第六章
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――――――
「副長ー、副ちょ・・・あれ、何してんですかこんな所で?」
昼下り、土方夫妻の自室前。縁側に腰掛けて煙草を吸っている土方を見つけ、山崎は首を捻りながら近付いた。すると土方は目線だけ部下に向け、煙草を咥えたまま面倒臭そうに質問に答える。
「あ? 何って煙草吸ってんだよ。それ以外に何に見えるってんだ」
「いや、そりゃァ見ればわかりますけど。何でわざわざ縁側でってことです。一人なんだから、部屋で吸えばいいでしょうが」
「駄目だ。部屋で吸うと臭いがつく」
「はあ・・・」
驚くほど真面目な答えに、山崎は弱い相槌を打つ。
障子を開けて吸えば、僅かな臭いしか残らないんじゃないのか――とか、礼装に臭いがつくのは構わないのか――とか、この短い時間に灰皿が溢れるくらいまで吸って、彼女の心配だけじゃなく自分の体を考えろよ――とか。
いろいろと思い浮かぶのだが、要らぬことを口走ってこんなめでたい日に殴られるのはごめんだと、珍しく賢明な判断を自らに下す。よくよく当初の目的を思い出し、山崎はポンと手を打って言葉を発した。
「そうだ副長、俺副長を呼びに来たんですよ。紗己ちゃん、準備出来ましたって」
「そ、そうか」
少し照れたような焦り声で返事をして咥えていた煙草を灰皿に押し付けると、土方は立ち上がり様に袴の埃を払い、自身の着物の袖に鼻を近付けて臭いを嗅ぎだした。どうやら、衣服に煙草臭がついていないか気になっているらしい。
それを横目で見ていた山崎は、そんなに気にするくらいなら本数減らせばいいのに、と思う。その思いが表情に出ていたのだろうか、突如顔を上げた土方が低い声で彼を呼びつけた。
「おい」
「えっ!? なっ、何ですか! 俺何にも言ってないですよ!! 何にも思ってませんよ!?」
ブンブンと首を横に振って自己防衛体勢に入った部下に、土方は眉をひそめる。
「ああ? 何わけわかんねーこと言ってんだよ。それより、臭い・・・どう思う」
必死な山崎の態度をさほど気にすることもなく、着物の胸元を軽く摘まんで引っ張ってみせた。その動作から、臭いを嗅いでみろ、との意図を汲み取った山崎。あからさまに嫌そうな顔をしそうになった自分を何とか制御すると、渋々土方との距離を詰めた。
なんだよもおー、どんなけ気にしてんだよ面倒くさい人だなぁ。別に彼女から禁煙せがまれてるわけじゃないんだし、臭いがついてたっていいじゃんもう。
何とか臭いを嗅げるまでの距離で、山崎は足を止めた。そこで彼はとある問題に気付く。ちょっと待てよ? ここで俺はなんて返せばいいんだ?
「臭う」と言ったら殴られそうな気がする。かといって「臭わない」と言えば、適当なことを言うなと殴られる気がする。
どちらにしても殴られるシーンが容易に想像できてしまい、そうなって欲しくない山崎はなんとか逃げ道をと頭をフル回転させた。
「あっ、あーあれですよアレ、普段と全然変わらないですよっ」
実際、仕事中はここぞとばかりにニコチン摂取に励んでいるので、それを思い返せば今とそう変わらないのは確かだ。
その土方はと言うと、山崎の意図を読み取るまでには及ばず、そうかと納得した様子を見せている。それに安心した山崎は、やや緊張の面持ちの土方を紗己の待つ部屋へと先導した。
――――――
「さ、副長。声掛けてください」
「あっ・・・ああ」
屯所内の大広間に程近い一室の前で、山崎は土方に小声で話し掛けた。
今、襖一枚隔てた向こうに、花嫁衣装に身を包んだ紗己がいる。そう思うだけで、手の平がジワッと汗ばむのがわかる。土方は襖の前で、跳ねる鼓動を落ち着かせようとゆっくりと深呼吸した。
まだ誰も見ていない彼女の晴れ姿を、一番に自分が見れる喜びをひしひしと感じつつ、期待と緊張を胸に襖の引き手に指を掛けた。その瞬間、
「痛ってー・・・ッ」
ガタッと音がしたと同時に、土方は痛みに顔をしかめた。
思いの外襖の滑りが悪かったことに加えて、緊張のために力が入り過ぎたため、襖は斜め上に押し上げられた形で数センチ開いたところで止まってしまった。そのせいで、土方の指先は爪に負荷がかかり、地味にジンジンと痛んでいる。
自分への苛立ちをどこかにぶつけたくなったが、すぐ近くに紗己がいると思うと、襖や山崎に八つ当たりさえ出来ない。そもそも、双方とも八つ当たりされたくはないだろうが。
なんとか平常心をと、顔を歪めながらも再度引き手に指を掛けた。
「入るぞ」
言いながら中に入る。少し狭めの和室だが、家具がほとんど置かれていないため広く感じる。その部屋の角に用意された姿見の前に、低い丸椅子に腰掛けた紗己がいた。
「あ、副長さん」
「っ・・・お、おう」
柔らかな笑みを湛え振り向いた彼女の姿に、土方はハッと息を呑む。
白い打ち掛けに綿帽子を被り、全身を清らかな色で仕上げた白無垢の紗己。その優美で清楚な様に、こんなにも美しかったのかと土方は思わず見惚れてしまった。
