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( Buona notte )
シトシトと降り続く冷たい雨に打たれながら暗い路地を走る。
纏っている物をじわじわと湿らせれば、熱くなった体温をも奪っていく。それは興奮で昇りきった頭も落ち着かせ、私は路地の奥で静かに足を止めた。いつもは気にならない小さな街灯の光が今はやけに眩しい。
段々と雨の勢いが強まり、雫が肩に頭にパタパタと落ちては指先まで滴り落ちる。全身がしとどに濡れていく感覚がとても心地良いのは、この雨なら全てを洗い流してくれるかもと心の何処かで考えているから。
足元に溜まる水たまりを見つめながらふと過去を思い出す。初めて任務で人を殺した日も確か雨の日だった。
訓練していた通りに、ターゲットを目掛けてハンドガンの引き金を引くのは意外にも簡単で、撃った瞬間は呆気ないとさえ思ったものだ。難易度の高い任務を無事にこなした高揚感が、僅かな罪悪感をも容易に蹴散らしていった。この仕事向いているかもしれない、と若さ故の浅はかな思考は私を狂わせていった。
しかし容易だと思っていたのは最初だけで、蹴散らした筈のものは知らない内に少しずつ私の心を蝕んでいたことに気付いたのは何時だったか。手にこびりついた血の匂いが毎日の様に鼻をつき、度重なる悪夢に悩まされるようになった。自然に睡眠時間は減り、夜な夜な酒に溺れどこぞの誰とも分からない好きでもない男と一夜を共にする日々を過ごしている。
だけど今日は誰とも会いたくない気分だった。何故だか人と話す気力もないくらいメンタルがやられているらしい。それはあの日と同じ雨だからなのか、分からないままここに辿り着いた。
この仕事に就くことの覚悟は疾うに出来ている筈なのに、一層のことモンスターにでもなれた方がゆっくり眠れるのかもしれないな、なんて馬鹿げた考えまで過ってしまった自分が心底情けない。
こんな時はとにかく何も考えない方がいい。今夜は街灯の当たらない場所で闇に溶け込む様に黙って壁に身を寄せて夜明けを待つ。雨に濡れた壁はひんやりと私の背中をじわじわと冷やしていく。やっぱり一人は楽で好きだ。
「探したぞ、と」
突然、落ち着いた低い声が聞こえると同時に、暗闇の中に薄明かりを灯したように私の前にふらりと現れた赤。さっき共に任務を終え別れた筈なのに、何故か目の前にいるレノは静かにこちらに歩み寄り、私の頭上にさして大きくもない傘を差し出す。心なしか肩が濡れているのは、ここまで急いで来たことを物語っているようだ。
「探してるなら電話でもしてくれたらいいのに。」
仲間にこんな姿を見られたくなかった。傘からはみ出て頭から濡れ始めるレノを見上げて拗ねるように言うと、彼は不機嫌そうに眉を顰めた。
「いつから家に帰らなくなった?」
真っ直ぐに彼の薄緑の瞳が私を射抜く。聞かれたくないことを聞かれ私は思わず目を逸らした。その様子にレノは、はぁっと深めの溜息をつく。
「大体想像はついてるぞ、と」
「放っておいてくれた方が有難いんだけど。」
「睡眠不足で任務に支障が出ると困るんだよ。隈、酷いぞ。」
少し怒りを含んだ低い声。意外にプロ思考な彼は私の体調管理の悪さにご不満なんだろう。今お説教は聞きたくないんだけどな·····。何も答えず俯くだけの私に、レノが「なぁ」と再び口を開いた。
「俺と寝ろよ」
は?突然の提案に口がポカンと開いてしまった。それはどう言う意味の寝ろなのか。
「えっと、それは…」
「他の男とっかえひっかえするくらいなら、俺でいいだろ。」
いいだろの意味が分からないんですけど。それ以前に、私とレノはそういう関係ではないはずだ。
「レノが私を抱いて寝てくれるの?」
「お望みとあらば、気を失うまで抱き潰してやるぞ、と」
レノはしかめっ面から一転して挑戦的な笑みを浮かべている。俺と遊べ、と言いたいのだろうか。正直な話、レノはいい男だと思う。女の扱いに慣れている彼と関係を持つのは好都合なのかもしれない。だけど…
「勘弁して、仕事仲間と遊ぶつもりは欠片もないの。」
仕事仲間と迂闊に関係を持ってしまえば、感情移入してミスを招きかねないと思ったから、それ以上の関係は望まないことを告げた。レノは何も言わない。
だからもうこの場を去ろうと、ひらひらと手を振りながらレノの脇をすり抜けようとした瞬間、手首を強く掴まれ思い切り後ろに引き戻された。ダン!と音を立てて背中が壁にぶつかる。衝撃で瞑っていた目を開けば、顔の横にはレノの手があり、さっきよりも近くなる身体。バサリと音を立てて傘は地面に転がり、雨が私たちを容赦なく濡らしていく。
「遊びなんかで終わらせてたまるか、他の野郎どもと一緒にすんな。」
もう少しで唇が合わさってしまうくらいの距離で、真っ直ぐ私を見据えられ私の胸がドクンと跳ねる。そして告げられた言葉に目を見開いた。おふざけかと思っていたものは、意外にも本気だったみたいだ。仕事以外でこんな真面目な顔、見たことが無い。
「なぁ、もっと頼ってもいいんじゃねーの?仲間だろ。」
一人になることに慣れたはずなのに、そう言われると嬉しくなってしまうのはメンタルが弱っているからなのだろうか。いつもなら軽くあしらうのに、レノの瞳に囚われて何も言えない。戸惑う私に追い打ちをかけるようにレノは私を優しく抱き寄せながら耳元で吐息混じりに「あー、うそ。」と呟いた。
「本音は、俺以外の男んとこにお前をやりたくねーだけ。」
囁かれた耳がほんのり熱い。雨に打たれて熱でも出したのかもしれないと現実逃避したくなるけど、レノの言葉が嬉しいという感情はどうやら隠せそうになくて、「だから俺んとこ来いよ。」と言われ小さく頷いてしまった。
仲間と関係を持たないと決めていた筈なのに、ふわりと笑うレノの顔を見て、この選択はあながち間違いではなかったのかもしれないとまで思ってしまう。
レノの手が私のそれと重なる。血に濡れたその手は酷く冷えた筈なのに、繋がれた場所はじんわり温かくて。
あぁ、私、一人が好きだなんて嘘だ、と気付かされた。
その夜、私とレノは抱き合って眠った。
手にこびり付いた血の匂いはレノの香りに掻き消され、不思議と夢は見なかった。
こんなにゆっくり眠れたのは久しぶりだな。
<end>