Garnet
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Garnet ―11―
「こいつに乗っかっていいのは俺だけなんだよ、と」
それは颯爽と現れた、正義のヒーローのようで。夢でも見ているのか、あまりに出来過ぎたタイミングでの登場に目を瞬かせた。突然現れたヒーローは私の身体をゆっくり起こすと軽々と抱き上げ、その場を離れるために靄の中を走り出す。鼻を擽る香水とタバコの香り、ふわりと流れる赤い髪、シャツを大きく開けた胸元、今感じるどれもが私の知っている大好きな人のもの。途端に目頭が熱くなって、喉が震えた。
「レノ……っ!」
「おぅ、待たせたな」
久しぶりに聞いた優しい声。もう会えないと思っていたのに、助けに来てくれたことが何よりも嬉しい。
どうやら白い靄は私たちがいた部屋にだけ広がっていたようで、部屋を抜けると視界がハッキリしてきた。突然開けた視界が眩しくて機能していなかった瞳をパチパチと瞬かせてから見開くと、まず見えたのは赤い色。それから、ゴーグルを掛けて微笑むレノの顔だった。
「まだ油断はできねぇからな、大人しくしてろよ、と」
安心させるようにそう声を掛けると、私を抱いたままなのに軽い足取りで廊下を駆け抜けた。途中敵に見つかっても素早く攻撃をかわし、すらりと伸びた足で蹴り倒していく様はまさに爽快だった。両手が塞がっているというのにこの強さ。戦い慣れているのはさすがタークスと言ったところか。持ち前のスピードと慣れた足取りでその場をすり抜け、レノは彼らに見つからないように階段を駆け上がる。下りずに、何故上がっていくんだろう。
「ルード、聞こえるか。人質救出完了だ」
レノは耳に掛けていた通信機に向けて話し出す。
「今向かってる。足怪我してるから早くしてくれよ、と」
何か計画があるようだとその言葉で何となく察した。レノはチラリと私の足を横目で眺めて、少しだけ悲痛の顔を浮かべている。そういえば撃たれていたんだった。でも未だに信じられない気持ちで不思議と痛みを忘れていた。
屋上らしい入り口の扉を足で強引に開けて外に出ると、重苦しかった空気が一転して清々しい風が身体を包む。外の空気がこんなに気持ちいいと感じたのは初めてかもしれない。レノは死角にある物陰に隠れ、そこへゆっくり私を降ろした。
「ナナシ、ヘリが迎えに来るからそれまで我慢な」
私を降ろすなり、縛られていた両手両足の紐をナイフで切り離した。そして着ていたシャツの裾をビリっと勢いよく破くと血まみれで赤黒く染まった私の左足にそれを巻き付けていく。仕上げにぐっ、と縛られると、さすがに痛みを感じて、う、と顔を顰めてしまった。
「……ゆめ、じゃない」
「ばーか、命がけで助けてやったのに勝手に夢にすんな」
ぐに、と両頬を摘ままれて、じんわり感じる痛みが安心に変わる。
「いひゃい」
「夢じゃないってわかったか」
「あう」
「ったく、お前なぁ! 戦い方も知らないくせに無謀なことしてんじゃねえよ!」
「う……だって、敵を殲滅させるチャンスだと思って」
「助けが少しでも遅れたら、死ぬとこだったんだぞ」
死ぬ、さっき強烈に感じた恐怖を思い出して身震いする。するとレノは引きつった私の頬を優しく撫でて、悲し気な顔を見せた。
「お前がこんな痛い思いしなくてもいいだろ」
心配させんな、といつもより低く優しい声がじんわりと私の胸を熱くさせると、目の奥まで熱くなって、堪えてきたものが溢れてきた。
「だ、ってみんなの、役にた、ちたくって、うっ」
