序章②
名前変換はこちら
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
――――――
午後になり遅めの昼食を済ませると、紗己は買出しに出た。
何せ、真選組は大所帯。大概の物は店から配達をしてもらっているのだが、それでも毎日こまごまとした日用品や食料の買出しが必要となる。
紗己は両手に袋を提げて、町を歩いていた。
右の袋には茶葉。日々の消費量が多いため、一週間に一回は大量購入している代物である。
左の袋にはぶどう。デラウェアとも呼ばれる、小粒の種無しのものだ。予定には入ってなかったが、旬のものだし隊士達のデザートになればと、予算内で購入した。
照りつける日差しの中、袋の中の茶葉に視線を落としつつ、なんとなく午前中の土方との会話を思い出す。
『裏方がしっかりやってくれてるから、俺たち自由に動き回れてんだよ』
隊士達の世話をして給金を貰っているのだし、褒め称えてほしいなどと紗己は思ったことがない。
けれどやはり面と向かって感謝されれば嬉しいものだし、それがそんなことを口にもしなさそうな男からなら尚のことだ。
土方の言葉一つに喜びを感じている自分に気付きはしないが、もっと美味しいお茶を淹れたいと紗己は思う。
両手の重みに満足感を覚えつつ、ふと立ち止まり空を見上げる。
雲一つない青空、見ているだけで晴れ晴れとした気持ちになる。
そんな軽やかな気分でまた歩き始めると。
――ドンッ
「いってぇーっ!!」
通りすがり様に、見知らぬ男が突然大声を上げた。
「え? あ、ごめんなさい」
「あ゛ぁ? ごめんじゃねえんだよ、いてててっどうしてくれんだ! 腕が折れちまったぁ」
「おい何してくれてんだよ姉ちゃん! テメーの荷物が当たったせいで、こいつ骨折したじゃねーかぁ?」
柄の悪い男が二人、不細工な顔をひん曲げて紗己にいちゃもんをつけてくる。
いきなり大声で詰め寄られ、どうしていいかわからない紗己は、ただただオロオロとするばかり。
「あ・・・ごめんなさい、でも・・・」
「でもじゃねぇよ、どう落とし前つけてくれるつもりだぁ?」
「お・・・なかなか綺麗な面してんじゃん! 治療代払えねーんなら、なんなら身体で払ってくれてもいいんだぜ」
「ちょ、やだっ・・・放してくださ・・・やっ、誰か・・・・・・っ」
突然一人の男に手首を掴まれ紗己は必死に抵抗するが、女の力ではどうにもならない。掴まれた手首から伝わる他人の体温に嫌悪感が走る。
(やっ・・・嫌! 副長さん――!!)
ギュッと目を瞑り恐怖に身を硬くした、その時。
――ドガッ!!
「うわぁっ!?」
「ぐはっ・・・」
(・・・え?)
蛙の声のような呻きが耳に飛び込んできた。
一体何が起こったのか分からなくて、紗己は恐る恐る目を開ける。
(背中・・・・・・?)
