第六章
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「昨日、野郎の様子はどうだった」
「え? どうって・・・様子が、ですか?」
「『辛そうな表情』ってのは、思い違いだったのかって訊いてるんでェ」
自分の言っていることを紗己が理解していないように思え、仕方なく噛み砕いて再度問う。
すると彼女は僅かに眉を寄せてから数秒の間を置いて、またいつもと変わらぬ柔らかな笑みをつくった。
「・・・やっぱり私の思い過ごし、思い違いでした。沖田さん、変なこと言っちゃってごめんなさい」
もう大丈夫ですから、と言う紗己に、沖田は「ふーん」とやる気のない返事をした。そして胸のつかえを押し流すために、新たに注がれた酒を飲み干す。
「・・・そういや近藤さんの姿が見えねーな。一緒に連れションか?」
「そういえば・・・いらっしゃらないですね、連れ・・・ではないと思うんですけど・・・」
ゴニョゴニョと言葉を濁す。しかしすぐに、何かに気付いたのかキョロキョロと辺りを見回した。
「父さん・・・も居ないし、皆御手洗いでしょうか?」
少し心配そうに、頬に手を当て小首を傾げる紗己。沖田はそんな彼女を横目で見ると、少しでも心配を軽減させてやろうと口を開く。
「初めっからずっと酒飲み続けてりゃァ、出すモン出さなきゃ膀胱が破裂しちまうだろ」
「やだもう、沖田さんってば・・・うん、それもそうですよね」
沖田の打ち立てた説に納得がいったのか、紗己はフゥっと息をつくと、皆の帰りはまだかと襖の方を見やった。
――――――
その頃、近藤と紗己の父親は屯所の門の前にいた。
「本当にいいんですか?」
「いやいやァ、すみませんねェ、面倒事を頼んでしまって」
「それは全然構わんのですが・・・本当に何も言わずに帰ってしまうんですか?」
本人の意思を汲んではいるが、近藤は最後にもう一度念押しする。
実は近藤は、式が始まる前に紗己の父親からある事を頼まれていたのだ。紗己や土方に気付かれないように、途中で帰らせて欲しい――と。
困り顔の近藤とは裏腹に、紗己の父親はすっきりとした表情だ。
「いやァねェ、明日帰るのも今日帰るのもそう変わらんですからねェ。下手に気を遣わせる前に、退散させてもらいます」
重たい空気にならないように、にこやかに笑う。だが近藤は、依然として複雑な面持ちだ。
予定を変えてまで、そんなに急ぐこともないだろうと思う彼は、まだまだ宴の最中である大広間の方に視線を向けた。
「後から帰ったことを知ったら、娘さん寂しがるんじゃないですか?」
「どのみち帰らなきゃいけないんだ、それなら早い方がいい。それにねェ・・・」
一旦言葉を切る。そして、高い空を軽く見上げると、ゆっくり視線を戻してから答えた。
「妻に早く報告してやりたくてねェ、あの子は幸せだと伝えてやりたい」
「・・・そうですか」
紗己の父親の言葉に納得したのか、近藤もそれ以上引き止めようとはしなかった。
既にスタンバイしていたパトカーの運転席には、部下である山崎を配置させている。近藤は後部座席側のドアを開けると、「さあ、どうぞ」と紗己の父親に乗車を促した。
「ありがとうございます」
後部座席に乗り込もうとして、紗己の父親はふと動きを止めた。大広間のある方を眺めて、寂しそうに笑う。
「長居をすると離れがたくなりますからねェ・・・」
それだけ言うと、すぐににこやかな表情に戻り、後部座席へと乗り込んだ。
紗己の父親を乗せて発進する車を見送ると、近藤はまた複雑な表情で吐息した。
「離れがたい、か・・・・・・」
きっとそれが途中退場の主な理由なのだろうと、近藤は思った。
――――――
「そろそろ戻んねーとな・・・」
咥えていた煙草を携帯灰皿に押し付けると、土方は身に纏っている羽織を両手でパタパタと払い出した。
大広間で吸っていても文句は言われないだろうが、隣に座る紗己に煙がいくのは避けたい。そのため土方は厠で用を足してから、一本だけならいいだろうと、廊下で煙草を吸っていたのだ。まるで未成年の喫煙のように、辺りを窺いながら。
たったの一本でも、体内にニコチンを入れたことでスッキリとした土方は、紗己の待つ大広間に早く戻ろうと廊下を歩いていた。すると、玄関の方向から歩いてくる近藤の姿が目に留まった。
何故こんなところでと首を捻りながら、近藤に近付いていく。
「近藤さん、何してんだこんなところで」
「ト、トシ・・・お前こそ何してるんだ」
「俺か? 俺ァ便所だよ」
「そ、そうか。俺は・・・」
何やら言いにくそうに口ごもるが、土方に訝しげな視線を向けられ、重たい口を開いた。どうせ言わなければならないのだ。
「実はな、紗己ちゃんのお父上をたった今送り出したところだ」