辛うじて堰き止められていた涙腺はあっという間に崩壊しボロボロと涙が落ちてくる。嗚咽交じりの声で発した言葉は私が聞いても何を言っているか分からない。
そっとレノの腕が私の背に回り、壊れ物を扱うかのように抱き締められた。涙は更に大粒になって瞳から零れ落ちる。
「れ、のっ、こわかっ、たよ……っ」
「よく頑張ったな、と」
もう大丈夫だ、とどこまでも優しいレノはただしがみついて泣く私を抱きしめ続けた。子供の頃レノと約束してから今日までずっと泣くことを我慢していた。まさか再び泣く場所がまたレノの腕の中になるなんて。ずっと我慢していたものは一度崩れるととめどなく流れ続ける。一向に泣き止む気配のない私に、さすがにレノが慌て始めた。
「あーもう、いいから泣き止めよ、と」
「う、うぅ……むりぃ」
「ぷっ、昔のお前に戻ったみたいだな、と」
「うる、さいぃ……っ」
揶揄われたと思ってバカ、と言ってやろうとしたのに、声が出なかった。開こうとした唇はがいつのまにかレノのそれで塞がれていたから。
突然のことに息をするのも忘れて目を見開くしかできなかった。ただ押し付けるだけのキス。それだけでもレノの体温が伝わって仄かに温かかった。
「あ、泣き止んだ」
「っ! な、なに……っ」
「ぶはっ顔真っ赤!」
さっきまでの優しいレノはどこにいったのか。恥ずかしくなってボカボカと彼の胸を叩くと余計に笑われた。
「それくらい元気な方がナナシらしいな」
ニカリと笑うレノ。それがまた格好よくて思わず照れてしまう。なんだか恥ずかしくてふい、と目を逸らすと、遠くからバババとヘリの音が聞こえてきた。
「やーっと来たか、おっせーよ」
再び横抱きにされヘリまで向かい、垂らされた梯子型のロープに捕まる。あぁ、これで助かるんだ。ようやく脱出できたという安堵の溜息をついた。
「ナナシ」
横で一緒に掴まっていたレノが私の名前を呼んだ。
「帰ったら、話したい事がたくさんある」
うん、そうだね。私もたくさんあるよ。声に出して返事はしなかったけど、コクンと静かに頷いた。
◇
無事に神羅ビルに帰って来られたと安堵したのも束の間、もはや痛さの感覚を無くしている足の手当てが最優先だと言ってそのまま救護室まで運ばれた。しばらく放置してしまっていた怪我の状態は思っていたよりも酷く、貧血も起こしていることから全身麻酔を使っての大掛かりな治療が行われたらしい。らしい、というのは、その時ことをあまり覚えていなくて後から聞いた話だからだ。次に目が覚めた時には白色で覆われた清潔感のあるベッドの上だった。
「ナナシ!」
「あ、お、にいさま……?」
目を開けるとまず目に入ったのは最愛の兄の顔だった。その後ろにはツォンが立っていて、二人とも心配そうな表情でこちらを見ている。普段は毅然とした態度で顔色などそう変わらない二人の珍しい顔を見て、よっぽど心配をかけたのだとまだ麻酔の覚めきらない頭で思った。兄は目が覚めた私を見て、安堵の溜息を吐く。
「拉致されたと聞いたときは心臓が止まるかと思ったぞ」
「心配かけて、ごめんなさい……」
無事で良かった、と優しく微笑む兄に私も安心の笑みを浮かべる。ツォンも言葉は発しないものの私の無事を確認できてホッとしている様子。少しだけ身体を起き上がらせると、兄は優しく私を抱きしめてくれた。兄の温かみを感じて、あぁ、帰って来たのだと少しだけ目頭が熱くなった。
暫くしてようやく麻酔も切れて頭がハッキリしてくると、気になっていた事をいくつかツォンに尋ねた。
私を拉致した反社団体は私の救出を確認した後、ビルの下に待機していたソルジャー軍があっという間に制圧したそうだ。聞けば軍の中にはセフィロスもいたらしい。
