Garnet番外編
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( 禁断症状 )
俺は今、そこそこにイラついている。
「あーくそっ」
静かなオフィスの中で、俺の苛ついた声だけが木霊する。
そろそろ仕事に支障が出そうだ。落ち着かせるように隣にいるルードから煙草を強引に奪い取って火をつけようとしたが、やんわり止められた。制したルードは呆れたように溜息をついている。あ、ここ、禁煙だったか。そんなことまで気が回らなかった自分に余計に腹が立った。
「何かあったのか。」
「別に。なんでもねーよ、と。」
いつも察しの良い相棒は「そうか、」とだけ言ってまた報告書作成に集中した。こりゃまた、バレてるな。くそ。
そう、本来ならなんでもないことなのだ。本来なら。なのにあいつのことになるとどうにも気持ちがうまくコントロールできない。どれもこれもお前のせいだ。と手に持っていた携帯を睨みつけた。
『ごめん!今日も会えない。』
メールボックスを開けば嫌でも目に入るこの一文メッセージ。コピペでもしてんのか?ってくらい何度も同じ内容のメールを送られて早一ヵ月。ナナシが都市開発部に勤めるようになってから、まだ一度も会っていない。
忙しくなるとは聞いていたが、ここまでとは予想外だ。理由は残業やら歓迎会やら。歓迎会に至っては祭好きな幹事が調子に乗って複数回開催しているらしく、それに加え俺の出張もあってすれ違いのまま今に至る。休みが合えば若様に呼ばれたと言って予定キャンセル。あんのお兄様、ふざけんなよ。
仕事で会えないのは仕方がない。今が頑張り時なのは重々承知している。しかし向こうから会えない以外何の連絡も無いのは如何なものか。俺だけがモヤついているように思えて段々腹が立ってくる。
『ばーか』
この三文字だけ打って、荒々しく送信ボタンを押す。
今日まで聞き分け良くしてたのだから、これくらいの意地悪くらい許されるはずだ。
これを見たナナシはどんな反応するだろう。少しくらいは焦るだろうか。ていうか焦れバカヤロー。
「…。」
だがあれからしばらくしても返事が無い。は?何故だ?何にも感じてないのか?
くそ、一か月前まではあれだけあつーい時間を過ごしたってのに仕事が始まるとこれかよ。ふーん、そうですか。冷たい奴。もう知らね。ばーかばーか。こんな気分でデスクワークなんてやってられっか。さっき吸い損ねたルードのタバコを数本奪い取って「休憩。」と一言告げてオフィスから出た。
「あー美味いぞ、と。」
オフィスから少し離れた喫煙所で一人ベンチに座りプカプカと煙を漂わせる。イライラしている時に吸うタバコは何でこんなに美味く感じるのか。ついでにイライラの原因まで考えてしまって苦笑いした。最近気が付けばナナシのことばかり考えていて、そんな自分の女々しさに嫌気がさす。
今まで散々振り回されて来たじゃないか、いい加減学べよ、俺。昔の俺はこんなにねちっこい野郎じゃなかったはずだ。
なのに何故か、ナナシのことになると余裕がなくなる。焦っている、と思う。守ると約束したけど、あいつは一人でもうまくやっていて。近くにいないとまたあいつはどこか遠い所に行ってしまうような気がして。こんな感情は生まれて初めてだ。仕事、頑張れよなんて言っといて、もっと俺を見て欲しいなんて、矛盾だな。
考えれば考える程自分が情けなくなって、ベンチの背もたれに思い切り凭れ項垂れた。
すると、バタバタとした慌ただしい足音が耳に入って、項垂れたまま音のする方へ視線を流す。この音、少し前にも聞いたことがあるな。
その少し前を思い出しながら、流した視線の先には記憶と変わらぬ光景が目に入って、まさかと目を大きく見開いた。
「レノ!!!」
大きな声で俺の名を呼んだのは、少しだけ伸びたサラサラの黒い髪に薄いブルーの瞳。久しぶりに見る、ナナシだ。
