第六章
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相も変わらず静かな部屋。互いの心音が聴こえるのではと思ってしまうほどだ。
手の平に伝わってくる紗己の温もりが、彼女を欲する気持ちに拍車をかける。もとより彼女を抱き締めたかった土方だったが、視線を絡ませているうちに、本格的に抑えが効かなくなってきた。
夫婦なのだから、何も我慢する必要さえない。愛しい妻を抱き締めて口付けをして、一体何が悪い。誰に文句を言われたわけでもないが、まるで言い訳のような言い分を、何度も頭に巡らせる。
これまで口付けを我慢してきたのは、二人きりになれる機会が極端に少なかったからだ。屯所では昨日まで部屋が別々だったし、二人で過ごす時間はあっても常に人目が気になる環境だった。
それに、二人にとっての初めての口付けともなれば、やはりそれ相応のムードを作りたいし、紗己にとっての大切な思い出にしてやりたい。その思いから、気軽なノリで口付けることがずっと躊躇われていたのだ。
だが、機会ということで言えば、今は絶好の機会だろう。ここには自分達以外誰もいない。美しい花嫁が目の前にいて、その温もりに触れている。甘い言葉も囁いた。大切な思い出にしてやれる。これ以上の機会はそうはない。
土方は胡座の状態から両膝に重心を移すと、軽く腰を上げて膝立ちになった。そうすることで、椅子に座っている紗己との距離もグッと縮まる。
突然の土方の動きに、紗己は驚いたのか体を強張らせた。彼が何をしようとしているのか、さすがに鈍感な彼女でも理解出来たのだろうか。
土方の体が迫ってきたことで、紗己の視界は一気に暗くなり、だんだんと近付く彼の顔だけしか見えない。
思考回路は急速に動きを弱め、何をどうしたらいいのかわからない。ただただ不安なまま固まっていると、眼前の土方の口端が緩やかに上がった。
「・・・目、閉じとけ」
低い声が、耳に届いた。常より優しい声音に、紗己は言われるがままきつく目を閉じる。
視界は完全に真っ暗になったが、鼻先をくすぐる仄かな煙草の匂いが不安感を和らげてくれる。睫毛は小刻みに揺れるものの、肩の力は少し抜けた。
紗己の小さな変化が伝わったのだろう。土方は紗己の頬を撫でるようにしながら、右手を彼女の顎下へと移動させた。そして親指と人差し指で彼女の顎をやや上向きに固定する。
黒紋付羽織を纏った大きな背中を丸めるようにして、ゆっくりと、綿帽子をずらしてしまわないようにしっかりと首を傾ける。
ようやくこれで――待ちに待った紗己との口付けを思い、多大な期待で胸を膨らませる土方。
互いの息がかかる。艶やかな唇に、自分の唇を重ね――・・・
――スパーンッ!
「「・・・え?」」
いきなり部屋に響いた乾いた音が、勢いよく襖が開かれた音だと気付くのに数秒を要した。まだ触れていなかった、触れる寸前だった互いの唇から、疑問符のついた声が小さく漏れる。
二人して開いた襖の方に振り向くと――紗己の父親が、満面の笑みを浮かべてそこに立っていた。
「やあやあやァ、おめでとう紗己」
「・・・っ!?」
驚いた土方は、慌てて紗己の顎と両手に触れていた手を退かして直立した。別に、悪いことをしているわけではないのだが。
一方の紗己は、父親の登場に嬉しそうに顔を上げて、入り口の方に身体を向けた。
「父さん!」
「いやいやァ、よく似合ってるじゃないか! こうして見ると、母さんとの結婚式を思い出すねェ」
楽し気に会話をし始めた親子。それをすぐそばで見ている土方は、紗己の笑顔を快く思う反面、あまりの間の悪さに沸き上がる苛立ちを抑え込むのに必死だ。
何だっていつもいつもイイところで邪魔が入るんだよ! つーか紗己・・・俺のことほったらかしすぎじゃねェ? いくら父親に会えたからって・・・いや、まあいいんだけど・・・・・・。
と、胸中で愚痴っていると、紗己の父親に続いて近藤が部屋に入ってくるのが目に入った。新郎の疲れた表情を気にも留めず、やたらに明るい声で話し出す。
「花嫁と花嫁の父、実に感動的な絵だ! なあ、トシ!!」
「・・・そうだな・・・・・・」
力なく答える。
ご馳走に手を伸ばした途端、皿ごとかっさらわれた気分だ。そんなことを思いながら鈍感父娘に目をやれば、二人して笑顔の花を咲かせている。
「ま・・・いいか」
