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( お疲れハロウィン )
「ぜっっったい!いや!!」
決して狭くもないオフィスの隅まで反響する程の叫び声に、タークスの面々は思わず耳を塞いだ。声の主はわなわなと体を震わせながら、顔を真っ赤にして皆を睨んでいる。皆で囲むテーブルの上には乱雑に散らばったトランプ。それを眺めながら赤毛のタークスが小さく溜息をついた。
「嫌も何も、ババ抜きに負けた奴がやるって決めたのお前だぞ、と」
レノの返しにぐうの音も出ない。トランプを始める前の自分を叱りたい気分だ。
社員の士気を高める目的で考えられた毎年恒例タークスのハロウィン企画で、各部門にお菓子を配る役をババ抜きで決めようと言ったのは確かに私。ババ抜きには自信があったのに、まさかの惨敗。ここはさすがタークスと言うべき?いや、私もタークスなんだけど。
「そもそも何でタークスがこんなこと」
「仕方ないだろう、これも大事な仕事だ」
当たり前のように主任にぴしゃりと言いつけられその場に項垂れる。主任が負けて着ぐるみとか着れば良かったのに、という言葉は何とか飲み込んだ。こんなこと言ったら後が怖い。
「じゃ、約束通りこれ着て行ってこいよ、と」
レノがこれ、と指さす先を見てまた絶句する。ルードが両手で広げて見せてくれた仮装衣装は、予想以上に私を絶望させた。イリーナが「着るの手伝いますから!」と笑顔で言ってくるけど、全く耳に入ってこない。これを羞恥プレイと言わずしてなんと言うのか。
神羅のハロウィンが今始まる!!
***
「つ、疲れた……」
お母さん、私頑張ったよ!と心の中で自分を褒めながら、ぐでんと力無く廊下を歩く。何とか全部門にお菓子を配りきってきた。顔が引き攣りそうな程の愛想笑いと「ハッピーハロウィン!お菓子をあげるから頑張って下さいね♡」の声掛けは我ながらアッパレだったと思う。度々浴びせられた男性社員の視線に今でも吐き気がしそう。助手としてついてきていたレノが「ご苦労さん」と肩を叩いてきた。やっとこれで終わりか…
「後一つ、ここで最後だぞ、と」
その言葉には?と首を傾げる。さっきも確認したけど、全部門回り終えたよね?目をぱちくりさせてレノを見ると奴はクイっと顎で横を指し、そこに佇む扉を見て固まった。
「い、いや!ここはレノが行って!」
「あ?そりゃ無理だ。主任が今年の係はお前だって既に報告済みだぞ、と」
恋人が心待ちにしてるぞ、とニヤニヤと笑うレノとしれっとチクる主任が憎らしい。そりゃ行けと言われたら行くしかないし、扉の向こうにいるであろう彼から逃げられる気もしないけど、この格好はさすがに見せたくない。恋人だからこそ尚更恥ずかしい。
「あのさ、着替えてからでもいい?」
「馬鹿言ってないで早く行けよ、と」
「む、無理無理!こんな姿見せられない!」
「だーいじょうぶだって、十分可愛い可愛い」
つべこべ言わずさっさと行け!とレノに肩を掴まれ強引に部屋に押し込まれた。ちょっと!扱いが酷くない!?
一歩入ったと同時に、大きい音を立てて扉が閉まる。待って、とレノの名前を呼ぼうと扉に向かったが、後ろから聞こえる穏やかな声にゾクリと背筋が凍った。
「何だ、ノックも無しに入ってくるとはマナーがなってないな」
もう逃げられないと悟った私はギギギと鈍い音を立てて後ろを振り向く。視線の先には、厳しい言葉とは裏腹に楽しげな表情を浮かべる社長がそこに鎮座していた。真っ直ぐな瞳に思わずたじろぐ。社長は私の姿を上から下まで舐めるように眺めて眉を顰めた。
「今年の係は君だと聞いてはいたが、まさかそれで?」
それ、と言うのは今日の私の格好。ハロウィンらしい大きな帽子と可愛いステッキが特徴の魔女っ子の衣装なのだが、大人仕様になっていて胸元が大きく開き、スカートは短く足が丸見え。大方、選んだのはレノあたりだろう。如何にも男が喜ぶ格好。男性社員の視線を集めたのはこれのせいだ。
社長の視線が鋭くなる。無言の威圧感に怯えながら恐る恐る頷くと彼は「そうか」と意外にも普通の返事を寄越した。もっと何か言ってくると思ったからキョトンとしていたら、社長がふっと笑った。
「私には言わないのか?」
「は?……と言いますと……?」
「ハロウィンに仮装をした子供が菓子を貰う為に言う合言葉があるだろう」
