第六章
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――――――
先程までの騒がしさとは打って変わり、静かすぎてかえって落ち着かない室内。近藤と山崎が部屋を出たからだ。
とりあえず紗己の花嫁姿を見に来ただけの近藤は、これから宴の間となる大広間の準備の進行具合を確認しなければならない。どうせ部屋を出るのなら、早く土方と紗己を二人きりにしてやりたいと思い、山崎を引き連れ二人のもとを離れたのだ。
さっきまではあんなに疎ましかったはずなのに、いざ紗己と二人にされた途端、上司と部下に戻ってきて欲しい気持ちがほんの少し顔を出す。いつもとはあまりにも違いすぎる紗己の姿に、未だ緊張がおさまらないのだ。
土方は、低めの丸椅子に腰掛ける紗己と襖までの間、ちょうど真ん中あたりの位置に立ち、腕を組んだり下ろしたりと落ち着きのない様を披露している。
何か話し掛けなければ間が持たない。そう思って、どの話題を選ぶかあれやこれやと考えを巡らせていると。
――ふぅ・・・
後方から、少し苦し気な息遣いが土方の耳に届いた。静寂を保っていた部屋だからこそ、その僅かな吐息が紗己の口から漏れたものだとわかり、驚いた土方はすぐに振り返り彼女のそばに駆け寄った。
「おいどうした、大丈夫か?」
「え? あ、ええ、平気です。ただちょっと、苦しくて・・・・・・」
心配そうに自分を見下ろす土方に紗己もまた驚きつつ、真っ白な帯に自身の手を添えた。帯揚げを軽く触りながら、困ったような表情で土方を見上げる。
「お腹回りに負担にならないようにはしてもらってるんですけど、その分位置が上にきてて・・・」
着付けの際に腹回りを緩めるようにするため、帯が緩んだりずれたりしないよう、やや上向きにきつめに締められたのだ。そのため胸元のすぐ下、肋骨の上部あたりがなかなかに苦しい。
それなりに長丁場となるのだから、そんな苦しい状態では身体が休まらないだろう。紗己の体調を何よりも心配する土方は、我慢するつもりでいる彼女の前に立ちはだかり、眉を寄せて嘆息した。
「動き回るわけじゃなし、そう簡単には着崩れねーだろ。待ってろ、今緩めてやるから・・・」
言いながら紗己の前に立ち腰を落とすと、大きく背中を曲げて紗己を美しく飾る着物と帯、帯揚げの隙間にぐっと指を差し込んだ。くいっと手前に指を曲げると、紐が指にきつく食い込む。
こりゃァ、苦しくて当然だな。土方は胸中で呟いた。
いくら男物ではないにしても、身に付けているのは同じ着物だ。勝手は違えど早く彼女を楽にしてやりたい一心で、土方は打ち掛けに手を伸ばすと、左の襟を肩までずらした。
「えっ・・・あの、土方さん?」
突然の行動に、紗己が驚いて土方を見つめる。すると土方は、
「見えにくいから、打ち掛けこっち側だけ脱がすぞ」
そう言って、そのまま襟を更にずらした。土方がしようとしている事にまだ理解が追い付かないが、とにかく打ち掛けを半分脱がなければと、紗己も軽く腰を上げてもぞもぞと左腕を抜く。
左半分が脱げた状態の打ち掛けを、土方は紗己の背後に回ってそっと畳に置き広げ、そして今度は紗己の左横に移動して、そのまま腰を落として両膝を畳についた。
「ちょっと腕上げといてくれ」
「え、あ、はい!」
言われるがまま紗己が左腕を上げると、土方は掛下――打ち掛けの下に着る着物の袂を持ち上げ、それを彼女の左手に持たせた。
「そのまま持ってろ」
「は、はい!」
袂を持ち上げたことで、帯の確認がしやすくなった。紗己を苦しませている紐がどこに繋がっているのか調べるため、腰を屈めて帯の上線を前面から背面へと目視する。そして、帯揚げを少しずつ捲りあげながら、紐の行く先を辿った。
これか。これだな。土方は小さく頷くと、帯揚げから手を離し文庫結びにそっと触れた。形を崩さないよう、慎重に文庫結びの中心を掴んで軽く揺すってみるが、びくともしない。
紗己を苦しめていた紐の正体は、文庫結びを支えるために仕込まれていた帯枕だった。
帯枕とは、帯を締める際に背中部分の形を整え支えるために使う、丸みを帯びた楕円形の物。大抵は先が紐状の薄布に包まれており、後ろから前へと結ぶようになっている。それが今回相当きつく結ばれており、彼女の息苦しさの原因となっていたのだ。
「これ、帯枕自体きつ過ぎだろ・・・・・・。あ、もう腕下ろしていいぞ」
言いながら一旦身体を起こすと、腕を下ろした紗己の左肩に自身の左手を置いて、
「おい紗己、俺が後ろ押さえててやるから、結び紐解け」
また腰を屈めて言った。
「は、はいっ」
言われた通りにしようとするが、行動に移る前に紗己はふと手を止めた。ちらりと左横を見やれば、椅子に座る自分に合わせて、膝立ちで背中を曲げている土方の黒髪が目に入る。
なんだか申し訳なく思った紗己は、自分が立てばいいのだと腰を上げかけた。だがそれに気付いた土方は、無言のまま彼女の左肩に乗せていた手に少し力を入れて、その動きを制する。
「あの・・・」
「いいから座ってろ」
