第七章
名前変換はこちら
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
――――――
昼下がりの町中に響き渡る、若い女の金切り声。パトカーから降りた土方は、うんざりした表情で野次馬達を押し退けた。人だかりの中心では、若い男女が何やら口論している。いや、騒いでいるのは女の方のみだ。
「喧しい女だな」
「はは、ほんとですね」
輪の内側に入った土方だったが、まだ問題の男女には近付こうとせず、少し距離を置いて聞こえないように小さく呟いた。同じように隣に立つ山崎が、軽く笑ってそれに答える。
『痴漢騒ぎが起きている』との無線連絡を受けたのは、つい先程のこと。たまたま近くを走っていた土方と山崎が、騒ぎの収拾にあたるためにここにやってきたのだ。
こんな真っ昼間から町中で堂々と痴漢行為をやってのけるとは、一体どんな男なのかと勇んで来たのだが。実際に輪の中心で女に詰め寄られているのは、真面目としか形容のしようがない地味な青年だった。
被害を訴え騒ぎ立てる女を、先に車に乗せるように命じた土方。それを受けて山崎は、騒ぐ女を宥めながらやや強引にパトカーへと連れて行く。こうなっては、一見どちらが被害者なのか傍目ではわからないだろう。
ようやく静かになり野次馬達も去り始めた通りで、土方は片耳を触りながら嘆息した。
「やっと静かになったか。んで、何? 痴漢? 何でこんな所でやったんだ」
「だから、やってないんですって! きっかけが掴めなくって・・・タイミングが悪くてこうなっちゃっただけなんです! 駅で毎朝見かけるあの人に、勇気を出して告白しようと思って・・・」
駅から今いるこの通りまで、話し掛けるタイミングを計って、ここまで後をついてきてしまったのだと言う。ようやく信号待ちで立ち止まった女に、勇気を振り絞って声を掛けたが、知らぬ顔をされたのだと。
「・・・でもどうしても告白したくて、呼び止めるために肩には触ったけど、ほんと・・・痴漢とかじゃないんです! きっかけが掴めなくて、タイミングを逃してしまって・・・」
「それでもいきなり触っちゃ駄目だろ。どれだけ純粋に思ってても、相手が嫌がってたらそれは迷惑行為でしかないから。ね、副長?」
項垂れ話す男のもとに、女を別の隊に任せてきた山崎が戻ってきた。男の言い分を、あっさりと切って捨てる。
当然、自分の上司も同じ考えだろうと、同意を求めて土方に声を掛けると。
「分かる! 物事なんでもきっかけなんだよな!!」
「・・・は? 何言ってんですか、副長?」
部下の怪訝な表情には気付きもせず、土方は頷きながら男の肩をガシガシと叩いた。
「一度タイミングを逃すと、その後きっかけ掴むのに苦労するよな。分かる、俺にはよく分かるぞ!」
「ほんとに!? 分かってもらえますか!?」
「ああ。俺もここ数日、完っ璧にタイミング逃しちまってきっかけ掴めねーんだよ。分かるぞ、お前のその無念」
「嬉しいです、分かってもらえて! それじゃあ、痴漢してないって信じてもらえるんですね!!」
自分の気持ちを理解してもらえたと、喜び安堵する痴漢容疑の男。しかし土方は、その言葉には同意しなかった。
「あ? いや、それとこれとは別だろ。見知らぬ女に無理やり触ったら、そりゃァ痴漢って言われても反論できねーよ」
「ええっ!? そんな、信じてくれないんですか!」
「信じるも信じねェも、触ったのは事実だろ。相手が被害届出しちまったら、俺たちゃ取り締まるしかねーんでな」
あれだけ共感していたにも関わらず、あくまでも仕事においては冷静だ。痴漢と言われることに関しては、多少の同情もないわけではないが。面倒な女に惚れたのが運の尽きだと、非情なことをあっさりと言ってしまった。
半べそをかいている男を、山崎は後からやってきた巡回中のパトカーに乗せて、後部座席の扉を閉めた。走り出した車を見送ると、自分の後方に立っている土方へと振り向きニヤリと笑う。
その視線に気付いた土方は、両手をズボンのポケットに突っ込んだまま訝しげな顔で部下を見やる。
「あ? なんだ、どうした」
「さっきのきっかけがどうのって、あれって紗己ちゃんとのことですよね? なんです副長、早速夫婦喧嘩でも・・・」
「してねーよ! つまんねえこと言ってねェで、さっさと車出せ!!」
「はいはい、わかりましたよー」
上司の怒鳴り声にも臆することなく軽くあしらい、薄く笑いながら運転席へと乗り込む山崎。その余裕の態度に苛立ちを覚える土方だったが、さすがに町中で殴りにかかるわけにもいかず、腹立たしそうに舌打ちをして自分達の乗ってきた車の助手席に乗り込んだ。
