第六章
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――――――
スッと障子戸を開くと、二間続きの自室に入る。
手前の間取りはそこそこ広く、主に居間といったところだ。座卓や戸棚、仕事などをするための文机が置かれている。
こちらの方に紗己が居ないのを確認した土方は、奥の部屋へと移ろうと続き間を仕切る襖の前に立った。
今ここを開ければ――紗己が待っていると思っただけで、治まっていたはずの興奮がまた蘇ってくる。手の平の汗を寝巻きに擦り付けると、土方はできるだけ自然体を心がけて襖を引いた。
「・・・紗己」
呼び掛けながら部屋を見渡す。すると、鏡台の前に座っていた紗己が、ほんのりと赤い顔をして土方へと振り向いた。
「あ、あの・・・えっと・・・」
髪を梳かしていたのだろう、右手に櫛を持ったまま何かを言いたげに、口をもごもごと動かしている。
そんな彼女の姿に土方が訝しげに首を捻ると、紗己は膝の上に手を乗せて、正座したまま体ごと土方の方を向いた。頭の中で言葉がまとまったのか、それともまとまらなかったからか、恥ずかしそうに口を開く。
「こ、こういう時って、何て言えばいいんでしょうか・・・お帰りなさいとかお疲れ様は、ちょっと変ですよね・・・・・・。こんな風に、誰かを待ったことなくって・・・」
変なことを言ってごめんなさい、と紗己は少し困ったように笑う。
彼女もまた、今までの人生では味わったことの無い緊張に見舞われているのだろう。いつもよりも、言葉数がやや多い。その姿はとても初々しく、この時この瞬間も自分のためだけに用意されていたのだと、土方の独占欲を十分に満足させた。
寝室と考えているこの部屋の中央に目をやれば、真新しい布団が二組敷かれている。
紗己がこれまで使用してきた布団は、女中部屋の備え付け。それに自分の布団は煙草臭があまりにキツく紗己の体に良くない影響があってはいけないと、新生活のために新たに二組買い足したのだ。
その二組の布団が並んで敷かれているのだが、何故か拳二つ分ほどの間が空けられている。恐らく紗己がそうしたのだろう。
控え目な彼女のことだ、くっつけて敷くのは恥ずかしかったのかもしれない。想像するだけでも喜びで胸が震える思いの土方だったが、同時に緊張にも襲われている。
穢れ無き乙女とでも言うべき、紗己の純粋さ。それに感化され、もうとっくに失くしたつもりでいた自分の中の清らかな部分が、大人の余裕を横から掻っ攫っていってしまうのだ。
土方はこの緊張を彼女に悟られまいと、必死に平然さを取り繕う。
「べ、別に変じゃねーよ。その、あれだ・・・湯加減がどうとか、そんなこと適当に聞きゃァいいんだよ」
「そ、そうですね! あ、あの、湯加減はどうでしたか?」
物凄くおかしな会話をしているのだが、少なくとも紗己の方はそれを変だとも思ってはいないらしい。
しかし土方は、自分の言った通りの言葉を返す彼女に、少しだけ気が緩んだようだ。所在無さ気に入り口に立っていたままの体を、自分の布団の上に移動させると、腰を下ろして胡坐をかいた。
土方の動きをずっと目で追っていた紗己は、彼からの言葉を待つようになおもジッと視線を送る。それに気付いた土方は、また顔を出し始めた緊張を抑えるために、咳払いをしてから返事をした。
「ま、まァ・・・いい湯だった」
そう答えた土方に、紗己は安堵の表情を浮かべ微笑む。
「そうですか、良かった。ちょっと温かったから、どうかなって思ってたんですけど。温めの方がお好きなんですね」
「えっ? あーいやその・・・」
「はい?」
「ああいや、なんでもねェ・・・・・・」
実は、湯加減を感じ取る余裕も無かった土方。いつもはゆっくりと湯に浸かるのだが、今夜は体を洗うことにばかり熱心で、湯にはほんの僅かな時間しか浸からなかった。気が昂ぶっていたため、湯の温度がどうだったかなんて、正直なところ全く覚えていない。
別に温めの風呂が好きなわけでもないのだが、今更そんなことを言い出せず苦い顔をしたままの土方に、何も知らない紗己は笑顔を見せてくれている。
そんな彼女の姿を改めて確認すると、土方はむくむくと沸き上がる欲望から気を逸らすため、少し乱暴な手付きで頭を掻いた。
目の前の紗己は、当然ながら寝間着姿だ。薄桃色のそれをその身に纏っている。
就寝前のため部屋の照明も落とし気味にしているのだが、薄桃の襟元から覗く紗己の鎖骨や首筋は、障子戸から漏れ射し込む月明かりのおかげで青白く見え、がさつに触れることが躊躇われる。
それでも、触れたいものは触れたい。ただ、鏡台の前に座る紗己と、自分の布団の上に座る土方とでは、間に紗己の布団一組分の距離がある。
