2006年9月
「硝子さん、付き合ってよ」
「はあ?」
午前分の座学が終わり、午後の授業が始まるまでのんびりと煙を吐いていた家入は、あまりにも突拍子の無い提案に、大堰も遂に壊れたと確信した。
大堰の言っていた付き合うとは以前実験段階で試した『擬似無下限』の改良試験の事だった。
「結構荒れてんね」
「最近は水仕事が増えたからな」
学年が上がり、医療分野でも反転術式を持つ家入が関わる領域が格段に広がった。
「今度ハンドクリームでも買ってくっかな」
「優しいかよ」
「せっかく綺麗な手なのに痛そうなの嫌じゃん」
展開の起点になる左手とは別に人の右手まで拘束して弄ぶ大堰を振り払うのも面倒で好きにさせていた。
「ど?」
「何が?」
「今、ほぼ全身覆えたと思うけど、違和感とかねえ?」
そう言われてみても、なんら変わったところは見当たらない。以前感じた水に浸る様な感覚もない。
「前から思ってはいたけど、研究熱心だな」
「そーかー?そうゆうのは悟の方じゃねえ?」
「まあ、五条はな。どちらかと言うと新しいゲームを攻略してるようにも見えるな。特に最近は」
聖漿体の一件以降、五条は目に見えて変わった。
その変化が良いか悪いかは現段階では判断できないが、同期の中で元々抜きん出ていた者が今更に、1人で前に行こうとしている。
そんな気がしてならなかった。
「オレは自分が弱っちいのわかってっからさ、
悟達みてえに優秀なわけでもねえ。硝子さんみてえに立ち位置が確立されてるわけでもねえ。
有用ではあるかもしれねえけど、同期ん中じゃオレが1番変えが効く」
そんな事はない。とは言えなかった。
大堰の言っているのが変え難い事実である事もあるが、何より悲観していないのがみて取れたから、あえて言わずとも良いと思った。
「案外この場所が好きなんだわ。
取って変わられんのも癪に触るから、可能な限りしがみついてやろうと思ってな。
やるだけの努力はやってやるさ」
ニヤリと口元だけで笑ってみせる大堰に、変わっていないと言う安心感が募った。
「はは、きっしょ」