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愚者の王冠

「二階堂さん入りまーす」

「よろしくお願いします」

主演とバディを変えて繰り返し撮影されている連続ドラマ。撮影スタッフはあまり入れ替わりがないのか、現場はどちらかというと和やかな雰囲気だった。

「おはよう、大和くん」

「おはようございます。早いっすね」

ドラマの主演であり、今日から数週間の相棒役でもある先輩はどこか浮き足だったような珍しい表情をしていた。

「監督が口説き落とせなくて空いてた役あったでしょ?
あそこにその相手からの推薦の子が入ったんだって」

「結局ダメだったんっすね」

本作の監督は長年連ドラを任されるだけあって、堅物とまでは言わないが中々に拘りの強い人だった。
自分の目当ての役者がキャスティングできなければその役自体カットしてしまうという噂まであった。

「ほら、あの子だよ」

千の白い指の指す先には今日使用する背の高いセット、その上にぶら下がる少年?

「は!?」

「スタントもやるんだって」

セット最上部の金網に足を引っ掛け、ゆっくり手を振るとその勢いのまま飛び降りた。

ダンッ!

足元から腹に響く重たい物が叩きつけられる音に思わず目を逸らす。
スタントって普通、落下地点にはクッションなどを置いて安全対策する物じゃないのか。

「うーん…もう少し音を抑えられるかな?」

「…了解」

映像とディレクターの指示を確認すると少年は何事もなかったかのようにまたセットを上り始めた。

「すごいよね彼。さっきまで他のスタントの確認もしてたんだよ」

「いや!呑気だな!」

あれではスタントというより転落だ。いつか取り返しのつかない事故が起きるぞ。
肝を冷やす大和を他所に少年の声がスタジオに響いた。

「いきます」

これから、ほんの少しでも何かがズレたら死んでしまうかもしれない場所に頭から飛び降りるというのに、その声はあまりに無造作だった。

先程と全く同じ動きで腕を振り、その反動で体が宙を舞う。
しなやかに半月を描いた少年はふわりと地面に降り立った。

「いやー流石だねー!」

「「お疲れ様です!」」

拍手を響かせながらスタジオに入ってきた初老の男性にスタッフが一斉に頭を下げた。

「お疲れ様です、監督。よろしくお願いします」

「千くん、二階堂くんも、こちらこそよろしくね」

千に倣い頭を下げた大和の肩を軽く叩き監督は朗らかな笑みを浮かべる。

「紹介するよ。
本シーズン第一話のゲスト俳優の蛍くんだよ」

「天羽蛍です。よろしくお願いします」

監督の手招きで駆け寄ってきた少年は近くで見ると想像よりずっと大人びていた。
深い藍色の髪をハーフアップに留めた少年がペコリと頭を下げると監督は孫でも自慢するかのように彼の背中を叩く。

「この子はねえ、昔僕が気に入ってみてた劇団の隠し球なんだよ」

「…ただ見習いだっただけですよ」

困ったように下げられた瞳は飴色とでも言うのか柔らかい色をしていた。

「へえ、じゃあ演技経験はあるんだ」

「板の上ならそれなりに。カメラの前は初心者ですよ」

お手柔らかにお願いします。なんて涼しい顔で言ってのけるのは肝が据わってるのか、裏打ちするだけの自信があるのかよくわからない。

ちょっと九条や棗ちゃんに似てるな。
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