Pearl
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+Pearl -5-+
やってしまった。完全に終わった。
またしても机に突っ伏してもう何度出たかわからない溜息をまた吐いてしまう。もう何時間こんな状態だろう、隣のルードが心底呆れた顔でこっちを見ていた。
「いい加減にしてくれないか」
「慰めてもくれない相棒を持って俺ぁ悲しいぞ、と」
「仕事だったと、正直に伝えればいいんじゃないか?」
「泣かせといて今更言えっかよ」
あの日は任務だった。最近勢力を上げてきた反神羅組織のアジトを見つけ出す為に情報収集をしろとの命令で、組織のリーダーの愛人らしき女に偶然を装って接近を図っていた時だった。近づけば女は案外あっさり俺に媚びを売り始め、あれよあれよと流れるように人気の少ない路地裏まで誘ってきたのだ。
本当なら色々聞き出すチャンスだったのに、ナナシのことが頭から離れなくて中々乗り気になれなかったから困ったものだ。でも仕事だと割り切って任務遂行を図ろうとしたその時だった。ナナシが現れたのは。
神様は余程俺のことが嫌いなのか。悪戯が過ぎる。
ナナシを知り合いだと言ってしまえば、下手をしたら彼女まで狙われてしまうことになる可能性があったから知らないと言うしか他なかった。あの時の彼女の顔が今でも頭に焼き付いて離れない。目の前で泣くまいと堪えたのだろうが潤んだ瞳はすぐにでも滴を零しそうで、見てられずに目を逸らしてしまった。横にターゲットがいなければ、すぐに抱きしめて安心させたかったのに。それすらさせてもらえないとなれば流石に自分の仕事を恨まざるを得ない。
せめてもの償いをと、走り抜けようとするナナシの背に向かって声を掛けたが彼女には届いただろうか。届いてようが無かろうが、今の俺には彼女に会う資格はないも同然なのだけど。
「悲しい運命だぞ、と」
「寒気がすることを言うのは勘弁してくれ」
「俺も言ってて虚しいから何も言うな、相棒……」
そしてまた大きな溜息を吐くと、ピリリと自身の携帯が鳴った。画面を見ると相手は先日会ったターゲットの女で、どうやら俺をお呼びのようだ。俺をその辺にいるただの一般人と思い込んでいるそいつは、また一緒に遊びたいから店に来て欲しいと言う。
前回はあまり情報を聞き出せなかったから、今度こそ任務をしっかりこなさなければいい加減ツォンさんにどやされる。ナナシのことは一旦忘れて、うっしと両頬を叩いて気合いを入れた。
◇
「あ、レノ〜! おそぉい!」
「わりぃわりぃ」
指定された店に入るとターゲットの女がすぐさまこっちに気付いておいでおいでと手招きをする。カウンターに座ると女はすかさず俺の腕に絡みつき密着させてきた。もうだいぶ酔っているようだ。俺も酔わないように軽めの酒を頼んでゆっくり飲み始めたら、女はさらに嬉しそうに俺の肩に頭を乗せてきて上機嫌に話し始めた。
「ねーレノ? 今日は朝まで一緒にいよ?」
「喜んでと言いたいところだが彼氏に怒られるぞ、と」
「いいのいいの! あいつ仕事に夢中すぎて相手してくんないからぁ」
「彼氏、何してる人?」
女は顎を片手でクイと持ち上げ顔を近づけて聞くと、女は目をトロンとさせて満更でも無い様子だった。
「ん〜二番街で武器、作ってるかなぁ」
「へぇ、そりゃ忙しそうだな、と」
「だからいいの! ねぇ、あっちでゆっくり飲も?」
二番街で武器商人となれば大方的は絞られてきた。あともう少し細かく聞きたいところで、腕を引っ張ってきた女が個室へと誘ってくる。密室で会うのは少々気が引けるが、まぁ好都合。ある程度聞き出せた所で適当に逃げたら今日の任務完了だ。案外簡単だったな……って。
「……は?」
個室に入った途端、急に足に力が入らなくなって片膝をついてしまい身体が徐々にしびれて動かなくなってきた。まさか、と思った時には既に手遅れで、見上げれば女と、ガタイのいい男がニヤついた顔で見下ろしていた。
「……っ! お前ら、何……」
「最近俺たちのことを探ってるやつがいるってコイツから聞いてなぁ」
「ごめんねぇ、レノぉ」
