✲ FF7 Short story ✲
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
( 犬を拾ったら懐かれました① )
ある日、ずぶ濡れの〝犬〟を拾った。
よく見たら腕を怪我していて、このまま放っておくわけにはいかないとすぐ近くの自宅に連れて帰った。
応急処置して、濡れていたからお風呂に入れたら少し元気になったのかその子のお腹がきゅるると鳴って。
仕方がないから冷蔵庫にあるもので簡単にご飯を作って食べさせたらすごく喜んで食べてくれた。
それはもう、その様子を見ているこっちが嬉しくなっちゃうほど。思わずお菓子も出しちゃったりして。
その時はただの人助けのつもりだった。
「なぁ!今夜また家行って良い?!」
だからまさか、それから驚くほど懐かれることになるなんて全く考えもしなかった。
この、犬と呼ぶにはあまりにも図体がデカすぎるが犬のようにやたらと懐っこい、この空のような青い瞳が印象の青年に。
「ザックス、仕事中は話しかけないでって言ってるでしょ!」
「だって仕事中の方が居場所分かりやすいし」
「じゃあメールしてよ」
「顔見て話したい!」
「乙女か?」
大きなソードを背負ったまま受付デスクに身を乗り出してくる彼に降りなさいと言うが余計に顔を近づけてきた。ああ、背後に大きな尻尾がブンブンしてる幻覚が見える。主人に懐いた犬そのものだ。
隣で同僚受付嬢がニヤニヤとこちらを眺めている。周りにもチラチラとこちらの様子を気にしている人が数人……仕事中に話しかけないでと言ったのは決して嫌がらせしたいからではない。とにかくザックスは目立つのだ。身なりもそれなりに派手だけど、この社内でザックスのことを知らない人物は殆どいない。そんな周囲の視線など気にも留めずに当の本人は真っ直ぐに私へ尻尾を振る。
「なあ、行っていいよな?明日からまた遠征なんだよ~」
「はいはい、分かったから」
「よっしゃ!じゃまた後でな!」
目的を果たしたら颯爽と去っていくザックスの背中を眺め、ホッと息を吐く。嵐が去った、そんな気分だ。その様子を見ていた同僚が先程まで噤んでいた口をようやく開く。
「いやー彼氏に愛されてますねぇ」
「彼氏じゃないって。知ってるでしょ」
「でも、今大活躍中で大忙しなソルジャーザックスが時間を見つけてはアンタんちに行くんだもの。逆に何で付き合ってないの?」
「だーかーら、ザックスはうちにご飯食べに来てるだけだって。餌与えてくれるご主人様くらいにか思ってないでしょ」
またまたぁと同僚はにやついた表情を止める気がない。
しかし私は嘘はひとつも言っていないのだから困ったものだ。本当にザックスは不定期に私の家に訪れては、私の手料理をうまいうまいと食べて少し寛いだらすぐ帰る。私だって最初は年頃の男が一人暮らしの女の家に訪れる事に少しは戸惑いを感じたけれど、今となっては当たり前のように招き入れている。下心の欠片も見えない彼にもはや母親のような気持ちすら抱いてしまう。私だって年頃なのになぁ。
「彼氏じゃないのはいいとしてよ。このままこの生活続けてたら一生できなさそうだね、彼氏」
「うっ」
見事に痛いところを突かれた。神羅カンパニーという大企業で花の受付嬢をしているにも関わらず、最近では恋愛というものがご無沙汰になっている。といっても、暇あればザックスの世話をしているから充実してると言われたらそうなのかもしれないけれど、このまま私は独り身で生きていくことになるのかなんて考えが脳裏を過らないこともない。ほら、ペットを飼うと婚期を逃すっていうし。
だからってザックスと距離を置くってことも考えられない。もはや生活の一部になりつつあるザックスとの時間は今じゃ手放せないものになっている。出会いがあんな形だったからか、放っておけないってのもあるんだろうけど。
……はぁ、答えの出ない悩みに溜息が止まらない。今のままでも十分楽しいんだけどさ、いつになったら私の前に良い人が現れるのだろうか、ってね。
「……じゃあ!そんな悩めるキミに私がチャンスを与えましょう!」
「え、チャンス……とは?」
俯く私を見兼ねた同僚が肩を叩き、安心しろと言うように微笑む。
最初はその笑みに不信を抱いたものの、すぐに一筋の希望を見つけたと目を光らせた私は、素直に同僚の言葉に耳を傾けるのだった——。
▽▼▽▼
「お、今日も美味そう!」
まもなく食事の準備が終わりそうだという頃、ちょうどピンポンと家のチャイムが鳴る。
なんの迷いもなく扉を開ければ見慣れた黒のツンツン頭が顔を出し、部屋中に充満した匂いに鼻をスンスンさせた。何度も言うけど、ほんと犬みたい。
「ほんっと、いつもいいタイミングで現れるね」
「出来立ての良い匂いに誘われてんのかも」
がたいは良いものの、にへらと親しみやすい笑みを浮かべる姿からはソルジャーらしさをまるで感じない。つられて私も笑みをこぼしてしまうほどだ。それだけでものすごいヒーリング効果。セラピストもびっくり。
