第六章
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――――――
西日に照らされた屋根瓦が艷やかに映える真選組屯所の門前で、局長である近藤勲が一人仁王立ちしている。少し前に自らが送り出した人物の帰還を、今や遅しと待っているのだ。
土方はと言うと、屯所の玄関先で紗己と共に待機していた。白無垢を汚さないよう外に出られずにいる彼女を一人では待たせたくないと、出迎えは近藤に任せていた。
しばらくすると、聞き慣れたエンジン音が徐々に近付いてきた。
戻ってきたか――土方は開いた玄関の引き戸から顔を出し、その先の門前に立つ近藤を一瞥した。その視線に気付いた近藤が大きく一度頷くと、それからすぐに一台のパトカーが屯所の前に停まった。
運転席からは山崎、後部座席からは紗己の父親が降りてきた。
「いやァ、約束を守れずに申し訳ない!」
開口一番謝罪をして頭を下げる近藤に、紗己の父親も同じように深々と頭を下げる。
「いやいやァ、こちらこそとんだご迷惑をおかけしてしまって。皆さんに悪いことをしてしまいました、本当に申し訳ない」
ひとたび開催された謝罪合戦に、これでは時間の無駄だと、運転席側に立っていた山崎が近藤に声を掛けた。
「局長、向こうで紗己ちゃんが待ってますよ」
「ん? ああ、そうだそうだった! さあ、早く行きましょう!!」
部下の言葉にハッとした近藤は、右の拳で左の手の平をぽんと打つと、紗己の父親を玄関先へと先導した。
「やあやあ二人とも、すまなかったねェ」
「父さん!」
静寂を保つ玄関に、今にも泣き出しそうな紗己の声が響く。それでも泣いてしまわないようにと下唇をキュッと噛む娘の前まで行くと、花嫁の父はその隣に立つ土方に頭を下げた。
「土方さん、あなたにもいろいろと迷惑をかけてしまった。本当に申し訳ない」
「・・・いや、俺のことは気にしないでください。それよりも、紗己の話を聞いてやってもらえますか」
そう言うと、紗己の背中に手を添えて、綿帽子に隠れている彼女の顔を覗き込むように腰を屈めた。
揺れる瞳に優しく笑いかけ、彼女の背中を軽くさすってから「しっかりな」と小さく囁くと、土方は近藤を引き連れて門の方へと行ってしまった。
しんと静まり返った広い玄関に残された、花嫁とその父。先に口を開いたのは紗己の方だった。
「・・・ひどい、父さんてば・・・・・・」
「すまなかったねェ」
「今日帰るにしても、黙って行っちゃうなんて・・・そんなに早く帰りたかったの・・・・・・?」
自分の結婚式に父親が早く退散したがっているだなんて、思うだけで胸が苦しくなる。悲しそうに顔を伏せる娘に、彼女の父は困ったように肩を竦めた。
「いやァ、私が悪かったよ。別に、早くに帰りたかったというわけじゃなかったんだがねェ」
「・・・じゃあ、どうして?」
普段はありのままを素直に受け止める紗己も、『娘』という立場ではまた違ってくるようだ。食い下がってくる娘に、仕方がないといった具合に深く吐息した。
「父さんねェ、お前が好きな人の元にお嫁にいくのが、とても嬉しいんだよ。でもねェ・・・実は寂しかったんだ」
少しばつが悪そうに、頬を撫でながら言葉を続ける。
「あんまり長く居ると、お前と離れるのが辛くなるからねェ。だから、こっそり帰ろうと思ったんだよ」
「父さん・・・」
父が明かした本音に、紗己は目頭を熱くさせる。
自分だって同じなのだ。寂しくないわけがない。だがうまく言葉に出来なくて、両手で打ち掛けの襟をキュッと握ったまま黙っている。
そんな娘の姿に、これはいけないと思ったのか、それだけが理由ではないと言葉を付け足した。妻の仏前に酒を供えて、成長した娘の話をしたかったのだと優しい声で話す。
それを聞いた紗己は、喉元に込み上げる熱に負けて、堪らず表情を崩してしまった。化粧を施された美しい瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
「私だって・・・寂し・・・っ、父さん・・・っ」
「おやおや、こんなめでたい日にそんな風に泣いたら、腹の子がびっくりするんじゃないかい?」
「だ・・・だって・・・」
「ありがとう、紗己」
止めどなく流れる涙で頬を濡らす紗己を見つめ、彼女の父は優しく笑って礼を言った。幼い娘をずっと護ってきた大きな手で、美しい花嫁へと成長した娘の肩から二の腕にかけてを撫でてやると、紗己はまだ泣き止みはしないがゆっくりと顔を上げた。