小さく口の中で呟く。やや疎外感を感じつつも、その光景に穏やかな気持ちになる土方だった。
手の平に伝わってくる紗己の温もりが、彼女を欲する気持ちに拍車をかける。もとより彼女を抱き締めたかった土方だったが、視線を絡ませているうちに、本格的に抑えが効かなくなってきた。
夫婦なのだから、何も我慢する必要さえない。愛しい妻を抱き締めて口付けをして、一体何が悪い。誰に文句を言われたわけでもないが、まるで言い訳のような言い分を、何度も頭に巡らせる。
これまで口付けを我慢してきたのは、二人きりになれる機会が極端に少なかったからだ。屯所では昨日まで部屋が別々だったし、二人で過ごす時間はあっても常に人目が気になる環境だった。
それに、二人にとっての初めての口付けともなれば、やはりそれ相応のムードを作りたいし、紗己にとっての大切な思い出にしてやりたい。その思いから、気軽なノリで口付けることがずっと躊躇われていたのだ。
だが、機会ということで言えば、今は絶好の機会だろう。ここには自分達以外誰もいない。美しい花嫁が目の前にいて、その温もりに触れている。甘い言葉も囁いた。大切な思い出にしてやれる。これ以上の機会はそうはない。
土方は胡座の状態から両膝に重心を移すと、軽く腰を上げて膝立ちになった。そうすることで、椅子に座っている紗己との距離もグッと縮まる。
突然の土方の動きに、紗己は驚いたのか体を強張らせた。彼が何をしようとしているのか、さすがに鈍感な彼女でも理解出来たのだろうか。
土方の体が迫ってきたことで、紗己の視界は一気に暗くなり、だんだんと近付く彼の顔だけしか見えない。
思考回路は急速に動きを弱め、何をどうしたらいいのかわからない。ただただ不安なまま固まっていると、眼前の土方の口端が緩やかに上がった。
「・・・目、閉じとけ」
低い声が、耳に届いた。常より優しい声音に、紗己は言われるがままきつく目を閉じる。
視界は完全に真っ暗になったが、鼻先をくすぐる仄かな煙草の匂いが不安感を和らげてくれる。睫毛は小刻みに揺れるものの、肩の力は少し抜けた。
紗己の小さな変化が伝わったのだろう。土方は紗己の頬を撫でるようにしながら、右手を彼女の顎下へと移動させた。そして親指と人差し指で彼女の顎をやや上向きに固定する。
黒紋付羽織を纏った大きな背中を丸めるようにして、ゆっくりと、綿帽子をずらしてしまわないようにしっかりと首を傾ける。
ようやくこれで――待ちに待った紗己との口付けを思い、多大な期待で胸を膨らませる土方。
互いの息がかかる。艶やかな唇に、自分の唇を重ね――・・・
――スパーンッ!
「「・・・え?」」
いきなり部屋に響いた乾いた音が、勢いよく襖が開かれた音だと気付くのに数秒を要した。まだ触れていなかった、触れる寸前だった互いの唇から、疑問符のついた声が小さく漏れる。
二人して開いた襖の方に振り向くと――紗己の父親が、満面の笑みを浮かべてそこに立っていた。
「やあやあやァ、おめでとう紗己」
「・・・っ!?」
驚いた土方は、慌てて紗己の顎と両手に触れていた手を退かして直立した。別に、悪いことをしているわけではないのだが。
一方の紗己は、父親の登場に嬉しそうに顔を上げて、入り口の方に身体を向けた。
「父さん!」
「いやいやァ、よく似合ってるじゃないか! こうして見ると、母さんとの結婚式を思い出すねェ」
楽し気に会話をし始めた親子。それをすぐそばで見ている土方は、紗己の笑顔を快く思う反面、あまりの間の悪さに沸き上がる苛立ちを抑え込むのに必死だ。
何だっていつもいつもイイところで邪魔が入るんだよ! つーか紗己・・・俺のことほったらかしすぎじゃねェ? いくら父親に会えたからって・・・いや、まあいいんだけど・・・・・・。
と、胸中で愚痴っていると、紗己の父親に続いて近藤が部屋に入ってくるのが目に入った。新郎の疲れた表情を気にも留めず、やたらに明るい声で話し出す。
「花嫁と花嫁の父、実に感動的な絵だ! なあ、トシ!!」
「・・・そうだな・・・・・・」
力なく答える。
ご馳走に手を伸ばした途端、皿ごとかっさらわれた気分だ。そんなことを思いながら鈍感父娘に目をやれば、二人して笑顔の花を咲かせている。
「ま・・・いいか」
小さく口の中で呟く。やや疎外感を感じつつも、その光景に穏やかな気持ちになる土方だった。