思いもよらぬ近藤の言葉に、土方は相当驚いたのか目を見開いて彼に詰め寄った。
「え? どうって・・・様子が、ですか?」
「『辛そうな表情』ってのは、思い違いだったのかって訊いてるんでェ」
自分の言っていることを紗己が理解していないように思え、仕方なく噛み砕いて再度問う。
すると彼女は僅かに眉を寄せてから数秒の間を置いて、またいつもと変わらぬ柔らかな笑みをつくった。
「・・・やっぱり私の思い過ごし、思い違いでした。沖田さん、変なこと言っちゃってごめんなさい」
もう大丈夫ですから、と言う紗己に、沖田は「ふーん」とやる気のない返事をした。そして胸のつかえを押し流すために、新たに注がれた酒を飲み干す。
「・・・そういや近藤さんの姿が見えねーな。一緒に連れションか?」
「そういえば・・・いらっしゃらないですね、連れ・・・ではないと思うんですけど・・・」
ゴニョゴニョと言葉を濁す。しかしすぐに、何かに気付いたのかキョロキョロと辺りを見回した。
「父さん・・・も居ないし、皆御手洗いでしょうか?」
少し心配そうに、頬に手を当て小首を傾げる紗己。沖田はそんな彼女を横目で見ると、少しでも心配を軽減させてやろうと口を開く。
「初めっからずっと酒飲み続けてりゃァ、出すモン出さなきゃ膀胱が破裂しちまうだろ」
「やだもう、沖田さんってば・・・うん、それもそうですよね」
沖田の打ち立てた説に納得がいったのか、紗己はフゥっと息をつくと、皆の帰りはまだかと襖の方を見やった。
――――――
その頃、近藤と紗己の父親は屯所の門の前にいた。
「本当にいいんですか?」
「いやいやァ、すみませんねェ、面倒事を頼んでしまって」
「それは全然構わんのですが・・・本当に何も言わずに帰ってしまうんですか?」
本人の意思を汲んではいるが、近藤は最後にもう一度念押しする。
実は近藤は、式が始まる前に紗己の父親からある事を頼まれていたのだ。紗己や土方に気付かれないように、途中で帰らせて欲しい――と。
困り顔の近藤とは裏腹に、紗己の父親はすっきりとした表情だ。
「いやァねェ、明日帰るのも今日帰るのもそう変わらんですからねェ。下手に気を遣わせる前に、退散させてもらいます」
重たい空気にならないように、にこやかに笑う。だが近藤は、依然として複雑な面持ちだ。
予定を変えてまで、そんなに急ぐこともないだろうと思う彼は、まだまだ宴の最中である大広間の方に視線を向けた。
「後から帰ったことを知ったら、娘さん寂しがるんじゃないですか?」
「どのみち帰らなきゃいけないんだ、それなら早い方がいい。それにねェ・・・」
一旦言葉を切る。そして、高い空を軽く見上げると、ゆっくり視線を戻してから答えた。
「妻に早く報告してやりたくてねェ、あの子は幸せだと伝えてやりたい」
「・・・そうですか」
紗己の父親の言葉に納得したのか、近藤もそれ以上引き止めようとはしなかった。
既にスタンバイしていたパトカーの運転席には、部下である山崎を配置させている。近藤は後部座席側のドアを開けると、「さあ、どうぞ」と紗己の父親に乗車を促した。
「ありがとうございます」
後部座席に乗り込もうとして、紗己の父親はふと動きを止めた。大広間のある方を眺めて、寂しそうに笑う。
「長居をすると離れがたくなりますからねェ・・・」
それだけ言うと、すぐににこやかな表情に戻り、後部座席へと乗り込んだ。
紗己の父親を乗せて発進する車を見送ると、近藤はまた複雑な表情で吐息した。
「離れがたい、か・・・・・・」
きっとそれが途中退場の主な理由なのだろうと、近藤は思った。
――――――
「そろそろ戻んねーとな・・・」
咥えていた煙草を携帯灰皿に押し付けると、土方は身に纏っている羽織を両手でパタパタと払い出した。
大広間で吸っていても文句は言われないだろうが、隣に座る紗己に煙がいくのは避けたい。そのため土方は厠で用を足してから、一本だけならいいだろうと、廊下で煙草を吸っていたのだ。まるで未成年の喫煙のように、辺りを窺いながら。
たったの一本でも、体内にニコチンを入れたことでスッキリとした土方は、紗己の待つ大広間に早く戻ろうと廊下を歩いていた。すると、玄関の方向から歩いてくる近藤の姿が目に留まった。
何故こんなところでと首を捻りながら、近藤に近付いていく。
「近藤さん、何してんだこんなところで」
「ト、トシ・・・お前こそ何してるんだ」
「俺か? 俺ァ便所だよ」
「そ、そうか。俺は・・・」
何やら言いにくそうに口ごもるが、土方に訝しげな視線を向けられ、重たい口を開いた。どうせ言わなければならないのだ。
「実はな、紗己ちゃんのお父上をたった今送り出したところだ」
思いもよらぬ近藤の言葉に、土方は相当驚いたのか目を見開いて彼に詰め寄った。