そうして一瞬にして私に癒しを与えたザックスは慣れた感じで中へ入り、すでに食事の用意されたテーブルへ向かう。当たり前のように私の席の向かいに座って、少し気合の入った料理たちを見て「なんかおしゃれだな!」とざっくりした感想を述べた。難しいことを考えるのが苦手なザックスらしい誉め言葉に私も満更でない顔をする。
「はぁー美味かった!これで明日からの遠征も頑張れそー」
食べ盛りである十代男の食事量は半端ない。沢山作り過ぎたと思っても最後には気持ちがいいほどに綺麗になくなっているのだ。
今日も今日とて多めに作った手料理をぺろりと平らげたザックスは満足気に椅子にもたれかかる。私はザックスが美味しそうに食べているのを見るだけで十分腹が満たされるので、その様子をツマミに缶ビールを飲むだけで十分だった。
「この間遠征行ったばっかりじゃなかった?ソルジャーさんは大変だねぇ。また怪我して帰ってこないでよ」
「何、心配?」
椅子にもたれて天井を見上げていたザックスの顔がくんっと勢いよく顔を上げ私をロックオンする。
「そりゃあ、いくらザックスが強いって言っても何が起こるか分かんないんだし」
「そんな心配すんなって、今回はそんなに大変じゃないってアンジールも言ってたから。まあだからって気を抜くわけじゃねーけど」
言うこと聞かなそうな彼を上手く丸め込んでるアンジールさんが言うことは信用できる。とは言え初めて会った時の傷だらけ水浸しの状態だったザックスを思い出すと、どうしても無事に帰ってくる保証はない職種にいることを実感してしまう。無意識に表情を曇らせた私に気付いたザックスは「大丈夫だって」と太陽のように明るく笑って私の頭を軽く撫でた。
……くそう、触れただけで込み上げてくるこの安心感が何だか悔しい。年下の癖に、妙に大人びたところもあるから困る。
咄嗟に何か言い返してやりたくなって、伏せていた視線を上げればザックスとばっちり目が合い思わず胸がドクンと波打った。あれ、ちょっと、いつになく近距離にいる気がするのは私だけ?
すると何故か間近に映る空色の瞳が茶化すことなくじっと私を捉えて、私の口からはエ、あ、と言葉にならない動揺した声が漏れた。何、この雰囲気。何故かこの状況が落ち着かなくて、これを切り抜けるにはどうすればいいか頭の中で必死に考えを巡らせた。
ピロン。
「……あ、」
すっごいナイスタイミングでは。
私もザックスも、漫画みたいなタイミングで鳴った私の携帯へ視線を向けた。
視線から開放された私は助かった、と内心で胸を撫で下ろす。ザックスとは何度もこの部屋で二人で過ごしたけど、あんな真剣な雰囲気は初めてだったからまだ心臓がバクバクしてる。
半ば逃げるようにザックスの手から逃れた私は片手で携帯を掬い取ると、画面には同僚からのメール通知が記されていた。
『相手のご希望ある?医者とか、教師とか、美容師、ジムインストラクターもあり!』
ドストレートな文言に思わず笑ってしまった。セッティングは任せて!と張り切っていたけど、あの子のコネクションどうなってるんだろう。同僚の意外な一面に少々驚く。
しかしそれよりも驚いていたのは後ろからメールを覗き見していたザックスの方だった。
「何?コレ」
「ああ、合コン誘われて」
「は?合コン!?何で!?」
「何でって……最近そういうのご無沙汰だったし、そろそろ出会いが欲しいなぁって」
突然血相を変えるザックス。何故そんなに慌てているのかよく分からないけど、私は淡々と質問に答える。それが気に食わないのかザックスの眉間にはどんどんとシワを増やしていく。
「出会いって、俺がいるのに?」
「ええ?ザックスとはそういう出会いとかじゃないでしょ」
「そういうって……」
怒ったかと思えば今度はあからさまに肩を落として、一体何が言いたいんだろう。いつもなら笑ってからかってくるくらいなのに、今日は何だか余裕がないように見えるのは気のせいだろうか。
「わ、私だってもういい年だし、さすがに焦るもん。……それに、人肌恋しくなる時だってあるし」
「……人肌?」
ザックスの肩がピクリと跳ねた気がして同じように私の肩にも力が入る。ついついザックスの動きに過剰に反応してしまう自分が怖くなって、私は席を立ち上がり空いた食器を持ちながら逃げるようにキッチンへ向かった。
シンクに食器を置く時、手がわずかに震えていたことに気付く。私ったら何をこんなに緊張しているんだろう。でも今日の空気、明らかにいつもとちょっと違う。いつものへらへらしていたザックスはどこにいるんだろう。私の合コン話がそんなに嫌だった?何で?嫌になる理由が見つからない。今日は何か嫌なことがあって虫の居所が悪かったんだわ。きっとそう。だから今日は早く帰って沢山寝た方がいい。そう言って帰らせよう、としたその時。
背後からシンクごと大きな影と、私の手に大きな手が力強く覆いかぶさった。
「え、ざっくす?」
「人肌恋しいんだったらさ、俺でもいいじゃん」
振り返れば真っ先に目に入った程よく筋肉がついた立派な腕にドクンと心臓が跳ねた。手を掴まれたままで身動きが取れないけど、背中に熱を感じてザックスが密着していることだけは嫌でも分かる。何、この状況。犬はこんなことしないよ!