正直、とても驚いた。アバランチ程の規模もない小さな団体の為に、神羅の英雄が駆り出されるのは信じ難いものだったからだ。婚約者が拉致されたのだから当然とツォンは言うけれど、そこまでする必要はない気がした。おそらく父のパフォーマンスに使われたのだろう、なんて考えてしまう。仮にそうだとして、そんなものに利用されたセフィロスになんて謝ったらいいのか。助けてくれた感謝ももちろんあるけど、後ろめたさも出てきて何だか憂鬱な気持ちになった。
自分が招いてしまった問題に、沢山の人たちを巻き込んでしまったことにも反省しなければならない。まだまだ私には力も知識も足りないことを今回の件で嫌でも痛感した。
しばしの沈黙、私は次に何を聞くべきか考えていた。コチコチと時計の音がやけに耳に響く。そんな時、ふと脳裏に過ったのはあの赤い色だった。そういえば彼はあれからどうしたんだろう。ヘリで交わしたあの約束はいつ果たされるんだろうか。
「ツォン、あの……レノは?」
恐る恐るツォンに尋ねれば、何故か今まで無表情だった彼が少しだけ微笑んだ。
「レノはルードと共に後始末に向かっています」
じきに戻ってきますよ、とどこか優しい声色で答えられて少し胸の辺りが温かくなる。でも自分に婚約者がいる以上、他の男を案じるだけでなく無事を露骨に喜ぶことはできないと思った私は「そう」素っ気なく返事をした。すると鼻で笑う声が聞こえて出元である兄を見るとその表情は何故か微笑まし気だった。何か察している? 疑問に思って首を傾げる私に兄はクスクスと笑う。
「お前も素直じゃないな」
「え? え?」
「寝ている間の方が、もっと素直だったぞ」
「……えぇ?」
「できれば、俺の名前を呟いて欲しかったんだがな」
そこまで言われて、言葉に詰まる。ということは私、寝言で何を呟いてたの……?
「え、えっと、誰の?」
「ナナシだってもうわかっているんだろう?」
少しだけ意地悪気に笑うルーファウスお兄様。話の流れからして、誰と言わなくてもわかった。目の前で微笑む二人にもう隠すことができないことが、とんでもなく恥ずかしい。結局私の頭の中はレノのことでいっぱいなのだ。
「ナナシ、素直になった方が可愛いぞ」
いつかエアリスにも同じことを言われた。そんなに私はひねくれているのか不思議に思うけど、信頼している人に言われたのならきっとそうなのだろう。認めるけど私の気持ちを肯定することにはいささか疑問が残る。
声には出さないけど、何で? って顔をしていたら兄はまた笑った。
「言っただろう? 嫌になったら何とかしてやると」
そう言って私の頭を優しく撫でてくれる。本当にこの人はどこまでも私に甘い。何故愛人の子である私にここまでしてくれるのだろう、そう不思議に思ったことは何度もあった。普通なら嫌悪していい相手なはずなのに。だから最初はずっと警戒して心を許さないようにしていた。
無理を言ったことは何度もあった。迷惑も、今日のように心配もいっぱいかけた。だけどこの人はずっと私を案じて今も助けてくれようとしている。
今では彼ほど心強いと思える存在はいないんじゃないだろうか。ずっと私を陰で支えてくれた兄には感謝しかない。
「ふふ、お兄様ったら、本当に私が好きなのね」
「ふっ、今更だな」
私と同じ目の色をした私の大事な兄。それはこれからもずっと変わらない。大好きな人。彼がこの先、神羅を背負う存在になった時には、私も全力で彼を支えよう。
『信じて、いいんじゃないかな』
何処かから、エアリスの声が聞こえた気がした。うん、そうだね、信じてみるよ。
「……お兄様、早速だけどお願いがあるの」
もう迷ってはいけない。今度こそ、自分に正直になる時だ。