序章②
名前変換はこちら
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
――――――
翌朝。食堂へと足を運んだ土方の鋭い双眸が、配膳の仕度に取り掛かっている紗己の姿を捉えた。
てきぱきと動きながら、時折見せる笑顔が眩しい――思わず足を止めて見惚れてしまった自分に、土方はただ突っ込みを入れるしかない。
見惚れてるとか・・・ないないそんなのねーよ。あれだ寝起きだからだ、眩しく見えるのは太陽見た時と同じようなもんだ。いや、紗己の笑顔が太陽とかそんなんじゃないし? 大体アイツはどっちかっつーと地味な方だし?
変に意識すればするほど眩しく見えてしまうので、いっそのこと見ないでおこうと彼女に背を向けようとしたその時。
「あ、副長さん。おはようございます」
朝の光のように優しく柔らかい、けれどやけに眩しく感じる笑顔を向けられてしまった。
「お、おう」
出来るだけ無表情を装い軽く手を上げて答えるが、何を話せば良いのか分からない。だが、それも無駄な心配に終わった。
紗己は挨拶を済ませると、特に話し掛けてくるでもなく、また土方に話し掛けてほしいとアピールしてくるでもなく、自らに課せられた仕事を淡々とこなし始めた。
屯所の朝は忙しい。次々と食堂にやってくる隊士達の世話に追われ、紗己には意思と関係なく土方の相手をしている暇など無いのだ。
茶やらおかわりやら頼んでいる隊士達に、優しい笑みを湛えて応える紗己。それを見ていると、土方は少しだけ不愉快になった。それも世話をしている紗己にではなく、自分の仲間達に対して。
おいこら、茶ァくらいテメーで淹れやがれ。心の中で毒づく。それが彼女の仕事だというのに、今の土方にとってはそんなことはお構いなしだ。
しかし勿論のこと、自分勝手な胸中をぶちまけるわけにもいかない。
仕方がないので苛立ちをぶつけるが如く、朝食にこれでもかとマヨネーズを丸々一本浴びせた。紗己特製の卵焼きが、悲惨な事になってしまった。
――――――
今日は午前中内勤のため、土方は自室で様々な書類に目を通しつつ、事務仕事をひたすらこなしている。
そろそろ疲れも溜まってきたし、一服でもしようか・・・柱に掛けてある時計に目をやり、一旦筆を置いたその時。
すぅっと静かに障子が開き、紗己がちらりと顔を覗かせた。柔らかな笑みを浮かべ、盆を手に丁寧な所作で部屋に入ってくる。
「お疲れ様です、副長さん。お茶、お持ちしました」
「お、おう」
今朝から同じ返事しか出来ていない自分を、土方は情けなく思う。
だが紗己は特に気にしていない。ここで働き始めて以来、女中としての彼女に土方は、「ああ」か「おう」くらいしか言葉を返していなかったからだ。
紗己は土方の側まで来ると、腰を落としてから畳に両膝をつき、湯呑みを文机に置いた。
「それじゃ、ここに置いておきますね」
そう言って盆を抱いて立ち上がりかけた紗己の耳に、
「紗己っ」
土方の焦りを含んだ声が届けられた。
(あ・・・呼んじまった。特に話すことねーんだけど・・・・・・)
つい反射的に声を掛けてしまったが、次の言葉が出てこない。
そんな土方の心情に気付くわけもない紗己は、上げかけた腰を再度下ろして、複雑な表情で自分を見つめる土方と向かい合う。
「はい?」
「あ・・・いや、その・・・」
少しでも会話をしたかった――などという甘酸っぱい気持ちを認めたくなくて、土方は必死に今の自分の行動に必要性を見出そうとしている。
呼び止められたからには、土方からの言葉を待つ紗己。その姿に、土方はようやく会話の糸口を見つけ出した。
「そう・・・そうだ! 昨日は言うの忘れてたんだが、薬、助かった」
「そんな、お役に立てて良かったです」
少しはにかんで答える紗己に、そういえば、コイツとこんなふうに普通に話すのって初めてだったかとぼんやりと思いながら、土方はまだもう少しと無意識に話を引き伸ばす。
「仕事はー・・・忙しいか?」
「それなりには。でも、隊士の皆さんに比べたら全然ですよ」
「裏方がしっかりやってくれてるから、俺たち自由に動き回れてんだよ」
言ってから、やけに饒舌になっている自分に気付き、なんとも恥ずかしい気持ちになってしまった。
おい紗己! お前何恥ずかしい事言わせてくれてんだよ!! まあいいけどよ・・・そう思ってるのは確かだしな。
自分の言葉一つに嬉しそうな顔で微笑む紗己を見ていると、恥ずかしいなりに言ってよかったと土方は思う。
その後、二言三言交わしてから、紗己は仕事に戻っていった。一人になった土方は、茶を飲みながら記憶の糸を手繰り寄せる。
(そういや、今までにもこうやってアイツ茶持ってきてくれてたっけな・・・・・・)
他の女中も同じようにしてくれているので、特に意識したことがなかった。
今になって思い返せば、紗己だけではなくどの女中に対しても、返事くらいはしてもわざわざ手を止めたり顔を見たりすることはなかった。
それが今はどうだろう、たったあれだけの短いやり取りを楽しんでいた自分に気付く。
何がどうなるか分かりゃしねェな。不思議なもんだ、縁ってのは。
良縁かどうかは分かんねーけどな。小さく呟くと、硬くなった首をゆっくりと解すように回して、また書類に目を通し始めた。
翌朝。食堂へと足を運んだ土方の鋭い双眸が、配膳の仕度に取り掛かっている紗己の姿を捉えた。
てきぱきと動きながら、時折見せる笑顔が眩しい――思わず足を止めて見惚れてしまった自分に、土方はただ突っ込みを入れるしかない。
見惚れてるとか・・・ないないそんなのねーよ。あれだ寝起きだからだ、眩しく見えるのは太陽見た時と同じようなもんだ。いや、紗己の笑顔が太陽とかそんなんじゃないし? 大体アイツはどっちかっつーと地味な方だし?
