第六章
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――――――
真選組屯所の敷地内、大きな屋敷の一角から漏れ聴こえてくるどんちゃん騒ぎ。そこでは土方と紗己の祝言が挙げられていた。
真選組と言えば、江戸の平和を護る武装警察。いくら身内の結婚式とはいえ、組織を休止させるわけにはいかない。しかし、皆総出で祝いたいという思いから、今日この日のためだけに特別体系が組まれた。通常の部隊編成ではなく、全体を三つの部隊に分けたのだ。
まず、第一陣。彼らは昼過ぎからの大宴会に頭から参加するが、夜からの三陣と入れ替わりで職務に就かねばならないので、酒を得意としなかったり、あまり飲まない者達から構成されている。
二陣はと言うと、この日の朝まで働いていた者達だ。式も中盤に差し掛かった夕方頃に参加して、三陣と入れ替わった後は翌日朝には職務に戻る。
そして最後に三陣。彼らは大いに盛り上がっているであろう宴の終盤に、ようやく仕事を終えて参加すると言った具合だ。
この間、新郎新婦はずっと宴に参加し続けなければならない。当然と言えば当然だ。何といっても彼らが主役なのだから。
――――――
昼過ぎから始まった大宴会も今は夕方。ちょうど一陣と二陣が入れ替わり始めたところだった。
先も長いので、ほどほどにあまり飲まないようにしている土方は、隣に座る紗己の体調を気にして、周りに気取られないよう顔を寄せて耳元に話しかけた。
「紗己、疲れてねェか?」
「大丈夫です、平気ですよ」
いつも通り、にっこりと穏やかに笑う。だが、そうは言っても疲れていないはずがない。
普段とは違い、身に纏っている着物も結構な重量だ。だらしなく座るわけにもいかず、疲労感は相当なものだろう。
しかし紗己は、心配する土方にも疲れた素振りは一切見せない。それが彼女なりの気遣いか、それとも本当に疲れていないのかは定かではないが。
どんな時もすぐに「平気」と言う紗己に突っ込みたい気持ちを胸に仕舞うと、土方は手に持っていた盃を膳に置いて、自身の手を彼女の膝に乗せた。
「そうか、でも疲れたならすぐに言えよ。なんなら、ちょっとくらい休んでも構わねェんだからな」
土方の言動に一瞬驚いたようにも見えた紗己だが、すぐに紅が塗られた口元を綻ばせる。
「はい、わかりました」
素直に頷く彼女に一安心した途端、今まで飲んでいた酒を含めた水分が、体から出たいと要求してくるのを感じた。要するに厠に行きたいのだ。
土方は軽く腰を上げると、その動作を見上げる紗己にそっと耳打ちした。
「ちょっと・・・厠に行ってくる。お前は行かなくて平気か?」
「ええ、私はまだまだ大丈夫ですよ」
「それじゃあすぐ戻るが、ちょっとの間頼んだぞ」
主賓である自分が抜けたところで、どうせ皆好き好きに飲めや歌えやと騒いでいるのだろうが。そう思いつつ、その場は紗己に任せ土方はさっさと用を足しに行ってしまった。
土方が席を外している間に、一陣と二陣が完全に入れ替わった。その二陣の中で一番最後に広間に入ってきた男が、すたすたと紗己の座る上座に近付いた。
「なんでェ、花婿はとんずらこいちまったのか?」
「沖田さん!」
紗己が嬉しそうな声を出すと、沖田は彼女の後方から回り込んで、今は空いている紗己の隣の座布団の上にドカッと腰を下ろした。
「花嫁の隣ががら空きじゃァ、見栄えが悪くていけねェや」
「やだ、沖田さんったら」
沖田の少し砕けた口調に、くすりと笑う紗己。
三つ紋の準礼装姿の沖田は、堂々と新婦の横に腰を据えると、土方が使用していた盃に手を伸ばした。それを見た紗己は、形ばかりに自分のところに用意されていた酒を沖田に注ぐ。
そんな二人の光景に気付いた二陣の隊士達は、まるでからかうように囃し立て始めた。
――沖田隊長が花嫁に手ェ出してるぞ!
――新郎が入れ替わっちまった!
――案外似合ってるぜ、お二人さん!!
