第四章
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――――――
しばらくの間、何も言わないまま二人は抱き合っていた。
だが、いつまでもそうしているわけにはいかない。けれど離れがたい土方は、何もしないで一緒に寝るだけならいいじゃないかと、誘いをかけようと腕を緩めた。
「なあ紗己、このままここで一緒に・・・」
言いながら身体を離すと、紗己の華奢な身体がズルッと傾いた。
「え、ちょ・・・っ、おい紗己!?」
驚いて彼女の両肩を掴むと、目に入ったのはすやすやと寝息を立てている紗己の寝顔。
(寝てんのかよ!! そんなに俺の匂いは寝やすいってのか!?)
毎度のことながら、がっくり肩を落とす。
「どうすんだ、俺部屋知らねーぞ・・・・・・」
帰そうにも、彼女の部屋が分からない。
ならばもういっそのこと、このまま寝かせておこうと紗己の身体を布団に乗せた。
「・・・っとに、気持ちよさそうな顔しやがって」
眠っている彼女の柔らかな頬を、軽く指でつつく。すると、予想外の早さで紗己が目を覚ましてしまった。
もぞもぞと頭を動かしたあと、ゆっくりと瞼が開く。
「ふ・・・ぅんー・・・」
「あ・・・悪ィ、起こしちまったか」
「う・・・ん、あれ・・・私寝ちゃって・・・」
紗己は寝返りを打つように上体を捻ると、肘で支えながら身体を起こした。
「おい、眠いんならこのまま寝とけ。一緒に寝るだけなら別に構わねェだろ」
初めは紗己の父に気兼ねをしていた土方だったが、こんなに眠そうな彼女を見ていると、もういいかという気になってきた。
何より、彼女が進んで自分の傍で寝ているのだ。疚しいことなど何もない。
しかし紗己は、土方の言葉に僅かに首を振ると、両手で目を擦りながらふらふらと立ち上がった。
「いえ、私・・・ふあぁ・・・部屋、戻ります・・・明日炊事当番なんで・・・・・・」
「あ? 炊事当番て・・・ここは屯所じゃ・・・」
「ふぁ・・・それじゃあまた、明日・・・おやすみなさい・・・」
目をしょぼつかせて欠伸をしながら言うと、紗己はそのまま振り返りもせず、部屋を出ていってしまった。
一人残された土方は、呆気に取られている様子だ。
しかし、寝ぼけて実家を屯所と勘違いしている紗己の姿を思い返すと、どうにも笑いが込み上げてきて仕方がない。
「・・・ほんっと、変な女だな・・・っ」
喉を震わせて、だが夜中なので笑い声は何とか堪える。
土方は、はあっと大きく息をつくと、そのまま布団に寝転がり、腕を頭の後ろで組んで暗い天井を眺めた。
アイツといると、どうもあのペースに巻き込まれちまう。だが、不思議と悪い気はしねェな。
少しニヤついているのに気付き、以前の自分では考えられない姿だと土方は思った。
昔の俺が今の俺を見たら、なんて思うだろうな。情けねえって笑うか? 丸くなったって驚くか? それとも――
「・・・・・・」
胸がチクッと痛んだ。遠い記憶が頭を過り、それを打ち消すように寝返りを打つ。
「はっ・・・馬鹿馬鹿しい・・・・・・」
そう口にして、大したことではないと言い聞かせると、気を紛らせるためにサッと着物を脱いで借りた寝間着に素早く袖を通し、頭まで布団を引っかぶって目を閉じた。
――――――
翌日。帰り支度を済ませた二人は、紗己の父親が見送る中、籠屋に乗り込もうとしていた。
「本当に、駅まで見送らなくていいのかい?」
「いいの。父さんは仕事があるでしょ」
「お前から見たら、私は随分と仕事好きに見えているようだねェ」
父親の言葉に、紗己は「仕事、好きじゃない」と笑っている。
この親子の会話はいつも和やかだ。
紗己のすぐ後ろに立っている土方は、楽しげにしている彼女の姿に少しホッとしていた。
里心が付いて、紗己が寂しい思いをしていたらと密かに心配していたからだ。
だが、紗己にそのような様子は見られず、代わりに娘にフラれてしまった紗己の父親が、やれやれと肩を竦めて土方に目線をやった。
「こちらが構いたいと思う頃には、娘は嫁いでしまう。これが父親の定めってやつですかねェ」
にこやかにそう言われたのだが、何と返せば良いのか分からず、土方は苦笑いを浮かべるばかり。
