第七章
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自室前の廊下を無言で歩き、角を曲がったすぐのところで土方は足を止めた。
元々屯所の端の方に位置しているここは、隊士達の出入りもほとんどない。今も人通りがないことを確認してから、自分の背後で様子を窺うように立っている近藤に振り返った。
「近藤さん、アイツが昼間に何してたかアンタ知ってるんだろ・・・」
「トシ・・・・・・」
「教えてくれよ! なんでアイツが倒れなきゃならなかったのか・・・っ」
ギリギリと音がしそうなほど歯を食い縛っている土方に、近藤は観念したように肩を落として、ここ数日の紗己の様子を話し出した。
――――――
「嘘だろ・・・・・・?」
掠れた声が夜風にさらわれていく。今しがた聞いたばかりの話に、土方は愕然とした。近藤の話によると、この二日間紗己は、屯所中の掃除を引き受けていたのだという。
屯所の掃除は、基本的には数箇所に分けて隊内で当番制となっている。それらとはまた別に、細やかな手入れや掃除を、他の家事などの合間に女中たちが担っているのだ。
しかしこの二日間は、隊の当番となっている区域まで紗己が引き受けていた。この事実に土方は動揺を隠せない。
ちょっと待てよ・・・アイツ昼間にそんなに無理して、それで俺の帰りを明け方まで待ってたってのか・・・・・・?
どうしてそんな・・・と土方は頭を振り眉間を押さえると、苦悶の表情で言葉を吐き出した。
「なんでそんな・・・なあ近藤さん、なんでアイツわざわざそんなこと・・・」
「彼女はなあ、恩返しがしたかったそうだ」
「・・・恩返し?」
近藤の言葉に、土方は訝しげに首を捻る。
「真選組総出で式を挙げてもらえて本当に感謝してるって、そう言ってたんだ。だから、その気持ちを自分に出来ることで俺たちに返したいってな」
式のため特別な勤務体制で働いてくれた隊士達に、少しでも体を休めてもらいたいと、自分からそう言い出したのだという。
自分のことよりも常に他者を気遣う彼女のことだ、十分に考えられると土方は項垂れた。言葉を返せずにいる土方に、近藤は話を続ける。
「二日前そう言われてな。家族のように思っているお前達の結婚だ、そこまで気を遣わなくてもいいと断ったんだが・・・」
それでも「迷惑でないのなら、是非」という紗己の言葉に折れた近藤は、無理をしない程度にという約束で、掃除を頼んだのだという。
近藤の話を聞いた土方は、全身の力が抜けてへたり込みそうになるのを堪え、深く息を吐き出し壁に身体を預けた。消え入りそうな声で小さく呟く。
「アイツ・・・待ってたんだよ・・・・・・」
「待ってたって、何をだ?」
「この三日間、仕事終えて部屋に戻ると・・・アイツ、起きて待ってた・・・・・・」
「えっ!? でもお前、このところずっと明け方近くまで・・・」
土方の言葉に、まさかそんな時間まで寝ずに待っているとは知らなかった近藤は、驚き頬を引き攣らせる。
「ちゃんと寝てんのかって訊いたら、俺が仕事してる間に昼寝してるから平気だって・・・だから俺は・・・っ」
自分に対しての怒りなのか、唇を噛んで顔を歪める。その姿に、近藤は掛ける言葉も見つからない。
しかし、これで何故彼女が倒れてしまったのか合点がいった。身重の身体である上に、まともに睡眠も取らず昼間中掃除や家事に勤しんだら、寝不足と過労で倒れてしまうのは必至だ。
そこまでしてどうして・・・とも思いはするが、それもまた彼女らしい。きっと夫のためを想い、その夫の仲間達を想ってのことだったのだろう。
しかし今それを伝えてしまえば、土方が余計に苦しむ――そう思った近藤は、あえて何も言わずに黙っていた。
苦みばしった表情で身体の両脇で拳を震えさせる。そんな土方の姿を目の当たりにし、近藤は深々と頭を下げる。
「すまん、俺の責任だ。寝不足だったと知らなかったとはいえ、身重の彼女の体を考えればやっぱり断るべきだった。本当にすまん、トシ」
「・・・アンタのせいじゃねえよ、悪いのは俺だ・・・」
吐き捨てるようにそう言うと、凭れ掛かっている壁に後頭部をごりっと擦り付け、爪痕の残る手の平で自身の顔を覆った。
「アイツが昼間寝てるって、そう思ってたから・・・言っちまったんだ。仕事終わって部屋に灯りが点いてるって・・・やっぱりいいなって・・・・・・。あんなこと言っちまったから、アイツは起きて待つしかなかったんだ・・・っ」
言い終えた途端、土方は深く深く吐息した。
何も知らずに浮かれて過ごしていた今日一日を、出来ることならばやり直したい。先程の紗己を思い出し、土方は項垂れるしかなかった。
元々屯所の端の方に位置しているここは、隊士達の出入りもほとんどない。今も人通りがないことを確認してから、自分の背後で様子を窺うように立っている近藤に振り返った。
「近藤さん、アイツが昼間に何してたかアンタ知ってるんだろ・・・」
「トシ・・・・・・」
「教えてくれよ! なんでアイツが倒れなきゃならなかったのか・・・っ」
ギリギリと音がしそうなほど歯を食い縛っている土方に、近藤は観念したように肩を落として、ここ数日の紗己の様子を話し出した。
――――――
「嘘だろ・・・・・・?」
掠れた声が夜風にさらわれていく。今しがた聞いたばかりの話に、土方は愕然とした。近藤の話によると、この二日間紗己は、屯所中の掃除を引き受けていたのだという。
屯所の掃除は、基本的には数箇所に分けて隊内で当番制となっている。それらとはまた別に、細やかな手入れや掃除を、他の家事などの合間に女中たちが担っているのだ。
しかしこの二日間は、隊の当番となっている区域まで紗己が引き受けていた。この事実に土方は動揺を隠せない。
ちょっと待てよ・・・アイツ昼間にそんなに無理して、それで俺の帰りを明け方まで待ってたってのか・・・・・・?
