第五章
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――――――
昼下り、紗己は食堂で一人、溜め息を落とした。
一時間程前に新居となる私室を出てから、自分の荷物を片付けるために自室に戻っていた紗己。だが元々大した荷物も無く、ある程度は結婚の話が出てからすぐにまとめていたため、新居への移動の準備はあっという間に終わってしまった。
その準備の出来た私物を早々に運び込もうかとも思ったが、何となく気が進まなくて、かと言ってじっとしているのも落ち着かず、食堂に来て女中達の仕事を手伝っていたのだ。
先程までは数人の隊士達が休憩を取っていたのだが、今は広い食堂に紗己一人。固く絞った布巾で、長テーブルを端から端へと拭いている。
銀さんの言うように、私の気にしすぎなのかな・・・・・・。でも、やっぱり――。
手の動きを止めて俯いた。今日もお目見えした土方の辛そうな表情が、気になって頭から離れない。極力考えないようにと、そのためもあってこうして動き回っているのに、どうしても考えずにはいられない。
本人に直接訊くべきだろうか――果たしてそれが正しい選択なのか悩んでいると、食堂の出入り口からよく知る声が聞こえてきた。
「あらら、随分と暗い顔した花嫁だねィ」
「沖田さん!」
振り返れば、柱に体を凭れかけている道着姿の沖田がいた。
「道場に行かれてたんですね、お疲れ様です」
「悪ィが、茶を一杯淹れてくれねェか。鍛錬の後は、喉が渇いてしょーがねーや」
首にかけているタオルで額の汗を拭きながら、手近な椅子を引いてそこに座る。そんな沖田の姿に少し気が紛れたのか、紗己はクスクスと笑って急須に茶葉を入れた。
――――――
「何かあったのか」
沖田はテーブルに片肘をついて、掃除の続きを始めた紗己を一瞥した。
「何かって・・・どうしてそんなこと、訊くんですか?」
「結婚を翌日に控えた女が、さっきみてェに浮かねえ顔してたら、誰だって訊くんじゃねーのか」
「・・・私、そんな顔してましたか」
動きを止めて、吐息してから呟いた。沖田は茶を啜りながらこくり頷く。
「何でェ、いよいよ結婚やめたくなっちまったか? 野郎に愛想つかしたか」
少しふざけたような口調で言うと、紗己は目を丸くしてから笑った。
「やだ、まさか! 副長さんとっても優しいし・・・」
手にしていた布巾を、ギュッと握り締めて言葉を続ける。
「うん、優しいし、私すごい幸せ・・・幸せ、なんですよ・・・・・・?」
自分の気持ちを確認するようにゆっくりと話すと、静かに吐息してから顔を伏せた。
「でも、副長さんは無理してるのかも知れない・・・・・・」
俯いている紗己の姿は、とてもじゃないが明日祝言を挙げる花嫁とは思えない。その暗い表情も気に掛かるが、それよりも彼女の悩みの原因が引っ掛かった沖田は、
「・・・何でそう思う」
湯呑みをテーブルに置くと、静かに問い掛けた。
紗己は沖田の方へと近付き、向かい側の椅子に腰を下ろすと重々しく口を開く。
「・・・時々ね、辛そうな表情で、私を見るんです。だから、無理してるのかなって・・・ああでも、私の考え過ぎかもしれないですよね!」
テーブルに乗せた両手がキュッと拳を作ると、彼女のまつ毛が小刻みに揺れた。その姿に沖田は、真っ直ぐに向けていた視線をふいっと逸らす。
辛そうなのはアンタの方だろ。思いはするも、余計に不安を煽るようなことを言いたくない沖田は、無表情ながらもカラリとした声色をつくった。
「マリッジブルーってヤツじゃねェのか、そりゃ」
「それ、銀さんにも言われました」
「万事屋の旦那にか? この話、旦那にもしたのか?」
沖田の問いに、紗己は少し表情を和らげて答えた。
「はい。そしたら、気にしすぎだって。マリッジブルーとマタニティブルーが、重なってるんじゃないかって言われました」
「へェ・・・・・・」
きっと自分と同じ考えなのだろう。銀時の意図を汲んで、できるだけ大したことではないと思わせるように、沖田は言葉を並べる。
「俺と旦那が言うんだから間違いねェ、アンタの気にしすぎだ」
「そう、ですか?」
「新しい一歩を踏み出すってなりゃァ、人間誰しも多少不安にはなるもんだぜ」
沖田の言葉に、紗己はくすりと笑みをこぼした。
「沖田さんも、そんな風になったりしますか?」
「男と女じゃ、考え方も感じ方も違ってくるからな。女は基本的には前向きだが、男は未練がましい生き物だ。ま、俺も男だからねィ」
「それって、沖田さんも未練がましいってことですか?」