「いや、な、何言ってんの?!」
「だから、寂しくなったら俺が体で温めてあげるって話」
「いやいやいや待って。言ってる意味が分かんない」
「結構うまいって評判なんだよなー、俺」
「評判って、そーいう問題じゃ……ひゃッ」
封じられていた手にザックスの指がいやらしく這いピクリと肩を強張らせた瞬間、うなじにザックスの唇らしき温もりを感じる。こんなことをされたら、この先の展開を嫌でも予測してしまって、突如訪れた艶めかしい空気にゾクゾクと胸が高揚し始めてしまう。
振り向けないからザックスの表情が見えなくて、彼が何を考えているのか分からない。揶揄っているだけなら早くやめて欲しい。ついこの空気に流されてしまう前に。
「イヤ?」
「ッ……イヤとかじゃなくって、こういうのはちゃんと好きな人とした方が……独り身の女を慰めたいとかなら別にいいから」
手の甲を撫でていた指が動きを止めた。不思議に思いつつ私の言葉が伝わったのかと少し安堵するが、すぐに大きな溜息が耳元を掠めた。
「……今それ言っちゃう?」
「え、だって」
「あ~どーしよっかな。難しいこと考えんの苦手なんだよな……つーわけで、あんたもそういうことは何も考えなくていいってことで!」
「は?……って、わぁ!」
私の安堵は束の間、背に圧し掛かっていた重みがふと軽くなったと思ったら今度は全身が浮遊感に見舞われる。さっきまで見えなかったザックスの顔が一気に視界に入って目が合うとニカリと微笑まれた。すぐに横抱きにされていることに気付いたけど、その直後体中に熱が集まる。
そんな私はお構いなしに、ザックスは私を抱えたままずんずんと歩き始める。向かう先はおそらく――寝室。え、マジ?
「降ろして!」と暴れてもビクともしないのはさすがソルジャー。いくら抵抗しても眉ひとつ歪むことは無い。一人暮らし用の部屋はそれほど広くないのに、寝室までの道のりがやけに長く感じて、その分心臓の動きが早くなっていく。
寝室に着くなりシングルベットに少し乱暴に降ろされ、逃げ場など作らないように私に覆いかぶさったザックスは私の顔を見て意地悪に笑った。
「なんだ、イヤだと言う割には満更でもない感じ?」
「……ッ!」
一気に顔が熱くなる。そんなわけないと言い返してやりたかったのに、図星を突かれてしまった。こんな状況本当は望んでいなかったのに、心の何処かでこの先を期待してしまっている自分がいる。そんな私の矛盾した気持ちがあっという間にバレてしまって悔しい。
ギシリ、とベッドの軋む音と共に、私の頬にザックスの手が触れる。さっきの強引なものとは違って、優しく包むようなそれに胸がきゅうっと締め付けられた。いつもの無邪気な笑顔ではなく、大人びた切なげな視線が熱く私を見つめている。つい見惚れてしまってザックスこんな表情もできるんだ……なんてのんきに新たな発見をしているとその距離が徐々に縮まっていく。
さっきまで困惑していたくせに、ここまで来たら意外にも潔くなれるものだ。さらには一度くらい良い思いしたって罰は当たらないかと考えた。
そう、こうなったのはさっきまで飲んでいた酒に酔っているからだ、と——。
▽▼▽
「んで、朝起きたらいないってどういうことなんでしょう……」
翌朝いつも通り神羅の受付嬢の仕事をこなしながら、私は隣の同僚に聞こえるようにあからさまな溜息を吐いた。昨夜誰が来ていたか知っている彼女はすぐにそれを察して「あらら」と気の無い返事をする。
「おおっと、それはまさかヤリ逃「それ以上言わないで」ごめんって」
この女本当に的確に察してくるから怖すぎる。言わないでと言ったのは図星を突かれたくなかったからだ。
