2006年8月
「お前、それ悟にも言ったんか」
「言ったね、少し前だけど」
「喧嘩んなったろ」
「なった」
「だろうな!めっちゃ想像つくわ」
良くも悪くも五条は呪術師の世界の人間だ。生まれついての術師で、そうある様に英才教育を受けた人間だ。
他者を気遣うなど奴の中には存在しないだろう。
もしそんな事ができるとしたら、紛れもなく夏油のおかげだ。
「…弱者は守るべきってのは分かる。
唯、それが非術師か術師かは別の話だとオレは思う」
大堰に向けられたのは、何言ってんだコイツ、と言わんばかりの表情だった。
それでも、漸く視線があったことで大堰は饒舌になっていく。
「呪術師なんざ、基本クソ野郎でイカれてるけどさ、非術師にだってクソ野郎はいるし、やべえぐらいイカれた奴だっているさ。
そんな奴らを守るためにオレの大事な人達が死ぬなんざ、オレは到底許せない」
「世那にも大切な人っているんだ」
夏油からの質問としてはなかなか不躾だったが、大堰は特に気にした様子はない。
寧ろ、何か不思議なことを言われた様にきょとんとして首を傾げた。
「お前らのことだけど?
知らねえ非術師のために死ねって言われた全力で抵抗するけどさ、お前らのためって言われたら、まあ、いいかなってなるな」
「それはちょっと、重いな」
「はあ?喜べよ」
一頻り笑いあった後、改めて見た夏油の目元に色濃く刻まれた隈に気がついた。
「押しかけといてなんだけどさ、寝れてねえの?」
「少しね。そんなに分かりやすいかい?」
「目の下真っ黒よ」
指先が触れた夏油の肌からはひんやりとした体温が伝わってくる。
「世那の手は暖かいね」
「子供体温なのーんなことより、お前ちょっと寝た方がいいぞ」
夏油をベッドに無理矢理押し込む。
家主を寝かしつけておいて居座るわけにもいかないだろう。
そう思い部屋を出ようとしたところで、背後からの引力に転びかけた。
「居ていいよ」
「…オレ暇じゃん」
「本でも読んでてよ」
妙な我儘だ。しかし、それを振り払うほど大堰も冷たくはない。
夏油の部屋にずらりと並んだ小説から1冊抜き取った。知らない作家の知らない本だ。
たいして興味のある内容では無かったが、聞こえてきた穏やかな寝息に免じて暫くここに居ることにしてやろう。