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2007年9月

「なんで止めた」

「あ?」

「あの時、なんで止めたんだ」

「なんだよ、蒸し返す気?」

あんな事をしでかそうとしていたくせに今は顔も上げられないほど後悔している。
計画的と言えるほど緻密なものじゃなかったが、衝動的と言えるほど短絡的なものでもなかったのだろう。

「はあー…別に止めてねえだろ。やるならやってやるって言っただけだ」

「それが、世那らしくないと言ったんだ」

大堰とてあの状況下では少なからず村人たちに苛立っていた。
殺してしまいたいとまでは振り切れていなかったが、痛い目を見せて黙らせるぐらいは有りだろうと不穏なことを考える程度には切れていた。
夏油のいう“らしくない”と言う言葉が思考に爪を立てる。

「仮にだ。
あの村で鏖殺したとして、傑が此処にちゃんと帰ってくるってんなら、オレはあの子たちに目隠しして手伝ってやったと思う。
お前、帰ってこねえだろ、やっちまったら」

「…世那は、帰ってこれるかい」

「帰るよ。だってオレの家は此処しかねえもん」

「一般人の殺しは処刑対象だ」

「いいよ。ただその場合は傑か悟にやってもらいてえけど」

「盛大なトラウマだな」

「硝子さんは喜んで開いてくれそうだけどな」

夜蛾は極刑を回避できる様に駆けまわってくれるだろう。
叶うなら五条と夏油、2人の手で始末して欲しい。きっとカケラも残さず綺麗に消してくれることだろう。
ああでも、何も残らなければ家入に文句を言われそうだ。彼女に開かれるのも悪くない。
それなら一瞬でシメてもらって、綺麗に捌いてもらいたいものだ。
つらつら回る頭があらぬ方向を突き進む。

「別にいんだよ。その後どうなったって。
お前が、全員が帰ってきてくれんなら、それでいんだ。
知らないとこでさ、どうにもなんねえぐらい遠いとこで勝手に居なくなんないなら、それならなんだっていい」

夏油は動きの鈍い頭では飲み込みきれなかった言葉を飲み物ごと腹の底に流し込んだ。

「世那?」

飲み干したミルクが喉を焼く。
溶けきらなかったアルコールが底の方に溜まっていたらしい。
再度呼びかけても大堰からの反応はない。妙に饒舌だったし、もしかして…

「世那」

「だあー!寝てねえよ!」

「ああ、よかった。酔ってたのかと思ったよ」

「こんなんで酔うかよ、悟じゃあるめえし。
あーいらんこと言ったわ…」

肩に触れた手を振り払いながら、勢いよく上げられた顔は真っ赤に染まっていた。

「悟にも飲ませたのか」

「いや、んなガッツリじゃねえよ。強請られたから作ってやっただけだ。
2、3口飲んで急に寝たからビビったわ」

唯我独尊を我が物顔で突き進むような五条であるが、同期の中での扱いは凡そ末っ子だ。
過保護なまでに酒や煙草に触れさせないのは夏油くらいのものだが、その世間知らずっぷりをからかって遊んでいるのは家入と大堰もあまり変わらない。

「なんだか馬鹿らしくなってきたな」

「どーゆー意味だコラ」

死んだ目で大して怖くもない睨みを聞かせる大堰に夏油は少し笑った。

「少し、冷静じゃなくなっていたらしい。
守るべきものの価値がわからなくなった。本当に守られるべきは浪費される術師の方なんじゃないのかって…そう思ってしまったんだ」

「真面目ねーオレなんか術師も非術師も嫌いよ?」

「世那はね」

「人の命が平等なんて嘘っぱちだ。
どのみち人間なんざクソばっかだしな。
仕事だから命令だって聞くし、仕事だから守る。それだけ」

「そんなんだから、くよくよ悩んでるのが馬鹿らしくなったよ」

憑き物が落ちたように微笑む夏油に大堰の表情も緩んでいく。

「それに、私たちのことが大好きな世那が泣いちゃうかなって」

「泣きやしねえけどよ…
大好きなお前らのためにいい加減腹括ってやるかって気にはなった」

「やるって、なにを?」

「まだ内緒。でも、ちゃんと頑張れたら褒めてくれよ」
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