身動き一つせず、というよりも完全に固まっている。そんな土方の耳に、突然聞き慣れた人物の声が飛び込んできた。
「副長ー、副ちょ・・・あれ、何してんですかこんな所で?」
昼下り、土方夫妻の自室前。縁側に腰掛けて煙草を吸っている土方を見つけ、山崎は首を捻りながら近付いた。すると土方は目線だけ部下に向け、煙草を咥えたまま面倒臭そうに質問に答える。
「あ? 何って煙草吸ってんだよ。それ以外に何に見えるってんだ」
「いや、そりゃァ見ればわかりますけど。何でわざわざ縁側でってことです。一人なんだから、部屋で吸えばいいでしょうが」
「駄目だ。部屋で吸うと臭いがつく」
「はあ・・・」
驚くほど真面目な答えに、山崎は弱い相槌を打つ。
障子を開けて吸えば、僅かな臭いしか残らないんじゃないのか――とか、礼装に臭いがつくのは構わないのか――とか、この短い時間に灰皿が溢れるくらいまで吸って、彼女の心配だけじゃなく自分の体を考えろよ――とか。
いろいろと思い浮かぶのだが、要らぬことを口走ってこんなめでたい日に殴られるのはごめんだと、珍しく賢明な判断を自らに下す。よくよく当初の目的を思い出し、山崎はポンと手を打って言葉を発した。
「そうだ副長、俺副長を呼びに来たんですよ。紗己ちゃん、準備出来ましたって」
「そ、そうか」
少し照れたような焦り声で返事をして咥えていた煙草を灰皿に押し付けると、土方は立ち上がり様に袴の埃を払い、自身の着物の袖に鼻を近付けて臭いを嗅ぎだした。どうやら、衣服に煙草臭がついていないか気になっているらしい。
それを横目で見ていた山崎は、そんなに気にするくらいなら本数減らせばいいのに、と思う。その思いが表情に出ていたのだろうか、突如顔を上げた土方が低い声で彼を呼びつけた。
「おい」
「えっ!? なっ、何ですか! 俺何にも言ってないですよ!! 何にも思ってませんよ!?」
ブンブンと首を横に振って自己防衛体勢に入った部下に、土方は眉をひそめる。
「ああ? 何わけわかんねーこと言ってんだよ。それより、臭い・・・どう思う」
必死な山崎の態度をさほど気にすることもなく、着物の胸元を軽く摘まんで引っ張ってみせた。その動作から、臭いを嗅いでみろ、との意図を汲み取った山崎。あからさまに嫌そうな顔をしそうになった自分を何とか制御すると、渋々土方との距離を詰めた。
なんだよもおー、どんなけ気にしてんだよ面倒くさい人だなぁ。別に彼女から禁煙せがまれてるわけじゃないんだし、臭いがついてたっていいじゃんもう。
何とか臭いを嗅げるまでの距離で、山崎は足を止めた。そこで彼はとある問題に気付く。ちょっと待てよ? ここで俺はなんて返せばいいんだ?
「臭う」と言ったら殴られそうな気がする。かといって「臭わない」と言えば、適当なことを言うなと殴られる気がする。
どちらにしても殴られるシーンが容易に想像できてしまい、そうなって欲しくない山崎はなんとか逃げ道をと頭をフル回転させた。
「あっ、あーあれですよアレ、普段と全然変わらないですよっ」
実際、仕事中はここぞとばかりにニコチン摂取に励んでいるので、それを思い返せば今とそう変わらないのは確かだ。
その土方はと言うと、山崎の意図を読み取るまでには及ばず、そうかと納得した様子を見せている。それに安心した山崎は、やや緊張の面持ちの土方を紗己の待つ部屋へと先導した。
――――――
「さ、副長。声掛けてください」
「あっ・・・ああ」
屯所内の大広間に程近い一室の前で、山崎は土方に小声で話し掛けた。
今、襖一枚隔てた向こうに、花嫁衣装に身を包んだ紗己がいる。そう思うだけで、手の平がジワッと汗ばむのがわかる。土方は襖の前で、跳ねる鼓動を落ち着かせようとゆっくりと深呼吸した。
まだ誰も見ていない彼女の晴れ姿を、一番に自分が見れる喜びをひしひしと感じつつ、期待と緊張を胸に襖の引き手に指を掛けた。その瞬間、
「痛ってー・・・ッ」
ガタッと音がしたと同時に、土方は痛みに顔をしかめた。
思いの外襖の滑りが悪かったことに加えて、緊張のために力が入り過ぎたため、襖は斜め上に押し上げられた形で数センチ開いたところで止まってしまった。そのせいで、土方の指先は爪に負荷がかかり、地味にジンジンと痛んでいる。
自分への苛立ちをどこかにぶつけたくなったが、すぐ近くに紗己がいると思うと、襖や山崎に八つ当たりさえ出来ない。そもそも、双方とも八つ当たりされたくはないだろうが。
なんとか平常心をと、顔を歪めながらも再度引き手に指を掛けた。
「入るぞ」
言いながら中に入る。少し狭めの和室だが、家具がほとんど置かれていないため広く感じる。その部屋の角に用意された姿見の前に、低い丸椅子に腰掛けた紗己がいた。
「あ、副長さん」
「っ・・・お、おう」
柔らかな笑みを湛え振り向いた彼女の姿に、土方はハッと息を呑む。
白い打ち掛けに綿帽子を被り、全身を清らかな色で仕上げた白無垢の紗己。その優美で清楚な様に、こんなにも美しかったのかと土方は思わず見惚れてしまった。
身動き一つせず、というよりも完全に固まっている。そんな土方の耳に、突然聞き慣れた人物の声が飛び込んできた。