第五章
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「副長さん、どうかしました?」
「・・・えっ」
「ぼんやりとしてらしたから・・・お疲れですか?」
盆を膝に載せた紗己が、心配そうに顔を覗き込んできている。
「いや・・・何でもねえ。さ、時間もねーしそろそろ再開するか」
土方は残っていた茶を全て飲み干すと、空になった湯呑みを紗己の膝の上の盆に載せた。紗己に心配をかけたことが心苦しくて、何でもないように振る舞って笑顔を見せる。
そんな土方の心情に気付いているのかいないのか、紗己は一旦盆を畳に置くと、着物の裾を押さえて立ち上がり、小さくガッツポーズを作って気合いを入れた。
「・・・はい、私もお手伝いします!」
紗己の表情が明るいものに戻り、それに安心した土方は、すくっと立ち上がると紗己の頭を軽く撫でた。小さく吐息してから、フッと笑みをこぼす。
「いや、お前は力仕事しなくていい。今日はゆっくり体休めとけ」
「副長さん・・・・・・」
思いがけない優しい仕草に胸がときめく。シャツの袖を捲り、腕を回して体を解している土方の背中を、紗己は瞬きもせずにじっと見つめていた。
――――――
しばらくして、盆を片しに食堂に行っていた紗己が戻ってきた。
「休まなくて大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
紗己はにこやかに言うと、箪笥の前で数着の着物を手にしている土方の前まで来て、
「それ、私がやりますね」
さっと手を差し出した。
紗己の体調を心配する土方だったが、休んでろと言ったところで気遣い症の彼女はジッとしていられないだろう。ならば、あまり疲れないような作業を自分の目の届くところでしてくれればいいと、手にしていた着物を紗己に渡した。
「じゃあ頼むな。疲れたら休めよ」
「はい!」
嬉しそうに答える紗己が可愛くて小さく笑っていると、部屋の外から土方を呼ぶ声が近付いてきた。
「副長ー、ちょっといいですか」
段ボール箱を抱えて部屋に入ってきたのは、先程土方によって追い出された山崎だ。
「ああ? 何だどうした・・・あ、それこっちに置いとけ」
「・・・っしょ、と」
土方の指示通りに段ボール箱を下ろすと、額の汗を拭ってから彼の方に向き直った。
「そうだ副長、副長になんか家具屋が来てますけど」
「あー、そういや配達の時間だったな。こっちに通してくれ」
「じゃあ、呼んできますね」
山崎はそう言うと、再び廊下に出て駆け足で玄関へと向かっていった。
山崎の背中を見送りつつ、紗己は不思議そうに首を傾げると、運びこまれた段ボールを開けている土方に声を掛ける。
「配達って、何か家具屋さんで注文されてたんですか?」
「まあな」
随分とあっさりとした返事だ。これはあまり追求しないほうがいいのだろうかと考えていると、縁側から男性二人が布に覆われた荷物を運んできた。
「土方十四郎さーん、ご注文の品お届けに参りましたー」
その声に振り向いた土方は、縁側へと歩き出すと、自身が注文したであろう品を一瞥してから家具屋の二人に指示を出した。
「おう、こっちに運んでくれ」
「畏まりました!」
二人の男によって、そこそこの大荷物は部屋の中に設置された。土方が軽く頷いたのを確認してから、彼らは防護用の布を取り払う。瞬間、紗己の口から吐息混じりの声が漏れた。
「あ・・・これ・・・」
両手を口元に当てて、驚いたように土方を見つめる紗己。それを見ていた家具屋は、プロらしく邪魔にならないように、一礼をして部屋を後にした。
紗己の視線の先には、真新しい鏡台がドンと腰を据えている。光沢が眩しい漆塗りのそれは、なかなかに高価な代物だろう。
土方は紗己の様子に穏やかに微笑むと、鏡台の前にしゃがみこんで引き出しを開けたり台の部分をそっと撫でたりと、一つ一つ確認し始めた。一通り確認を終えると立ち上がり、自分を見つめたまま微動だにしない紗己へと距離を詰める。
「副長さん、これ・・・」
「無いと不便だろ。お前が好きに使え」
穏やかな声音で言った。
この鏡台は、土方から紗己への贈り物だった。結婚をするにあたり、何か形に残るものを彼女に贈りたいと考えていた土方は、今彼女が使用している鏡台が女中部屋の備え付けであることを思い出した。ならば新たに鏡台をプレゼントしようと、巡回の合間に家具屋に出向いていたのだ。
彼がここ数日、どれだけ忙しくしていたか紗己は知っている。だからこそ、自分のために時間を使ってくれていたことが、嬉しくてたまらないのだ。
「ありがとうございます、私・・・どうしよう、すごく嬉しい・・・・・・!」
「ああ」
心の底から感動している彼女を見ていると、土方もまた喜ばれたことを幸せに思う。
そう、幸せを感じている――。
「絶対に大事にし・・・副長さん? どうか、したんですか・・・・・・?」
胸が痛んだ瞬間の表情を、紗己に見られていたのだろう。また心配そうな顔をさせてしまい、土方は自分自身に対して陰鬱な気持ちになる。
「・・・ああいや、何でもねえ。あー・・・そろそろ仕事に戻らねえと」
また何でもない調子で、時計を見やった。
「残りの荷物は山崎にやらせるか。あとは、お前の荷物だけだな」
「あ・・・っ、私の荷物は着物と細々した小物だけですから! 自分で、運べますから・・・平気です」
「そうか、ほどほどにしとけよ」
一転笑顔を見せる紗己に後ろめたさを感じつつも、彼女の穏やかさに甘えてしまう。
