第六章
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『知ってます、私・・・知ってますから』
静かな部屋に響いた、紗己自身の口から発せられた言葉。その意味を理解するのに少しの間を要した土方は、血の気が引く感覚に軽い目眩を覚えながら彼女に問い掛けた。
「え、おい紗己・・・・・・? 知ってるって、それどういう・・・」
言いながら、ふと一つの可能性に気付く。
「ひょっとして、誰かに聞いたのか・・・・・・?」
「・・・・・・」
だが、紗己からの返事はない。
実際、紗己自身が聞いて回ったわけでもなく、どちらかといえば無理やり聞かされたに近い。それでも、その人物に火の粉が降りかからないようにと、黙っているのだ。
一方の土方は、あの夜の真相を彼女が知っているらしいという事実に、動揺を隠せない。
え、どういう・・・ことだ・・・・・・? さっきの身代わりがどうとか、それってアイツのことを誰かに聞かなきゃ出てこない台詞だろ? 誰かに聞いた・・・いや、聞かされたのか――?
「・・・総悟、か?」
そういえば、あの夜以降彼の様子はおかしかった。今になって考えてみれば、それなりに辻褄は合う。結婚が決まってからはそうでもなかったが、それまでを思い返せば、思い当たる人物はもう沖田しか出てこなかった。
「総悟から、聞いたのか?」
「・・・・・・」
もう一度訊ねたが、やはりと言うべきか彼女からの返事はない。
紗己からしてみれば、沖田はいろいろ読めないところはあるものの、少なくとも自分には良くしてくれていると認識している。
結婚が決まるまでには彼の発言に翻弄された部分も無かったとは言わない。だがそれも悪意ではないと、紗己はちゃんと分かっている。
それに、土方の過去の話をしてくれたのはなにも沖田だけではないのだ。悩み相談をしていた時、彼の過去を丁寧に教えてくれたのは銀時だ。
双方を庇うため、無言を貫く紗己。その真相までは分からないものの、何故彼女が頑なに口を閉ざすのかは土方にも理解できた。
だからと言って、彼女を責める気もない。悪いのは全て自分で、彼女は何一つ悪くはないのだと土方は嘆息する。
「紗己・・・聞いたんだな・・・・・・?」
「ごめん、なさい・・・」
「いや、お前が謝ることでもないだろ・・・」
当然、彼女に真実を伝えたであろう人物にも怒りはない。
土方は気持ちを落ち着かせようと、まだ濡れている髪をがさつに掻き上げると、片膝を立てて吐息した。
「そうか、知ってたんだな・・・・・・」
「最近、ずっと様子が変だったから・・・だから、もしかしたらって・・・・・・。やっぱり、このことで悩んでらしたんですね」
鈍感だと思っていた彼女からの発言に、土方は少し驚いたように眉を上げた。
そして、散々悩んでいた姿を見て、彼女もまたそれに胸を痛めていたのかと改めて痛感する。
土方は立てた膝の上に自身の腕を引っ掛けると、もう一度深く息を落としてから緩慢な動作で顔を上げた。
「紗己、本当に悪かった。俺がもっと早くに正直に言ってれば良かったんだが・・・でもな、俺は・・・」
「いいんです!」
静かな夜に響く涙声。言いかけた言葉を紗己の声が遮った。
「・・・紗己・・・・・・?」
珍しく強い口調の彼女に、もしかしたら嫌われてしまったのかと、土方は恐々と彼女の名を呼ぶ。
だが紗己は、別に怒っているわけでもなく、かと言って当然喜んでいるはずもなく。痛みを堪えるような苦しい表情を見せたあと、眉を寄せ唇を引き締めて、目の前の情けない顔をしている夫を見つめた。
「いいんです、私・・・たとえ身代わりだったとしても、あなたの傍にいれるなら・・・それでいいんです。私、待ってますから・・・」
震える指を太ももの上で組むと、その手をそのまま自身の腹部に押し当てた。日々育っていく新たな命と、愛する者への想いに言葉を贈る。
「私、待ってます。だから・・・いつの日か、私のこと・・・好きになってくださいね」
それまでずっと待ってます、と笑顔を作る紗己。
あまりに健気なその言葉に、彼女の想いに、土方は込み上げる熱いものを必死に飲み込んだ。そして彼女の決意の中に含まれているとある部分に、大いに異を唱えるために声を荒らげる。
「っ・・・何言ってんだよ、どんなけお前はお人好しなんだっ!」
「え、あの・・・え・・・・・・?」
「違うだろ! 何だよそれ、なんでそんなに待つ必要があんだよ!! 俺がいつお前のことを好きじゃないなんて言ったんだよっ!?」
まさか彼女がそんな風に思っているとは、今の今まで知らなかった。自分が彼女をどれほど想っているのかが全く伝わっていなかったのかと、土方は愕然とする。
「お前・・・俺が、お前のことを死んだ人間の身代わりにしてるって・・・本当に、ずっとそう思ってたのか・・・・・・?」
呆れと疲れが混じったような、掠れた声で問い掛ける。すると紗己は一瞬躊躇ったものの、こくりと小さく頷いた。それを見て土方は、脱力して天井を見上げ、盛大に溜め息をついた。
信じらんねェ・・・ずっとそんな風に思われてたってのか・・・・・・?
