第六章
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山崎に夫への呼び名について軽く突っ込まれた紗己は、どうしたものかと困惑する。
「あの・・・」
戸惑いを含んだ眼差しが、遠慮がちに土方へと向けられた。
「・・・っ」
愛しい花嫁の表情に、土方は思わずハッと目を見開く。
化粧を施しているため、いつもよりも艶っぽい彼女の上目遣い。その色香漂う視線に鼻息が荒くなり、それに自分でも気付いた土方は慌てて鼻から下を右手で隠した。
夫である土方の、その不審極まりない動きに首を傾げるも、紗己は再度彼に答えを求める。
「あの、私その・・・なんて呼んだらいい、ですか・・・・・・?」
とても初々しい紗己の問い掛け。そんなことを恥ずかしそうに訊かれたら、土方の方こそ何と答えればいいか悩んでしまう。
「え、いやまあ・・・好きに呼んだら、いいんじゃねェか?」
口元を隠していた手を首筋へとずらしながら、身も蓋もないことを言ってしまう。
とは言え、決して希望が無いわけではない。愛しい紗己に『十四郎さん』と呼ばれたい気持ちはあるし、『あなた』と呼ばれるのも悪くないと思っている。
だが、後者は勿論のこと、それを直接彼女に伝えるのは気恥ずかしいし、第一それを伝えようにもここには近藤も山崎もいる。そんなことを絶対に聞かれたくない土方は、あえてどうでもいい風を装ってみた。
一方の紗己は、ますます困ったように眉を寄せ、小さく唸っている。
おい、そこまで悩むことか? 大体気付きそうなもんだろ、これって結構定番じゃねーのか?
思いはするも、そういった知識や勘には無縁の彼女だったと、すぐに考えを改める。
あまりに真剣に考え込んでいる紗己が、可愛らしくもだんだん可哀想に思えてきた。
こうなったら、自分から助け船を出してやるべきだろうか。せめてハードルの低い方だけでも、と土方が軽く腰を屈めて綿帽子の中を覗き込もうとすると。
パッと勢いよく顔を上げた彼女が、緊張から潤んでしまった瞳で、少し近くなった土方を見つめた。紅い唇が微かに震えている。
「えっ・・・と・・・」
一旦言葉を切ると、スゥッと息を吸ってからぽつり小さく呟いた。
――土方、さん。
「っ!!」
全身が心臓になったかと思うほど、鼓動を強く感じた。背中を得も言われぬ快感が駆け抜けていく。
ただ名前を呼ばれるだけで、こんなにも幸せを感じるなんて。たとえそれが、希望のものとは違っていても。
出会ってから今日まで、彼女の口から『副長さん』としか呼ばれていなかった土方にとっては、それが苗字に変化しただけでも十二分に感動に値する。年の割には随分と安上がりなものだ。
その新鮮な響きが耳の奥でこだまする中、もじもじと恥ずかしげに肩を上げる紗己を見やれば、また彼女への愛しさが込み上げてくる。
可愛すぎるだろこれは! あーもう我慢したくねェ、いや、するはするけど・・・くっそ! コイツらさえいなけりゃ・・・・・・!!
そうすれば、思う存分紗己を抱き締められるのに、と胸中で吐き捨てた。その感情を、我慢したくはないが我慢しているのだ。
そんな風に土方が葛藤しているとは知らない山崎は、未だ頬を赤らめたままの紗己に対し、身を乗り出してニヤニヤと笑う。
「ちょっとちょっと紗己ちゃーん。君も今日から『土方さん』じゃない! ほら言ってみなよ、十四郎さ~んって!!」
完全に調子づいている。
若い娘をからかうのが楽しいのか、それとも遠回しに『鬼の副長』をからかっているのか。残念なほどに調子に乗っているせいで、ゆらゆらと近付く不穏な影に、一切気付いていない。
「ほらほらー、こんなので恥ずかしがってちゃ、夫婦生活できな・・・」
最後まで言い切る前に、山崎は自分の体に異変を感じた。なんと、宙に浮いているのだ。
――ドシーンッ!