「私子供じゃないんですけど!」
突然の子供扱いに反論しても、クスクスと愉快そうに笑うだけ。何をしてもこの人のペースに呑まれちゃうからやっぱり彼には敵わない。「で、どうするんだ?」と言わんばかりの期待の視線を向けられては、最早抗う術も見当たらない。
「うぅ……とりっくおあとりーと……お菓子をくれないと悪戯するぞっっ!!」
半ばヤケクソでお決まりのセリフを吐く。羞恥に耐えれず顔が熱いまま社長を睨むと、彼は至極満足気に微笑んだ。そしてゆっくり椅子から立ち上がり私の元へ歩み寄ると、持っていた籠から社員達に配り余った飴を一つ手に取った。カサリと包み紙を剥がし、キラキラと光る飴玉を私の目の前に差し出した。
嘘、食べさせてくれるの?いつも何かしら意地悪な社長が珍しく甘いことに少し驚きながらも、優しく微笑む社長を疑うことはせずに素直に口を開いた。·····が、
パクッ
「あっ」
私の口に入ると思った飴玉は社長の指を離れることなく弧を描いて彼の口の中へ。ポカンとその光景を眺めてると、飴玉を口に含んだまま口端を吊り上げニヤリといつもの意地悪な笑みを浮かべられ、一気に顔の熱が上がる。
「か、からかいましたね?!」
「クク、間抜けな顔だな」
「もうっもうっ」
「まあそう怒るな、まだやらないと言ったわけではない」
ポカポカ叩いていた手をあっさり受け止められ、片手で顎を掴まれるとクイっと持ち上げられた。彼のブルーの瞳とぱちりと目が合うと、その美しい口が薄く開く。隙間から見えるのは先程放り込まれた輝く宝石玉。ま、まさか……
「欲しければ取りに来い」
あぁもうやっぱり!彼の意地悪心は相変わらず底抜けのようで!
舌の上に乗せた飴玉をチラリと見せながら、試すような目で私を見下ろすこの人は本当に意地悪だ。毎回彼の手の平で転がされることくらい分かっているのに、恥はあるものの悪い気がしない辺り私は十分彼にハマってしまっているらしい。
顔が熱い。きっと真っ赤に火照っていそうだ。だけどそんなことを考えるのはもう諦めて、背伸びをしながら社長の唇に自身のそれを合わせた。ちゅっとリップ音を鳴らしてキスをした後、彼の下唇をやわく食む。何度かキスはしたことがあるけど今日ほど緊張するものは無い。開いた隙間から控えめに舌を滑り込ませ、ぎこちない動きで彼の舌に乗る飴玉を掬い取ろうと絡めさせる。初めてのことで上手く飴を見つけられない上に、どちらのか分からない唾液が口端から垂れてくるのを感じて余計羞恥心に駆られる。社長は静かに身を委ねるだけ。
しばらく奮闘してようやく飴を自分の舌に絡ませることができた。ホッとして舌から落とさないように慎重に唇を離そうとしたその時、さっきまで無力だった彼の手によって後頭部を強く固定された。
「んんっ!?」
驚く間のないスピードで、社長の唇が今度は深く合わさってくる。大事に抱えていた飴は強引にねじ込まれた舌に再び絡められ、飴と一緒に私の舌にまで巻き付いてくる。唾液一滴をも零さないように口の中を強引に、でも優しく味わわれ、優しいレモンの味が口いっぱいに広がる。深くて甘いキスに翻弄されて、頭の中が蕩けてしまいそう。
「ん…っは…しゃちょ…んん」
いつもより長いディープキス。ただ身を任すしかできなくて、ぎゅっと目を瞑っていた。やがて彼の唇がゆらりと離れ、離れがたいことを表すかのようにちゅっと軽くとどめのキスを残す。どれだけの時間こうしていたんだろう、いつの間にか口の中の飴玉は見当たらない。まさか、キスで飴を全部舐めきるなんて…。余韻でふらつく身体を社長は優しく抱き留め、満足そうに喉を鳴らした。
「お互いに味わえていいだろう?」
「…意地悪」
「私より先に、この姿を余所に見せた仕置きだ」
…あ、やっぱり怒ってたんだ。表情に出さない所はさすがトップと言うべきか。
まあそれでも、少しでも嫉妬してくれたのならちょっぴり優越感。慣れないことをしたこともいい思い出になりそう。もう、こんな格好は二度としないけど。来年はイリーナにしてもらおう、そうしよう。間違ってもトランプで決めようなんて今後一切考えないでおこう。
「えっと、ごめんなさい」
「次からは私の前だけにしてもらおうか」
「…え?次もあるんです?」
神羅のハロウィンイベントはこれからも続く…ハッピーハロウィン♡
〈end〉