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2007年6月

冬が嫌いだった。

両親も施設の子供たちも、雪が溶けると消えてしまう。
大切なものも大事だと思えたものも、みんな、雪が連れていってしまう。

「…しろ」

視界いっぱいの白に大して動いていない思考が完全に停止した。茫然として眺めていた白が天井である事に暫くして気が付いた。

(どこだ此処…)

記憶によれば自分は廃工場にいたはずだ。
廃れ、寂れたあの場所にこんな清潔な区域があるとは考えられない。
記憶を辿っていて、ふと思い出した。
そういえば自分は、呪霊に刺されたのではなかったか。体は重怠く感じるが痛みはない。ということは、

「死んだか?」

「死んでねえよ」

死後の世界とは想像していたより現実染みた場所なんだ。
そう納得しかけた大堰に降ってきたのは聞き覚えのある冷ややかな声だった。

「はよ、硝子さん。なんか世話をかけたみてえで」

「ほんとにな寝坊助野郎」

「さーせん」

制服の上から白衣を羽織った家入が盛大なため息と共に腰掛けたパイプ椅子から悲鳴のような音が聞こえてきた。

「任務、どうなった?」

「初めに気にするところがそれか?お前、死にかけたんだぞ」

「だな。でも、死んでねえ」

今回ばかりはクズという罵倒も甘んじて受ける。
反論の余地もない。

「任務の方は知らないよ、五条にでも聞け。
ついでに謝罪でも入れておくべきだと思うね、腹に風穴開けたお前を血相変えて連れてきたの五条だ。」

「やっぱりか、悪いことしたな」

送迎を担っていた甲斐は別件で離れていたとなれば、五条しか居ない。
それもアレだけの大怪我だったのだ。原理はよく分からないが瞬間移動の様なものを使ったのだろう。少し勿体無いことをしたかもしれない。

「五条もいてあんな大怪我、早々ないだろ。
何があった」

「オレもよく覚えてねえけど、厄介っぽい呪物があったんだよ。それに釣られた呪霊に刺された」

力が入らない腹筋を酷使して起き上がる。怠いが、動けない程ではない。

「血が足りてないんだ、安静にしてな」

そう言いながら家入は煙草に火をつけた。
普通安静にすべき怪我人の前では煙草は吸わないのではないか。

「3日」

「ん?」

「担ぎ込まれて、緊急オペから3日寝てたよ」

「マジか」

随分寝ていたとは思っていたが、まさかそんなに時間が経っているとは思わなかった。

「…傷は残ってる」

「あ、ホントだ」

着せられていた入院着を肌蹴ると左の脇腹辺りが大きく瘢痕化していた。
普通の治療をしたのでは3日程度で此処まで回復するはずがない。
反転術式を用いてすらこの傷ということは、即死していても不思議ではなかったはず。五条様様だ。

「どーしたの?」

大きな黒い瞳に影がかかる。
形のいい唇を真一文字に引き結び言い淀む家入の姿は、なんだか新鮮だった。

「情けないと思っただけだよ」

「オレが?」

「私が」

「どこがよ、誰かに言われたか?」

「違う」

仮に誰かに言われたとして、他人の言葉を真に受けるような人ではないだろう。とは思っても口にはしなかった。

「色々な患者を見てきたつもりだったんだ。救えなかった患者もいた。慣れたつもりだった。
…大堰が死にかけているのを見て、柄にもなくてが震えたよ」

俯いた家入の表情を窺い知ることは出来ない。
組んだ両手に挟まれた煙草が紫煙を燻らせながら短くなっていく。

「反転術式持ちでオペに参加して、こんなにも無力だと思ったのは初めてだ。
悔しいけど、五条の術式がなければ確実に死んでた」

大堰の中で家入硝子という人物は肝の据わった人だという印象があった。
なんせあの同期2人に対し物怖じせず罵倒できるのだ、中々の図太さだろう。そんな人が目の前で弱々しくも首を垂れる姿は似合わない。
似合わないのだが、美しくも見えてしまった。

「…普通じゃねえの?
博愛主義者じゃねえんだ、身内と他人じゃ感じ方は変わるだろうよ。
傷に関しては、別にどうでもいーや。見えるわけじゃねえし」

「見えるのならダメなんだ」

「ダメじゃねえけどさ、悟あたりが騒ぎそうじゃん。厨二病ーとかいってさ」

「ああ、いいそう」

「だろー」
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