狭い室内に重たい音が響き渡り、その振動で蛍光灯の紐が派手に揺れている。その光景に驚いた紗己は、口元に手を当てて畳に転がる山崎を凝視した。
「あだっ! 痛ってー・・・ひどい副長・・・」
「テメーがくだらねえこと喋ってっからだろうが! コイツにいらねーこと吹き込むんじゃねェよっ!!」
彼女をからかっていた山崎の背後に素早く回り込み、一瞬で首の後ろを掴み引くと、バランスを崩した彼の胸ぐらもしっかりと掴み、体が開いた瞬間を狙って足払いをかけたのだ。土方の華麗なる足技である。
だが咄嗟に受け身をとった山崎は、多少背中に痛みは感じつつも、そう大したことは無さそうだ。実際すぐに体を起こし、ムキになっている土方を見て吹き出しそうになっている。礼装に身を包んだ厳つい上司が、花嫁をからかわれたくらいで感情を剥き出しにしているからだ。
だがここでまたちょっかいを出せば、更に痛い目を見るかもしれない。山崎は何とか笑いを抑え込もうと、背中の痛みに意識をやった。
一方の土方は、今の騒ぎで紗己が変に緊張を深めたり、自分に対してぎこちなくなったりしないかと気もそぞろだ。自分と紗己の間に挟まるような位置に立った山崎を盾に、少しだけ首を傾け彼女の様子を覗き見た。
だが彼女は、先程の光景に驚きはしたものの、それも比較的普段から見慣れた絵面だったので、なんだかんだで結構落ち着いている。そして土方の視線に気付き、小首を傾げて微笑んで見せた。
「どうかしました?」
「い、いや・・・」
どうかしたかと訊かれれば、特段何もないが。紗己の今の発言を受けて、彼女は山崎の言葉に全く動じていなかったのだと知った土方。むしろ動じていたのは彼一人だ。
たとえ呼び名がグレードアップしても、彼女の本質は何も変わらない。
過敏になれなんて言わねーが、せめてあと少しくらいはいらねェ気も回して欲しいよな・・・・・・。
彼の方はしっかりと紗己を『女』と認識しているし、求める気持ちは有り余るほどだ。だがいつになったら、彼女の方から自分を『男』として求めてくれるのだろう。
そんなことを考えながらも、彼女はまだまだ若く、色恋には鈍感な娘であったことを土方は改めて痛感した。
「あの・・・」
戸惑いを含んだ眼差しが、遠慮がちに土方へと向けられた。
「・・・っ」
愛しい花嫁の表情に、土方は思わずハッと目を見開く。
化粧を施しているため、いつもよりも艶っぽい彼女の上目遣い。その色香漂う視線に鼻息が荒くなり、それに自分でも気付いた土方は慌てて鼻から下を右手で隠した。
夫である土方の、その不審極まりない動きに首を傾げるも、紗己は再度彼に答えを求める。
「あの、私その・・・なんて呼んだらいい、ですか・・・・・・?」
とても初々しい紗己の問い掛け。そんなことを恥ずかしそうに訊かれたら、土方の方こそ何と答えればいいか悩んでしまう。
「え、いやまあ・・・好きに呼んだら、いいんじゃねェか?」
口元を隠していた手を首筋へとずらしながら、身も蓋もないことを言ってしまう。
とは言え、決して希望が無いわけではない。愛しい紗己に『十四郎さん』と呼ばれたい気持ちはあるし、『あなた』と呼ばれるのも悪くないと思っている。
だが、後者は勿論のこと、それを直接彼女に伝えるのは気恥ずかしいし、第一それを伝えようにもここには近藤も山崎もいる。そんなことを絶対に聞かれたくない土方は、あえてどうでもいい風を装ってみた。
一方の紗己は、ますます困ったように眉を寄せ、小さく唸っている。
おい、そこまで悩むことか? 大体気付きそうなもんだろ、これって結構定番じゃねーのか?