昼下がりの町中に響き渡る、若い女の金切り声。パトカーから降りた土方は、うんざりした表情で野次馬達を押し退けた。人だかりの中心では、若い男女が何やら口論している。いや、騒いでいるのは女の方のみだ。
「喧しい女だな」
「はは、ほんとですね」
輪の内側に入った土方だったが、まだ問題の男女には近付こうとせず、少し距離を置いて聞こえないように小さく呟いた。同じように隣に立つ山崎が、軽く笑ってそれに答える。
『痴漢騒ぎが起きている』との無線連絡を受けたのは、つい先程のこと。たまたま近くを走っていた土方と山崎が、騒ぎの収拾にあたるためにここにやってきたのだ。
こんな真っ昼間から町中で堂々と痴漢行為をやってのけるとは、一体どんな男なのかと勇んで来たのだが。実際に輪の中心で女に詰め寄られているのは、真面目としか形容のしようがない地味な青年だった。
被害を訴え騒ぎ立てる女を、先に車に乗せるように命じた土方。それを受けて山崎は、騒ぐ女を宥めながらやや強引にパトカーへと連れて行く。こうなっては、一見どちらが被害者なのか傍目ではわからないだろう。
ようやく静かになり野次馬達も去り始めた通りで、土方は片耳を触りながら嘆息した。
「やっと静かになったか。んで、何? 痴漢? 何でこんな所でやったんだ」
「だから、やってないんですって! きっかけが掴めなくって・・・タイミングが悪くてこうなっちゃっただけなんです! 駅で毎朝見かけるあの人に、勇気を出して告白しようと思って・・・」
駅から今いるこの通りまで、話し掛けるタイミングを計って、ここまで後をついてきてしまったのだと言う。ようやく信号待ちで立ち止まった女に、勇気を振り絞って声を掛けたが、知らぬ顔をされたのだと。
「・・・でもどうしても告白したくて、呼び止めるために肩には触ったけど、ほんと・・・痴漢とかじゃないんです! きっかけが掴めなくて、タイミングを逃してしまって・・・」
「それでもいきなり触っちゃ駄目だろ。どれだけ純粋に思ってても、相手が嫌がってたらそれは迷惑行為でしかないから。ね、副長?」
項垂れ話す男のもとに、女を別の隊に任せてきた山崎が戻ってきた。男の言い分を、あっさりと切って捨てる。
当然、自分の上司も同じ考えだろうと、同意を求めて土方に声を掛けると。
「分かる! 物事なんでもきっかけなんだよな!!」
「・・・は? 何言ってんですか、副長?」
部下の怪訝な表情には気付きもせず、土方は頷きながら男の肩をガシガシと叩いた。
「一度タイミングを逃すと、その後きっかけ掴むのに苦労するよな。分かる、俺にはよく分かるぞ!」
「ほんとに!? 分かってもらえますか!?」
「ああ。俺もここ数日、完っ璧にタイミング逃しちまってきっかけ掴めねーんだよ。分かるぞ、お前のその無念」
「嬉しいです、分かってもらえて! それじゃあ、痴漢してないって信じてもらえるんですね!!」
自分の気持ちを理解してもらえたと、喜び安堵する痴漢容疑の男。しかし土方は、その言葉には同意しなかった。
「あ? いや、それとこれとは別だろ。見知らぬ女に無理やり触ったら、そりゃァ痴漢って言われても反論できねーよ」
「ええっ!? そんな、信じてくれないんですか!」
「信じるも信じねェも、触ったのは事実だろ。相手が被害届出しちまったら、俺たちゃ取り締まるしかねーんでな」
あれだけ共感していたにも関わらず、あくまでも仕事においては冷静だ。痴漢と言われることに関しては、多少の同情もないわけではないが。面倒な女に惚れたのが運の尽きだと、非情なことをあっさりと言ってしまった。
半べそをかいている男を、山崎は後からやってきた巡回中のパトカーに乗せて、後部座席の扉を閉めた。走り出した車を見送ると、自分の後方に立っている土方へと振り向きニヤリと笑う。
その視線に気付いた土方は、両手をズボンのポケットに突っ込んだまま訝しげな顔で部下を見やる。
「あ? なんだ、どうした」
「さっきのきっかけがどうのって、あれって紗己ちゃんとのことですよね? なんです副長、早速夫婦喧嘩でも・・・」
「してねーよ! つまんねえこと言ってねェで、さっさと車出せ!!」
「はいはい、わかりましたよー」
上司の怒鳴り声にも臆することなく軽くあしらい、薄く笑いながら運転席へと乗り込む山崎。その余裕の態度に苛立ちを覚える土方だったが、さすがに町中で殴りにかかるわけにもいかず、腹立たしそうに舌打ちをして自分達の乗ってきた車の助手席に乗り込んだ。