第五章
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――――――
「おい山崎! さっさと戻って来い、次は箪笥だ」
布団二組を運び終えたところで、鬼の副長が自身を呼ぶ声が聞こえて、山崎は慌てて駆け戻ってきた。
さっきまでミントンをしていたため、動きやすいスポーツウェアを身につけている。
「もおー副長、人使い荒いですよ。俺非番なんですけど」
「ああ? それがどうした、俺ァ仕事中だ! 庭で素振りやってる暇があんならこっち手伝え!」
「いや、アンタの私用でしょうが・・・」
「やかましいわ! こっちは私用も回せねェほど働き詰めなんだよ」
一喝すると、土方は箪笥の片側を持ち上げた。山崎はやや府に落ちないながらも、もう片側に手を掛けると慎重かつ迅速に、家具を新たな部屋へと運ぶ。
「それにしたって、何も式の前日にこんなバタバタとしなくても」
「しょうがねェだろ、今日しか時間取れねーんだよ」
「副長、明後日非番でしょ? そん時に部屋替えすれば良かったんじゃ・・・」
後方と足元を気にしながら疑問を口にした途端、前方から怒鳴り声が飛んできた。
「グチグチうるっせーんだよテメーは! 今日中じゃなきゃ意味ねえだろがっ」
「わっ、ちょ、いきなり大声出さないでくださいよ!」
驚いた拍子に廊下を行く足元が滑り、危うくあと少しで転倒するところだった。
山崎は体勢を立て直すと、小さく掛け声を出して箪笥を持つ手に力を入れ直す。
昼過ぎ、土方は仕事の合間を縫って屯所での自室の移動をしていた。無論、紗己との新居とも言える私室への移動だ。
本来ならば、紗己の実家から帰ってきた翌日、遅くとも数日以内には部屋の移動を行う予定だった。
だが、紗己が体調を崩して寝込んでいたので、予定は見送りに。
おまけに、休暇の間に溜まり溜まった仕事に加え、あれやこれやと日々起こる事件の連続に、隊士達の休みを優先していたら自分はまともな休みも取れずにいた。
半日だけ、唯一時間が取れた日もあったのだが、式のための紋付き袴の仕立てに出向いたら、結局丸々時間を費やすこととなった。
――――――
「よし、そっち合わせたか」
「はいっ・・・と、合わせましたよ」
「・・・っ、こんなもんか」
畳の縁に箪笥の角を合わせると、二人は息を合わせてゆっくりと下ろした。
山崎は額の汗を拭いながら、二間続きの部屋をぐるりと見回す。
「ある程度、片がつきましたねー」
「ああ、大荷物は大体運び終わったか」
動き回って暑かったのだろう、土方も同じように汗を拭うと、シャツのボタンを胸元のところまで開けた。スカーフはとっくの前に外している。
忙しさもあり多少疲れてはいるのだが、穏やかな表情でどこか満足気に部屋の中を眺める土方。
鬼の副長と恐れられる常日頃の姿とはあまりに違うその様子に、山崎はにまにまと緩む頬を止められずにいる。
「あぁー、それで今日中だったんですねえ・・・プッ」
「あ? 何笑ってんだ」
ニヤニヤとした三白眼を向けられ、訝しげに部下を見やる。すると山崎は、
「まあそうですよねー。いくら子供がデキちゃってるとはいえ、『二人』の寝室で新婚初夜を迎えたいですよねえー・・・ププッ」
更にいやらしさを増した目で、からかうように笑って言った。
「なっ・・・!?」
ずばり言い当てられてしまった。
そう、この忙しい最中、わざわざ仕事の合間に部屋の移動を強行したのには、土方なりの理由があったのだ。
明日、土方と紗己は式を挙げる。晴れて夫婦となり、その日の夜は言わずもがな新婚初夜だ。
