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( 上を向いて )
見上げれば青々と広がった空、そして輝く太陽がそこにあるのに。
いつからだろう、目を背けるように下を向いて歩くようになったのは。
「よっ!今日も頼むよ!」
ドアが開く音と共に大きな声がマテリアルームに響き渡る。比較的地味な人が多いこの場では少々やかましく感じてしまう。大量の魔鉱石を抱えた青年はズカズカと足音を立てて、端で静かに作業している私の隣まで来た。
「ザックス…またこんなに溜めて!こまめに持って来いって何度言ったら…!」
「ごめんって!ちょっと用事が立て込んじゃってさ!このとーり!」
顔の前で手を合わせながら必死に謝る姿がなんとも彼らしい。仔犬のような表情でお願いされては怒る気が失せてしまう。
何故か、彼はいつも私に依頼をしてくる。他に研究員が沢山いても、どんなに死角にいても、彼は私の元に来るのだ。結局、押しに負けてその淡く光る魔鉱石を受け取るのはもはやいつものパターンになっている。
「なんだかんだ言ってすぐ引き受けてくれるから助かるよ!」
ニカっと笑うその笑顔は太陽そのもの。私にはその輝きは眩しすぎて、いつも目を逸らしてしまう。
温かく、心地よい、包み込むような光。私の彼の印象はまさに陽だった。
「はい、できたよ。」
「はやっ!うわーサンキュー!!」
出来上がったマテリアを一つ彼に手渡すと、その瞳はまた輝きを増す。まるで新しいおもちゃを貰った少年のよう。背負っていた大きな剣を取り出し穴にマテリアを装着して、早く使いたい、とウズウズするあどけなさに私まで笑みがこぼれた。ソルジャーというのは変わった人が多いイメージだけど、ザックスは特に印象が濃いと思う。
特別に見えているのは、私が彼に惹かれているからなのかもしれないけど。
「な、いつも世話になってるお礼にさ、今度飯行かない?」
「…仕事でしていることだから、お礼なんていらないよ。」
「あー、いや、俺が、もっと話したいんだ。お前と、二人で。」
もっと、可愛く返事ができないものかと嘆いたけど、ザックスはそんなことお構いなしに私の心にどんどん入り込んでくる。そこが素直になれない私にとって救いだったし、すごく好きだった。控えめに、いいよ、と答えると、輝く笑顔で喜んでくれた。
「じゃあさ、今度の任務が終ったら、連絡するよ!」
楽しみにしてるな!と颯爽と走り去る彼の背中とバスターソード。
それが、私が最後に見た彼の姿だった。
***
渡し忘れていたマテリアがあったのでソルジャールームの前をウロウロしていたら、カンセルさんという人がザックスは任務先で殉職した、と教えてくれた。ソルジャーの世界は死と隣り合わせなことくらい理解していた。なのにしばらく頭が追い付かなくて、視界がモノクロの世界に包まれる。もう会えない、その事実を受け入れるには想像以上な時間が必要だったようで、何故か涙も出ずに、ただ、呆然と足元を見つめた。
それから五年の月日が経っても、あの時渡せなかったマテリアを見れば、嬉しそうに魔鉱石を抱えた彼の姿が鮮明に思い出せる。実はまだ彼は生きていてある日ひょっこり「久しぶり!」と目の前に現れるんじゃないかと淡い期待を抱いてしまうほど。
でも、逆に空を見上げれば彼が遠くに行ってしまったと思い知らされるようで、いつの日か私は上を見上げられなくなった。現実を拒絶するように、下を向いて歩くことに慣れてしまった。
「もっと話したかったのにな。」
ぼそっと呟いた言葉は誰にも届くことは無い。緑色に光るマテリアに向かって何かを呟きながらトボトボと帰るのが日課になった。傍から見れば変人だろう。でも俯きがちに歩く私には関係のない事だった。
「…あっ」
突然、強い風が押し寄せてきて体がふらつき、手に持っていたマテリアを落としてしまった。
「ま、まって!」
コロコロと転がっていくマテリアを慌てて追いかける。それがないと、私にはもう縋るものが無い。
必死で走ると、マテリアは誰かの足元で止まった。
良かった、と胸を撫で下ろし、足元のマテリアに気付いた男に視線を向けた。
「…っ!」
「これ、あんたのか?」
その姿、そして背中の大きな剣。それはまさに記憶に残るザックスの姿と変わらない。凍り付いたように止まった私に男は怪訝な目を向けた。
一瞬、彼が帰ってきたと思ったが、綺麗な金髪に白い肌、女性かと思うような美しい顔はまるで月のようで、太陽だと比喩していたザックスとは正反対だった。すぐに正気に戻った私は慌てて口を開いた。
「あ、ごめんなさい、私の、です。」
男はそうか、と言って差し出した私の手にそっとマテリアを置いた。
後ろから「クラウド!行くぞ!」と彼の仲間らしき人の声が聞こえて、彼は私に背を向け歩き出した。背中に背負ったバスターソード、見間違うはずが無い。やっぱり、それは。
「あ、あの!!」
殆ど衝動的に呼び止めてしまった。クラウドと呼ばれた金髪の青年はゆっくりと振り返り、また、私を見つめる。
「…なんだ。」
「…これ、あげます。」
おずおずとマテリアを彼に差し出すとクラウドは微かに驚いた顔をしていた。
「大切なものじゃないのか?」
「私が持ってても仕方ないので、使える人に持ってて欲しいんです。」
そう言うと、クラウドは不思議そうにしていたが、そっとそれを受け取った。
「大事に、してくださいね。」
「…あぁ。」
一言それだけ言って、クラウドは仲間の元へ走り去っていった。あぁ、私とザックスを繋ぐものは無くなってしまった。衝動的に行った行動なのに、何故か後悔は無い。今まで目を背け続けてきたものが、すとんと胸に落ちたのを感じたのだ。
「いい加減、前を向けってか。」
はは、と乾いた笑みがこぼれる。するとまた、強い向かい風が直撃して、押し上げられるように上を向いた。ぶわっと視界に広がる青い空。彼の瞳と同じ色。この景色を見たのはいつ振りだろう。
「あー苦い初恋だったなぁ…」
実らせてもくれないし、潔く散らせてもくれない。初恋とはなんて切ないものなんだろう。
頬を伝った雫が、ぽたりとアスファルトを濡らしていった。
<end>