第六章
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「・・・おい、紗己」
「え、あ、はい」
「・・・あー・・・」
言葉に詰まっている土方に、紗己は小首を傾げながら軽く腰を上げる。
「どうかしましたか? ああ、お茶淹れましょうか・・・」
言いながらそのまま立ち上がろうとした紗己を、土方の少し慌てた声が制した。
「ちょ、違っ・・・そうじゃねーよ、茶はいいから!」
今この状況において、どうして茶を・・・と胸中でこぼしつつ、やや呆れたように彼女を見やった。
「ハァ・・・そんなトコにいねェで、こっち座れよ」
「え、あ・・・はい」
嘆息しつつ目の前の布団を指差すと、紗己はぎこちない動きで布団に膝を乗り上げた。そしてやや前方に手をつくと、腕の力を利用して体を移動させた。
ようやく縮まった二人の距離。とはいえ、まだ間に人一人は座れそうなのだが。その距離を更に詰めるため、彼女の腕を引き寄せ抱き締めたい――と土方は思う。
だが、そう思う気持ちとは裏腹に、動かしかけた右手は自身の太ももに戻された。
胸の奥の方で何かがざわめく。昨日まで苛まれていた、鈍い痛みが蘇る。
なんで今更・・・っ!
「っ・・・」
太ももに置いた右手に視線を落とし、土方は深く長く吐息した。
自分が彼女を幸せにも不幸にも出来るのなら、幸せにする方を選ぶ。そう決めたのにも関わらず、この期に及んで決心が揺らぐのはどうしてか。
大事なのだ、紗己のことが。これ以上に大事な存在など、他には決して無いと胸を張って言える程に。
そんな大切な彼女からの愛情を一身に受けているからこそ、いたたまれなさは増幅するばかりで、勘違いで抱いてしまったことへの罪悪感は、どうしたって拭えはしない。
あれほど欲情に身を焦がしていたはずなのに、いとも容易く復活を遂げた慚愧の念。その根深さに土方自身でさえ呆れてしまう。
本当に今更じゃねーか・・・こんなこと、誰も望んじゃいねェだろ・・・・・・。
彼の思う『こんなこと』とは、全てを正直に彼女に告げるということだ。
きっと、当事者でもある紗己に全て吐き出し許しを乞えば、自分の心は楽になる。だが、もしそれで彼女が深く傷付いてしまったら――? そう思ったからこそ、何も言わないと決めたのに。
それなのに。目の前の彼女に触れようとした途端、その決意が揺らいだ。あまりにも彼女が清く眩しくて、自分の弱さや愚かさを責められている気分になる。それが自分勝手な思い込みだとわかっていても、苦しくて仕方が無いのだ。
「土方さん?」
様子がおかしいことを気にして、紗己が身体を前のめりにして土方の顔を覗き込んだ。彼女のその穢れ無き瞳が、またも土方の胸を射抜く。
いっそのこと言ってしまうか? そうしたら楽になれる。胸のつかえが取れて、もう苦しむことも無いだろう。彼の中のもう一人の自分が囁いた。
だが、そのせいでこの愛しい瞳が色を失うなんて耐えられそうに無い。そう思い直すと、土方は軽く項垂れてから右手で眉間を押さえた。
「いや、なんでも・・・いや、悪ィ・・・」
「大丈夫ですか? お疲れみたいですけど」
心配そうに見つめてくる紗己に、土方は今出来る精一杯の温和な表情を作ってみせる。
「・・・大丈夫だ、心配しなくていい」
「そう、ですか・・・・・・」
そう言われてしまえば、もう何も言えなくなる。紗己は少し前のめりになっていた体を元の体勢に戻すと、布団の真ん中で綺麗に正座し直した。
遠くの方から大広間の賑わいが微かに聴こえてくる。それが分かる程の静かな部屋で、柱に掛けられた時計の音がその存在を主張する。
何かを考え込むように黙りこくっている土方と、この空気に緊張を隠せない紗己。いつものように、この嫌な静寂にピリオドを打ったの紗己の方だった。
「あ、あの・・・」
「・・・ん、どうした」
「っ・・・いえ、えっとその・・・」
思いの外穏やかな声で返事をされたため、少し驚いた顔を見せた紗己は、顔にかかった髪を耳に掛けながら、いつも通りの柔らかな笑みを見せた。
「まだ、皆さん飲んでいらっしゃるみたいですね」
「あー・・・ああ、そうみたいだな」
「嬉しかったです、隊士の皆さんに祝ってもらえて」
「あいつ等は、ただ飲みたかっただけじゃねェのか?」
紗己の言葉に、土方が表情を和らげて憎まれ口を叩く。普段と変わらぬ彼女の姿に、土方も少しだけいつもの調子を取り戻したようだ。
「もう、土方さんったら」
口元に手を当てて笑うと、土方もまた気が緩んだのか小さく笑う。
自分たちの幸せを祝ってくれていることに、当然土方も感謝はしている。あえて口に出したりはしないが、隊士達全員に礼を言いたい気持ちもある。
そう思っていたら、自分ではなく紗己の方が先にその言葉を口にした。
「え、あ、はい」
「・・・あー・・・」
言葉に詰まっている土方に、紗己は小首を傾げながら軽く腰を上げる。
「どうかしましたか? ああ、お茶淹れましょうか・・・」
言いながらそのまま立ち上がろうとした紗己を、土方の少し慌てた声が制した。
「ちょ、違っ・・・そうじゃねーよ、茶はいいから!」
今この状況において、どうして茶を・・・と胸中でこぼしつつ、やや呆れたように彼女を見やった。
「ハァ・・・そんなトコにいねェで、こっち座れよ」
「え、あ・・・はい」
嘆息しつつ目の前の布団を指差すと、紗己はぎこちない動きで布団に膝を乗り上げた。そしてやや前方に手をつくと、腕の力を利用して体を移動させた。
ようやく縮まった二人の距離。とはいえ、まだ間に人一人は座れそうなのだが。その距離を更に詰めるため、彼女の腕を引き寄せ抱き締めたい――と土方は思う。
だが、そう思う気持ちとは裏腹に、動かしかけた右手は自身の太ももに戻された。
胸の奥の方で何かがざわめく。昨日まで苛まれていた、鈍い痛みが蘇る。
なんで今更・・・っ!