そんな記念すべき日に、部屋が別々だなんてあってはならない事態だと考えている土方にとって、この私室の移動は何が何でも今日中に済ませなければいけないものだった。
とは言え、いくら事実であってもそれを指摘されることを良しとしない土方は、首から上を真っ赤にしながら反論しようとする。が、うまく言葉が出てこない。
そんな上司を見て、なおも山崎は愉しそうにからかい続ける。のだが――。
「いやあ、副長も案外かわいいトコあるじゃな・・・わわっ、な、止め・・・っ、ぐえっ」
ニヤニヤしていたら、瞬時に間合いを詰められて、土方にあっさりヘッドロックをかけられてしまった。
黙って照れているだけではいられなくて、反論の手立てを口から行動に移しかえたのだ。
「口の減らねェ野郎だなテメーはっ」
「すっ、すみませ・・・ウエッ、は、はなっ離して! ぐェッ」
苦しそうに足をジタバタさせる山崎を見ていたら、ようやく照れが引いてきた。
いつもの調子が戻り、口端を上げて腕に力を込めていると、開け放っていた廊下側から入ってきた愛しい声が、耳に届いた。
「副長さん、山崎さん。お茶、お持ちしました。一息つきませんか?」
「紗己!」
柔らかな微笑みに、土方は思わず腕を緩めてしまった。
すると山崎は、助かったとばかりに身体を捻って土方から距離を取る。
「紗己ちゃんありがとう、助かったよ! やっぱり君は優しいなあ、誰かさんとは大違い・・・」
「なんだとっ!? どういう意味だ!」
「ひっ!! な、何でもないですっ」
毎回同じような展開を迎えているのに、それでも毎回いらぬことを口走ってしまう。学習能力が乏しいのだろうか。
しかしながら知恵は働くらしく、土方から飛び退くように絶対安全圏である紗己の後ろに回り込んだ。
部下のその行動に土方は片眉を上げるが、にっこり笑っている紗己と目が合い、仕方がないといった顔で嘆息すると、そのまま休憩を取ることにした。
「おい山崎! さっさと戻って来い、次は箪笥だ」
布団二組を運び終えたところで、鬼の副長が自身を呼ぶ声が聞こえて、山崎は慌てて駆け戻ってきた。
さっきまでミントンをしていたため、動きやすいスポーツウェアを身につけている。
「もおー副長、人使い荒いですよ。俺非番なんですけど」
「ああ? それがどうした、俺ァ仕事中だ! 庭で素振りやってる暇があんならこっち手伝え!」
「いや、アンタの私用でしょうが・・・」
「やかましいわ! こっちは私用も回せねェほど働き詰めなんだよ」
一喝すると、土方は箪笥の片側を持ち上げた。山崎はやや府に落ちないながらも、もう片側に手を掛けると慎重かつ迅速に、家具を新たな部屋へと運ぶ。
「それにしたって、何も式の前日にこんなバタバタとしなくても」
「しょうがねェだろ、今日しか時間取れねーんだよ」
「副長、明後日非番でしょ? そん時に部屋替えすれば良かったんじゃ・・・」
後方と足元を気にしながら疑問を口にした途端、前方から怒鳴り声が飛んできた。
「グチグチうるっせーんだよテメーは! 今日中じゃなきゃ意味ねえだろがっ」
「わっ、ちょ、いきなり大声出さないでくださいよ!」
驚いた拍子に廊下を行く足元が滑り、危うくあと少しで転倒するところだった。
山崎は体勢を立て直すと、小さく掛け声を出して箪笥を持つ手に力を入れ直す。
昼過ぎ、土方は仕事の合間を縫って屯所での自室の移動をしていた。無論、紗己との新居とも言える私室への移動だ。
本来ならば、紗己の実家から帰ってきた翌日、遅くとも数日以内には部屋の移動を行う予定だった。
だが、紗己が体調を崩して寝込んでいたので、予定は見送りに。
