第五章
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――――――
「土方さん」
「あ? 何だ総悟、どうした」
夕方、元の自室で土方が煙草をふかしながら書類仕事をしていると、道着姿の沖田が障子戸に手を掛けて入ってきた。部屋の中を見回してから、唯一の家具となった文机に向かい仕事をしている土方を一瞥する。
「えらく殺風景になりましたね」
「ああ。ほとんどの荷物移しちまったからな」
ちらっと後ろに顔を向けたが、すぐにまた書類に目を通し始める。後ろ姿だけなら普段と何も変わらない土方に、沖田は壁に寄りかかり言葉を投げた。
「土方さん」
「なんだ」
「一緒に稽古しやせんか」
煙草を咥えたまま適当に返事をしたが、背後から投げ掛けられた言葉が意識の端に引っ掛かった。今、俺は稽古に誘われたのか?
「はァ? 何言ってんだ、お前・・・」
土方は筆を置いて咥えていた煙草を灰皿に押しつけると、後ろを振り返り訝しげに沖田を見やった。
「俺が今何してるか見えてねェのか、総悟。暇じゃねーんだよ、他の奴に相手してもらえ」
声までも不機嫌に言い終えると、また文机に向き直り、置いていた筆を手に取った。
何考えてんだコイツは。むくむくと顔を出し始めた苛立ちを、筆を進めることでぐっと胸の奥に抑え込む。相手をしなければそのうち出て行くだろうと踏んでいた土方だったが、どうやら沖田にその気は無いらしい。無表情で壁に寄りかかったまま、腕を組んで話し続ける。
「そんな座り仕事ばっかりしてたら、体鈍っちまいますよ」
「・・・いいからほっとけ」
「一汗かいた方が、すっきりしてかえって仕事も捗るんじゃねーんですか」
「・・・」
一向に退こうともせず相変わらずの口調で食い下がる沖田に、土方の苛々は募る一方だ。もうこれ以上は我慢の限界だとばかりに、手にしていた筆を乱暴に文机に叩き付けると、今度はしっかりと体ごと沖田に向けて語調を強める。
「・・・んだよっ、うるせえ仕事の邪魔だ!」
静かな部屋に響いた土方の怒鳴り声。庭先に居た数羽のスズメが、驚いたのか慌てて飛び立っていった。
しかし沖田は表情一つ変えず、苛立つ土方を見据えたまま淡々と言葉を放つ。
「そうやって仕事に打ち込んでいたい理由でもあるんですか、土方さん」
「な・・・っ」
思わず言葉に詰まってしまう。そんな土方を尻目に、沖田はなおも言葉を続ける。
「別に刀でやり合おうってわけじゃねーんでさァ」
「・・・・・・」
「俺が、アンタと一本交えたいんだよ」
真剣な表情、鋭い双眸が土方を捉える。その只ならぬ雰囲気に、土方は沖田の言葉の裏側を見た。
コイツ、ひょっとして気付いてるのか――?
「総悟、お前・・・」
言いかけて続きを飲み込むと、土方は肩を落として嘆息した。
「・・・遠慮しておく。今の俺じゃァ・・・たとえ竹刀であっても大怪我させられそうだ」
言い終えると、俯き加減に眉を寄せて自嘲気味に笑った。
いつもの強気な姿とは打って変わり、珍しく気弱な土方の姿に沖田は眉をひそめる。
「えらく弱気じゃねーですか。鬼の副長が聞いて呆れるぜ」
「何とでも言え。明日は式だ、怪我するわけにはいかねェ」
土方は文机に片肘を乗せると、背中を丸めて溜め息を落とした。だがすぐに気持ちを切り替えるように前髪を掻き上げると、これ以上は話したくないという意思表示か、また文机に向き直った。
いつもの見慣れた土方の後ろ姿。だが沖田には土方を逃がす気は無いらしい。
「そうやって逃げ道無くして自分を追い込んで、腹括るってわけか」
「・・・・・・」
背中を向けていた土方の逞しい肩が、一瞬ぴくっと動いた。
沖田の辛辣な発言に腹が立たないわけではない。しかし誰に対しての後ろめたさか、どうにも強い態度に出る気になれない。
土方は疲れた表情で眉間を指で押し上げると、ゆっくりと吐息してまた後ろを振り返った。腕組みをして壁に凭れている沖田を一瞥して、常よりも低い声音で話し出す。
「俺は本気だよ、紗己との結婚に何の迷いもねえ。お前がなんと言おうとな。だが、悪ィが今は一人にしてくれねェか・・・頼む」
神妙な面持ちで言い終えると、土方は深く吐息してから俯いた。
普段とは明らかに違う弱々しいその姿に、ここへきてやっと沖田は感情を露わにする。
「・・・ちっ」
苛立ちも隠さず舌打ちすると、袴をバサバサと揺らしながら部屋を出て行った。
「土方さん」
「あ? 何だ総悟、どうした」
夕方、元の自室で土方が煙草をふかしながら書類仕事をしていると、道着姿の沖田が障子戸に手を掛けて入ってきた。部屋の中を見回してから、唯一の家具となった文机に向かい仕事をしている土方を一瞥する。
「えらく殺風景になりましたね」
「ああ。ほとんどの荷物移しちまったからな」
ちらっと後ろに顔を向けたが、すぐにまた書類に目を通し始める。後ろ姿だけなら普段と何も変わらない土方に、沖田は壁に寄りかかり言葉を投げた。
「土方さん」
「なんだ」
「一緒に稽古しやせんか」
煙草を咥えたまま適当に返事をしたが、背後から投げ掛けられた言葉が意識の端に引っ掛かった。今、俺は稽古に誘われたのか?