部屋を後にする紗己の姿を、土方は大きな鏡越しに見送るしか出来なかった。
「・・・えっ」
「ぼんやりとしてらしたから・・・お疲れですか?」
盆を膝に載せた紗己が、心配そうに顔を覗き込んできている。
「いや・・・何でもねえ。さ、時間もねーしそろそろ再開するか」
土方は残っていた茶を全て飲み干すと、空になった湯呑みを紗己の膝の上の盆に載せた。紗己に心配をかけたことが心苦しくて、何でもないように振る舞って笑顔を見せる。
そんな土方の心情に気付いているのかいないのか、紗己は一旦盆を畳に置くと、着物の裾を押さえて立ち上がり、小さくガッツポーズを作って気合いを入れた。
「・・・はい、私もお手伝いします!」
紗己の表情が明るいものに戻り、それに安心した土方は、すくっと立ち上がると紗己の頭を軽く撫でた。小さく吐息してから、フッと笑みをこぼす。
「いや、お前は力仕事しなくていい。今日はゆっくり体休めとけ」
「副長さん・・・・・・」
思いがけない優しい仕草に胸がときめく。シャツの袖を捲り、腕を回して体を解している土方の背中を、紗己は瞬きもせずにじっと見つめていた。
――――――
しばらくして、盆を片しに食堂に行っていた紗己が戻ってきた。
「休まなくて大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
紗己はにこやかに言うと、箪笥の前で数着の着物を手にしている土方の前まで来て、
「それ、私がやりますね」
さっと手を差し出した。
紗己の体調を心配する土方だったが、休んでろと言ったところで気遣い症の彼女はジッとしていられないだろう。ならば、あまり疲れないような作業を自分の目の届くところでしてくれればいいと、手にしていた着物を紗己に渡した。
「じゃあ頼むな。疲れたら休めよ」
「はい!」
嬉しそうに答える紗己が可愛くて小さく笑っていると、部屋の外から土方を呼ぶ声が近付いてきた。
「副長ー、ちょっといいですか」
段ボール箱を抱えて部屋に入ってきたのは、先程土方によって追い出された山崎だ。
「ああ? 何だどうした・・・あ、それこっちに置いとけ」
「・・・っしょ、と」
土方の指示通りに段ボール箱を下ろすと、額の汗を拭ってから彼の方に向き直った。
「そうだ副長、副長になんか家具屋が来てますけど」
「あー、そういや配達の時間だったな。こっちに通してくれ」
「じゃあ、呼んできますね」
山崎はそう言うと、再び廊下に出て駆け足で玄関へと向かっていった。
山崎の背中を見送りつつ、紗己は不思議そうに首を傾げると、運びこまれた段ボールを開けている土方に声を掛ける。
「配達って、何か家具屋さんで注文されてたんですか?」
「まあな」
随分とあっさりとした返事だ。これはあまり追求しないほうがいいのだろうかと考えていると、縁側から男性二人が布に覆われた荷物を運んできた。
「土方十四郎さーん、ご注文の品お届けに参りましたー」
その声に振り向いた土方は、縁側へと歩き出すと、自身が注文したであろう品を一瞥してから家具屋の二人に指示を出した。
「おう、こっちに運んでくれ」
「畏まりました!」
二人の男によって、そこそこの大荷物は部屋の中に設置された。土方が軽く頷いたのを確認してから、彼らは防護用の布を取り払う。瞬間、紗己の口から吐息混じりの声が漏れた。
「あ・・・これ・・・」
両手を口元に当てて、驚いたように土方を見つめる紗己。それを見ていた家具屋は、プロらしく邪魔にならないように、一礼をして部屋を後にした。
紗己の視線の先には、真新しい鏡台がドンと腰を据えている。光沢が眩しい漆塗りのそれは、なかなかに高価な代物だろう。
土方は紗己の様子に穏やかに微笑むと、鏡台の前にしゃがみこんで引き出しを開けたり台の部分をそっと撫でたりと、一つ一つ確認し始めた。一通り確認を終えると立ち上がり、自分を見つめたまま微動だにしない紗己へと距離を詰める。
「副長さん、これ・・・」
「無いと不便だろ。お前が好きに使え」
穏やかな声音で言った。
この鏡台は、土方から紗己への贈り物だった。結婚をするにあたり、何か形に残るものを彼女に贈りたいと考えていた土方は、今彼女が使用している鏡台が女中部屋の備え付けであることを思い出した。ならば新たに鏡台をプレゼントしようと、巡回の合間に家具屋に出向いていたのだ。
彼がここ数日、どれだけ忙しくしていたか紗己は知っている。だからこそ、自分のために時間を使ってくれていたことが、嬉しくてたまらないのだ。
「ありがとうございます、私・・・どうしよう、すごく嬉しい・・・・・・!」
「ああ」
心の底から感動している彼女を見ていると、土方もまた喜ばれたことを幸せに思う。
そう、幸せを感じている――。
「絶対に大事にし・・・副長さん? どうか、したんですか・・・・・・?」
胸が痛んだ瞬間の表情を、紗己に見られていたのだろう。また心配そうな顔をさせてしまい、土方は自分自身に対して陰鬱な気持ちになる。
「・・・ああいや、何でもねえ。あー・・・そろそろ仕事に戻らねえと」
また何でもない調子で、時計を見やった。
「残りの荷物は山崎にやらせるか。あとは、お前の荷物だけだな」
「あ・・・っ、私の荷物は着物と細々した小物だけですから! 自分で、運べますから・・・平気です」
「そうか、ほどほどにしとけよ」
一転笑顔を見せる紗己に後ろめたさを感じつつも、彼女の穏やかさに甘えてしまう。
部屋を後にする紗己の姿を、土方は大きな鏡越しに見送るしか出来なかった。