どうしてそんな・・・と土方は頭を振り眉間を押さえると、苦悶の表情で言葉を吐き出した。
「なんでそんな・・・なあ近藤さん、なんでアイツわざわざそんなこと・・・」
「彼女はなあ、恩返しがしたかったそうだ」
「・・・恩返し?」
近藤の言葉に、土方は訝しげに首を捻る。
「真選組総出で式を挙げてもらえて本当に感謝してるって、そう言ってたんだ。だから、その気持ちを自分に出来ることで俺たちに返したいってな」
式のため特別な勤務体制で働いてくれた隊士達に、少しでも体を休めてもらいたいと、自分からそう言い出したのだという。
自分のことよりも常に他者を気遣う彼女のことだ、十分に考えられると土方は項垂れた。言葉を返せずにいる土方に、近藤は話を続ける。
「二日前そう言われてな。家族のように思っているお前達の結婚だ、そこまで気を遣わなくてもいいと断ったんだが・・・」
それでも「迷惑でないのなら、是非」という紗己の言葉に折れた近藤は、無理をしない程度にという約束で、掃除を頼んだのだという。
近藤の話を聞いた土方は、全身の力が抜けてへたり込みそうになるのを堪え、深く息を吐き出し壁に身体を預けた。消え入りそうな声で小さく呟く。
「アイツ・・・待ってたんだよ・・・・・・」
「待ってたって、何をだ?」
「この三日間、仕事終えて部屋に戻ると・・・アイツ、起きて待ってた・・・・・・」
「えっ!? でもお前、このところずっと明け方近くまで・・・」
土方の言葉に、まさかそんな時間まで寝ずに待っているとは知らなかった近藤は、驚き頬を引き攣らせる。
「ちゃんと寝てんのかって訊いたら、俺が仕事してる間に昼寝してるから平気だって・・・だから俺は・・・っ」
自分に対しての怒りなのか、唇を噛んで顔を歪める。その姿に、近藤は掛ける言葉も見つからない。
しかし、これで何故彼女が倒れてしまったのか合点がいった。身重の身体である上に、まともに睡眠も取らず昼間中掃除や家事に勤しんだら、寝不足と過労で倒れてしまうのは必至だ。
そこまでしてどうして・・・とも思いはするが、それもまた彼女らしい。きっと夫のためを想い、その夫の仲間達を想ってのことだったのだろう。
しかし今それを伝えてしまえば、土方が余計に苦しむ――そう思った近藤は、あえて何も言わずに黙っていた。
苦みばしった表情で身体の両脇で拳を震えさせる。そんな土方の姿を目の当たりにし、近藤は深々と頭を下げる。
「すまん、俺の責任だ。寝不足だったと知らなかったとはいえ、身重の彼女の体を考えればやっぱり断るべきだった。本当にすまん、トシ」
「・・・アンタのせいじゃねえよ、悪いのは俺だ・・・」
吐き捨てるようにそう言うと、凭れ掛かっている壁に後頭部をごりっと擦り付け、爪痕の残る手の平で自身の顔を覆った。
「アイツが昼間寝てるって、そう思ってたから・・・言っちまったんだ。仕事終わって部屋に灯りが点いてるって・・・やっぱりいいなって・・・・・・。あんなこと言っちまったから、アイツは起きて待つしかなかったんだ・・・っ」
言い終えた途端、土方は深く深く吐息した。
何も知らずに浮かれて過ごしていた今日一日を、出来ることならばやり直したい。先程の紗己を思い出し、土方は項垂れるしかなかった。