これでは手を伸ばしたところで届かない。欲求に急かされた土方は、獲物に狙いを定めたような鋭い目付きで紗己を見据えた。
スッと障子戸を開くと、二間続きの自室に入る。
手前の間取りはそこそこ広く、主に居間といったところだ。座卓や戸棚、仕事などをするための文机が置かれている。
こちらの方に紗己が居ないのを確認した土方は、奥の部屋へと移ろうと続き間を仕切る襖の前に立った。
今ここを開ければ――紗己が待っていると思っただけで、治まっていたはずの興奮がまた蘇ってくる。手の平の汗を寝巻きに擦り付けると、土方はできるだけ自然体を心がけて襖を引いた。
「・・・紗己」
呼び掛けながら部屋を見渡す。すると、鏡台の前に座っていた紗己が、ほんのりと赤い顔をして土方へと振り向いた。
「あ、あの・・・えっと・・・」
髪を梳かしていたのだろう、右手に櫛を持ったまま何かを言いたげに、口をもごもごと動かしている。
そんな彼女の姿に土方が訝しげに首を捻ると、紗己は膝の上に手を乗せて、正座したまま体ごと土方の方を向いた。頭の中で言葉がまとまったのか、それともまとまらなかったからか、恥ずかしそうに口を開く。
「こ、こういう時って、何て言えばいいんでしょうか・・・お帰りなさいとかお疲れ様は、ちょっと変ですよね・・・・・・。こんな風に、誰かを待ったことなくって・・・」
変なことを言ってごめんなさい、と紗己は少し困ったように笑う。
彼女もまた、今までの人生では味わったことの無い緊張に見舞われているのだろう。いつもよりも、言葉数がやや多い。その姿はとても初々しく、この時この瞬間も自分のためだけに用意されていたのだと、土方の独占欲を十分に満足させた。
寝室と考えているこの部屋の中央に目をやれば、真新しい布団が二組敷かれている。
紗己がこれまで使用してきた布団は、女中部屋の備え付け。それに自分の布団は煙草臭があまりにキツく紗己の体に良くない影響があってはいけないと、新生活のために新たに二組買い足したのだ。
その二組の布団が並んで敷かれているのだが、何故か拳二つ分ほどの間が空けられている。恐らく紗己がそうしたのだろう。
控え目な彼女のことだ、くっつけて敷くのは恥ずかしかったのかもしれない。想像するだけでも喜びで胸が震える思いの土方だったが、同時に緊張にも襲われている。
穢れ無き乙女とでも言うべき、紗己の純粋さ。それに感化され、もうとっくに失くしたつもりでいた自分の中の清らかな部分が、大人の余裕を横から掻っ攫っていってしまうのだ。
土方はこの緊張を彼女に悟られまいと、必死に平然さを取り繕う。
「べ、別に変じゃねーよ。その、あれだ・・・湯加減がどうとか、そんなこと適当に聞きゃァいいんだよ」
「そ、そうですね! あ、あの、湯加減はどうでしたか?」
物凄くおかしな会話をしているのだが、少なくとも紗己の方はそれを変だとも思ってはいないらしい。
しかし土方は、自分の言った通りの言葉を返す彼女に、少しだけ気が緩んだようだ。所在無さ気に入り口に立っていたままの体を、自分の布団の上に移動させると、腰を下ろして胡坐をかいた。
土方の動きをずっと目で追っていた紗己は、彼からの言葉を待つようになおもジッと視線を送る。それに気付いた土方は、また顔を出し始めた緊張を抑えるために、咳払いをしてから返事をした。
「ま、まァ・・・いい湯だった」
そう答えた土方に、紗己は安堵の表情を浮かべ微笑む。
「そうですか、良かった。ちょっと温かったから、どうかなって思ってたんですけど。温めの方がお好きなんですね」
「えっ? あーいやその・・・」
「はい?」
「ああいや、なんでもねェ・・・・・・」
実は、湯加減を感じ取る余裕も無かった土方。いつもはゆっくりと湯に浸かるのだが、今夜は体を洗うことにばかり熱心で、湯にはほんの僅かな時間しか浸からなかった。気が昂ぶっていたため、湯の温度がどうだったかなんて、正直なところ全く覚えていない。
別に温めの風呂が好きなわけでもないのだが、今更そんなことを言い出せず苦い顔をしたままの土方に、何も知らない紗己は笑顔を見せてくれている。
そんな彼女の姿を改めて確認すると、土方はむくむくと沸き上がる欲望から気を逸らすため、少し乱暴な手付きで頭を掻いた。
目の前の紗己は、当然ながら寝間着姿だ。薄桃色のそれをその身に纏っている。
就寝前のため部屋の照明も落とし気味にしているのだが、薄桃の襟元から覗く紗己の鎖骨や首筋は、障子戸から漏れ射し込む月明かりのおかげで青白く見え、がさつに触れることが躊躇われる。
それでも、触れたいものは触れたい。ただ、鏡台の前に座る紗己と、自分の布団の上に座る土方とでは、間に紗己の布団一組分の距離がある。
これでは手を伸ばしたところで届かない。欲求に急かされた土方は、獲物に狙いを定めたような鋭い目付きで紗己を見据えた。