おまけに、休暇の間に溜まり溜まった仕事に加え、あれやこれやと日々起こる事件の連続に、隊士達の休みを優先していたら自分はまともな休みも取れずにいた。
半日だけ、唯一時間が取れた日もあったのだが、式のための紋付き袴の仕立てに出向いたら、結局丸々時間を費やすこととなった。
――――――
「よし、そっち合わせたか」
「はいっ・・・と、合わせましたよ」
「・・・っ、こんなもんか」
畳の縁に箪笥の角を合わせると、二人は息を合わせてゆっくりと下ろした。
山崎は額の汗を拭いながら、二間続きの部屋をぐるりと見回す。
「ある程度、片がつきましたねー」
「ああ、大荷物は大体運び終わったか」
動き回って暑かったのだろう、土方も同じように汗を拭うと、シャツのボタンを胸元のところまで開けた。スカーフはとっくの前に外している。
忙しさもあり多少疲れてはいるのだが、穏やかな表情でどこか満足気に部屋の中を眺める土方。
鬼の副長と恐れられる常日頃の姿とはあまりに違うその様子に、山崎はにまにまと緩む頬を止められずにいる。
「あぁー、それで今日中だったんですねえ・・・プッ」
「あ? 何笑ってんだ」
ニヤニヤとした三白眼を向けられ、訝しげに部下を見やる。すると山崎は、
「まあそうですよねー。いくら子供がデキちゃってるとはいえ、『二人』の寝室で新婚初夜を迎えたいですよねえー・・・ププッ」
更にいやらしさを増した目で、からかうように笑って言った。
「なっ・・・!?」
ずばり言い当てられてしまった。
そう、この忙しい最中、わざわざ仕事の合間に部屋の移動を強行したのには、土方なりの理由があったのだ。
明日、土方と紗己は式を挙げる。晴れて夫婦となり、その日の夜は言わずもがな新婚初夜だ。
そんな記念すべき日に、部屋が別々だなんてあってはならない事態だと考えている土方にとって、この私室の移動は何が何でも今日中に済ませなければいけないものだった。
とは言え、いくら事実であってもそれを指摘されることを良しとしない土方は、首から上を真っ赤にしながら反論しようとする。が、うまく言葉が出てこない。
そんな上司を見て、なおも山崎は愉しそうにからかい続ける。のだが――。
「いやあ、副長も案外かわいいトコあるじゃな・・・わわっ、な、止め・・・っ、ぐえっ」
ニヤニヤしていたら、瞬時に間合いを詰められて、土方にあっさりヘッドロックをかけられてしまった。
黙って照れているだけではいられなくて、反論の手立てを口から行動に移しかえたのだ。
「口の減らねェ野郎だなテメーはっ」
「すっ、すみませ・・・ウエッ、は、はなっ離して! ぐェッ」
苦しそうに足をジタバタさせる山崎を見ていたら、ようやく照れが引いてきた。
いつもの調子が戻り、口端を上げて腕に力を込めていると、開け放っていた廊下側から入ってきた愛しい声が、耳に届いた。
「副長さん、山崎さん。お茶、お持ちしました。一息つきませんか?」
「紗己!」
柔らかな微笑みに、土方は思わず腕を緩めてしまった。
すると山崎は、助かったとばかりに身体を捻って土方から距離を取る。
「紗己ちゃんありがとう、助かったよ! やっぱり君は優しいなあ、誰かさんとは大違い・・・」
「なんだとっ!? どういう意味だ!」
「ひっ!! な、何でもないですっ」
毎回同じような展開を迎えているのに、それでも毎回いらぬことを口走ってしまう。学習能力が乏しいのだろうか。
しかしながら知恵は働くらしく、土方から飛び退くように絶対安全圏である紗己の後ろに回り込んだ。
部下のその行動に土方は片眉を上げるが、にっこり笑っている紗己と目が合い、仕方がないといった顔で嘆息すると、そのまま休憩を取ることにした。