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愚者の王冠

昼時でごった返すテレビ局内を人並みを掻き分けて歩く…必要などなく、バラエティ収録を終えたŹOOĻの4人が揃って歩く道は周りの人たちの方が避けていくようだった。

「なあ、お前らこの後って…」

「ドラマの打ち合わせがありますね」

「僕は雑誌のインタビュー」

「俺も雑誌の撮影があるな」

「何トウマ暇なの?」

「いや、暇ってわけじゃねえけどさ」

ありがたいことに各々仕事を任され忙しくしている。自分とて、午後からはまたバラエティの収録が控えている。

「せっかく全員で集まってるし、昼飯でも行かねえかなって思っただけなんだけど」

せっかくだなんて、1人で浮かれていたようで少し恥ずかしい気もする。
忙しいメンバーたちを自分の都合で引き止めては悪いし、何処かで適当に済ませることにしよう。
そう結論づけたトウマは背後から聞こえてきた態とらしすぎ咳払いに振り返る。

「でもまあ、撮影まではまだ時間があるしな」

「そ、そうそう!トウマがどうしてもって言うなら行ってやらないこともないけど」

「でしたら私、この間教えていただいたお店に行きたいです」

わかりにくいようで分かりやすい仲間たちに皮肉が出るより早く顔が綻ぶ。

「いいな!じゃあその…」

ミナのいう店に行こう!そう続くはずだった台詞は前方不注意の背中に受けた軽い衝撃に消し飛んだ。

「あうっ!ご、ごめんなさい…」
「わるい!」

反射的に振り返ったトウマの視線がゆっくり下げられる。
トウマ自信そう背の高い方ではないのだが、衝撃の相手はそれより頭一つ分ほど低く、ライバルグループで1番小柄な彼より小さいのではないだろうか。

「大丈夫か?ちゃんと前見てなくて、わるいな」

「僕、も、前見てなかったから…ごめんなさい」

テレビ局にいるのだから、どこかの事務所の子役だろうか。
和服の種類には詳しくないので名前まではわからないが、大河ドラマなんかで子役が来ているような着物。
声からして男ではあるのだろうが、俯きがちな頭をすっぽりと覆う薄手の布のおかげでその髪が茶色っぽいということぐらいしかわからなかった。

「お怪我はないのですね」

「ない、です」

視線を合わせようとしたミナミから逃げるように布を頭に巻き付ける。

「人が多いですから、走ってはダメですよ」

「ぶつかったのがトウマでよかったよね。トラオだったら慰謝料とか請求されそう」

「そんなことはしない」

「お前1人か?親とかマネージャーとかは」

「僕は…」

「フツくん!」

その声が聞こえた瞬間、縮こまっていた体は瞬間移動でもしたようにトウマの背後に縋りついた。

「あ、ŹOOĻの皆さん、お疲れ様ですー」

駆け寄ってきた女性には見覚えがあった。
何度かŹOOĻを特集してくれている雑誌の編集者だったはずだ。名前まではすぐに出てこないけど、

「ずーる?」

「俺たちのグループ名だ。知らないのか?」

「…しらない」

布の下から一人一人の顔をじっくり観察して、思考して、その上で放たれた声は酷く平坦に聞こえた。
本当か。嘘をついたようには聞こえなかった。
演技だろうか、結構有名になったと思っていたけど自惚れていただろうか。
なんとも言えない空気を食い破るように柏手が鳴る。

「えっと…フツくんごめん!
無理言っちゃったよね、さっきのオーダーは無しにするからね、最後にもう少しだけ撮らせてくれないかな?」

トウマの衣装を遠慮がちに引きながら、その影から小さな白い塊が顔を出す。
スルスルと肌触りのいい布が頭を滑りツンと尖らせた唇が見えた。

「ほんと?」

「うん!ほんとほんと!
元々NG出てたもんね、私たちもテンション上がっていきすぎちゃったから、ごめんなさい」

「…オーダーが出たら答えるのがプロでしょ」

「ハル!」

するりと抜け出した小さな背中に冷たい礫が投げられる。
要求に、期待に応えるのが仕事だ。だからと言ってそれを強要するのは違うのじゃないか。
咎めるトウマの声からハルカは不服そうに顔を逸らす。

「僕らはアイドルなんかじゃないから」

スッと伸びた背中、迷いなく踏み出される一歩、纏う衣装を持て余すことなく操る姿はさっきまでの小さい子供とは別人に見えた。
ふわりと飜る布の下から冷たいブルーグレーの瞳が微笑む。

「ありがとう、ずーるの兄さま方。
僕の名前は、布都有人。また遊んでね」
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