第六章
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紗己は口元を綻ばせながら、シュルシュルと音を立てて帯揚げを解ききる。だが、続けて取り掛かった帯枕の結び目はかなりきつく、なかなかうまく指がかからない。
悪戦苦闘している紗己の様子に気付いた土方は、文庫結びから一度手を離すと上体を起こし、そのまま立ち上がって紗己の目の前に移動してから、そこでまた膝立ちになった。
「俺がやるから代わりに後ろ押さえとけ。片手、背中に回せるか?」
「ご、ごめんなさい。お願いします・・・」
「別に謝るようなことじゃねェだろ」
シュンとした表情で右手を後ろに回す紗己に小さく笑うと、土方は両手を帯枕の結び目へと伸ばした。
帯の内側から掻き出した結び目は、蝶結びの輪の部分が更に片結びに結ばれていた。伸縮性のある紐で結ばれているため、片結びの結び目が小さくなりすぎていて、なかなか指がかからない。
土方は軽く舌打ちをすると、結び目にぐっと顔を近付けてそこに歯を立てた。結び目の一部を噛んで顔を左方向に向けると同時に、右側にのびている輪を顔とは反対の方へと引っ張る。すると結び目は僅かに緩み、それに気付いた土方は結び目から顔を離すと、左右の人差し指と親指を使って片結びを解き、そのまま蝶結びも解いた。
「っ・・・と。よし、解けたぞ」
「あ、ありがとうございます・・・」
急に苦しさから解放され、少し気が抜けたように礼を言う紗己。
そんな彼女の言葉や表情に安心すると、土方は今しがた解いた紐をそうきつくないくらいに締め直した。そして、先より解かれていた帯揚げも手早く結び直し、半分脱がせていた打ち掛けを再度紗己に羽織らせた。
「よし、こんなもんか。どうだ、苦しくねェか?」
仕上げた帯と着物の間にまた指を差し込むと、緩すぎないか、きつすぎないかと確認をする。
思いの外手際の良い土方に、改めて尊敬の念を抱きつつ、紗己は頬をほんのりと赤らめ、膝立ちのため目線の高さが同じになっている彼ににっこり微笑んだ。
「大丈夫です、ありがとうございました」
「その程度なら、着崩れたりしねェだろうから安心しろ」
別に少しくらい着崩れても構やしないけど、と思いつつ、ポキポキと首を鳴らして言葉を続けた。
「・・・っとに、あんなにきつく結ばれたら脱がせるのに一苦労・・・」
言いかけて、瞬時に続きを飲み込んだ。
不自然な言葉の途切れ方に、紗己は目の前の土方をまじまじと見つめる。その視線を受けて土方は、動揺したのか目を泳がせがさつな動きで立ち上がった。
「ちちっ違うからなっ!? べっ、別に脱がせたいとかそういう意味じゃねェからなっ」
胸の前にもってきた両手を、慌ただしく横に振る。
彼の言葉通り、別に脱がせることだけを考えていたわけではない。しかし、全くそういったことを考えていなかったと言えば、それはそれで嘘になる。心のどこかで彼女を『脱がせたい』と思っていたのが、つい口をついて出てしまったのだ。
『脱がせるのにも一苦労』だと、そう言ったところで誰に咎められるようなことでもないのだが、居心地の悪さは否めない。だが紗己は、焦る土方とは対照的に、いつもと変わらぬ穏やかな表情で彼を見上げる。
「着る時も、二人がかりで着付けてもらいましたから」
あっさりと言ってのける。土方の発言に対し、「あー、そうですね」と言わんばかりの流しっぷり。またも額面通りに受け取ったようだ。
確かに、そこら辺に脱ぎ捨てるわけにもいかず、それそこそこに手間もかかり一苦労だろう。土方とは違う側面から、紗己もまた着付けてくれた者達への苦労を思っていた。
そんな彼女の言葉に、結局自分の心情や焦りなどは一切伝わっていなかったのだと、土方は気付く。ホッとした反面、少し残念な気にもなるのは何故だろうか。どうにも自分だけが空回りをしているようで、恥ずかしいことこの上ない。
だが、だからといって彼女を責める気持ちは一切なく、それを可愛いと思ってしまう自分さえいる。そんな自分に嘆息しつつ、しかしながら未だ多少の居心地悪さを感じている土方は、数回咳払いをしてから椅子に腰かける紗己を見下ろした。
「あー・・・なんか暑いな! 暑くねェかっ」
「そうですか? 大丈夫ですよ?」
「そ、そうか」
秋も深まり暑いわけがない季節なのだから、彼女が賛同するはずもない。土方はまたもわざとらしく咳をすると、落ち着きなく首の後ろを掻き撫でた。
「のっ、喉渇いてねェか? 何か持ってこさせ・・・」
「土方さん」
言葉を遮るように、紗己が名を呼んだ。
「ありがとうございます」
「紗己・・・・・・」
土方の動揺に気付いたのだろうか、紗己はまるでたしなめるような声音で礼を言った。ジッと土方を見つめる彼女の双眸は、とても穏やかなものだ。
ようやく落ち着きを取り戻した土方は、その瞳に吸い込まれるように畳に腰を下ろした。