昨夜あれよあれよと流されてザックスと一夜過ごしたはずなんだけど、朝起きたら隣に彼はいなかった。実は夢だったのかなんて考えが一瞬過ったけど、脱ぎ散らかした服や片してないままの食器たち、そしていつになく気怠さの残る我が身を見れば夢ではないことが容易に分かる。夢じゃなかったのなら、なんで何も言わずに出て行ってしまったのか。遠征の出発時間が早かった?そう考えてもどこか胸の奥がざわつく。
「それで、どうだったの?」
私の沈んだ空気を和ませるかのように、同僚がニヤニヤしながら小声で尋ねた。こんな時にあんたねぇ、とぼやきながらも久しぶりに女にされた情事をついつい思い出してしまう。
「…………めちゃくちゃ良かった、です」
素直に言ってしまった罪悪感と羞恥心で顔を覆う横で「わーお」と若干高揚したような声が聞こえる。ああもう、ネタにしてしまうと余計に情けない。勤務中なんですけど、今!
……でも、昨夜は本当に良すぎるくらい、良かったのは本当。
探るようなものから始まって次第に深くなっていくキス。絡める舌は少しも強引さの中にも優しさを感じて、この身に散りばめた愛撫はあまりにも滑らかだった。幾度どなく攻め立てられても少しも痛みを感じなくて、ガサツなイメージからは遠くかけ離れた丁寧で甘く濃厚な情事にあっという間にとろとろに溶かされてしまった。
自分で上手いって言うだけのことはある。今でも、思い出すだけで下腹部が反応してしまうほどに一夜にして骨抜きにされてしまっている。あの男、犬の皮を被ったとんでもない獣だった。なんと恐ろしい男か。
「で、どうする?合コンは」
「あ……」
そういえばそんな話をしていた。同僚がそう聞くまで頭からすっぽり抜け落ちていた。改めて合コンと聞いて、しばし考える。昨日までは楽しみだったんだけどな。なんだか今はそんなにテンションが上がらない。まあ、昨日あんなことがあったからなんだろうけど。
「ひとまず、保留でもいい?」
煮え切らない返答をしてしまったことに申し訳なく思いつつも、今は保険をかけておきたかった。
出会いは欲しい。だけど昨夜のことは一度きりだと、この先を望んではいけないことだと分かっていても、あの快楽をもう一度と願ってしまう自分がいることも確かだ。気持ちを切り替えるには少々時間がかかりそう。恋がどうとかより先に性欲が勝っている今の自分に少し驚いてしまう。
数日後の夜、ザックスからメールが届いた。
「今から行っていい?」と淡白な短文。おそらく遠征から帰ってきたのだろう。あれからひとつも連絡してこなかったくせに、人を悶々とさせておいて何を呑気な。そう少々苛ついたけれど、何故か「だめ」という気にはならないのだから私もチョロくなったもんだ。
「おっす久しぶり!」
直前までどういう顔をして会えばいいのか悩んでいた私がバカだったのか、ザックスはいつものように快活と玄関をくぐってきた。
あたかも全然気にしてませんみたいな顔しちゃってさ。少しくらい引き摺ってたっていいのに、ザックスにとっては本当に一夜限りのお遊びだったのかな。なんか拍子抜けしちゃった。あーそうかい、そうですかい。
「ごめん、今日来ると思ってなかったからご飯簡単なものしか準備できなくて」
「あー、うん。今日は飯食いに来たんじゃなくてさ」
「え?」
どういうこと、と聞き返そうと振り向けば視界が暗くなる。突如襲う唇の熱に思考が止まった。
「なぁ、今日も……いい?」
優しく肩を抱き寄せられ、耳元でそんなことを囁かれたら……ほら、一気に熱が上がる感覚が襲う。
私は抵抗もせず、ただ黙って俯いた。それをイエスと判断したザックスは楽し気に口角を上げ、流れるように私の服の裾からするりと手を滑らせた。
年下のくせに、犬のくせに。今までのザックスは別人だったのかと思うくらい大人びた手つきが私の思考をあっさりどろどろに溶かしていく。
ああ、困ったなぁ。どうやらしばらくこの沼は一度入ったらしばらく出られそうにないらしい。
〈続く〉
6/7ページ