皆、面白がって好き放題言っている。土方が聞いたら、頭から湯気を噴出させて怒鳴り出しそうだ。
隊士達のからかいの的になってしまった紗己と沖田。少し困ったように笑う彼女の隣では、平然と、いや、やや機嫌の良さを表情にも出している沖田がいる。
「昨夜は一人になれたか」
盃の酒をクイッと一気に喉に流し込むと、沖田はちらり横目で紗己を見た。
「ええ。沖田さんのおかげで、土方さんも許可してくれましたし。ありがとうございました」
「ふーん・・・」
沖田は適当な返事をしながら、昨日の事を思い出す。
浮かない顔をしていた紗己のため――というわけではないが、土方の様子を窺いに彼の元へと行った沖田。そこでの会話は、ただただ彼を苛立たせるものだった。
『俺は本気だよ。紗己との結婚に何の迷いもねえ、お前がなんと言おうとな』
そう言いながらも、消化しきれない思いを抱えているようにしか見えなかった。
「・・・紗己」
常よりは低めの声で、笑顔の紗己に声を掛ける。
「はい、何ですか?」
どこからどう見ても幸せそうにしか見えない彼女に、こんなことを訊くのを躊躇う思いもある。それでも、ひょっとしたら自分が土方をけしかけたせいで、何か方向が変わってしまってはいないかと、確認したい気持ちを沖田は抑えられなかった。
真選組屯所の敷地内、大きな屋敷の一角から漏れ聴こえてくるどんちゃん騒ぎ。そこでは土方と紗己の祝言が挙げられていた。
真選組と言えば、江戸の平和を護る武装警察。いくら身内の結婚式とはいえ、組織を休止させるわけにはいかない。しかし、皆総出で祝いたいという思いから、今日この日のためだけに特別体系が組まれた。通常の部隊編成ではなく、全体を三つの部隊に分けたのだ。
まず、第一陣。彼らは昼過ぎからの大宴会に頭から参加するが、夜からの三陣と入れ替わりで職務に就かねばならないので、酒を得意としなかったり、あまり飲まない者達から構成されている。
二陣はと言うと、この日の朝まで働いていた者達だ。式も中盤に差し掛かった夕方頃に参加して、三陣と入れ替わった後は翌日朝には職務に戻る。
そして最後に三陣。彼らは大いに盛り上がっているであろう宴の終盤に、ようやく仕事を終えて参加すると言った具合だ。
この間、新郎新婦はずっと宴に参加し続けなければならない。当然と言えば当然だ。何といっても彼らが主役なのだから。
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昼過ぎから始まった大宴会も今は夕方。ちょうど一陣と二陣が入れ替わり始めたところだった。
先も長いので、ほどほどにあまり飲まないようにしている土方は、隣に座る紗己の体調を気にして、周りに気取られないよう顔を寄せて耳元に話しかけた。
「紗己、疲れてねェか?」
「大丈夫です、平気ですよ」
いつも通り、にっこりと穏やかに笑う。だが、そうは言っても疲れていないはずがない。
普段とは違い、身に纏っている着物も結構な重量だ。だらしなく座るわけにもいかず、疲労感は相当なものだろう。
しかし紗己は、心配する土方にも疲れた素振りは一切見せない。それが彼女なりの気遣いか、それとも本当に疲れていないのかは定かではないが。
どんな時もすぐに「平気」と言う紗己に突っ込みたい気持ちを胸に仕舞うと、土方は手に持っていた盃を膳に置いて、自身の手を彼女の膝に乗せた。
「そうか、でも疲れたならすぐに言えよ。なんなら、ちょっとくらい休んでも構わねェんだからな」
土方の言動に一瞬驚いたようにも見えた紗己だが、すぐに紅が塗られた口元を綻ばせる。
「はい、わかりました」
素直に頷く彼女に一安心した途端、今まで飲んでいた酒を含めた水分が、体から出たいと要求してくるのを感じた。要するに厠に行きたいのだ。
土方は軽く腰を上げると、その動作を見上げる紗己にそっと耳打ちした。
「ちょっと・・・厠に行ってくる。お前は行かなくて平気か?」
「ええ、私はまだまだ大丈夫ですよ」
「それじゃあすぐ戻るが、ちょっとの間頼んだぞ」
主賓である自分が抜けたところで、どうせ皆好き好きに飲めや歌えやと騒いでいるのだろうが。そう思いつつ、その場は紗己に任せ土方はさっさと用を足しに行ってしまった。
土方が席を外している間に、一陣と二陣が完全に入れ替わった。その二陣の中で一番最後に広間に入ってきた男が、すたすたと紗己の座る上座に近付いた。
「なんでェ、花婿はとんずらこいちまったのか?」
「沖田さん!」
紗己が嬉しそうな声を出すと、沖田は彼女の後方から回り込んで、今は空いている紗己の隣の座布団の上にドカッと腰を下ろした。
「花嫁の隣ががら空きじゃァ、見栄えが悪くていけねェや」
「やだ、沖田さんったら」
沖田の少し砕けた口調に、くすりと笑う紗己。
三つ紋の準礼装姿の沖田は、堂々と新婦の横に腰を据えると、土方が使用していた盃に手を伸ばした。それを見た紗己は、形ばかりに自分のところに用意されていた酒を沖田に注ぐ。
そんな二人の光景に気付いた二陣の隊士達は、まるでからかうように囃し立て始めた。
――沖田隊長が花嫁に手ェ出してるぞ!
――新郎が入れ替わっちまった!
――案外似合ってるぜ、お二人さん!!
皆、面白がって好き放題言っている。土方が聞いたら、頭から湯気を噴出させて怒鳴り出しそうだ。
隊士達のからかいの的になってしまった紗己と沖田。少し困ったように笑う彼女の隣では、平然と、いや、やや機嫌の良さを表情にも出している沖田がいる。
「昨夜は一人になれたか」
盃の酒をクイッと一気に喉に流し込むと、沖田はちらり横目で紗己を見た。
「ええ。沖田さんのおかげで、土方さんも許可してくれましたし。ありがとうございました」
「ふーん・・・」
沖田は適当な返事をしながら、昨日の事を思い出す。
浮かない顔をしていた紗己のため――というわけではないが、土方の様子を窺いに彼の元へと行った沖田。そこでの会話は、ただただ彼を苛立たせるものだった。
『俺は本気だよ。紗己との結婚に何の迷いもねえ、お前がなんと言おうとな』
そう言いながらも、消化しきれない思いを抱えているようにしか見えなかった。
「・・・紗己」
常よりは低めの声で、笑顔の紗己に声を掛ける。
「はい、何ですか?」
どこからどう見ても幸せそうにしか見えない彼女に、こんなことを訊くのを躊躇う思いもある。それでも、ひょっとしたら自分が土方をけしかけたせいで、何か方向が変わってしまってはいないかと、確認したい気持ちを沖田は抑えられなかった。