変に意識すればするほど眩しく見えてしまうので、いっそのこと見ないでおこうと彼女に背を向けようとしたその時。
「あ、副長さん。おはようございます」
朝の光のように優しく柔らかい、けれどやけに眩しく感じる笑顔を向けられてしまった。
「お、おう」
出来るだけ無表情を装い軽く手を上げて答えるが、何を話せば良いのか分からない。だが、それも無駄な心配に終わった。
紗己は挨拶を済ませると、特に話し掛けてくるでもなく、また土方に話し掛けてほしいとアピールしてくるでもなく、自らに課せられた仕事を淡々とこなし始めた。
屯所の朝は忙しい。次々と食堂にやってくる隊士達の世話に追われ、紗己には意思と関係なく土方の相手をしている暇など無いのだ。
茶やらおかわりやら頼んでいる隊士達に、優しい笑みを湛えて応える紗己。それを見ていると、土方は少しだけ不愉快になった。それも世話をしている紗己にではなく、自分の仲間達に対して。
おいこら、茶ァくらいテメーで淹れやがれ。心の中で毒づく。それが彼女の仕事だというのに、今の土方にとってはそんなことはお構いなしだ。
しかし勿論のこと、自分勝手な胸中をぶちまけるわけにもいかない。
仕方がないので苛立ちをぶつけるが如く、朝食にこれでもかとマヨネーズを丸々一本浴びせた。紗己特製の卵焼きが、悲惨な事になってしまった。
――――――
今日は午前中内勤のため、土方は自室で様々な書類に目を通しつつ、事務仕事をひたすらこなしている。
そろそろ疲れも溜まってきたし、一服でもしようか・・・柱に掛けてある時計に目をやり、一旦筆を置いたその時。
すぅっと静かに障子が開き、紗己がちらりと顔を覗かせた。柔らかな笑みを浮かべ、盆を手に丁寧な所作で部屋に入ってくる。
「お疲れ様です、副長さん。お茶、お持ちしました」
「お、おう」
今朝から同じ返事しか出来ていない自分を、土方は情けなく思う。
だが紗己は特に気にしていない。ここで働き始めて以来、女中としての彼女に土方は、「ああ」か「おう」くらいしか言葉を返していなかったからだ。
紗己は土方の側まで来ると、腰を落としてから畳に両膝をつき、湯呑みを文机に置いた。
「それじゃ、ここに置いておきますね」
そう言って盆を抱いて立ち上がりかけた紗己の耳に、
「紗己っ」
土方の焦りを含んだ声が届けられた。
(あ・・・呼んじまった。特に話すことねーんだけど・・・・・・)
つい反射的に声を掛けてしまったが、次の言葉が出てこない。
そんな土方の心情に気付くわけもない紗己は、上げかけた腰を再度下ろして、複雑な表情で自分を見つめる土方と向かい合う。
「はい?」
「あ・・・いや、その・・・」
少しでも会話をしたかった――などという甘酸っぱい気持ちを認めたくなくて、土方は必死に今の自分の行動に必要性を見出そうとしている。
呼び止められたからには、土方からの言葉を待つ紗己。その姿に、土方はようやく会話の糸口を見つけ出した。
「そう・・・そうだ! 昨日は言うの忘れてたんだが、薬、助かった」
「そんな、お役に立てて良かったです」
少しはにかんで答える紗己に、そういえば、コイツとこんなふうに普通に話すのって初めてだったかとぼんやりと思いながら、土方はまだもう少しと無意識に話を引き伸ばす。
「仕事はー・・・忙しいか?」
「それなりには。でも、隊士の皆さんに比べたら全然ですよ」
「裏方がしっかりやってくれてるから、俺たち自由に動き回れてんだよ」
言ってから、やけに饒舌になっている自分に気付き、なんとも恥ずかしい気持ちになってしまった。
おい紗己! お前何恥ずかしい事言わせてくれてんだよ!! まあいいけどよ・・・そう思ってるのは確かだしな。
自分の言葉一つに嬉しそうな顔で微笑む紗己を見ていると、恥ずかしいなりに言ってよかったと土方は思う。
その後、二言三言交わしてから、紗己は仕事に戻っていった。一人になった土方は、茶を飲みながら記憶の糸を手繰り寄せる。
(そういや、今までにもこうやってアイツ茶持ってきてくれてたっけな・・・・・・)
他の女中も同じようにしてくれているので、特に意識したことがなかった。
今になって思い返せば、紗己だけではなくどの女中に対しても、返事くらいはしてもわざわざ手を止めたり顔を見たりすることはなかった。
それが今はどうだろう、たったあれだけの短いやり取りを楽しんでいた自分に気付く。
何がどうなるか分かりゃしねェな。不思議なもんだ、縁ってのは。
良縁かどうかは分かんねーけどな。小さく呟くと、硬くなった首をゆっくりと解すように回して、また書類に目を通し始めた。