っ、危ねェー・・・」
可愛い女だな、という心の声を、何とかぎりぎり飲み込んだ。他にもまだ強引にいけない理由があるため、意識の全てが甘い世界に飛んではいなかったようだ。
その最大の理由とは、裸になった向こう側の行為自体にある。
正常な意識状態での『初めて』は、極力優しくしようと土方は考えている。快楽目的だと感じさせてしまうような手練れ感は、間違っても出さないつもりだ。
しかしここで、『妊娠中』という縛りが細かな制限をかけてくる。彼女に覆い被さり、強くきつく抱き締めながら励もうものなら、確実に腹部を圧迫することになる。
逞しい肉体と温もりは彼女に安心を与えるだろうが、腹の子にとっては迷惑以外の何物でもないだろう。となると、やはりそれ相応の多種多様な体勢で励まねばならない。
それは、妊娠中なのだから当たり前のことだ。しかし、それを自分たちに当てはめるとしたらどうだろうか――と、いつもここで土方は頭を悩ませるのだ。紗己には、少々マニアックすぎやしないかと。
手首をかえすのが少し疲れたのだろうか。土方は頬杖つくのを止めると、両肘を天板について手を組み、そこに顎を乗せて息をついた。
明日は朝も早いし、もし今日するんならさっさとそういう流れに持ち込まねえとなー・・・・・・。
そう考えはするものの、性欲という観点で言えば、何が何でも今したくてたまらないというわけではない。限界にまではまだ達していないと土方は自覚しているし、今少し待てとあらば苦しいながらもそれは可能だ。
そんな自分のことを、誉めてやりたい気持ちでいっぱいになる。ああ、なんて理性に忠実に生きているのだろう――と。
ならば今夜にそこまでこだわる必要もないだろう。明日からの出張にかこつけて、恥ずかしい口説き文句も考えて、そうまでして何故今夜にこだわるのか――?
これからも理性に忠実に、いつかは必ず訪れるその機会を、もっとのんびりと待てばいい。それが自然なのだとしたらそれでもいいと、土方本来の気持ちは、初めのうちはこの程度だった。
しかし、一度きっかけを掴み損ねると、次がいつくるのかわからない。明日なのか一週間後なのか、ひょっとしたら一ヶ月後かも知れない。
待つには待てる。構わないと言えば構わない。けれどその間にも、腹の子は着実に成長していくのだ。あとひと月も経てば、紗己の妊婦姿も板についているはず。その幸せな腹部も立派に存在を主張しているだろう。
もしその頃まできっかけを掴み損ねたままきていたら、紗己の正式な『初めて』は大変マニアックなものになってしまう。今ですら、多少なりともその感は否めないというのに。
男女問わず、初めての交わりは印象深いものだ。人それぞれ違いはあれど、その影響力には計り知れないものがある。
貴重な初めてをやや偏奇に迎えることで、彼女が今後、行為自体に精神的苦痛を感じたりしないだろうか。土方はそれが気掛かりで仕方ない。
そして現状でそれを気にして強引になれない自分が、これ以上日が経ってそこで強引になれるとは到底思えない。その思いが余計に彼を焦らせる。
だからこそ、早ければ早いうちがいいと、今夜にこだわっているのだ。
疑問符の付いた掠れた声が口から零れてしまった。
どこか具合でも悪いのかと思っていた紗己が、急にその表情を変えたのだ。
何か思い付いたのかパッと明るい笑顔で両手を打つと、腰を上げて頷きながら鏡台の引き出しを開けた。取り出したのは爪切りだ。
とても満足気な顔をして、彼女はそれを鞄の内側のポケットにしまい込む。
指折り鞄の中身を確認しているうちに、何かが足りない気がしてきた紗己。しばらく頭を悩ませた結果、それが爪切りだったと気付いたようだ。確かに、あればあったで助かる代物だが。
「爪切りかよ・・・」
一連の彼女の動きを目で追っていた土方は、気が抜けたように吐息した。
つい先日も倒れたばかり、いやが上にも過保護になってしまう。おまけに小さくではあるが、唸り声まで聞こえてきたのだ。
俺がこんなに悩んでるってのに、無邪気なもんだ・・・ったく。
