第六章
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「ありがとうございました」
「・・・えっ、な、何がだ?」
思っていたことを、気付かぬうちに口に出していたのだろうか。驚いたように見つめ返す土方に、紗己はにっこり笑ってみせる。
「今日は、本当にありがとうございました。式もそうだし・・・父のことも」
「あ、ああ、そっちか・・・」
「そっちって、どっちですか?」
「い、いや・・・なんでもねェよ、こっちの話だ」
どうやら心が読まれていたわけでも、口に出していたわけでもないらしい。ホッとした土方は、今しがた紗己が言った言葉を頭の中で反芻した。
「良かったな、親父さんとちゃんと話せて」
「土方さんのおかげです。土方さんが、呼び戻してくれたから・・・」
ありがとうございます、とまた礼を言われてこそばゆさを感じた土方は、自身の寝巻きの襟元に手を差し込むと、胸元を撫でながら軽く咳をした。
「いや、まァ・・・とにかく良かった」
「はい」
紗己は嬉しそうに返事をすると、帯紐に軽く触れてから背筋を正した。そして小さな深呼吸を数回繰り返し、布団に三つ指をついて深々と頭を下げた。
目の前の紗己が取った突然の行動に、要領が得ない土方は驚き片手を前に突き出す。
「お、おい紗己? ど、どうしたんだ?」
「あ、あの・・・その、土方さんにも、きちんと挨拶をしたくて・・・」
「挨拶?」
三つ指をついたまま頭だけ軽く上げると、口ごもりながら土方の問いに答えた紗己。それを聞いてもなお首を傾げる土方とは対照的に、紗己は頬を赤く染め上げ、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「今日から、あなたの妻として、あなたのために生きていきます。えっと・・・ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「紗己・・・」
小さく呟くと、それが耳に届いたのか紗己は体を起こして微笑んだ。
「ふふ・・・こうして改まると、ちょっと恥ずかしいですね」
言いながら、頬に片手を当てる。その仕草や表情が、今彼女がどれだけ幸せを感じているかを教えてくれる。
「あ・・・」
「土方さん? どうか、したんですか?」
紗己の優しい声が、耳の奥でこだまする。心臓を鷲掴みにされるような息苦しさが、もう一人の自分の暴走を許してしまう。
駄目だ・・・もう、もう・・・・・・!
「紗己・・・っ」
喉が灼けるような思いで声を絞り出す。土方は奥歯をギリッと軋ませると、一旦伏せた顔を上げて目の前の紗己を見据えた。その只ならぬ様子に、一体どうしたのかと彼女は一瞬体を強張らせる。
「・・・土方さん?」
「紗己、俺は・・・お前に言わなきゃならねえことがある」
「・・・・・・」
重苦しい雰囲気を纏う土方に、紗己は簡単には言葉を返せないでいる。柱に掛けられた時計の秒針が規則的な音を奏でる中、沈黙という均衡を土方が破った。
「紗己・・・これを言って、どうなることでもねェってのはよくわかってる。お前に嫌な思いをさせちまうかも知れねェってのも。でも、でもな・・・」
背中に圧し掛かる重圧を振り払うように姿勢を正す。
「聞いてもらわねえと、先に進めねェんだよ・・・っ」
「・・・・・・」
苦しそうに眉を寄せる夫の姿に、紗己は何も言えずに黙ったままだ。それでも先を促すように小さく頷いた彼女に、土方は意を決して思いを吐き出す。
「あの夜・・・お前をその、抱いた時・・・酔っ払っちまって記憶がねえって言ったが、本当は・・・っ、いや・・・確かに酔ってたのは事実なんだ。だがその・・・夢の中でしてたつもりだったってのも本当なんだが、でもそれは・・・」
どうしてもはっきりと言えなくて、なかなか結論に辿り着かない。土方は両膝の上に乗せていた手で寝間着をぐしゃっと握ると、手の内が白くなるほどに力を込めた。
このままいつまでも言い淀んではいられない。そう自分に言い聞かせると、土方は縋るような声で懺悔をしようと彼女を見つめた。
「紗己・・・っ! 俺はあの夜・・・本当は・・・本当は・・・っ」
人違いでお前を抱いたんだとはどうしても言えず、苦しそうに目を閉じて顔を伏せたその時――。
「知ってます」
土方の耳に入ってきた言葉が、彼の思考を制止させた。
「え・・・・・・?」
伏せた顔をゆっくりと上げて、呆然とした表情で紗己を見つめる。すると紗己はもう一度、静かな声音で話し出した。
「知ってます、私・・・知ってますから。どうしてあの夜、土方さんがあんなに酔ってらしたのかも・・・」
途中で短く息を吸い込むと、しっかりと土方の目を見て言葉を続けた。