まるで信じられないといったように自分を見つめてくる紗己に、沖田は口端を上げてニヤッと笑った。
昼下り、紗己は食堂で一人、溜め息を落とした。
一時間程前に新居となる私室を出てから、自分の荷物を片付けるために自室に戻っていた紗己。だが元々大した荷物も無く、ある程度は結婚の話が出てからすぐにまとめていたため、新居への移動の準備はあっという間に終わってしまった。
その準備の出来た私物を早々に運び込もうかとも思ったが、何となく気が進まなくて、かと言ってじっとしているのも落ち着かず、食堂に来て女中達の仕事を手伝っていたのだ。
先程までは数人の隊士達が休憩を取っていたのだが、今は広い食堂に紗己一人。固く絞った布巾で、長テーブルを端から端へと拭いている。
銀さんの言うように、私の気にしすぎなのかな・・・・・・。でも、やっぱり――。
手の動きを止めて俯いた。今日もお目見えした土方の辛そうな表情が、気になって頭から離れない。極力考えないようにと、そのためもあってこうして動き回っているのに、どうしても考えずにはいられない。
本人に直接訊くべきだろうか――果たしてそれが正しい選択なのか悩んでいると、食堂の出入り口からよく知る声が聞こえてきた。
「あらら、随分と暗い顔した花嫁だねィ」
「沖田さん!」
振り返れば、柱に体を凭れかけている道着姿の沖田がいた。
「道場に行かれてたんですね、お疲れ様です」
「悪ィが、茶を一杯淹れてくれねェか。鍛錬の後は、喉が渇いてしょーがねーや」
首にかけているタオルで額の汗を拭きながら、手近な椅子を引いてそこに座る。そんな沖田の姿に少し気が紛れたのか、紗己はクスクスと笑って急須に茶葉を入れた。
――――――
「何かあったのか」
沖田はテーブルに片肘をついて、掃除の続きを始めた紗己を一瞥した。
「何かって・・・どうしてそんなこと、訊くんですか?」
「結婚を翌日に控えた女が、さっきみてェに浮かねえ顔してたら、誰だって訊くんじゃねーのか」
「・・・私、そんな顔してましたか」
動きを止めて、吐息してから呟いた。沖田は茶を啜りながらこくり頷く。
「何でェ、いよいよ結婚やめたくなっちまったか? 野郎に愛想つかしたか」
少しふざけたような口調で言うと、紗己は目を丸くしてから笑った。
「やだ、まさか! 副長さんとっても優しいし・・・」
手にしていた布巾を、ギュッと握り締めて言葉を続ける。
「うん、優しいし、私すごい幸せ・・・幸せ、なんですよ・・・・・・?」
自分の気持ちを確認するようにゆっくりと話すと、静かに吐息してから顔を伏せた。
「でも、副長さんは無理してるのかも知れない・・・・・・」
俯いている紗己の姿は、とてもじゃないが明日祝言を挙げる花嫁とは思えない。その暗い表情も気に掛かるが、それよりも彼女の悩みの原因が引っ掛かった沖田は、
「・・・何でそう思う」
湯呑みをテーブルに置くと、静かに問い掛けた。
紗己は沖田の方へと近付き、向かい側の椅子に腰を下ろすと重々しく口を開く。
「・・・時々ね、辛そうな表情で、私を見るんです。だから、無理してるのかなって・・・ああでも、私の考え過ぎかもしれないですよね!」
テーブルに乗せた両手がキュッと拳を作ると、彼女のまつ毛が小刻みに揺れた。その姿に沖田は、真っ直ぐに向けていた視線をふいっと逸らす。
辛そうなのはアンタの方だろ。思いはするも、余計に不安を煽るようなことを言いたくない沖田は、無表情ながらもカラリとした声色をつくった。
「マリッジブルーってヤツじゃねェのか、そりゃ」
「それ、銀さんにも言われました」
「万事屋の旦那にか? この話、旦那にもしたのか?」
沖田の問いに、紗己は少し表情を和らげて答えた。
「はい。そしたら、気にしすぎだって。マリッジブルーとマタニティブルーが、重なってるんじゃないかって言われました」
「へェ・・・・・・」
きっと自分と同じ考えなのだろう。銀時の意図を汲んで、できるだけ大したことではないと思わせるように、沖田は言葉を並べる。
「俺と旦那が言うんだから間違いねェ、アンタの気にしすぎだ」
「そう、ですか?」
「新しい一歩を踏み出すってなりゃァ、人間誰しも多少不安にはなるもんだぜ」
沖田の言葉に、紗己はくすりと笑みをこぼした。
「沖田さんも、そんな風になったりしますか?」
「男と女じゃ、考え方も感じ方も違ってくるからな。女は基本的には前向きだが、男は未練がましい生き物だ。ま、俺も男だからねィ」
「それって、沖田さんも未練がましいってことですか?」
まるで信じられないといったように自分を見つめてくる紗己に、沖田は口端を上げてニヤッと笑った。