情けなさでいっぱいになる。しかし、そんなにまで悲観的に自分の立場を日陰に置いてもなお、身代わりでもいいからずっと待っていると言ってくれた紗己の愛情の深さに、心の底では安堵の息をつく。
土方は立膝を崩すと、だらしなく胡坐をかいて紗己を一瞥した。
静かな部屋に響いた、紗己自身の口から発せられた言葉。その意味を理解するのに少しの間を要した土方は、血の気が引く感覚に軽い目眩を覚えながら彼女に問い掛けた。
「え、おい紗己・・・・・・? 知ってるって、それどういう・・・」
言いながら、ふと一つの可能性に気付く。
「ひょっとして、誰かに聞いたのか・・・・・・?」
「・・・・・・」
だが、紗己からの返事はない。
実際、紗己自身が聞いて回ったわけでもなく、どちらかといえば無理やり聞かされたに近い。それでも、その人物に火の粉が降りかからないようにと、黙っているのだ。
一方の土方は、あの夜の真相を彼女が知っているらしいという事実に、動揺を隠せない。
え、どういう・・・ことだ・・・・・・? さっきの身代わりがどうとか、それってアイツのことを誰かに聞かなきゃ出てこない台詞だろ? 誰かに聞いた・・・いや、聞かされたのか――?
「・・・総悟、か?」
そういえば、あの夜以降彼の様子はおかしかった。今になって考えてみれば、それなりに辻褄は合う。結婚が決まってからはそうでもなかったが、それまでを思い返せば、思い当たる人物はもう沖田しか出てこなかった。
「総悟から、聞いたのか?」
「・・・・・・」
もう一度訊ねたが、やはりと言うべきか彼女からの返事はない。
紗己からしてみれば、沖田はいろいろ読めないところはあるものの、少なくとも自分には良くしてくれていると認識している。
結婚が決まるまでには彼の発言に翻弄された部分も無かったとは言わない。だがそれも悪意ではないと、紗己はちゃんと分かっている。
それに、土方の過去の話をしてくれたのはなにも沖田だけではないのだ。悩み相談をしていた時、彼の過去を丁寧に教えてくれたのは銀時だ。
双方を庇うため、無言を貫く紗己。その真相までは分からないものの、何故彼女が頑なに口を閉ざすのかは土方にも理解できた。
だからと言って、彼女を責める気もない。悪いのは全て自分で、彼女は何一つ悪くはないのだと土方は嘆息する。
「紗己・・・聞いたんだな・・・・・・?」
「ごめん、なさい・・・」
「いや、お前が謝ることでもないだろ・・・」
当然、彼女に真実を伝えたであろう人物にも怒りはない。
土方は気持ちを落ち着かせようと、まだ濡れている髪をがさつに掻き上げると、片膝を立てて吐息した。
「そうか、知ってたんだな・・・・・・」
「最近、ずっと様子が変だったから・・・だから、もしかしたらって・・・・・・。やっぱり、このことで悩んでらしたんですね」
鈍感だと思っていた彼女からの発言に、土方は少し驚いたように眉を上げた。
そして、散々悩んでいた姿を見て、彼女もまたそれに胸を痛めていたのかと改めて痛感する。
土方は立てた膝の上に自身の腕を引っ掛けると、もう一度深く息を落としてから緩慢な動作で顔を上げた。
「紗己、本当に悪かった。俺がもっと早くに正直に言ってれば良かったんだが・・・でもな、俺は・・・」
「いいんです!」
静かな夜に響く涙声。言いかけた言葉を紗己の声が遮った。
「・・・紗己・・・・・・?」
珍しく強い口調の彼女に、もしかしたら嫌われてしまったのかと、土方は恐々と彼女の名を呼ぶ。
だが紗己は、別に怒っているわけでもなく、かと言って当然喜んでいるはずもなく。痛みを堪えるような苦しい表情を見せたあと、眉を寄せ唇を引き締めて、目の前の情けない顔をしている夫を見つめた。
「いいんです、私・・・たとえ身代わりだったとしても、あなたの傍にいれるなら・・・それでいいんです。私、待ってますから・・・」
震える指を太ももの上で組むと、その手をそのまま自身の腹部に押し当てた。日々育っていく新たな命と、愛する者への想いに言葉を贈る。
「私、待ってます。だから・・・いつの日か、私のこと・・・好きになってくださいね」
それまでずっと待ってます、と笑顔を作る紗己。
あまりに健気なその言葉に、彼女の想いに、土方は込み上げる熱いものを必死に飲み込んだ。そして彼女の決意の中に含まれているとある部分に、大いに異を唱えるために声を荒らげる。
「っ・・・何言ってんだよ、どんなけお前はお人好しなんだっ!」
「え、あの・・・え・・・・・・?」
「違うだろ! 何だよそれ、なんでそんなに待つ必要があんだよ!! 俺がいつお前のことを好きじゃないなんて言ったんだよっ!?」
まさか彼女がそんな風に思っているとは、今の今まで知らなかった。自分が彼女をどれほど想っているのかが全く伝わっていなかったのかと、土方は愕然とする。
「お前・・・俺が、お前のことを死んだ人間の身代わりにしてるって・・・本当に、ずっとそう思ってたのか・・・・・・?」
呆れと疲れが混じったような、掠れた声で問い掛ける。すると紗己は一瞬躊躇ったものの、こくりと小さく頷いた。それを見て土方は、脱力して天井を見上げ、盛大に溜め息をついた。
信じらんねェ・・・ずっとそんな風に思われてたってのか・・・・・・?
情けなさでいっぱいになる。しかし、そんなにまで悲観的に自分の立場を日陰に置いてもなお、身代わりでもいいからずっと待っていると言ってくれた紗己の愛情の深さに、心の底では安堵の息をつく。
土方は立膝を崩すと、だらしなく胡坐をかいて紗己を一瞥した。