そんなふうにやり取りをしているうちに、列車の発車時刻が迫ってきた。
何せ田舎駅。これ一本乗り遅れたら、次が来るのは数時間先だ。
土方は紗己の真後ろに立つと、少し背中を丸めて彼女の肩に手を乗せ、耳元に顔を寄せた。
「紗己、そろそろ時間だ」
「あ、はい! じゃあ父さん、もう行くね」
「ああ、気をつけて。くれぐれも無理はしないように、分かったね」
「うん、父さんもね」
紗己は父親に笑顔を見せてそう答え、車の後部座席に乗り込んだ。
紗己が腰を落ち着けたのを確認すると、土方は開いた扉に手を掛けながら、紗己の父親に向き直って頭を下げた。
「いろいろと、ありがとうございました」
「いやいやァ、こちらこそ」
優しい笑みを浮かべている紗己の父親につられたのか、土方も穏やかな表情を見せる。そんな二人の姿を、後部座席から紗己もまた、嬉しそうに見つめている。
娘の笑顔を一瞥すると、彼女の父親は静かに吐息してから土方をじっと見つめた。
「あの・・・どうかしましたか」
急にまじまじと見つめられ、どうかしたのかと怪訝な顔をする土方に、紗己の父親は寂しげに笑った。
「あの子が真選組で働きたいって言ってきた時は、いやはやどうしたものかと思ったもんですが・・・」
途中、深く吐息してから、
「あなただったんですねェ」
感慨深く言った。
だが土方は、何故彼女の父親が突然そんなことを言ってきたのかが分からず、というよりも、言われた内容がそもそも分からなくて、怪訝な表情は更に深まるばかりだ。
そんな土方を見て、紗己の父親はとても満足そうに笑う。
「いやァ、縁ってのはなかなか面白いモンですねェ」
「はあ・・・・・・」
そう言われても、何のことやら分からない。
けれど、彼女の父親もこれ以上話を掘り下げる気は無さそうだ。それに、列車の出発時刻も迫っている。
ここらで話を切り上げようと、土方は表情を引き締めて頭を下げた。
「今度は、江戸でお待ちしてます」
「ええ、楽しみにしてますよ」
紗己とよく似た、柔らかな笑みを湛える姿に安心すると、土方は再度頭を下げてから後部座席に乗り込んだ。
しばらくの間、何も言わないまま二人は抱き合っていた。
だが、いつまでもそうしているわけにはいかない。けれど離れがたい土方は、何もしないで一緒に寝るだけならいいじゃないかと、誘いをかけようと腕を緩めた。
「なあ紗己、このままここで一緒に・・・」
言いながら身体を離すと、紗己の華奢な身体がズルッと傾いた。
「え、ちょ・・・っ、おい紗己!?」
驚いて彼女の両肩を掴むと、目に入ったのはすやすやと寝息を立てている紗己の寝顔。
(寝てんのかよ!! そんなに俺の匂いは寝やすいってのか!?)
毎度のことながら、がっくり肩を落とす。
「どうすんだ、俺部屋知らねーぞ・・・・・・」
帰そうにも、彼女の部屋が分からない。
ならばもういっそのこと、このまま寝かせておこうと紗己の身体を布団に乗せた。
「・・・っとに、気持ちよさそうな顔しやがって」
眠っている彼女の柔らかな頬を、軽く指でつつく。すると、予想外の早さで紗己が目を覚ましてしまった。
もぞもぞと頭を動かしたあと、ゆっくりと瞼が開く。
「ふ・・・ぅんー・・・」
「あ・・・悪ィ、起こしちまったか」
「う・・・ん、あれ・・・私寝ちゃって・・・」
紗己は寝返りを打つように上体を捻ると、肘で支えながら身体を起こした。
「おい、眠いんならこのまま寝とけ。一緒に寝るだけなら別に構わねェだろ」
初めは紗己の父に気兼ねをしていた土方だったが、こんなに眠そうな彼女を見ていると、もういいかという気になってきた。
何より、彼女が進んで自分の傍で寝ているのだ。疚しいことなど何もない。
しかし紗己は、土方の言葉に僅かに首を振ると、両手で目を擦りながらふらふらと立ち上がった。
「いえ、私・・・ふあぁ・・・部屋、戻ります・・・明日炊事当番なんで・・・・・・」
「あ? 炊事当番て・・・ここは屯所じゃ・・・」
「ふぁ・・・それじゃあまた、明日・・・おやすみなさい・・・」
目をしょぼつかせて欠伸をしながら言うと、紗己はそのまま振り返りもせず、部屋を出ていってしまった。