「ううん、ありが・・・とうは、私のほう・・・・・・。父さん、今まで育ててくれて、本当・・・に、ありが・・・っ、と・・・」
涙は止まらないが、何とか言葉を繋ぐ。
「今まで、お世話になりました・・・っ、私、父さんと母さんの娘・・・で良かったです・・・私幸せだから・・・安心して、ね・・・っ」
いつも気を遣ってばかりで、心配をかけまいと涙を見せずに育った一人娘。初めて見る娘の涙に、紗己の父は穏やかな眼差しで彼女を見つめた。そして、少し泣き止んだ娘に、真剣な声で呼び掛ける。
「紗己」
「・・・?」
不思議そうに自分を見上げる娘に、彼は静かに話し出す。
「これからは、辛いこともきっとあるだろう。だがねェ、何があろうとお前は彼のことを信じなきゃァいけない。お前だけは信じてやらないといけないよ、紗己」
二の腕を撫で上げていた手の動きが止まり、しっかりと両肩を掴まれる。そこから伝わる温かな力強さに、これからの人生を励まされているのだと知る。
父の言葉に、涙を拭った紗己は大きく頷いた。
――――――
「いやァ、お待たせしました」
紗己を一人玄関に残し、彼女の父親は近藤と土方が待つ門の前へとやって来た。
「話はもう済んだんですか?」
「ええ、もうこれで十分です。本当にありがとうございました」
近藤の問いに人の良い笑顔で答えると、また深々と頭を下げた。
「土方さん」
「・・・あ、はい!」
突然名を呼ばれ、不意をつかれた土方は慌てて返事をする。すると紗己の父親は、幸せを噛み締めるようにゆっくりと話し出した。
「初めて・・・娘の涙を見ることが出来ました。あの子があんな風に自分を解放できるなんて・・・土方さん、あなたのおかげです」
「いや、俺は何も・・・支えられてるのも俺ばっかりで・・・」
ついつい、言葉尻を濁してしまう。訊かれてもいないことが口をついて出てしまったのは、礼を言われたことに後ろめたさを感じたからだ。
だが紗己の父親は、そんな土方の心の内を見透かしてか、彼の肩に軽く手を乗せ笑う。
「ハハハ! いいんですよ、それでいい。夫婦なんてそんなモンです。あなたを支えるのもあの子の幸せなんですから」
肩に乗せられた手にグッと力が込められる。
「・・・はい・・・・・・」
その温かな力強さに、土方は力なく頷いた。
西日に照らされた屋根瓦が艷やかに映える真選組屯所の門前で、局長である近藤勲が一人仁王立ちしている。少し前に自らが送り出した人物の帰還を、今や遅しと待っているのだ。
土方はと言うと、屯所の玄関先で紗己と共に待機していた。白無垢を汚さないよう外に出られずにいる彼女を一人では待たせたくないと、出迎えは近藤に任せていた。
しばらくすると、聞き慣れたエンジン音が徐々に近付いてきた。
戻ってきたか――土方は開いた玄関の引き戸から顔を出し、その先の門前に立つ近藤を一瞥した。その視線に気付いた近藤が大きく一度頷くと、それからすぐに一台のパトカーが屯所の前に停まった。
運転席からは山崎、後部座席からは紗己の父親が降りてきた。
「いやァ、約束を守れずに申し訳ない!」
開口一番謝罪をして頭を下げる近藤に、紗己の父親も同じように深々と頭を下げる。
「いやいやァ、こちらこそとんだご迷惑をおかけしてしまって。皆さんに悪いことをしてしまいました、本当に申し訳ない」
ひとたび開催された謝罪合戦に、これでは時間の無駄だと、運転席側に立っていた山崎が近藤に声を掛けた。
「局長、向こうで紗己ちゃんが待ってますよ」
「ん? ああ、そうだそうだった! さあ、早く行きましょう!!」
部下の言葉にハッとした近藤は、右の拳で左の手の平をぽんと打つと、紗己の父親を玄関先へと先導した。
「やあやあ二人とも、すまなかったねェ」
「父さん!」
静寂を保つ玄関に、今にも泣き出しそうな紗己の声が響く。それでも泣いてしまわないようにと下唇をキュッと噛む娘の前まで行くと、花嫁の父はその隣に立つ土方に頭を下げた。
「土方さん、あなたにもいろいろと迷惑をかけてしまった。本当に申し訳ない」
「・・・いや、俺のことは気にしないでください。それよりも、紗己の話を聞いてやってもらえますか」
そう言うと、紗己の背中に手を添えて、綿帽子に隠れている彼女の顔を覗き込むように腰を屈めた。
揺れる瞳に優しく笑いかけ、彼女の背中を軽くさすってから「しっかりな」と小さく囁くと、土方は近藤を引き連れて門の方へと行ってしまった。