少しぶっきらぼうに言い放つ。けれど、それが彼の優しさだと知っている紗己は、微笑みながら「はい」と答え、素直に腰を落ち着かせた。
先程までの騒がしさとは打って変わり、静かすぎてかえって落ち着かない室内。近藤と山崎が部屋を出たからだ。
とりあえず紗己の花嫁姿を見に来ただけの近藤は、これから宴の間となる大広間の準備の進行具合を確認しなければならない。どうせ部屋を出るのなら、早く土方と紗己を二人きりにしてやりたいと思い、山崎を引き連れ二人のもとを離れたのだ。
さっきまではあんなに疎ましかったはずなのに、いざ紗己と二人にされた途端、上司と部下に戻ってきて欲しい気持ちがほんの少し顔を出す。いつもとはあまりにも違いすぎる紗己の姿に、未だ緊張がおさまらないのだ。
土方は、低めの丸椅子に腰掛ける紗己と襖までの間、ちょうど真ん中あたりの位置に立ち、腕を組んだり下ろしたりと落ち着きのない様を披露している。
何か話し掛けなければ間が持たない。そう思って、どの話題を選ぶかあれやこれやと考えを巡らせていると。
――ふぅ・・・
後方から、少し苦し気な息遣いが土方の耳に届いた。静寂を保っていた部屋だからこそ、その僅かな吐息が紗己の口から漏れたものだとわかり、驚いた土方はすぐに振り返り彼女のそばに駆け寄った。
「おいどうした、大丈夫か?」
「え? あ、ええ、平気です。ただちょっと、苦しくて・・・・・・」
心配そうに自分を見下ろす土方に紗己もまた驚きつつ、真っ白な帯に自身の手を添えた。帯揚げを軽く触りながら、困ったような表情で土方を見上げる。
「お腹回りに負担にならないようにはしてもらってるんですけど、その分位置が上にきてて・・・」
着付けの際に腹回りを緩めるようにするため、帯が緩んだりずれたりしないよう、やや上向きにきつめに締められたのだ。そのため胸元のすぐ下、肋骨の上部あたりがなかなかに苦しい。
それなりに長丁場となるのだから、そんな苦しい状態では身体が休まらないだろう。紗己の体調を何よりも心配する土方は、我慢するつもりでいる彼女の前に立ちはだかり、眉を寄せて嘆息した。
「動き回るわけじゃなし、そう簡単には着崩れねーだろ。待ってろ、今緩めてやるから・・・」
言いながら紗己の前に立ち腰を落とすと、大きく背中を曲げて紗己を美しく飾る着物と帯、帯揚げの隙間にぐっと指を差し込んだ。くいっと手前に指を曲げると、紐が指にきつく食い込む。
こりゃァ、苦しくて当然だな。土方は胸中で呟いた。
いくら男物ではないにしても、身に付けているのは同じ着物だ。勝手は違えど早く彼女を楽にしてやりたい一心で、土方は打ち掛けに手を伸ばすと、左の襟を肩までずらした。
「えっ・・・あの、土方さん?」
突然の行動に、紗己が驚いて土方を見つめる。すると土方は、
「見えにくいから、打ち掛けこっち側だけ脱がすぞ」
そう言って、そのまま襟を更にずらした。土方がしようとしている事にまだ理解が追い付かないが、とにかく打ち掛けを半分脱がなければと、紗己も軽く腰を上げてもぞもぞと左腕を抜く。
左半分が脱げた状態の打ち掛けを、土方は紗己の背後に回ってそっと畳に置き広げ、そして今度は紗己の左横に移動して、そのまま腰を落として両膝を畳についた。
「ちょっと腕上げといてくれ」
「え、あ、はい!」
言われるがまま紗己が左腕を上げると、土方は掛下――打ち掛けの下に着る着物の袂を持ち上げ、それを彼女の左手に持たせた。
「そのまま持ってろ」
「は、はい!」
袂を持ち上げたことで、帯の確認がしやすくなった。紗己を苦しませている紐がどこに繋がっているのか調べるため、腰を屈めて帯の上線を前面から背面へと目視する。そして、帯揚げを少しずつ捲りあげながら、紐の行く先を辿った。
これか。これだな。土方は小さく頷くと、帯揚げから手を離し文庫結びにそっと触れた。形を崩さないよう、慎重に文庫結びの中心を掴んで軽く揺すってみるが、びくともしない。
紗己を苦しめていた紐の正体は、文庫結びを支えるために仕込まれていた帯枕だった。
帯枕とは、帯を締める際に背中部分の形を整え支えるために使う、丸みを帯びた楕円形の物。大抵は先が紐状の薄布に包まれており、後ろから前へと結ぶようになっている。それが今回相当きつく結ばれており、彼女の息苦しさの原因となっていたのだ。
「これ、帯枕自体きつ過ぎだろ・・・・・・。あ、もう腕下ろしていいぞ」
言いながら一旦身体を起こすと、腕を下ろした紗己の左肩に自身の左手を置いて、
「おい紗己、俺が後ろ押さえててやるから、結び紐解け」
また腰を屈めて言った。
「は、はいっ」
言われた通りにしようとするが、行動に移る前に紗己はふと手を止めた。ちらりと左横を見やれば、椅子に座る自分に合わせて、膝立ちで背中を曲げている土方の黒髪が目に入る。
なんだか申し訳なく思った紗己は、自分が立てばいいのだと腰を上げかけた。だがそれに気付いた土方は、無言のまま彼女の左肩に乗せていた手に少し力を入れて、その動きを制する。
「あの・・・」
「いいから座ってろ」
少しぶっきらぼうに言い放つ。けれど、それが彼の優しさだと知っている紗己は、微笑みながら「はい」と答え、素直に腰を落ち着かせた。