いつの間に薬仕込んでやがったのか。店を指定してきた時点で、疑うべきだった。舌打ちしながら睨みつけるが、奴らには何の威嚇にもならない。
「生きて帰れると思うなよ? 神羅の犬さんよ」
あぁもう、今日はついてない。やっぱり神様は俺の事嫌いなんだな。こんなとこで死んじまうくらいなら、もう一回くらいナナシに会っとけば良かったぞ、と。
◇
あれからぐっすり寝られた日があっただろうか。前から食欲が落ちていた上に、寝不足も重なって私の身体はジワジワと憔悴していった。あんなに露骨に拒絶の目をされたのは初めてだった。しかも好意を寄せている人からとなると余計にダメージが大きい。目を閉じればレノさんの冷たい目が浮かんできて、嫌でもあの日の出来事を思い出してしまう。でも私的な理由で仕事を疎かにはしたくないし、変に心配もされたくないからいつも通りに振舞う。だけど、あの時一緒にいてくれた同僚の目は誤魔化せなくて。
「ナナシ、顔色良くない。無理しないでよ?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
自分の仕事も忙しいのに、いつだって私を気にかけてくれる彼女には頭が上がらない。少しずつでも、彼を忘れて行くしかない。あの日々はきっと悪い夢だったのだと。
今日は珍しく早く仕事が終わっていつもよりいくらか身体が軽くて、嬉しさから早く上がれたと同僚にメールすれば今友達とご飯食べているからおいでと呼ばれたので喜んで行かせてもらうことにした。久しぶりに友人と笑い合い楽しい時間を過ごして、暗くなっていた気持ちはいくらか晴れてくる。お酒も嗜む程度に飲んで、ほろ酔いになった所でいい時間になり、同僚とその友人に感謝してその場を別れた。
楽しい時間とアルコールのせいで気分良く家に向かって歩いていくと、ふと道の右側にある小道の前で何かを感じてピタリと立ち止まった。
何でもない、ただの小道。そこは少し薄暗くて、あの時の風景と似ていて、嫌でも思い出してしまう。できればすぐにでも立ち去りたいと思うのに、何故か心がザワザワして足が動かない。
何かに呼ばれている、そんな予感がした。そう感じてならない私の足は、怖い気持ちを持ちながらも自然と小道に進んでいた。そこは大通りの騒がしさとは打って変わってシンと静かで別世界にいるような気分にさせられる。何かあってもすぐに引き返せるように後ろを気にしながら進んでいくと、カチャリと何かに足先がぶつかった。それを拾って見た瞬間、心臓が止まりそうな感覚が全身に走った。
血に染った、黒いゴーグル。これ、レノさんが付けていたやつ。まさか、この先にいるのは。そう考えたら急に怖くなって、身体が一気に震え上がってしまい思うように動かない。この先を見てしまったらどうなるのか。でも呼んでいる、早く行かなくては。おぼつかない足取りでゆっくり先へ進んだ先に、ぐったりと壁にもたれて座っている人影を見つけて私の目は大きく見開かれた。
「っ! レノ、さん……っ!」
◇
不覚にも奴らの罠に引っ掛かってしまってだいぶ痛めつけられたが、何とか僅かな隙を狙って逃げることができた。痛む身体に鞭打って、誰も入りそうにない暗い小道に入り奴らが辺りを探し諦めるまで身を隠す。ポケットから携帯を出して相棒に簡単な任務報告と迎えに来て欲しいとメールを打って後はなるようになれと壁にもたれついた。
まだ奴らに盛られた薬が残っているのか。瞼が重くなるのを必死に堪える。くそ、せめてポーション一個くらい持って来れば良かった。次第に頭がボーッとして、ああ俺気を失うな、なんて呑気に思う片隅でふと過ぎったのは会いたくて堪らない彼女の顔。あれ、走馬灯か? なんて思えてちょっとだけ笑えた。
ナナシに、会いたい。会って素直に謝りたい。また前みたいに——なんて、そんな虫のいい話あったら苦労しねえんだよ。
もう疲れたと目を閉じかけた、その時。カサっと微かな足音が聞こえてきて、閉じかけていた目は一気に覚醒した。迎えが来るには早すぎる。ならば敵が探しにきたのか。どちらかまだわからない以上思うように出来ない体を動かすのは危険だと思い息を潜めて気配を隠す。
しかしフラリと目の前に現れた人物を見た瞬間、俺は幻覚をみているのかと目を見開いた。
