Garnet
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Garnet ―12―
神羅ビルの地下三階にあるタークスのオフィス内。今は皆任務で出払っていて、一人だけ居残りを言いつけられたレノはいつまでたっても好きになれないデスクワークに苦戦していた。
「あー……たりぃぞ、と」
いつもルードに押し付けていたのに今日はそれができない。何であいつが外に出て俺は居残りなのか。逆にしてくれよ。こんなものはやりたい奴がやればいいのに。そんな途方もないことを考えながら椅子にもたれていた。
ナナシの救出任務から三日経った今も、俺はあいつの見舞いに行けないでいる。目が覚めたと聞いた時にすぐに飛んでいこうとしたけど、ナナシの傍にはいつも誰かの姿があって遠慮してしまったのだ。それもこれもナナシが周りに大事にされているからなんだろう。たとえ一部の人間からは疎まれていたとしても、多くの人がナナシを想っているのは見ればわかる。
ま、行ったところで何話せばいいのか整理がつかなくて足が思うように動かないのが正直な所。
あの時、泣いたナナシを何とか泣き止まそうとキスしてしまったのが後々尾を引きずり始めていた。完全に無意識だった。何と言うか衝動的にというか。不謹慎にも可愛いと思ってしまって。
話をすると決めたのは確かだ。しかし冷静に考えて俺の気持ちを伝えたところで何になる? あいつはこれから神羅を背負うでかい存在になる、しかも最強の婚約者までいるのに。結局、無駄に終わるんじゃないのか。いつまでも解決のしないことを悶々と考えすぎて、今日も前に進めていない自分に腹が立ってくる。
こんな時、アイツの顔を見られたら、少しは気持ちも固まりそうなのによ。自分でも驚くくらい女々しいな、なんて思って、ふっと鼻で笑った。
すると突然、扉の向こうからバタバタと大きな足音が聞こえてきて、その音はこちらに向かって徐々に大きくなる。
「……なんだぁ?」
仲間の誰かが帰ってきたのか、それにしてはやけに騒々しい。そう言えば、ナナシがここに初めて来たときもこんな感じのでかい足音だったな。
「まさか、なぁ?」
ちょうど扉の前辺りで足音はピタリと止まり、今度はバタン、と扉の開く音が部屋に響く。開いた扉の前には、まさか、いや、予想した通りの女が立っていた。
「ちょっと、顔貸してくれない?」
どこのヤンキーだよ。なんて言葉は心の中で呟くだけで、ただ驚きで目を丸くした。驚いたのは突然現れたことにだけじゃない。言葉も出ない程驚いたのは、目の前にいる女がいつもの綺麗な金髪ではなくて、さらさらの黒髪だったから。その姿は、記憶に残っている昔のあいつそのままだった。
「は……? ナナシ?」
部屋に入るなり、目当ての赤毛はこれでもかっていうくらい目を見開いてこっちを見ていた。何に驚いているのかはすぐに察しがついて、可笑しくて笑いそうになったのを必死で我慢する。あくまで、冷静に。
「まずは、助けてくれて本当にありがとう」
「まぁ、任務だし。怪我はもう大丈夫なのか?」
「そんなの神羅の技術を使えばすぐ完治よ」
「はっ、頼もしいねぇ」
本当は、足の傷がまだ少し痛む。でもそれより聞きたいことが沢山ありすぎてたまらずここまで来てしまった。そんなことは露知らず少し素っ気ない態度のレノにちょっとだけ腹が立つけど。
「早速だけど、どうしてあの時キスしたの?」
急過ぎたけど、これが一番聞きたかった。レノからしたら突然の爆弾投下だろう。驚いて反射的に目を逸らされた。ちょっと、それは傷つくんですけど。
「お前、直球すぎるぞ、と」
「答えて。泣き止ませるだけの為だったの?」
「……そうだと言ったら?」
「~もう! こっちを見て言ってよ!」
椅子に座ったままのレノに近寄り強引に両頬を掴んで振り向かせて、彼の薄い緑色の瞳とハッキリ目が合った。ユラユラと揺れた瞳は意志の弱さを物語っていて、あぁ、今のは嘘だ。って何となく気が付いた。
「約束したでしょう? 話がしたいの」
もう目を逸らしたくないし、逸らされたくない。
「自分から突き放しておいて本当に勝手だってわかってる」
未練たらしくレノのジャケット持ち歩いて、咄嗟とはいえ縋るように受信機まで忍び込ませて。助けてもらって、キスされて、婚約者そっちのけで喜んでしまって。
「……どうしても、忘れられない」