あれ?俺、求めすぎて幻覚でも見てんのか?瞬きを数回しても、光景は変わらない。むしろどんどんこっちに近づいてきて、俺の目の前まで来たと思ったら強い力で勢いよく腕を掴まれた。
「こっち、来て!!!」
「は?おい、ナナシ?!」
グイっと無理やり引っ張られ、そのまま素直に着いていくと今は誰も使っていない無人の会議室に押し込まれた。訳が分からぬまま呆然と立っていると、ナナシは会議室の扉を閉めた途端、俺の腰にギュウッと抱き着いてきた。
久しぶりのナナシの感触に全身が勝手に喜び始める。ふわりとフローラルの香りが鼻を擽り、思わず理性が崩れそうな感覚に陥るがなんとか耐えた。
「お前、急にどうしたんだよ、仕事中だろ?」
「ごめん!!ごめんごめんごめん!!!」
腕の力を緩めることなく、額を俺の胸に押し付けたままただひたすら謝り続けるナナシ。この様子から察するに、どうやら俺の意地悪は効果があったみたいだ。何度も何度も謝罪を言い続けた後、ナナシはゆっくりと顔を上げた。その目は少し潤んでいて、それだけで俺の心のモヤモヤ少し晴れたような気がした。
「レノ、怒ってる…?」
「いんや、さっきまではイラついてたけど、メール見て急いできたんだろ?」
「うん…」
「じゃあそれでいいぞ、と。」
これは建前でもなんでもない、本音だ。不思議なことにナナシに会えたと言うだけで気持ちが晴れちまった。中毒症状でも起こしていたようだ、俺も中々単純な奴で笑える。満足した俺はそのまま彼女の身体に腕を回し強く抱きしめた。あー会いたかったぞ、と。
「ごめんね、レノ…私、仕事に夢中になっちゃって…」
「ナナシが仕事人間なのはよーく知ってる。」
「う…っ」
「でもよ、俺に会いたいとか思わなかったのか?」
うん、とか言われたら結構辛いけどな。女々しい質問だとは思ったが、すぐにその問い掛けは正解だったと思い知る。目の前のナナシは予想以上に顔を真っ赤にして目を逸らしていた。
「…ず、ずっと思ってたよ…!でも、会いたいって言って面倒くさく思われたら嫌だし、もっと大人にならなきゃレノに嫌われると思って…」
あ、そうだった。こいつ、俺が初めての彼氏だったんだった。今まで色々ありすぎてつい忘れていた。そういえばこいつ、不器用だった。でも慣れないながらもナナシが自分の事を考えていたことが嬉しくて思わずにやついてしまう。あーもう、可愛すぎんだろ。
「子供が何を言ってんだか。」
「わ、私なりに努力しようとしてたの!」
「そういうことは言えっての。」
「うう、ごめん…」
「俺は、もっとナナシとイチャイチャする時間が欲しいぞ、と」
「い、いちゃ…っ!?」
我慢していた自分があほらしくなってきた。一ヵ月お預けされていた分と、ナナシが可愛すぎるせいで、俺の理性は保たれそうにない。でも一応仕事中のナナシを襲うわけにはいかないので、抑えて抑えて…彼女の顎をクイっと掬い唇にちゅ、っと軽く唇を落とした。突然キスをされたナナシは目をぱちくりさせて驚いている。
「次、会ったら容赦しないぞ、と」
「えっ!!!」
何を容赦しないのかはご想像にお任せする。何を想像したのかさっきよりも茹でタコのように顔を真っ赤になったナナシが可愛くて笑いが止まらない。
「予定、全部教えろよ。」
「う、はい…。」
同僚にも、愛しいお兄様にもこれからは遠慮しないことに決めた。愛情表現が下手な奴には教えてやらないといけないことが盛り沢山だからな、忙しいんだよ。
ナナシも俺様がどれだけお前を想っているか、よーくわかったか。
定期的に摂取しないと禁断症状が出てしまう身体にしたのはお前なんだから、しっかり責任を取ってもらわないと困る。
これからのことを考えて、楽しくなった俺はまた笑ってしまった。
その後、オフィスに戻った俺のあからさまな上機嫌っぷりを見たルードがふかーい溜息をついたのは見なかったフリをした。
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