「はァ? 何言ってんだ、お前・・・」
土方は筆を置いて咥えていた煙草を灰皿に押しつけると、後ろを振り返り訝しげに沖田を見やった。
「俺が今何してるか見えてねェのか、総悟。暇じゃねーんだよ、他の奴に相手してもらえ」
声までも不機嫌に言い終えると、また文机に向き直り、置いていた筆を手に取った。
何考えてんだコイツは。むくむくと顔を出し始めた苛立ちを、筆を進めることでぐっと胸の奥に抑え込む。相手をしなければそのうち出て行くだろうと踏んでいた土方だったが、どうやら沖田にその気は無いらしい。無表情で壁に寄りかかったまま、腕を組んで話し続ける。
「そんな座り仕事ばっかりしてたら、体鈍っちまいますよ」
「・・・いいからほっとけ」
「一汗かいた方が、すっきりしてかえって仕事も捗るんじゃねーんですか」
「・・・」
一向に退こうともせず相変わらずの口調で食い下がる沖田に、土方の苛々は募る一方だ。もうこれ以上は我慢の限界だとばかりに、手にしていた筆を乱暴に文机に叩き付けると、今度はしっかりと体ごと沖田に向けて語調を強める。
「・・・んだよっ、うるせえ仕事の邪魔だ!」
静かな部屋に響いた土方の怒鳴り声。庭先に居た数羽のスズメが、驚いたのか慌てて飛び立っていった。
しかし沖田は表情一つ変えず、苛立つ土方を見据えたまま淡々と言葉を放つ。
「そうやって仕事に打ち込んでいたい理由でもあるんですか、土方さん」
「な・・・っ」
思わず言葉に詰まってしまう。そんな土方を尻目に、沖田はなおも言葉を続ける。
「別に刀でやり合おうってわけじゃねーんでさァ」
「・・・・・・」
「俺が、アンタと一本交えたいんだよ」
真剣な表情、鋭い双眸が土方を捉える。その只ならぬ雰囲気に、土方は沖田の言葉の裏側を見た。
コイツ、ひょっとして気付いてるのか――?
「総悟、お前・・・」
言いかけて続きを飲み込むと、土方は肩を落として嘆息した。
「・・・遠慮しておく。今の俺じゃァ・・・たとえ竹刀であっても大怪我させられそうだ」
言い終えると、俯き加減に眉を寄せて自嘲気味に笑った。
いつもの強気な姿とは打って変わり、珍しく気弱な土方の姿に沖田は眉をひそめる。
「えらく弱気じゃねーですか。鬼の副長が聞いて呆れるぜ」
「何とでも言え。明日は式だ、怪我するわけにはいかねェ」
土方は文机に片肘を乗せると、背中を丸めて溜め息を落とした。だがすぐに気持ちを切り替えるように前髪を掻き上げると、これ以上は話したくないという意思表示か、また文机に向き直った。
いつもの見慣れた土方の後ろ姿。だが沖田には土方を逃がす気は無いらしい。
「そうやって逃げ道無くして自分を追い込んで、腹括るってわけか」
「・・・・・・」
背中を向けていた土方の逞しい肩が、一瞬ぴくっと動いた。
沖田の辛辣な発言に腹が立たないわけではない。しかし誰に対しての後ろめたさか、どうにも強い態度に出る気になれない。
土方は疲れた表情で眉間を指で押し上げると、ゆっくりと吐息してまた後ろを振り返った。腕組みをして壁に凭れている沖田を一瞥して、常よりも低い声音で話し出す。
「俺は本気だよ、紗己との結婚に何の迷いもねえ。お前がなんと言おうとな。だが、悪ィが今は一人にしてくれねェか・・・頼む」
神妙な面持ちで言い終えると、土方は深く吐息してから俯いた。
普段とは明らかに違う弱々しいその姿に、ここへきてやっと沖田は感情を露わにする。
「・・・ちっ」
苛立ちも隠さず舌打ちすると、袴をバサバサと揺らしながら部屋を出て行った。