しんと静まり返った広い玄関に残された、花嫁とその父。先に口を開いたのは紗己の方だった。
「・・・ひどい、父さんてば・・・・・・」
「すまなかったねェ」
「今日帰るにしても、黙って行っちゃうなんて・・・そんなに早く帰りたかったの・・・・・・?」
自分の結婚式に父親が早く退散したがっているだなんて、思うだけで胸が苦しくなる。悲しそうに顔を伏せる娘に、彼女の父は困ったように肩を竦めた。
「いやァ、私が悪かったよ。別に、早くに帰りたかったというわけじゃなかったんだがねェ」
「・・・じゃあ、どうして?」
普段はありのままを素直に受け止める紗己も、『娘』という立場ではまた違ってくるようだ。食い下がってくる娘に、仕方がないといった具合に深く吐息した。
「父さんねェ、お前が好きな人の元にお嫁にいくのが、とても嬉しいんだよ。でもねェ・・・実は寂しかったんだ」
少しばつが悪そうに、頬を撫でながら言葉を続ける。
「あんまり長く居ると、お前と離れるのが辛くなるからねェ。だから、こっそり帰ろうと思ったんだよ」
「父さん・・・」
父が明かした本音に、紗己は目頭を熱くさせる。
自分だって同じなのだ。寂しくないわけがない。だがうまく言葉に出来なくて、両手で打ち掛けの襟をキュッと握ったまま黙っている。
そんな娘の姿に、これはいけないと思ったのか、それだけが理由ではないと言葉を付け足した。妻の仏前に酒を供えて、成長した娘の話をしたかったのだと優しい声で話す。
それを聞いた紗己は、喉元に込み上げる熱に負けて、堪らず表情を崩してしまった。化粧を施された美しい瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
「私だって・・・寂し・・・っ、父さん・・・っ」
「おやおや、こんなめでたい日にそんな風に泣いたら、腹の子がびっくりするんじゃないかい?」
「だ・・・だって・・・」
「ありがとう、紗己」
止めどなく流れる涙で頬を濡らす紗己を見つめ、彼女の父は優しく笑って礼を言った。幼い娘をずっと護ってきた大きな手で、美しい花嫁へと成長した娘の肩から二の腕にかけてを撫でてやると、紗己はまだ泣き止みはしないがゆっくりと顔を上げた。
「ううん、ありが・・・とうは、私のほう・・・・・・。父さん、今まで育ててくれて、本当・・・に、ありが・・・っ、と・・・」
涙は止まらないが、何とか言葉を繋ぐ。
「今まで、お世話になりました・・・っ、私、父さんと母さんの娘・・・で良かったです・・・私幸せだから・・・安心して、ね・・・っ」
いつも気を遣ってばかりで、心配をかけまいと涙を見せずに育った一人娘。初めて見る娘の涙に、紗己の父は穏やかな眼差しで彼女を見つめた。そして、少し泣き止んだ娘に、真剣な声で呼び掛ける。
「紗己」
「・・・?」
不思議そうに自分を見上げる娘に、彼は静かに話し出す。
「これからは、辛いこともきっとあるだろう。だがねェ、何があろうとお前は彼のことを信じなきゃァいけない。お前だけは信じてやらないといけないよ、紗己」
二の腕を撫で上げていた手の動きが止まり、しっかりと両肩を掴まれる。そこから伝わる温かな力強さに、これからの人生を励まされているのだと知る。
父の言葉に、涙を拭った紗己は大きく頷いた。
――――――
「いやァ、お待たせしました」
紗己を一人玄関に残し、彼女の父親は近藤と土方が待つ門の前へとやって来た。
「話はもう済んだんですか?」
「ええ、もうこれで十分です。本当にありがとうございました」
近藤の問いに人の良い笑顔で答えると、また深々と頭を下げた。
「土方さん」
「・・・あ、はい!」
突然名を呼ばれ、不意をつかれた土方は慌てて返事をする。すると紗己の父親は、幸せを噛み締めるようにゆっくりと話し出した。
「初めて・・・娘の涙を見ることが出来ました。あの子があんな風に自分を解放できるなんて・・・土方さん、あなたのおかげです」
「いや、俺は何も・・・支えられてるのも俺ばっかりで・・・」
ついつい、言葉尻を濁してしまう。訊かれてもいないことが口をついて出てしまったのは、礼を言われたことに後ろめたさを感じたからだ。
だが紗己の父親は、そんな土方の心の内を見透かしてか、彼の肩に軽く手を乗せ笑う。
「ハハハ! いいんですよ、それでいい。夫婦なんてそんなモンです。あなたを支えるのもあの子の幸せなんですから」
肩に乗せられた手にグッと力が込められる。
「・・・はい・・・・・・」
その温かな力強さに、土方は力なく頷いた。