忘れられる方法があるなら教えてほしい。でも、忘れた先には何も残ってないんじゃないかと思うくらい、私の中はレノでいっぱいで。
「私、レノが好き」
素直になっていいって言われた時から、言いたいことはこの言葉しか出てこなかった。
この想いに応えてくれなくてもいい。ハッキリ無理だと言ってくれたら吹っ切れる。振られると思っていても気持ちを隠していける程私は大人にはなれていなかった。
「……」
なるべくハッキリ伝えたつもりだった。だけど目の前の赤毛は瞬きもしないまま、まるでストップでも掛けられたかのように止まっている。時間が経つにつれ私は言う場面を間違えたのかと恥ずかしさで顔が熱くなってきた。あまり自分の気持ちをハッキリ伝えることしたことないから息巻きすぎたかも。
「え、えと……」
さっきまでの勢いはどこへやら、しどろもどろに動揺した声を出してしまった。うぅ、早く何か言ってよ。引くに引けない状況に困っていると、突然、レノの頬を掴んでいた手を強く掴まれた。
椅子に座っていたレノは私の腕を掴んだまま立ち上がるとすぐ後ろの壁に押し付けた。あまりの強引さに思わず、う、と呻き声を上げてしまう。突然で何が起こっているのか分からなくてレノの顔を見上げると少し、怒っている。
「レノ、どうし……っ」
たの、と言葉を続けようとしたけどそれは叶わなかった。突然降ってきた彼の唇にそれは吸い取られてしまって、少し強引な口づけに目を見開く。
「ふ、っん……」
食むような、食べられてしまうような獣のキスに身も心も翻弄される。唇に隙間ができれば容赦なく舌が入り込み、控えめな私の舌を絡めとってくる。こんな蕩けるくらい情熱的なキス、前にされたことがあるだろうか。
どれくらいの時間口づけられていたのか分からないけど、ゆっくりと唇を離されぼやけた視界に入ってきたのは切なげに眉を潜めたレノの顔だった。
「は……っ」
「お前ほんっとに、どこまで俺を振り回したら気が済むんだよ、と」
ぎゅ、と抱きしめられ肩に顔を埋めながらレノは小さく呟く。私も両腕を彼の背に回してそれに応えた。
「ごめん……でももう隠したくなくって」
「遠慮するのが馬鹿らしくなってきたぞ、と」
そう言って合わせてきたレノの瞳はいつもより綺麗に見えてドキンと胸が高鳴った。レノはさらりと私の黒髪を一掬いするとそれを見つめて、ちゅ、と軽く口づける。そしてまた私の目を見据えて、いつもの余裕の表情を浮かべた。
「もう離さねぇ。だからナナシも俺から離れんなよ、と」
責任とれよ、と最高の殺し文句を囁かれ、目の奥が熱くなってくる。声が上手く出なくて、深く、何度も頷き続けると、レノは少年のように笑ってまた抱きしめてくれた。
胸がポカポカと温かくなって、もう溶けてなくなってしまうのかも。そうなりたくなくて抱きしめてくれた腕に必死にしがみ付いていると、レノは頬に優しくキスしてくれた。
「まぁ、俺は高いからな?」
「ふふ、あら、問題ないわ。お金なら腐るほどあるもの」
「職権乱用もいいとこだぞ、と」
「なんとでもっ」
冗談を言い合ってクスクスと笑いあえるこの瞬間がどれだけ愛おしいか。この先何が起こるかわからないけど、生きている限り私はこの人から離れたくない。傍に居る、そう誓いあって再び降りてきた口づけに素直に身を任せた。
どれくらいの時間、こうしていただろうか。一分くらい? それとももっと長いのだろうか。力いっぱい抱きしめ合いながらレノの胸に頬を押し付けて、トクントクンと聞こえてくる心音がとても心地いい。もうしばらくこうしていたいなあ、なんて。
「ん? おい、ちょっと待て」
「……ん?」
自分の気持ちも伝えて嬉しいことにレノもそれに応えてくれてこれ以上ないくらい幸せ気分だったのにレノは腑に落ちない様子で私を見ていて、何で? と首を傾げた。
「ナナシ、お前、セフィロスは?」
あ、忘れていた。まさか俺は愛人か? と怪訝そうに私を睨むレノに私は慌てて首を横に振る。
「違う違う! 婚約は破棄になったの!」
「は?」
今度は首を傾げてどういう意味か分からないような顔している。なんか色々顔が変わって可愛いなぁって……違う違う、呆け過ぎだ。私はセフィロスとの婚約が破棄になった経緯をレノに細かく説明した。
「まぁ、セフィロスの方から言われたんだけどね」
あれから、お兄様に頼んでセフィロスを病室に呼び出し婚約解消のお願いをしようとしたが、先に彼の方から白紙に戻すと願い出られたのだ。
『こんなお転婆娘は手に負えない』
