Pearl
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+Pearl -last-+
重たい目を開ければ真っ先に白い天井が目に入った。
しばらくそれを眺めながら今の状況が徐々に鮮明になってくる。あぁ俺、気を失ったのか。敵にやられかけて、逃げて隠れて、ナナシに見つかって、また逃げて……って。
「ナナシ!」
「……やっと起きたか」
ガバッと勢いよく起き上がるとそこにはツォンさんが立っていた。起きぬけにあいつの名前を呼んでしまったことを聞かれて若干気まずい。
「ツォンさん、ここは?」
「会社の医務室だ。酷いやられ様だったな」
「あぁ……してやられぞ、と」
「ルードが迎えに行ったが、連絡の場所に居なかったから困ったと言っていた」
「あ、そうか。それは移動したから……」
「ナナシと言う女性が、連絡をくれたおかげで見つけられたそうだ」
「ナナシが、ですか?」
「ここに運ばれるまで、ずっと付き添っていたぞ」
泣いていた。とツォンさんは言って部屋を出ていく。枕元には落としてしまったはずのゴーグルが置かれていた。
◇
レノさんが気を失ってしまってから、私はどうしようも出来ずにせめて誰かと連絡は取れないかと彼の携帯を取り出して、レノさんがよく話していた相棒さんの名前を探した。手が震えて上手く操作で出来なかったけど何とか電話を繋げることができた時はさすがに声まで震えた。今いる場所を伝えて迎えに来てもらい、医務室まで来てようやく安堵する事ができたのだ。
相棒のルードさんは私に感謝の言葉を伝えてくれたのに、まだレノさんは起きてないこともあって素直に喜べずに渋い顔をしてしまった。それを見たルードさんは大丈夫だと優しく声を掛けてくれたけど。
さらにルードさんは、レノさんが冷たく私を突き放した日のことも任務中だったのだと教えてくれた。それを聞いて拒絶されたワケではなかったのだと、ホッと胸が軽くなった。医務室まで運ばれるレノさんを見送って、中に入ることなく立ち去ろうとする私にルードさんは傍にいないのかと聞いてきたが、首を振ってそれを断った。傍にいても泣いてしまいそうだったから。彼の仕事を目の当たりにして恐怖で足が竦んでしまった自分が情けなくて、甘く考えていたと悔しくなった。彼の傍にいたいと思うのならもっと知らなきゃ、強くならなきゃと強く思う。
また飲みに行こうって約束したから。だから、その日が来るまで、頑張る。
最後にルードさんに一言だけ言付けを頼んだ。「いつものベンチで待っています」って。ルードさんなら、ちゃんと伝えてくれるだろうと信じて。
◇
あれから一週間して、私の体調も食欲もすっかり回復した。心配してくれていた同僚も元気になった私を見て安心したと喜んでくれた。彼女には随分助けられて、こんな友人を持てた自分は本当に幸せものだなってつくづく思う。
一週間経った今でも、まだレノさんからの音沙汰はない。怪我は酷いものだったし、まだ回復しきってないのかも知れない。待つと言った手前、やっぱり心配や不安な気持ちは拭いきれないでいる。それでも信じて待つと決めたのだから、これでもうずっと来ないようならそれまでだったのだと諦めよう。待つくらいしかできないことはとてももどかしいのだけれど。
今日も残業、いつも通りの一日がようやく終わった。自販機で缶コーヒーを買ってベンチに座って項垂れる。
「あー疲れたぁー!」
誰もいないフロアに自分の声が響き渡る。何時だったか同じような状況があったな、なんて思い出した。
そういえばあの日、初めてレノさんに出会ったんだった。初めは何て派手な人だって、ビックリした。さらにレノさんは私を前から知っているなんて言うから凄く怯えたのを昨日の事のように覚えている。
全く変な人だ。好きになるなんて最初は思いもしなかった。色々不思議に思えてきて、ふふっと笑ってしまった。
「ほーんと、罪な男だわ」
「お褒めの言葉、有難く頂戴するぞ、と」
急に聞こえて来た声に驚いて勢いよく顔を上げる。近づいて来たその人は私が会いたくて仕方がなかった彼で、嬉しい気持ちがいっぱい溢れて止まらない。
「よう、待たせたな、と」
「レノさん……」
目の前に現れた彼は赤い髪にゴーグルをつけて、いつもと変わらない笑みで立っていて、彼の無事な姿を確認できたことに安堵した。
「良い子にして待ってたか、と」
「無事で、良かったです」
まだまだ弱いな、私。声を聞いただけで何だか涙が出てきちゃいそうで、バレないように俯いていたらレノさんはククっと喉を鳴らして笑った。
「ナナシがあつぅいキスしてくれたおかげでなぁ?」
「えぇ! あれ、覚えてたんですか!」
「ちゃーんと見てたに決まってんだろ」
「咄嗟にしたことですので忘れて! あぁ恥ずかしい」
顔が爆発したのではないかと思うくらい真っ赤になってしまっているのが見なくてもわかって余計に恥ずかしくなった。レノさんはそんな私を見てさらに声を出して笑っている。良かった、元気そうだ。
