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( Simile a te )
いつだったか、何となくこんな話を食事中に話したことがある。
『もし私たちに子供が出来たら、どっちに似るかな?』
本当に“何となく“の質問だった。そんな気まぐれの問いかけに、あなたはふっと笑って「俺には似て欲しくないな」なんて当たり前のように答えたね。
エッジの端っこに佇む小さなアパートの一室でバタバタと慌ただしい音が響く。足元に散らばった衣類や雑誌を掻き集めクローゼットに乱雑に押し込み、そこら中のホコリを落として箒で集める。まさに大掃除だ。年越し前?そうではないけど今日は部屋を綺麗にしなければならないイベントが待ってる。
もうすぐ、彼が帰ってくる。
·····そうしたら、まず言わなきゃならない事がある。
ソワソワと浮き足立つ。いつもはこんなに緊張することは無いのに、今日はいつもと違う。嬉しさと不安が入り交じる複雑な感情が私を落ち着かせない。帰ってきたら·····といらない感情を振り切るように家事に没頭した。
ここずっと体調が芳しくなくて思うように動けない日が続いていたからなんとも片付け甲斐のある部屋に思わずため息が漏れる。毎日見てれば慣れる光景だけど彼からしたら驚愕ものだろう。それだけは避けたい。
ある程度片付いたらもう夕方になっていた。慌てて台所に駆け付け予め作っておいたシチューの鍋に火をかける。好きな食べ物は?って聞くと答えは決まっていつもこれ。子供の頃から変わらないらしい好物を眺めてふふと笑みがこぼれる。そういうとこが、好きなんだよね。好きなものには一途というか。
もちろん他にも好きな所はたくさんある。
興味ないね、っていう癖に何だかんだ面倒見が良いところだとか、意外に怖がりだとか、カッコつけといてどっか抜けてるところとか、無駄に顔が良いところとか、強がる割にがっつり乗り物酔いしちゃうところとか…
「ナナシ…それ、褒めてるのか?」
「びゃ!!!!」
背後から突然聞こえた声に全身が飛び跳ねた。振り返ればそこには帰りを待ち焦がれた人が苦笑いで立っていて、嬉しいはずなのに状況が読めずに目が点になる。
「く、クラウド!?いつの間に帰ってたの!?」
「今さっきだが…チャイム鳴らしたのに気づかなかったのか?」
「えーーっ気づかなかった!」
どれだけ自分が妄想に耽っていたのかを考えたら恥ずかしくて顔が熱くなる。クラウドの事を考えすぎて本人が帰ってきていることに気が付かないとか!…しかも、だ
「もしかして、私、声に出てた?」
「…はっきりと」
「あーーーーっ」
嘘でしょ!穴があったら入りたいくらいだわ!
「うっうっ·····恥ずかしい·····」
「まあ、気持ちはよく分かった。·····で」
「で?」
「久々に帰ったのに、何も無しか?」
少しだけ照れくさそうに、両手を広げてくるクラウドにはっとさせられて、勢いよくその胸に飛び込んだ。
「おかえり!クラウド!」
「あぁ、ただいま、ナナシ」
ギュウッと抱きしめる腕に力を入れればそれに比例するように彼の力も強くなる。久しぶりのクラウドの香りを思い切り鼻いっぱいに吸い込んだ。会ったらいつもしてしまう私のクセ。ああ、クラウドだ、落ち着く。
肩に顔を押し付けるのはクラウドのクセ。スリと擦られれば柔らかい髪が擽ったくて身を捩る。いつもされるけど擽ったいのはどうしても慣れないんだよね。
「ね、ご飯にしよう?」
「ああ、いい匂いだな」
「待ってね、今用意するから·····」
張り切って沢山作ったの!と中を見せようと鍋の蓋を開けた。しかし、立ち上がるシチューの香りに突然吐き気が込み上げ「うっ」と口を抑えてしまった。しまった、最近落ち着いてきてたのに。それは一瞬の出来事だったが、クラウドは見逃しておらず、慌てて駆け寄ってくる。
「ナナシ、大丈夫か」
「あーうん、大丈夫」
「前から体調が優れないって言ってたがまだ本調子じゃないのか?」
どうしよう、心配そうな顔してる。
ちゃんと話さなきゃいけないのは分かってるんだけど、今夜話すって決めてたんだけど、すんなり言葉に出てこないのはやはり不安なんだろうか。
「病気は行ったのか?」
「·····行った」
「医者はなんて」
「あ、の、クラウド、落ち着いて聞いて?」
歯切れの悪い声が出る。合わせづらかった目線を何とかクラウドの魔晄の瞳に絡める。透き通るような青はユラユラとぐらついていて、ああ、心配させてるな。ちゃんと、言わなきゃ。
「あの、ね」
お互いの唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。
「妊娠·····したみたいなの」
「·····え·····?」
「3ヶ月、だって」
「さんか·····げつ?」
思いの外気の抜けた返事が返ってきて少し驚愕させられた。言葉を反芻するだけでクラウドはぽかんと口を開いてしまっている。もっと他に反応はないのか、もしや妊娠の意味分かってないとか?!