『ナナシが危険に晒されるたびに自分が駆り出されていたら身が持たない』
『やはり婚約など俺の性に合わん』
とぶっきらぼうにつらつらと文句を並べられさすがに凹んだ。でも怒っている様子ではなく突き放すような言い方でもなかったその言葉は、おそらく私の気持ちに気付いての事だろう。彼の不器用な優しさに胸が熱くなった。
ありがとう、と一言伝えると彼は微かに微笑み去って行った。
こんな時でも私の事を考えてくれる優しい友人。この先もずっと私の大切な存在であることに変わりはない。どうか、彼の行く末に幸福が訪れてくれることを切に願った。
「それより、大変だったのはその後だったのよねぇ」
「その後?」
「お父様がご乱心」
「……ぶはっ」
勝手な行動をした上に婚約破棄したことに激怒した父は開口一番「約束も白紙だ」と。結婚を条件に交わされた経営関与の約束まできれいさっぱり消え去ってしまったのだ。婚約破棄を覚悟した時からそうなることは予想していたから特に驚きもしなかった。むしろ自分の未熟さを痛感してしまった今ではこのまま背伸びをし続けるのは正直辛い。
「だからまた、ただの神羅のお嬢様に逆戻り!」
ヒマになったなぁ~ってお気楽に言うと、レノはなんだか複雑そうな顔で見ていた。きっと自分のせいってちょっと思っているな。そんなわけないのに。
「そんな顔しないでよ、自分で決めたことなんだから」
今はこうしてレノをいれることが何より大切だから。
レノはタークスだ。どんな仕事をしているのかも、いつ何が起こるか分からないことも神羅にいる以上ちゃんと理解している。だから時間が許す限り傍にいたいし、二人の思い出をいっぱい作りたい。
「それにまだ諦めてないし、策はあるから大丈夫!」
ナナシ様に任せなさい! とふんぞり返るとレノはぶはっと笑いだした。
「はっ……ほんっと頼もしいな、お前」
「女らしくないかしら?」
「いーや、すんげータイプだな」
「ふふ、良かった」
「この髪も、前よりこっちの方がいいぞ、と」
レノの手が優しく私の黒髪を撫でて一房取るとちゅ、と軽いキスを降らせ、ドキンと心臓がうるさく鳴り響いた。わ、急に男らしくならないでよ。
「あ、ありがと……」
「昔のナナシに戻ったな」
「もう、背伸びも必要ないから。あとは心機一転、かな」
早く早くと焦って自分の気持ちすら押し殺して、挙句沢山の人を振り回す結果になってしまった私は生まれ変わらないと前に進めない。お兄様に似せた金色の髪は少し名残惜しいけど、やっぱりこっちの方が私らしいと思った。
「あとね、私が強くいれるのはこれのおかげだよ」
いつものように胸ポケットに忍ばせていた赤い石を取り出す。発信機を取り付けたそれは私を窮地から救い、またも正義のヒーローを呼んでくれた。何度も元気づけてもらったこの石は、体の一部と思えるほど大切なもの。
「昔も今も、レノに助けてもらってるね、私」
「そんなすげえもんじゃねぇよ、俺は」
「私にとっては、レノはヒーローだよ」
柄じゃねぇな、とレノは照れ臭そうにはにかんで、顔を見られたくないのか隠すように私を抱きしめた。あぁ、こういう所も好きだなぁ。
「なぁ、その石、ちょっと貸してくんね?」
「え? 何で?」
「発信機の調整してやるから」
「あ…うん、わかった」
レノがそう言うならとゆっくり石をレノに差し出す。相手がレノとはいえ、肌身離さず持ち歩いたものを手放すのは少し勇気がいるし、なんだか寂しい。遠慮がちにおずおずと出す手にレノは気付いたんだろう、その手をぐっと引き寄せ、反動で近づいた私の唇に軽くキスをした。
「……っ」
「今は俺がいるだろ。すぐ返すからそう落ち込むなよ、と」
挑戦的に笑うその顔がとても格好良くて、心臓がまた激しく鳴ってうるさい。口をパクパクさせて何も言えない私に彼は満足そうだ。今まで知らなかったけど、レノってこんなに積極的だったの……?
「え、えっと……お願いします」
「ん、任せとけよ、と」
ポンと頭を撫でてレノはすっと私から離れると、さて、と入り口の方に目を向けた。そういえば結構長い時間話していた気がするけど、誰も帰ってきてないような……。
「わりいなルード、そろそろ入ってきていいぞー」
「!」
「……ゴホン」
いつからそこにいたのか、入口に目を向けるとそこには気まずそうにルードが立っていて、心臓がこれでもかというくらい飛び跳ねた。レノも気付いていて放っておくのだから一層質が悪い。
相棒さん、ごめんなさい。