呆れながら胸中で軽くぼやく。だが夫の心配をよそに、紗己はまだ笑顔を保ったままだ。寂しくはないのだろうか、軽快な様子で準備を進めている。
そんな彼女の姿を、座卓に肘をつき、頬杖ついた姿勢で見つめる男が一人。
気にしそうにもねーよなァ、俺の取り越し苦労かも知れねェ。一通り思い巡らせてから、頬杖はそのままに、こめかみを指で押さえて嘆息した。
どこまでも朗らかな様子の彼女を見ていると、体型を気にするようには思えなくなってきたようだ。
というよりも、彼女がそんな女性的なことを考えるようには、どうも思えないらしい。それはそれで、紗己に対して少々失礼な話だが。
そんな風に紗己を見つめていたら、だんだんと笑いが込み上げてきた。さっきまでの険しい表情は崩れ、眉間の皺はおろか、頬はすっかり緩んでしまっている。
と、いつもならここで、胸中での呟きが口から漏れているところなのだが。
「っ、危ねェー・・・」
可愛い女だな、という心の声を、何とかぎりぎり飲み込んだ。他にもまだ強引にいけない理由があるため、意識の全てが甘い世界に飛んではいなかったようだ。
その最大の理由とは、裸になった向こう側の行為自体にある。
正常な意識状態での『初めて』は、極力優しくしようと土方は考えている。快楽目的だと感じさせてしまうような手練れ感は、間違っても出さないつもりだ。
しかしここで、『妊娠中』という縛りが細かな制限をかけてくる。彼女に覆い被さり、強くきつく抱き締めながら励もうものなら、確実に腹部を圧迫することになる。
逞しい肉体と温もりは彼女に安心を与えるだろうが、腹の子にとっては迷惑以外の何物でもないだろう。となると、やはりそれ相応の多種多様な体勢で励まねばならない。
それは、妊娠中なのだから当たり前のことだ。しかし、それを自分たちに当てはめるとしたらどうだろうか――と、いつもここで土方は頭を悩ませるのだ。紗己には、少々マニアックすぎやしないかと。
手首をかえすのが少し疲れたのだろうか。土方は頬杖つくのを止めると、両肘を天板について手を組み、そこに顎を乗せて息をついた。
明日は朝も早いし、もし今日するんならさっさとそういう流れに持ち込まねえとなー・・・・・・。
そう考えはするものの、性欲という観点で言えば、何が何でも今したくてたまらないというわけではない。限界にまではまだ達していないと土方は自覚しているし、今少し待てとあらば苦しいながらもそれは可能だ。
そんな自分のことを、誉めてやりたい気持ちでいっぱいになる。ああ、なんて理性に忠実に生きているのだろう――と。
ならば今夜にそこまでこだわる必要もないだろう。明日からの出張にかこつけて、恥ずかしい口説き文句も考えて、そうまでして何故今夜にこだわるのか――?
これからも理性に忠実に、いつかは必ず訪れるその機会を、もっとのんびりと待てばいい。それが自然なのだとしたらそれでもいいと、土方本来の気持ちは、初めのうちはこの程度だった。
しかし、一度きっかけを掴み損ねると、次がいつくるのかわからない。明日なのか一週間後なのか、ひょっとしたら一ヶ月後かも知れない。
待つには待てる。構わないと言えば構わない。けれどその間にも、腹の子は着実に成長していくのだ。あとひと月も経てば、紗己の妊婦姿も板についているはず。その幸せな腹部も立派に存在を主張しているだろう。
もしその頃まできっかけを掴み損ねたままきていたら、紗己の正式な『初めて』は大変マニアックなものになってしまう。今ですら、多少なりともその感は否めないというのに。
男女問わず、初めての交わりは印象深いものだ。人それぞれ違いはあれど、その影響力には計り知れないものがある。
貴重な初めてをやや偏奇に迎えることで、彼女が今後、行為自体に精神的苦痛を感じたりしないだろうか。土方はそれが気掛かりで仕方ない。
そして現状でそれを気にして強引になれない自分が、これ以上日が経ってそこで強引になれるとは到底思えない。その思いが余計に彼を焦らせる。
だからこそ、早ければ早いうちがいいと、今夜にこだわっているのだ。