するとクラウドは少し俯いて黙り始めてしまった。
あ、これは·····困惑してるのかな·····?
ずっと奥にあった不安が次第に大きく膨らんでくる。嫌な予感すら過ぎるこの沈黙の時間が苦痛でしかなかった。
「く、ら··········っ!」
どうにかしたいと名前を呼んだ、はずだったのに発した言葉は引き寄せられた彼の胸に押し消された。さっきよりも抱き締める力が込められ、息苦しささえ覚えてしまう。
「本当に·····?」
か細い、震える声が耳に入る。彼の腕の中で、コクリと小さく頷くと、その腕の力は少しだけ緩められた。何を、話す気でいるんだろう·····勝手に手が震えてくるのが分かる。
「はぁーー良かった·····」
·····は?良かった??良かったとは??
「えっと·····?」
「ずっと体調が悪いって言うから病気なのかと心配してたんだ」
「あーーなるほど·····」
それは心配かけてごめん·····って!問題はそうじゃなくて、妊娠してるんだよわたし!
「あの!産んで、いいの?!」
付き合いは長いとは言え、まだ結婚してる訳じゃないのだから一番気になるのはそこだった。クラウドはダメだ、なんて言う人じゃないのは百も承知だけど確かな言葉を貰うまで過ぎる不安はずっと拭えなくて。勢いで発した言葉にクラウドは一瞬キョトンとした後、ふっと小さく笑った。
「ごめん、不安にさせたよな」
するとクラウドはポケットに手を入れ何かを探しだした。
「もっと早く言うつもりだったんだ」
勇気が出なくて遅くなった、と手に持っていたのはシンプルなデザインのシルバーリング。
「ナナシ、俺と結婚してくれないか?もちろん子供も産んで欲しい」
一瞬、何が起こっているのか分からなかった。黙って差し出されたリングを見つめていると沈黙してることが気になったのかクラウドが「ナナシ?」と顔を覗いてくる。
クラウドを見ようと顔を上げても、何故か視界は滲んでいた。気が付いた時には私はボロボロと瞳から涙を零していて、私の中に積もった不安も一緒に洗い流されていくようだった。
「はい·····っ!クラウドとこの子とずっと一緒にいたいよぉ」
「ああ、俺もだ」
ニコリと微笑み、私の左手を手に取り、持っていたリングを薬指にゆっくり通していく。こんな場面をずっと夢見てた。
「クラウド、大好きだよ」
「ああ」
照れくさそうにはにかむ彼が愛おしくて、またギュッと抱き締め合った。温めていたシチューは冷めてしまったかもしれないけど、また温め直したらいい。今はこっちの温もりを感じていたい。
「ねえ、どっちに似るかな?」
またいつかの質問を再び投げかける。クラウドはまたいつもの困り顔で、
「ナナシに似て欲しい」
なーんて言ったけど、やっぱり私はクラウドに似て欲しい。
こうして抱き締めてる間も私のお腹に触れてくれるあなたのような優しい人に、この子にもなって欲しいんだ。
<end>
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