「っ! レノ、さん……っ!」
「……ナナシ?」
おいおい、嘘だろ。神様っつーのは、とんだ悪戯好きだな。こんなタイミングで天使送り出してきやがった。
「ど、どうしたんですか、それ……」
傷だらけでぐったりと座り込むレノさんに慌てて歩み寄る。身体中切り傷だらけで、所々打撲が見えてゾッと血の気が引く。以前見たものは本当にかすり傷だったと思えるくらい今見えるそれは明らかに酷い。近くで見ればより悲惨さが分かり直視ができなくて目を逸らしそうになった。
「あー……仕事だぞ、と」
「は、早く病院に!」
「いや、まだだ。今大通りに出るのは危険すぎる」
「でも、このままじゃレノさんが……!」
「だーいじょうぶだぞ、と。もうすぐ相棒が迎えにくるはず、だからよ……っ!」
「レノさん!」
レノさんは泣きそうになる私を安心させるように一瞬笑って頭を撫でたが、すぐさま傷の痛みに耐えるような悲痛な表情に戻る。どう見ても重症だ。何より出血が酷い。持っていたハンカチで傷口を押さえてもなかなか止めることが出来ない。このままでは本当に危ない。相棒さん早く来てと心の中で願うしか出来ない自分の不甲斐なさを悔いて涙がでそうになる。
すると近くでバタバタと足音が聞こえてきて、願いが通じた! とレノさんを振り返る。しかしレノさんの反応は思っていたものと違って、手がゆっくり伸びるとそっと私の口を塞いだ。
「まだ見つからないのか! 早く見つけ出して殺せ!」
遠くからそんな言葉が耳に入って、身体に緊張が走る。これは明らかに味方ではないと私でも分かる。
「ちっ、ルードより先に奴らに見つかりそうだな、と」
「そ、そんな……」
「ナナシ。ほら、俺のことは放っといて早く行け」
「レノさん置いて行くなんてできません!」
「このままだとお前まで危ない目に合っちまうぞ、と」
大丈夫だとレノさんは言うけど、大丈夫なんて保証はどこにもないのに。そんな状態で放っておけるわけがない。
「そんなの、絶対嫌です」
そう言うと同時にレノさんの腕と掴んで自分の肩に回して、グイッと足に力を入れて何とか立ち上がらせた。
「おいナナシ、何やって……」
「ちょっとだけ、頑張ってください」
レノさんの身体を支えながら、ゆっくりと小道の中へ歩み進める。そして入り組んだ道の先に子供が入れるくらいの小さな扉を見つけ、音がならないように気をつけながら屈んでその中に入った。
「子供の頃にこの辺りいっぱい探検していて、空き家で隠れんぼしたりしていたんです」
まだ残っていて良かった。ここならしばらくは見つからないだろう。空き家の中の死角に身を潜める。レノさんは少し安心したのか先程より穏やかな表情で腰を下ろした。
とりあえずまずは応急処置をしなくては。自分のハンカチだけでは足りないからスカートの裾を破って簡易な包帯をつくり、特に出血の酷い場所に巻き付ける。こんな平社員に必要ないと思っていたポーションやマテリアを持っておけば良かったと今日ほど後悔した日は無い。急いで血を止めようと処置を続けていると、さっきまで黙っていたレノさんが静かに口を開いた。
「なぁ、ナナシ」
「どうしたんですか? 痛みますか?」
「いや、あの時……突き放して悪かった」
「それはもういいんです。こうして、また名前を呼んでくれただけで嬉しい」
それを聞いてレノさんは安心したのか、心なしか嬉しそうに息を吐いた。
「また、飲みにいくか、と」
「はい、行きたいです。だから早く怪我治しましょう?」
「そ、だな。ナナシがキスの一つでもしてくれりゃ、すぐ治るかも、な」
「き、き⁉ こ、こんな時に冗談言わないでください!」
真っ赤になって怒ってくる彼女を見て頬が緩む。久しぶりにそんな顔見た。やっぱ可愛いわ。その顔を見ただけで痛みなんて元から無かったかのように吹っ飛んでいく。やっぱりナナシといるのは居心地がいい。手離したくない気持ちが溢れ出して思わず笑みが零れたのだ。
しかしもう体力は限界で、次第に重くなる瞼に身を任せようかと思っていたその時。
突然、唇に柔らかい感触を感じた。
「お願い、死なないで……」
微かにその言葉だけ聞こえて、俺の意識は途絶えた。