「っ・・・」
太ももに置いた右手に視線を落とし、土方は深く長く吐息した。
自分が彼女を幸せにも不幸にも出来るのなら、幸せにする方を選ぶ。そう決めたのにも関わらず、この期に及んで決心が揺らぐのはどうしてか。
大事なのだ、紗己のことが。これ以上に大事な存在など、他には決して無いと胸を張って言える程に。
そんな大切な彼女からの愛情を一身に受けているからこそ、いたたまれなさは増幅するばかりで、勘違いで抱いてしまったことへの罪悪感は、どうしたって拭えはしない。
あれほど欲情に身を焦がしていたはずなのに、いとも容易く復活を遂げた慚愧の念。その根深さに土方自身でさえ呆れてしまう。
本当に今更じゃねーか・・・こんなこと、誰も望んじゃいねェだろ・・・・・・。
彼の思う『こんなこと』とは、全てを正直に彼女に告げるということだ。
きっと、当事者でもある紗己に全て吐き出し許しを乞えば、自分の心は楽になる。だが、もしそれで彼女が深く傷付いてしまったら――? そう思ったからこそ、何も言わないと決めたのに。
それなのに。目の前の彼女に触れようとした途端、その決意が揺らいだ。あまりにも彼女が清く眩しくて、自分の弱さや愚かさを責められている気分になる。それが自分勝手な思い込みだとわかっていても、苦しくて仕方が無いのだ。
「土方さん?」
様子がおかしいことを気にして、紗己が身体を前のめりにして土方の顔を覗き込んだ。彼女のその穢れ無き瞳が、またも土方の胸を射抜く。
いっそのこと言ってしまうか? そうしたら楽になれる。胸のつかえが取れて、もう苦しむことも無いだろう。彼の中のもう一人の自分が囁いた。
だが、そのせいでこの愛しい瞳が色を失うなんて耐えられそうに無い。そう思い直すと、土方は軽く項垂れてから右手で眉間を押さえた。
「いや、なんでも・・・いや、悪ィ・・・」
「大丈夫ですか? お疲れみたいですけど」
心配そうに見つめてくる紗己に、土方は今出来る精一杯の温和な表情を作ってみせる。
「・・・大丈夫だ、心配しなくていい」
「そう、ですか・・・・・・」
そう言われてしまえば、もう何も言えなくなる。紗己は少し前のめりになっていた体を元の体勢に戻すと、布団の真ん中で綺麗に正座し直した。
遠くの方から大広間の賑わいが微かに聴こえてくる。それが分かる程の静かな部屋で、柱に掛けられた時計の音がその存在を主張する。
何かを考え込むように黙りこくっている土方と、この空気に緊張を隠せない紗己。いつものように、この嫌な静寂にピリオドを打ったの紗己の方だった。
「あ、あの・・・」
「・・・ん、どうした」
「っ・・・いえ、えっとその・・・」
思いの外穏やかな声で返事をされたため、少し驚いた顔を見せた紗己は、顔にかかった髪を耳に掛けながら、いつも通りの柔らかな笑みを見せた。
「まだ、皆さん飲んでいらっしゃるみたいですね」
「あー・・・ああ、そうみたいだな」
「嬉しかったです、隊士の皆さんに祝ってもらえて」
「あいつ等は、ただ飲みたかっただけじゃねェのか?」
紗己の言葉に、土方が表情を和らげて憎まれ口を叩く。普段と変わらぬ彼女の姿に、土方も少しだけいつもの調子を取り戻したようだ。
「もう、土方さんったら」
口元に手を当てて笑うと、土方もまた気が緩んだのか小さく笑う。
自分たちの幸せを祝ってくれていることに、当然土方も感謝はしている。あえて口に出したりはしないが、隊士達全員に礼を言いたい気持ちもある。
そう思っていたら、自分ではなく紗己の方が先にその言葉を口にした。