紗己の膝頭と向き合うように胡座をかいて畳に落ちつくと、椅子に腰掛ける彼女を見上げて優しく笑った。
悪戦苦闘している紗己の様子に気付いた土方は、文庫結びから一度手を離すと上体を起こし、そのまま立ち上がって紗己の目の前に移動してから、そこでまた膝立ちになった。
「俺がやるから代わりに後ろ押さえとけ。片手、背中に回せるか?」
「ご、ごめんなさい。お願いします・・・」
「別に謝るようなことじゃねェだろ」
シュンとした表情で右手を後ろに回す紗己に小さく笑うと、土方は両手を帯枕の結び目へと伸ばした。
帯の内側から掻き出した結び目は、蝶結びの輪の部分が更に片結びに結ばれていた。伸縮性のある紐で結ばれているため、片結びの結び目が小さくなりすぎていて、なかなか指がかからない。
土方は軽く舌打ちをすると、結び目にぐっと顔を近付けてそこに歯を立てた。結び目の一部を噛んで顔を左方向に向けると同時に、右側にのびている輪を顔とは反対の方へと引っ張る。すると結び目は僅かに緩み、それに気付いた土方は結び目から顔を離すと、左右の人差し指と親指を使って片結びを解き、そのまま蝶結びも解いた。
「っ・・・と。よし、解けたぞ」
「あ、ありがとうございます・・・」
急に苦しさから解放され、少し気が抜けたように礼を言う紗己。
そんな彼女の言葉や表情に安心すると、土方は今しがた解いた紐をそうきつくないくらいに締め直した。そして、先より解かれていた帯揚げも手早く結び直し、半分脱がせていた打ち掛けを再度紗己に羽織らせた。
「よし、こんなもんか。どうだ、苦しくねェか?」
仕上げた帯と着物の間にまた指を差し込むと、緩すぎないか、きつすぎないかと確認をする。
思いの外手際の良い土方に、改めて尊敬の念を抱きつつ、紗己は頬をほんのりと赤らめ、膝立ちのため目線の高さが同じになっている彼ににっこり微笑んだ。
「大丈夫です、ありがとうございました」
「その程度なら、着崩れたりしねェだろうから安心しろ」
別に少しくらい着崩れても構やしないけど、と思いつつ、ポキポキと首を鳴らして言葉を続けた。
「・・・っとに、あんなにきつく結ばれたら脱がせるのに一苦労・・・」
言いかけて、瞬時に続きを飲み込んだ。
不自然な言葉の途切れ方に、紗己は目の前の土方をまじまじと見つめる。その視線を受けて土方は、動揺したのか目を泳がせがさつな動きで立ち上がった。
「ちちっ違うからなっ!? べっ、別に脱がせたいとかそういう意味じゃねェからなっ」
胸の前にもってきた両手を、慌ただしく横に振る。
彼の言葉通り、別に脱がせることだけを考えていたわけではない。しかし、全くそういったことを考えていなかったと言えば、それはそれで嘘になる。心のどこかで彼女を『脱がせたい』と思っていたのが、つい口をついて出てしまったのだ。
『脱がせるのにも一苦労』だと、そう言ったところで誰に咎められるようなことでもないのだが、居心地の悪さは否めない。だが紗己は、焦る土方とは対照的に、いつもと変わらぬ穏やかな表情で彼を見上げる。
「着る時も、二人がかりで着付けてもらいましたから」
あっさりと言ってのける。土方の発言に対し、「あー、そうですね」と言わんばかりの流しっぷり。またも額面通りに受け取ったようだ。
確かに、そこら辺に脱ぎ捨てるわけにもいかず、それそこそこに手間もかかり一苦労だろう。土方とは違う側面から、紗己もまた着付けてくれた者達への苦労を思っていた。
そんな彼女の言葉に、結局自分の心情や焦りなどは一切伝わっていなかったのだと、土方は気付く。ホッとした反面、少し残念な気にもなるのは何故だろうか。どうにも自分だけが空回りをしているようで、恥ずかしいことこの上ない。
だが、だからといって彼女を責める気持ちは一切なく、それを可愛いと思ってしまう自分さえいる。そんな自分に嘆息しつつ、しかしながら未だ多少の居心地悪さを感じている土方は、数回咳払いをしてから椅子に腰かける紗己を見下ろした。
「あー・・・なんか暑いな! 暑くねェかっ」
「そうですか? 大丈夫ですよ?」
「そ、そうか」
秋も深まり暑いわけがない季節なのだから、彼女が賛同するはずもない。土方はまたもわざとらしく咳をすると、落ち着きなく首の後ろを掻き撫でた。
「のっ、喉渇いてねェか? 何か持ってこさせ・・・」
「土方さん」
言葉を遮るように、紗己が名を呼んだ。
「ありがとうございます」
「紗己・・・・・・」
土方の動揺に気付いたのだろうか、紗己はまるでたしなめるような声音で礼を言った。ジッと土方を見つめる彼女の双眸は、とても穏やかなものだ。
ようやく落ち着きを取り戻した土方は、その瞳に吸い込まれるように畳に腰を下ろした。
紗己の膝頭と向き合うように胡座をかいて畳に落ちつくと、椅子に腰掛ける彼女を見上げて優しく笑った。