第五章
名前変換はこちら
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「何だ、えらく機嫌いいな」
訝しげに訊ねると、紗己は嬉しそうに笑顔の理由を告げる。
「茶柱がね、立ったんです」
「茶柱? さっきのヤツにか?」
「はい。気付きませんでしたか?」
紗己は前掛けを外しながら、軽く眉を寄せている土方を見上げた。その瞳は心なしか、普段よりもいたずらっぽく見える
彼女の言葉に、茶柱が立ったのは自分の飲んでいた茶だったと理解した土方。急須から湯呑みへと茶を淹れた時、彼女が声を上げた理由がようやくわかった。
他愛もないこととはいえ、その時に言えば良いものを。こちらが気付くのを、今か今かと待っていたのかと思うと、今の彼女の笑顔がとても可愛らしく思える。
土方は緩む頬を右手で擦りつつ、ぶっきらぼうに返事をした。
「いや、全く気が付かなかった。まァ別に、あんなのただの迷信だろうがな」
たとえ信じていたとしても、あえて「信じない」と言う男だ。常よりそれを理解していた紗己は、特に気分を害することもない。
「ふふ、そうかもしれませんね。でもきっと、良いことありますよ」
頬をほころばせ、にこりと笑う。それを見た土方は、嬉しそうな紗己の表情を愛らしいと思う反面、不思議にも思う。自分のことならいざ知らず、何故こんなにも――
「・・・そんなに嬉しいのか?」
「え?」
「いや・・・だから、俺の茶に茶柱が立ったことが、そんなにも嬉しいことなのか?」
顎を引いて問い掛ける。あまりに紗己が嬉しそうなので、訊かずにはいられなかったのだ。
だが紗己は、むしろそんな疑問をぶつけられた事の方が不思議だとばかりに、きょとんとしている。
「嬉しいですよ? え、変ですか?」
変かと訊き返されれば、変だとまでは言い難い。「変じゃねェけど・・・」と口ごもる土方に紗己は優しく笑う。
「大切な人に良いことがあれば、私は嬉しいですよ。だから副長さんに、良いことがありますようにって」
いつもの穏やかな笑みを浮かべて紗己は言った。
心からの愛情が込められたその言葉が、土方の耳の中でこだまする。それも次第にフェードアウトして、自然と唇が彼女の名を紡いでいた。
「紗己・・・」
言ってから、胸が熱くなった。その熱の中に感じる微かな痛みの理由は、紗己を想う度に存在を主張する罪悪感なのだろうか。
俺はお前の『大切な人』なんだな、紗己・・・・・・。
センチメンタルになっている土方に、笑顔の紗己が追い討ちをかける。
「私はもう、十分幸せですから。だから、副長さんがもっと、幸せになれたらなって」
「・・・っ」
暗に、幸せが足りていないと言われている気になる。いや、きっとそんなつもりは無いのだろう。心からの思いやりなのだろう。紗己は裏表なしに他者の幸せを願える女だ。
そうわかってはいても素直に受け止められないのは、彼女との幸せに心が満たされていないからか――? 違う、そんなわけがないと、土方は必死にかぶりを振る。
違う、違う紗己! 俺は幸せなんだよ、もう十分・・・幸せだから・・・・・・。
大切な者の幸せを願う気持ちは、土方にもよくわかる。当然紗己に対しても、その想いは常に持ち続けている。
けれど辛いのだ。苦しいのだ。紗己を愛しいと感じる度に、紗己に愛されていると感じる度に、紗己への想いに混ざり込んだ不純物を取り除きたいと心が騒いで止まない。
土方は薄く開いた唇から紫煙を吐き出すようにゆっくりと息を吐くと、力の抜けかけた体を柱に凭れ掛けさせ、挙動不審な自分を心配そうに見つめる紗己を見つめ返す。
「・・・紗己」
「はい?」
見上げる彼女の頭を、言葉の代わりにそっと撫でた。こんなにも近くにいるのに、少しでも触れていないと不安でたまらないと、身体が勝手に動いていた。
土方はそんな自分に嘆息すると、彼女の軟らかな髪に自身の武骨な指を絡めて、名残惜しそうにそれを解く。
「・・・いや、何でもねェ。仕事戻るわ」
「・・・副長さん?」
煩悩に振り回され鼻の下を伸ばし、淡い夢を見ていたとしても、結局根本は何も解決していないのだ。
こんな風にいとも容易く、現実に引き戻される。少し気を抜いただけで、自らが勝手に抱え込んだ問題に翻弄されている。
それを思い知らされた土方は、不安げに自分を見ている紗己に気付くこともなく、苦い表情を浮かべながら彼女に背を向け歩き出した。結局何も決められないまま。何の答えも出ないまま。
「・・・副長、さん・・・・・・?」