「そう言えば、任務の方は大丈夫だったんですか?」
「あぁ、それは抜かりなく完了したぞ、と」
レノさんの情報を元に何とか反神羅組織の居場所を特定する事ができ、後は他のタークスやソルジャーの方々の協力により壊滅させた。と聞いてホッと胸を撫で下ろす。その様子を見たレノさんは、安心させるように私の頭を優しく撫でてくれた。
「あの時は怖い思いさせて悪かったな」
「怖かったですよ、本当に! でも少しでも役に立てて嬉しかったです」
「まさかあんな隠れ場所を知ってるなんてなぁ?」
「ふふっ、子供の頃の私に感謝してください」
「はっ、ありがとな」
子供の頃のナナシちゃん可愛いだろなあ、なんて冗談を言っているレノさんを見て嬉しくなる。もうこんな時間は戻ってこないかもしれないと思っていたからか、喜びは倍増して私の心を埋めつくしてくれる。
あぁやっぱりレノさんが好きだ。忘れるなんてできる訳ない。彼の傍にいたいという思いが溢れ出す。
「そうだ私ね、自分の仕事に精一杯だったけど他のことにも目を向けるようにしているんです」
「ナナシが? 興味ないって言っていたのに珍しいな」
「知っとかないといざと言う時何もできないって痛感してしまったので。だから色々教えてください」
そう言ったらレノさんはちょっとだけ苦笑いしていた。知らなくてもいいのにと言いたげな表情だったが、私はそれでは駄目だって思うからレノさんの思いをかき消す様に笑ってみせた。
「今まで残業手伝ってもらった恩返ししたいし!」
「そんなの、別にいいし」
「それに、またレノさんに冷たくされても任務って分かっていたら傷つかなくて済むでしょ?」
「あれは、本当に悪かったって!」
「ルードさんから聞きました! 私の方こそ勝手に傷ついてごめんなさい」
「もう無いように気をつけなきゃ、な」
「そうですね、私も好きな人にあんな態度取られたらやっぱり辛いですもん」
「あーわかるぞ……と?」
レノさんは私を見ながらピタリと止まった。きっと驚いているのだろう。
「好きです、レノさん。傍に、いたいんです」
今度はハッキリ伝わるように想いを紡いだ。沈黙した空間が私たちを包み、タイミング間違えたかも? なんて頭を過ぎって少し恥ずかしくなった。
だけど先に沈黙を破ったのはレノさんで、ゆっくりと語りかけてきた。
「……また、危ない目に合うかもしれねえぞ?」
「覚悟の上です。戦闘訓練でも受けましょうかね?」
「いつ死んでもおかしくない。それでも?」
「はい。私が助けます」
「いや、無理だろそれ」
無茶なことを言って、レノさんは真剣な雰囲気をぶち壊すかのようにぶはっと笑い始めてしまった。うう、本気で言ったのに。冗談にとらえられたことにちょっとだけムッとして、レノさんを軽く睨みつけた。彼は笑いを止める事をせず、それどころか至極楽しそうに私の腕を引っ張り自分の腕の中に閉じ込めギュゥっとキツく抱き締めた。
「レ、レノさん?」
「くく、本当に面白いやつ」
「む、失礼な、レノさんだって!」
「……なぁ」
「はい?」
「名前、さん付けすんなよ。敬語もいらない」
耳元で優しく囁かれてトクンと胸が高なった。二人の間にある薄い壁をもうぶち壊していいと言われた気がした。
「レ、レノ」
「ナナシ」
「レノ、すき……大好き」
「……ん、俺も、好きだぞ、と」
ずっと傍にいて。聞けると思わなかった、でも聞きたくて仕方がなかった言葉が耳に入り目から涙がこみ上げてきてポロポロと流れてきた。
「あー泣くな泣くな、顔がヤバいことになる」
「う〜うるさい……ヤバいって何……」
「可愛い、てことだぞ、と」
穏やかな笑みを浮かべたレノが私の顔を優しく撫でて、目蓋に溜まった涙を吸い上げるように目元に口付ける。ちゅ、と目元、頬、鼻の順にキスをしていき、ゆっくりとお互いの唇を重ねていく。時間が止まったような気がした。
お互いを愛おしむ時間を堪能した後、名残惜しさを感じながらも顔を離すと、何だか照れ臭くなってきて二人で声を出して笑いあった。
「さぁて、飲みにいくかー」
「ふふ、そうだね、お腹すいちゃった」
「二件目は、俺ん家な」
「うん、明日休みだし、行く」
「あれ? 前は遠慮してたのに」
「だって、断る理由なんてもうないじゃない?」
ニコっと笑って彼を見つめると、彼は嬉しそうに笑って私の手を引いた。
人生、何が起こるか分からない。
彼と出会ったのはまさに偶然。ほんの些細な偶然が何の変哲もない日々を送っていた私に大きな影響をもたらした。こんなに人の傍に居たい、支えたいなんて思ったことは初めてだ。
この先私たちにどんなことが待っているかなんて分からないけど、この手は絶対に離したくない。彼を支えると決めたのなら、どんな道でも歩いていこう。
それはまるで、身につけたものをひと際輝かせる真珠のように。
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