一人残された土方は、呆気に取られている様子だ。
しかし、寝ぼけて実家を屯所と勘違いしている紗己の姿を思い返すと、どうにも笑いが込み上げてきて仕方がない。
「・・・ほんっと、変な女だな・・・っ」
喉を震わせて、だが夜中なので笑い声は何とか堪える。
土方は、はあっと大きく息をつくと、そのまま布団に寝転がり、腕を頭の後ろで組んで暗い天井を眺めた。
アイツといると、どうもあのペースに巻き込まれちまう。だが、不思議と悪い気はしねェな。
少しニヤついているのに気付き、以前の自分では考えられない姿だと土方は思った。
昔の俺が今の俺を見たら、なんて思うだろうな。情けねえって笑うか? 丸くなったって驚くか? それとも――
「・・・・・・」
胸がチクッと痛んだ。遠い記憶が頭を過り、それを打ち消すように寝返りを打つ。
「はっ・・・馬鹿馬鹿しい・・・・・・」
そう口にして、大したことではないと言い聞かせると、気を紛らせるためにサッと着物を脱いで借りた寝間着に素早く袖を通し、頭まで布団を引っかぶって目を閉じた。
――――――
翌日。帰り支度を済ませた二人は、紗己の父親が見送る中、籠屋に乗り込もうとしていた。
「本当に、駅まで見送らなくていいのかい?」
「いいの。父さんは仕事があるでしょ」
「お前から見たら、私は随分と仕事好きに見えているようだねェ」
父親の言葉に、紗己は「仕事、好きじゃない」と笑っている。
この親子の会話はいつも和やかだ。
紗己のすぐ後ろに立っている土方は、楽しげにしている彼女の姿に少しホッとしていた。
里心が付いて、紗己が寂しい思いをしていたらと密かに心配していたからだ。
だが、紗己にそのような様子は見られず、代わりに娘にフラれてしまった紗己の父親が、やれやれと肩を竦めて土方に目線をやった。
「こちらが構いたいと思う頃には、娘は嫁いでしまう。これが父親の定めってやつですかねェ」
にこやかにそう言われたのだが、何と返せば良いのか分からず、土方は苦笑いを浮かべるばかり。
そんなふうにやり取りをしているうちに、列車の発車時刻が迫ってきた。
何せ田舎駅。これ一本乗り遅れたら、次が来るのは数時間先だ。
土方は紗己の真後ろに立つと、少し背中を丸めて彼女の肩に手を乗せ、耳元に顔を寄せた。
「紗己、そろそろ時間だ」
「あ、はい! じゃあ父さん、もう行くね」
「ああ、気をつけて。くれぐれも無理はしないように、分かったね」
「うん、父さんもね」
紗己は父親に笑顔を見せてそう答え、車の後部座席に乗り込んだ。
紗己が腰を落ち着けたのを確認すると、土方は開いた扉に手を掛けながら、紗己の父親に向き直って頭を下げた。
「いろいろと、ありがとうございました」
「いやいやァ、こちらこそ」
優しい笑みを浮かべている紗己の父親につられたのか、土方も穏やかな表情を見せる。そんな二人の姿を、後部座席から紗己もまた、嬉しそうに見つめている。
娘の笑顔を一瞥すると、彼女の父親は静かに吐息してから土方をじっと見つめた。
「あの・・・どうかしましたか」
急にまじまじと見つめられ、どうかしたのかと怪訝な顔をする土方に、紗己の父親は寂しげに笑った。
「あの子が真選組で働きたいって言ってきた時は、いやはやどうしたものかと思ったもんですが・・・」
途中、深く吐息してから、
「あなただったんですねェ」
感慨深く言った。
だが土方は、何故彼女の父親が突然そんなことを言ってきたのかが分からず、というよりも、言われた内容がそもそも分からなくて、怪訝な表情は更に深まるばかりだ。
そんな土方を見て、紗己の父親はとても満足そうに笑う。
「いやァ、縁ってのはなかなか面白いモンですねェ」
「はあ・・・・・・」
そう言われても、何のことやら分からない。
けれど、彼女の父親もこれ以上話を掘り下げる気は無さそうだ。それに、列車の出発時刻も迫っている。
ここらで話を切り上げようと、土方は表情を引き締めて頭を下げた。
「今度は、江戸でお待ちしてます」
「ええ、楽しみにしてますよ」
紗己とよく似た、柔らかな笑みを湛える姿に安心すると、土方は再度頭を下げてから後部座席に乗り込んだ。