視界が一気に暗くなる。すぐ目の前にはなかなかに大きな人物が立っていた。
「おいおい、公道で何めんどくせーことやってんだよ」
これ以上無いというくらい着崩された着物から見える黒いブーツが、物足りなさげにプラプラと動いている。どうやらその足が男たちに命中したらしい。
「なっ・・・なにすんだテメー!」
「こ、こっちは二人いんだぞ!?」
「ああ? 雑魚が何人いようと関係ねーんだよ。ほんとに骨折させられたくなきゃ、さっさと行けって」
面倒くさそうに言いながら、男はガリガリと頭を掻いている。まだ背後に居ることが気配で分かるのだろう、紗己を振り返ろうとはしない。
(似てる・・・・・・)
自分を庇うように立つ男の大きな背中に、紗己はよく知る人物を重ねてみる。そのまま目線を上げると、暗い中に真っ白いものが映った。
わ、真っ白・・・銀・・・・・・? ふわふわしてる、なんか動物みたい・・・・・・。
なんてぼんやりと考え事をしているうちに、どうやら決着はついたらしい。蹴りを入れられた男たちは、捨て台詞を吐きながら尻尾を巻いて逃げていった。
「・・・しょーもねー奴らだな。おい、怪我ねえか?」
「は、はい! ありがとうございました!」
男は腰を曲げて、地面に落とされた袋を拾う。一つ目を手にすると、やる気のなさそうな双眸で紗己を見やった。
「ほら、荷物。あ、どうしたどっか痛いのか?」
「え、いいえ・・・」
「ならいいけど、そうやってぼんやりしてっからさっきみたいな奴らに引っ掛かるんだよ。あんまり治安良くねえんだから、もっと気ィ引き締めてなきゃいけねーよ」
紗己の手に荷物を持たせると、もう一つの袋を拾い上げる。その姿に、紗己は頬を緩めた。
「・・・やっぱり似てる」
「え、誰が誰にって・・・俺に似てるヤツでもいんの?」
「ええ、知り合いに」
クスクスと笑うと、男はふーんといいながら残りの袋を紗己の前に持ってきた。
「まあ、いいけど。結構重たいなこれ、何入って・・・」
顔を下ろすと、袋の中には甘酸っぱい匂いが立ち込めていた。買ったばかりのぶどうが、底の方で潰れてしまったらしい。
「あ、ぶどう! 上の方は・・・無事かな」
紗己も覗き込みながら、袋を受け取ろうとする。しかし男は袋を掴んだままだ。
不思議に思い男の目線を追ってみると、袋の上に乗せられた包み紙を凝視している。
ああそうだ、羊羹買ってたんだった。
今日のおやつにと、自分と同僚たちのために買っていたのを、すっかり忘れていた。
「あの・・・好きなんですか、羊羹」
「えっ? いやいやいや、まあそりゃ嫌いではないけど・・・」
「良かったら、お礼にお一ついかがですか?」
にこり笑う紗己の言葉に、男はまんざらでもなさそうな表情をする。
「そんな、なァ? お礼とか言われちゃったら断れないし? でもなんかなあ、催促してるみたいになっても困るし、いや、でもどうしても! って言うんならやぶさかでもないかなァー」
「ふふ。少し多めに買ったんで、是非」
午後になり遅めの昼食を済ませると、紗己は買出しに出た。
何せ、真選組は大所帯。大概の物は店から配達をしてもらっているのだが、それでも毎日こまごまとした日用品や食料の買出しが必要となる。
紗己は両手に袋を提げて、町を歩いていた。
右の袋には茶葉。日々の消費量が多いため、一週間に一回は大量購入している代物である。
左の袋にはぶどう。デラウェアとも呼ばれる、小粒の種無しのものだ。予定には入ってなかったが、旬のものだし隊士達のデザートになればと、予算内で購入した。
照りつける日差しの中、袋の中の茶葉に視線を落としつつ、なんとなく午前中の土方との会話を思い出す。
『裏方がしっかりやってくれてるから、俺たち自由に動き回れてんだよ』
隊士達の世話をして給金を貰っているのだし、褒め称えてほしいなどと紗己は思ったことがない。
けれどやはり面と向かって感謝されれば嬉しいものだし、それがそんなことを口にもしなさそうな男からなら尚のことだ。
土方の言葉一つに喜びを感じている自分に気付きはしないが、もっと美味しいお茶を淹れたいと紗己は思う。
両手の重みに満足感を覚えつつ、ふと立ち止まり空を見上げる。
雲一つない青空、見ているだけで晴れ晴れとした気持ちになる。
そんな軽やかな気分でまた歩き始めると。
――ドンッ
「いってぇーっ!!」
通りすがり様に、見知らぬ男が突然大声を上げた。
「え? あ、ごめんなさい」
「あ゛ぁ? ごめんじゃねえんだよ、いてててっどうしてくれんだ! 腕が折れちまったぁ」
「おい何してくれてんだよ姉ちゃん! テメーの荷物が当たったせいで、こいつ骨折したじゃねーかぁ?」
柄の悪い男が二人、不細工な顔をひん曲げて紗己にいちゃもんをつけてくる。
いきなり大声で詰め寄られ、どうしていいかわからない紗己は、ただただオロオロとするばかり。
「あ・・・ごめんなさい、でも・・・」
「でもじゃねぇよ、どう落とし前つけてくれるつもりだぁ?」
「お・・・なかなか綺麗な面してんじゃん! 治療代払えねーんなら、なんなら身体で払ってくれてもいいんだぜ」
「ちょ、やだっ・・・放してくださ・・・やっ、誰か・・・・・・っ」
突然一人の男に手首を掴まれ紗己は必死に抵抗するが、女の力ではどうにもならない。掴まれた手首から伝わる他人の体温に嫌悪感が走る。
(やっ・・・嫌! 副長さん――!!)