「・・・身代わりで抱かれたってことも、ちゃんと・・・分かってますから」
「・・・えっ、な、何がだ?」
思っていたことを、気付かぬうちに口に出していたのだろうか。驚いたように見つめ返す土方に、紗己はにっこり笑ってみせる。
「今日は、本当にありがとうございました。式もそうだし・・・父のことも」
「あ、ああ、そっちか・・・」
「そっちって、どっちですか?」
「い、いや・・・なんでもねェよ、こっちの話だ」
どうやら心が読まれていたわけでも、口に出していたわけでもないらしい。ホッとした土方は、今しがた紗己が言った言葉を頭の中で反芻した。
「良かったな、親父さんとちゃんと話せて」
「土方さんのおかげです。土方さんが、呼び戻してくれたから・・・」
ありがとうございます、とまた礼を言われてこそばゆさを感じた土方は、自身の寝巻きの襟元に手を差し込むと、胸元を撫でながら軽く咳をした。
「いや、まァ・・・とにかく良かった」
「はい」
紗己は嬉しそうに返事をすると、帯紐に軽く触れてから背筋を正した。そして小さな深呼吸を数回繰り返し、布団に三つ指をついて深々と頭を下げた。
目の前の紗己が取った突然の行動に、要領が得ない土方は驚き片手を前に突き出す。
「お、おい紗己? ど、どうしたんだ?」
「あ、あの・・・その、土方さんにも、きちんと挨拶をしたくて・・・」
「挨拶?」
三つ指をついたまま頭だけ軽く上げると、口ごもりながら土方の問いに答えた紗己。それを聞いてもなお首を傾げる土方とは対照的に、紗己は頬を赤く染め上げ、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「今日から、あなたの妻として、あなたのために生きていきます。えっと・・・ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「紗己・・・」
小さく呟くと、それが耳に届いたのか紗己は体を起こして微笑んだ。
「ふふ・・・こうして改まると、ちょっと恥ずかしいですね」
言いながら、頬に片手を当てる。その仕草や表情が、今彼女がどれだけ幸せを感じているかを教えてくれる。
「あ・・・」
「土方さん? どうか、したんですか?」
紗己の優しい声が、耳の奥でこだまする。心臓を鷲掴みにされるような息苦しさが、もう一人の自分の暴走を許してしまう。
駄目だ・・・もう、もう・・・・・・!
「紗己・・・っ」
喉が灼けるような思いで声を絞り出す。土方は奥歯をギリッと軋ませると、一旦伏せた顔を上げて目の前の紗己を見据えた。その只ならぬ様子に、一体どうしたのかと彼女は一瞬体を強張らせる。
「・・・土方さん?」
「紗己、俺は・・・お前に言わなきゃならねえことがある」
「・・・・・・」
重苦しい雰囲気を纏う土方に、紗己は簡単には言葉を返せないでいる。柱に掛けられた時計の秒針が規則的な音を奏でる中、沈黙という均衡を土方が破った。
「紗己・・・これを言って、どうなることでもねェってのはよくわかってる。お前に嫌な思いをさせちまうかも知れねェってのも。でも、でもな・・・」
背中に圧し掛かる重圧を振り払うように姿勢を正す。
「聞いてもらわねえと、先に進めねェんだよ・・・っ」
「・・・・・・」
苦しそうに眉を寄せる夫の姿に、紗己は何も言えずに黙ったままだ。それでも先を促すように小さく頷いた彼女に、土方は意を決して思いを吐き出す。
「あの夜・・・お前をその、抱いた時・・・酔っ払っちまって記憶がねえって言ったが、本当は・・・っ、いや・・・確かに酔ってたのは事実なんだ。だがその・・・夢の中でしてたつもりだったってのも本当なんだが、でもそれは・・・」
どうしてもはっきりと言えなくて、なかなか結論に辿り着かない。土方は両膝の上に乗せていた手で寝間着をぐしゃっと握ると、手の内が白くなるほどに力を込めた。
このままいつまでも言い淀んではいられない。そう自分に言い聞かせると、土方は縋るような声で懺悔をしようと彼女を見つめた。
「紗己・・・っ! 俺はあの夜・・・本当は・・・本当は・・・っ」
人違いでお前を抱いたんだとはどうしても言えず、苦しそうに目を閉じて顔を伏せたその時――。
「知ってます」
土方の耳に入ってきた言葉が、彼の思考を制止させた。
「え・・・・・・?」
伏せた顔をゆっくりと上げて、呆然とした表情で紗己を見つめる。すると紗己はもう一度、静かな声音で話し出した。
「知ってます、私・・・知ってますから。どうしてあの夜、土方さんがあんなに酔ってらしたのかも・・・」
途中で短く息を吸い込むと、しっかりと土方の目を見て言葉を続けた。
「・・・身代わりで抱かれたってことも、ちゃんと・・・分かってますから」