遠ざかる男の背中が、彼女の胸をざわめかせる。それでも紗己には、黙って見送るしか出来ない。
訝しげに訊ねると、紗己は嬉しそうに笑顔の理由を告げる。
「茶柱がね、立ったんです」
「茶柱? さっきのヤツにか?」
「はい。気付きませんでしたか?」
紗己は前掛けを外しながら、軽く眉を寄せている土方を見上げた。その瞳は心なしか、普段よりもいたずらっぽく見える
彼女の言葉に、茶柱が立ったのは自分の飲んでいた茶だったと理解した土方。急須から湯呑みへと茶を淹れた時、彼女が声を上げた理由がようやくわかった。
他愛もないこととはいえ、その時に言えば良いものを。こちらが気付くのを、今か今かと待っていたのかと思うと、今の彼女の笑顔がとても可愛らしく思える。
土方は緩む頬を右手で擦りつつ、ぶっきらぼうに返事をした。
「いや、全く気が付かなかった。まァ別に、あんなのただの迷信だろうがな」
たとえ信じていたとしても、あえて「信じない」と言う男だ。常よりそれを理解していた紗己は、特に気分を害することもない。
「ふふ、そうかもしれませんね。でもきっと、良いことありますよ」
頬をほころばせ、にこりと笑う。それを見た土方は、嬉しそうな紗己の表情を愛らしいと思う反面、不思議にも思う。自分のことならいざ知らず、何故こんなにも――
「・・・そんなに嬉しいのか?」
「え?」
「いや・・・だから、俺の茶に茶柱が立ったことが、そんなにも嬉しいことなのか?」
顎を引いて問い掛ける。あまりに紗己が嬉しそうなので、訊かずにはいられなかったのだ。
だが紗己は、むしろそんな疑問をぶつけられた事の方が不思議だとばかりに、きょとんとしている。
「嬉しいですよ? え、変ですか?」
変かと訊き返されれば、変だとまでは言い難い。「変じゃねェけど・・・」と口ごもる土方に紗己は優しく笑う。
「大切な人に良いことがあれば、私は嬉しいですよ。だから副長さんに、良いことがありますようにって」
いつもの穏やかな笑みを浮かべて紗己は言った。
心からの愛情が込められたその言葉が、土方の耳の中でこだまする。それも次第にフェードアウトして、自然と唇が彼女の名を紡いでいた。
「紗己・・・」
言ってから、胸が熱くなった。その熱の中に感じる微かな痛みの理由は、紗己を想う度に存在を主張する罪悪感なのだろうか。
俺はお前の『大切な人』なんだな、紗己・・・・・・。
センチメンタルになっている土方に、笑顔の紗己が追い討ちをかける。
「私はもう、十分幸せですから。だから、副長さんがもっと、幸せになれたらなって」
「・・・っ」
暗に、幸せが足りていないと言われている気になる。いや、きっとそんなつもりは無いのだろう。心からの思いやりなのだろう。紗己は裏表なしに他者の幸せを願える女だ。
そうわかってはいても素直に受け止められないのは、彼女との幸せに心が満たされていないからか――? 違う、そんなわけがないと、土方は必死にかぶりを振る。
違う、違う紗己! 俺は幸せなんだよ、もう十分・・・幸せだから・・・・・・。
大切な者の幸せを願う気持ちは、土方にもよくわかる。当然紗己に対しても、その想いは常に持ち続けている。
けれど辛いのだ。苦しいのだ。紗己を愛しいと感じる度に、紗己に愛されていると感じる度に、紗己への想いに混ざり込んだ不純物を取り除きたいと心が騒いで止まない。
土方は薄く開いた唇から紫煙を吐き出すようにゆっくりと息を吐くと、力の抜けかけた体を柱に凭れ掛けさせ、挙動不審な自分を心配そうに見つめる紗己を見つめ返す。
「・・・紗己」
「はい?」
見上げる彼女の頭を、言葉の代わりにそっと撫でた。こんなにも近くにいるのに、少しでも触れていないと不安でたまらないと、身体が勝手に動いていた。
土方はそんな自分に嘆息すると、彼女の軟らかな髪に自身の武骨な指を絡めて、名残惜しそうにそれを解く。
「・・・いや、何でもねェ。仕事戻るわ」
「・・・副長さん?」
煩悩に振り回され鼻の下を伸ばし、淡い夢を見ていたとしても、結局根本は何も解決していないのだ。
こんな風にいとも容易く、現実に引き戻される。少し気を抜いただけで、自らが勝手に抱え込んだ問題に翻弄されている。
それを思い知らされた土方は、不安げに自分を見ている紗己に気付くこともなく、苦い表情を浮かべながら彼女に背を向け歩き出した。結局何も決められないまま。何の答えも出ないまま。
「・・・副長、さん・・・・・・?」
遠ざかる男の背中が、彼女の胸をざわめかせる。それでも紗己には、黙って見送るしか出来ない。