ギュッと目を瞑り恐怖に身を硬くした、その時。
――ドガッ!!
「うわぁっ!?」
「ぐはっ・・・」
(・・・え?)
蛙の声のような呻きが耳に飛び込んできた。
一体何が起こったのか分からなくて、紗己は恐る恐る目を開ける。
(背中・・・・・・?)
視界が一気に暗くなる。すぐ目の前にはなかなかに大きな人物が立っていた。
「おいおい、公道で何めんどくせーことやってんだよ」
これ以上無いというくらい着崩された着物から見える黒いブーツが、物足りなさげにプラプラと動いている。どうやらその足が男たちに命中したらしい。
「なっ・・・なにすんだテメー!」
「こ、こっちは二人いんだぞ!?」
「ああ? 雑魚が何人いようと関係ねーんだよ。ほんとに骨折させられたくなきゃ、さっさと行けって」
面倒くさそうに言いながら、男はガリガリと頭を掻いている。まだ背後に居ることが気配で分かるのだろう、紗己を振り返ろうとはしない。
(似てる・・・・・・)
自分を庇うように立つ男の大きな背中に、紗己はよく知る人物を重ねてみる。そのまま目線を上げると、暗い中に真っ白いものが映った。
わ、真っ白・・・銀・・・・・・? ふわふわしてる、なんか動物みたい・・・・・・。
なんてぼんやりと考え事をしているうちに、どうやら決着はついたらしい。蹴りを入れられた男たちは、捨て台詞を吐きながら尻尾を巻いて逃げていった。
「・・・しょーもねー奴らだな。おい、怪我ねえか?」
「は、はい! ありがとうございました!」
男は腰を曲げて、地面に落とされた袋を拾う。一つ目を手にすると、やる気のなさそうな双眸で紗己を見やった。
「ほら、荷物。あ、どうしたどっか痛いのか?」
「え、いいえ・・・」
「ならいいけど、そうやってぼんやりしてっからさっきみたいな奴らに引っ掛かるんだよ。あんまり治安良くねえんだから、もっと気ィ引き締めてなきゃいけねーよ」
紗己の手に荷物を持たせると、もう一つの袋を拾い上げる。その姿に、紗己は頬を緩めた。
「・・・やっぱり似てる」
「え、誰が誰にって・・・俺に似てるヤツでもいんの?」
「ええ、知り合いに」
クスクスと笑うと、男はふーんといいながら残りの袋を紗己の前に持ってきた。
「まあ、いいけど。結構重たいなこれ、何入って・・・」
顔を下ろすと、袋の中には甘酸っぱい匂いが立ち込めていた。買ったばかりのぶどうが、底の方で潰れてしまったらしい。
「あ、ぶどう! 上の方は・・・無事かな」
紗己も覗き込みながら、袋を受け取ろうとする。しかし男は袋を掴んだままだ。
不思議に思い男の目線を追ってみると、袋の上に乗せられた包み紙を凝視している。
ああそうだ、羊羹買ってたんだった。
今日のおやつにと、自分と同僚たちのために買っていたのを、すっかり忘れていた。
「あの・・・好きなんですか、羊羹」
「えっ? いやいやいや、まあそりゃ嫌いではないけど・・・」
「良かったら、お礼にお一ついかがですか?」
にこり笑う紗己の言葉に、男はまんざらでもなさそうな表情をする。
「そんな、なァ? お礼とか言われちゃったら断れないし? でもなんかなあ、催促してるみたいになっても困るし、いや、でもどうしても! って言うんならやぶさかでもないかなァー」
「ふふ。少し多めに買ったんで、是非」