思いはするも、そういった知識や勘には無縁の彼女だったと、すぐに考えを改める。
あまりに真剣に考え込んでいる紗己が、可愛らしくもだんだん可哀想に思えてきた。
こうなったら、自分から助け船を出してやるべきだろうか。せめてハードルの低い方だけでも、と土方が軽く腰を屈めて綿帽子の中を覗き込もうとすると。
パッと勢いよく顔を上げた彼女が、緊張から潤んでしまった瞳で、少し近くなった土方を見つめた。紅い唇が微かに震えている。
「えっ・・・と・・・」
一旦言葉を切ると、スゥッと息を吸ってからぽつり小さく呟いた。
――土方、さん。
「っ!!」
全身が心臓になったかと思うほど、鼓動を強く感じた。背中を得も言われぬ快感が駆け抜けていく。
ただ名前を呼ばれるだけで、こんなにも幸せを感じるなんて。たとえそれが、希望のものとは違っていても。
出会ってから今日まで、彼女の口から『副長さん』としか呼ばれていなかった土方にとっては、それが苗字に変化しただけでも十二分に感動に値する。年の割には随分と安上がりなものだ。
その新鮮な響きが耳の奥でこだまする中、もじもじと恥ずかしげに肩を上げる紗己を見やれば、また彼女への愛しさが込み上げてくる。
可愛すぎるだろこれは! あーもう我慢したくねェ、いや、するはするけど・・・くっそ! コイツらさえいなけりゃ・・・・・・!!
そうすれば、思う存分紗己を抱き締められるのに、と胸中で吐き捨てた。その感情を、我慢したくはないが我慢しているのだ。
そんな風に土方が葛藤しているとは知らない山崎は、未だ頬を赤らめたままの紗己に対し、身を乗り出してニヤニヤと笑う。
「ちょっとちょっと紗己ちゃーん。君も今日から『土方さん』じゃない! ほら言ってみなよ、十四郎さ~んって!!」
完全に調子づいている。
若い娘をからかうのが楽しいのか、それとも遠回しに『鬼の副長』をからかっているのか。残念なほどに調子に乗っているせいで、ゆらゆらと近付く不穏な影に、一切気付いていない。
「ほらほらー、こんなので恥ずかしがってちゃ、夫婦生活できな・・・」
最後まで言い切る前に、山崎は自分の体に異変を感じた。なんと、宙に浮いているのだ。
――ドシーンッ!
狭い室内に重たい音が響き渡り、その振動で蛍光灯の紐が派手に揺れている。その光景に驚いた紗己は、口元に手を当てて畳に転がる山崎を凝視した。
「あだっ! 痛ってー・・・ひどい副長・・・」
「テメーがくだらねえこと喋ってっからだろうが! コイツにいらねーこと吹き込むんじゃねェよっ!!」
彼女をからかっていた山崎の背後に素早く回り込み、一瞬で首の後ろを掴み引くと、バランスを崩した彼の胸ぐらもしっかりと掴み、体が開いた瞬間を狙って足払いをかけたのだ。土方の華麗なる足技である。
だが咄嗟に受け身をとった山崎は、多少背中に痛みは感じつつも、そう大したことは無さそうだ。実際すぐに体を起こし、ムキになっている土方を見て吹き出しそうになっている。礼装に身を包んだ厳つい上司が、花嫁をからかわれたくらいで感情を剥き出しにしているからだ。
だがここでまたちょっかいを出せば、更に痛い目を見るかもしれない。山崎は何とか笑いを抑え込もうと、背中の痛みに意識をやった。
一方の土方は、今の騒ぎで紗己が変に緊張を深めたり、自分に対してぎこちなくなったりしないかと気もそぞろだ。自分と紗己の間に挟まるような位置に立った山崎を盾に、少しだけ首を傾け彼女の様子を覗き見た。
だが彼女は、先程の光景に驚きはしたものの、それも比較的普段から見慣れた絵面だったので、なんだかんだで結構落ち着いている。そして土方の視線に気付き、小首を傾げて微笑んで見せた。
「どうかしました?」
「い、いや・・・」
どうかしたかと訊かれれば、特段何もないが。紗己の今の発言を受けて、彼女は山崎の言葉に全く動じていなかったのだと知った土方。むしろ動じていたのは彼一人だ。
たとえ呼び名がグレードアップしても、彼女の本質は何も変わらない。
過敏になれなんて言わねーが、せめてあと少しくらいはいらねェ気も回して欲しいよな・・・・・・。
彼の方はしっかりと紗己を『女』と認識しているし、求める気持ちは有り余るほどだ。だがいつになったら、彼女の方から自分を『男』として求めてくれるのだろう。
そんなことを考えながらも、彼女はまだまだ若く、色恋には鈍感な娘であったことを土方は改めて痛感した。