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2007年8月


「君は呪霊が居ない世界を作るにはどうすればいいと思う」

「うげえ、なんだよそのおっもい議題」

「世那、顔」

自慢ではないが大堰はあまり頭がよろしくない。
あまり難しい議論は得意ではないのだが、そうも言っていられない空気に、それで、とだけ言って先を促した。
九十九は妙に楽しそうに笑って指を突き出した。

「1つ、全人類から呪力を無くす
2つ、全人類に呪力コントロールを可能にさせる
そして3つ目、非術師を間引いて術師に適応させる。今コレが出たところだ」

指折り数えられた3つの提案は正直どれも実現可能な方法には思えなかった。
挑発的な笑みは大堰を試しているのか、純粋に裏があるのか判断しかねる。
吸い込んだ拍子にぺちゃんこになったパックジュースが設定されていない制限時間を告げてくる。

「…1番現実的なのが3つ目で、1番非現実的なのも3つ目って感じだな」

「非現実的か、確かに簡単にはいかないだろうね」

術式が覚醒する条件が明確になっていない以上、術師と非術師の選別が先ずネックになる事は確かだろうが、そこじゃない。

「あんたは術師まで見殺しにする気か」

ほう、と感嘆とも納得とも取れる声を漏らした九十九はいそいそと大堰の横へ移動してきた。

「どうしてそう思う?」

「オレ、あんまし難しい話得意じゃねえんだけど」

「いいからいいから」

助けを求めて夏油を見上げたが、あっさりと見捨てられた。
何と言葉にすべきか、頭の中で文章を組み立て息を一つ吐き出した。

「…間引かれた非術師の恐怖やら怨みやらは確実に呪霊になるだろ?
そんな集団心理から発生する呪霊が低級とは考えらんねえ。急激にことを進めるんなら尚更だ。
それに対応する術師があんたや傑たちみてえに強えなら訳ねえよ。
だけどよ、低級の術師はどうする。必要な犠牲とでも言うか?」

「この場合そう言い切ってしまうのもアリだね」

「はっ!クソだな」

「口が悪いよ」

咎める台詞の割に夏油の目が先を促してくる。
何度目かのため息をついて重たい口を動かす。

「そもそも、術師が呪霊を生まない。ってのが正しくないんじゃねえかとオレは思ってる。
術師として呪力及び術式の運用を学んだものからは呪霊が発生しないっつうのが正確なんじゃねえかな」

「興味深いね。その根拠は?」

「…特級過呪怨霊」

じりじりと詰め寄る九十九から逃げ惑う大堰の背後に呟きが落とされる。
隠し立てするつもりもない事だし、話すつもりではいたが好奇心に煌めく視線が痛い。

「正解。
過去にオレが単独で祓ったことになってる特級呪霊。アレは、術師になり得た奴らが作り出した呪霊だった」

「施設…か」

「だいせーかい」

大堰の村にあった施設には呪霊を見ることができる子供たちがいた。
即ち、呪力を感知、視認することが可能で訓練次第では術式までは行かずとも呪力コントロールを習得する素質を持った者たちが集められていた。
訳知り顔の九十九が一体どこまで知っているのか、薄ら寒いものを感じる。

「日本に限った話をするなら、呪力コントロールを教育するってのは難しい話じゃねえとは思う。
なんせ義務教育が完全に敷かれた国だからな。
でもなあ、仮に、全人類が呪力コントロールを出来るようになったとして、呪霊がいなくなるのは一時的なものになるんじゃねえかな」

「なぜ?」

「呪霊の発生率と術師の総人口が反比例しているから。
かつて呪術師の全盛期と呼ばれた時代、確かに初期の頃は呪霊も活発だったんだろうが次第に下火になっていって、被害が落ち着くと今度は呪術師の量が落ちていく。
逆に呪術師が減れば今度は呪霊が増えて活動が活発化していく。
歴史的にみりゃ大体この波が続いてるのがわかる。
全人類が呪力を扱えれば呪霊に対する恐怖はなくなる。
恐怖が減れば呪霊は発生しない。
そんなんが日常化すれば次第に人間は呪力コントロールの必要性を忘れていくんだ。

いたちごっこだよ」

散々っぱら人に語らせて、九十九は上機嫌に高専を出ていった。
その姿を見送った夏油が随分と暗い顔をしていたのに袖を引かれつつも任務についたことを、オレは今も後悔している。
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